誰が一番好きかと聞かれた。

私は澪先輩と答えた。

特に特別な日でもない時の何の変哲もない昼食時の会話だ。

私と憂と純の三人でお弁当を囲んでいたときにこの学校の中で誰が一番好きかという話題になった。

つまるところは憧れの人はいるかと。

その質問に至った経緯も、二人のうちのどちらがその質問を投げかけたのかも今は覚えていない。

共学校の女の子ならよくある会話なのだろうが、女子高である桜が丘高校ではその手の話題は若干のタブーをはらんでいた。

憂は即答で唯先輩と答え、純は私も憂も知らない人の名を口にした。

おそらくジャズ研の先輩なのだろう。

前にかっこいい人がいたと言っていたのでその人のことかなと思った。

そしてバトンは最後に私に回ってきた。

私の頭の中に軽音部の先輩たちが浮かんできた。

律先輩は真面目に練習してくれないし、ムギ先輩は少し苦手だし、唯先輩は練習しないしよく抱きついてくるしで頭の中には澪先輩が残った。

残った澪先輩のことを改めて思ってみると技術はすごいし、真面目だし、だけど弱点もありとおよそ憧れかつ近寄りがたくない存在だと思った。

だからその質問にためらいなく答えることには僅かな気恥しさ以外に何も無いはずだった。

しかし、私が澪先輩と口にしようとしたとき、何かが胸に引っかかったような違和感がした。

『私は・・・・・・澪先輩かな』

言い出してから数秒の沈黙ののち、私はそう答えた。

そんな私に憂は『澪先輩ってしっかりしているもんね~』と言った。

どうやら二人には違和感は伝わらなかったようだ。

そのまま別の話題にシフトしても私の胸にはその質問と違和感が引っかかっていた。

何かすっきりしなかったがそれは気のせいだろうと自分の中で解決した。

しかしその時はその違和感に気付かなかったが今ならわかる。

私はこう答えたかったのだ。

『私の好きな人は唯先輩』と。

どうしてあの時そう答えなかったのだろうか。

憂が最初にそう答えたから?

憂に遠慮したから?

練習もろくにしないのにギターの才に恵まれている唯先輩をどこかで認めたくないという気があったから?

確かにそのどれもが有っただろう。

だけど一番ウェイトを占めていたのはこれが理由だろう。


私が唯先輩を、――――として好きだったから。



唯先輩のことをその意味で好きだったからこそ私はその時唯先輩と答えることができずに澪先輩と答えたのだろう。

好きな漫画を答えるときにマイナーだけど本当に好きな漫画を答えずに、人気のあるメジャーな作品を好きと言うのと同じ感じだ。

そこには一切の否定が欲しくなかったと言うことと、秘密をやすやすとさらけ出したくないと言った気持ちがあったのだろう。

こころの中で澪先輩に謝る。

しかしもう一度同じ質問をされたところでもう意味が無い。

すべては終わったのだ。

時計は巻き戻らないし覆水は盆に帰らないのだ。




……

~3年前

ガチャッ
梓「こんにちはー」

唯「あーずーにゃん」ギュッ

梓「ちょ、ちょっとやめて下さい」

この人はいつも抱きついてくる。
ただ授業が終わって音楽室に入ってきただけじゃないか。

唯「えへへ~ あずにゃん暖かい~」ギュー

梓「すみません先輩、とりあえず中に入れてください」

唯「ぶー あずにゃんのけちー」

紬「うふふ」

誰がケチだ、私は心が広いほうだ。
でも悪い気はしないな、そんなことを思いながらいつものように部活が始まる。


紬「梓ちゃんはコーヒーにする?紅茶にする?」

梓「それじゃあ紅茶でお願いします」

唯「あずにゃんも紅茶派だよ 仲間だね~」

律「お前はただコーヒーが苦くて飲めないだけだろうが」

軽音部の活動といえばまずはティータイムから始まる。
ムギ先輩の持ってくる最高級の紅茶に、毎日変わるお菓子。
まずは心を落ち着けて精神の豊かさを獲得するのだとは律先輩の弁。

自堕落だけど退廃してない時間。

みんなが好きなこの時間。

例に漏れず私もこの時間が好きだ。

この部に入りたての頃を思えばクスりとしてしまう。

あの頃は私はこの時間が許せなかったなと。

のんびりお茶を飲んでお菓子をつまんでいる先輩たちを見て激昂してしまったなと。

今の自分ははたして適応したのか堕落したのか。

澪「さーてそれじゃあそろそろ練習するぞ」

唯&律「え~」

律「もう少ししてからにしようぜ~」

唯「そうだよ~」

梓「何言ってるんですか先輩たち、早く練習するですよ」

唯「ちぇ~ あずにゃんがそういうなら」

紬「がんばろうね」

こうしていつも通りに軽音部の活動は始まった。



~夜

憂「お姉ちゃん、ご飯よー」

唯「今行くー」

唯「わぁ、今日も美味しそうだよういー」

憂「ありがとうお姉ちゃん」

唯「それではいただきまーす」

憂「いただきます」

唯「美味しいよ~ 憂は料理の天才だね!」モグモグ

憂「そ、そんな///」

憂「あ、そうだお姉ちゃん」

唯「なにー?」

憂「今日ね、梓ちゃんたちとこんな話をしたんだけど」

――
――――
――――――

~翌日の放課後

ガチャッ
梓「こんにちはー」

梓「・・・あれ?」

いつもと何かが違っている気がした。
そう、それはいつも半ば恒例行事のように行われている・・・。

律「あれ? 唯、梓に抱きつかないのか?」

澪「そういえばそうだな、唯らしくも無い」

紬「ガーン そんなの唯ちゃんじゃない・・・」

そうだ、それだ。
いつもは私が入ってくるだけで私に抱きついてくる唯先輩が今日はなぜか抱きついてこなかったのだ。
抱きつかれると自由が奪われるような気がしてどこか嫌だったのだが、この寂しさはなんだろう。

唯「そ、そんな人を抱き魔みたいに言わなくても・・・」

律「抱き魔だろ」

澪「抱き魔だな」

紬「抱き魔よ」

梓「抱き魔ですね」

唯「ひどい!」

紬「それでどうしたの唯ちゃん!!」

唯「わっ! 声大きいよムギちゃん」

律「大好物の梓が目の前にぶら下がってるんだぞ」

梓「ぶら下がってるって・・・そんな言い方しないでくださいよ」

唯「ぶー、だってさぁ」

澪「どうしたんだ唯?」

唯「・・・」

唯「あずにゃんって澪ちゃんが好きなんでしょ」

澪&律&紬&梓「!!!」

澪「な・・・え・・・?///」カァッ

紬「それこそどういう事なの唯ちゃん!!!」

唯「頭ゆらさないで~」ガクガク

律「アズサガミオスキ アズサガミオスキ ミオガアズサスキ」

梓「・・・はっ」

一足先に冷静になってみんなを見てみるとみんな面白い反応をしていた。
唯先輩はムギ先輩にものすごい勢いで体を揺すられて目がぐるぐるマークになっていた。
ムギ先輩は目がマジだった。
律先輩はここからじゃぶつぶつとしか聞こえないが、なにやらよくわからないことを唱えていた。
そして澪先輩は真っ赤になって手で頬を抑えていた。

唯先輩の一言で混沌に陥った音楽室をなんとかしてもとに戻すべく私は周りを見渡した。
そこで見つけたそれを使うことにした。

梓「みんな冷静になってくださいー!!」

ギュイーン!!!

唯&澪&律&紬「!!!」

私はアンプにつながっていたコードをボリュームを下げずに引っこ抜いた。

梓「・・・っ!」

当然だけど一番ダメージが大きいのは一番近くにいた私だ。
爆音を直に受けてしまって今私の耳はキーンな状態だ。
少しの間は音が聞こえない。
それでもこの喧騒が収まったのだからよしとしよう。

梓「冷静に・・・なってください・・・」

律「そうだな・・・」

澪「ああ・・・」

紬「はっ! 唯ちゃん、唯ちゃーん!!」

唯「ほげー」グルグル

耳が聴こえないので自分の発した言葉が聞こえずに上手く伝わるか不安だったけれどこの様子じゃ伝わったようだ。
そして唯先輩はムギ先輩に揺すられ続けたせいで完全に伸びていた。


紬「ごめんね唯ちゃん・・・それで梓ちゃん、どういうことなの!?」ガシッ

梓「今度は私っ!?」

今度は私の体を揺すろうとしてきた。
ムギ先輩あなた、死人を一人だしたのに懲りてないようですね。

律「あーそこまでだムギ、被害をこれ以上増やすわけにはいかない」ガシッ

紬「そんな~」

律先輩がムギ先輩の首根っこを引っ張ってそのまま隅まで追いやってくれた。
ふぅ、助かった。

澪「そっ、それでどういう事なんだ?」

澪「その・・・私のことが好きって・・・!?」

律「そうだな」

律「唯を問い詰めても良いんだが・・・今気絶してるところだしな」チラッ

律「話してくれるとありがたい」

紬「そうよ 洗いざらい話しなさい!」

助かってなかった。
私はチラと横になっている唯先輩を見て、あとで小言の一言でも言おうと決心した。

梓「えっとですね・・・」

澪&律&紬「じーっ」

梓「そ、そんなに見つめられると言いにくいんですが・・・」

紬「それじゃあこれだけ答えてちょうだい」

紬「澪ちゃんのこと好きなの?」

梓「それは・・・」

唯「そうだよ!」

唯「憂がそう言ってたもん!!」

タイミングよく目が覚めるなよ。

澪「っ///」カァッ

紬「さっきはごめんね唯ちゃん それで早速だけど経緯を教えてちょうだい」

律「何があったんだ?」

唯「えっとね」

唯「憂が言うには昨日の昼休みに誰が好きなのかって話になってみたいで」

唯「その時にあずにゃんは澪ちゃんが好きって言ったらしくて」

澪「ぁ///」

紬「キマシタワー」

…本人の言質取らないで何盛り上がってるんだこいつら。

紬「それで梓ちゃん、今の話は本当なの?」

澪「・・・」ドキドキ

律「・・・」

唯「・・・」プンスカ

梓「・・・ええ、確かにそういいましたけど」

紬「モウシンデモイイワ」

澪「!!!///」プシュー

律「!」

唯「・・・」シュン

梓「だけどそれは憧れの先輩って意味で別に他意は」

梓「って聞いちゃいねぇ!」

紬「それで澪ちゃん、澪ちゃんは梓ちゃんの気持ちにどう答えるの?」

澪「私は・・・私は・・・」

律「・・・梓」

律「澪をよろしく頼む!」

唯「あずにゃん、澪ちゃん・・・おめでとう」グスッ

…何この雰囲気。

澪「あ、あ、あ、あの、不束者ですがよろしくお願いします!///」

梓「ええと・・・」

律「幸せになれよ!」

唯「あずにゃん・・・これからは澪ちゃんに抱きついてもらってねっ」

紬「総力を上げて支援するわ」

言えない、今更真実はもう言えない。

しかし、別にこうなったらこうなったらでいいのではないか?

少なからず好意はあるのだし、別に誰も偽ってなどいないのではないか?

澪先輩を尊敬しているのも事実なのだし、私は澪先輩が好きなんじゃないのか?

そうだよ、きっと私は澪先輩のことが好きなんだよ。

梓「えっと・・・こちらこそよろしくお願いします」

律「よし、これからパーティーだパーティー」

唯「おー! 飲むぞ食べるぞーやけだー!」

紬「うふふ それならちょっと待ってて」プルルル

紬「斉藤、5分以内にパーティー用のセットを持ってきなさい」

斉藤『はっ、お嬢様!』

澪「な、なんかすごいことになっちゃったな」

梓「ええ・・・」

律「唯ー、いつでも私に抱きついていいんだからなー」

唯「え~だってりっちゃん固いんだもん・・・」

律「固いってなんだー!」

唯「ふわふわしてるムギちゃんの方が良い」ギュッ

紬「あらあら」

唯「えへへ~」

梓「・・・っ!」

澪「ど、どうした梓・・・?」

梓「いえ・・・なんでありません」

今の違和感はなんだったのだろう。
まるで大事なものが他人にやすやすと触れられてしまったような・・・
まあいいか。
こうして、本意なのか不本意なのか、私と澪先輩は付き合うことになった。



~翌日

純「へぇ~ 澪先輩と付き合うことになったんだ」

憂「梓ちゃんやるね~ 私もお姉ちゃんと///」

梓「・・・」

純「どうしたの梓? 嬉しくないの?」

憂「せっかく想い人と結ばれたんだからもっと嬉しそうにしててもいいのにね」

梓「いや・・・ただ現実感がわかないだけだよ」

純「ふ~ん そんなものなのかねぇ」

梓「それより純こそその先輩に告白してみなよ」

憂「いいね、それ」

純「う~ん、やめとく」

梓「どうして?」

純「先輩は尊敬できる対象として好きだけど恋愛感情とは違うかなって」

梓「・・・っ」

憂「どうしたの?」

梓「いや・・・なんでもない」


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