いつもと変わらない朝

紬「今日のお菓子は何にしようかしら。何かお勧めとかあります?」

パティシエ「はっはっは。お嬢様の作るものなら何でもこの私が保証致します。パティシエもビックリな腕ですからなぁお嬢様は」

紬「そんな…私なんてまだまだです」

パティシエ「はっはっはっ! またご謙遜を。まあそこがお嬢様の良いところでもあるんですがね。え~お勧めのお菓子でしたね。今日いいイチゴが入ったのでイチゴのタルトなどいかがですか?」

紬「イチゴのタルト…いいですね!」

パティシエ「では、早速取り掛かりましょう。僅ながらお手伝いさせて頂きます」

紬「ありがとうございます♪」


紬父「やっと仕事が片付いたな…どれ、夜明けのホットミルクでも飲んで床につくとしよう」

紬父「ん? キッチンに明かりが…」



パティシエ「お嬢様は筋がよろしいですな! そのままパティシエになればよろしいものを!」

紬「ふふ、お上手ですこと」

パティシエ「世辞などではございませぬ! いや、しかしお嬢様はこの琴吹家を継ぎなさる大事な跡取り…パティシエなどにした暁にはお父様にどやされてしまいますな! ハッハッハ」

紬「そんなことないですわ。お父様は私のやりたいことにはちゃんと理解を示してくれますもの」

パティシエ「そう言えばそうでしたな。軽音楽をやりたいといい出した時にはこの私、どのようにしてお嬢様に助け船を出そうかと思っていましたが……あっさりお認めになられましたなぁ琴吹様は。」

紬「ふふっ、ありがとうございます。お父様は常に見解を広げなさいと言われてましたから。私が自分からやりたいと言うことを頭ごなしに否定したりはしないと思います」

パティシエ「ハッハッハ違いませんな。だからこそこうやって下で働いていけるわけで。」

紬「これからも私ともどもよろしくお願いします」ペコリ

パティシエ「いやいやこちらこそ使ってやってください」ペコリ



紬父「……こんな朝早くから何をしてるんだ? ……斎藤」

斎藤「はっ、ここに」シュタッ

紬父「紬は何をしているんだ?」

斎藤「パティシエの方とお菓子作りかと思われます」

紬父「お菓子作り? 今日は学校だろう?」

斎藤「はい。軽音楽部のご友学に作って処味してもらうのでしょう」

紬父「……斎藤、いつからだ?」

斎藤「はっ……一学年の頃からでございます」

紬父「……、ならば紬はもう三年近くああやって朝早く起き、お菓子などを用意し、持って行ってると言うのか?」ギロッ

斎藤「毎日作っているわけでは……。他の店で買ったり、作ってもらったり、色々でございます。ああやって早起きして作るのは月に数回程度で…」

紬父「斎藤、そういうことではない。いらぬことを申すな」

斎藤「失礼致しました」

紬父「斎藤、もしやなのだが。紬は…い、い、い、」

斎藤「いじめ…でございますか?」

紬父「あってはならんそんなこと!!!!!!!!!!! 今すぐ紬をドイツの大学に留学させる!」

斎藤「落ち着いてくださいませ主人。」

紬父「これが落ち着いていられるか! だから軽音楽など反対だったのだ! それをお前が良いと申すから!」

斎藤「主人、お言葉ですが主人は紬様の学校生活を直接ご覧なったことがあるのですか?」

紬父「それは…ないが」

斎藤「私は主人の代わりに何回か参観しております。が、そのようなことは一切…」

紬父「わからんだろう!? 今流行りの影でやる方式をとってるやもしれん! それに軽音楽という部活に毎日お菓子を持ち込ませるなど聞いたことがない! 紬は軽音楽部のきゃつらにい、い、い、」

斎藤「いじめ…でございますか」

紬父「あああ紬ぃぃぃ! 父がお前をほったらかしたばっかりに…! だがもう大丈夫だ。私が守って(ry」

斎藤「落ち着いてください、主人」

斎藤「主人。あの紬様の顔をご覧ください」

紬父「む?」



紬「(美味しそう。唯ちゃん達喜んでくれるかしら)」ニコニコ

斎藤「あんな嬉しそうな顔をしているのです。いじめなどと云う辛い目にあってるとは思えません」

紬父「だ、だが紬がそう思っていないだけかもしれんだろう!? 紬は何にでも興味を持つ純粋な子だ…こういうのが友達付き合い、と思わされてるのではないか!?」

斎藤「それは…一概に否定は出来ませんが…」

紬父「だろう!? 私は今日確信したよ。紬は今までいいように使われて来たのだ…。毎日毎日お菓子を持って来いと脅されてるのだ…!」

斎藤「(随分可愛らしい脅し…と言っても今の主人には通じないか)」

紬父「紬の為に良かれ良かれと別荘なども貸し与えたが…やはりそれにつけこんでいいように使われてしまっているのだ…。毎日毎日お菓子を作って持って行く紬……ううっ…健気過ぎるじゃあないか」

斎藤「いえ、毎日では…」

紬父「斎藤よ…」

斎藤「はっ」

紬父「紬を転校させる。もっと紬に合った由緒正しい高校にな」

斎藤「お待ちください主人! もう三学年の半ば、そんな時に転校など…! 思い出と言うものを汲み取って頂きたい!」

紬父「嫌な思い出など紬にはいらん! 転校だ! これは決定事項だ!!!」

斎藤「っ……。……! 主人は紬様とご友学との関係が気になるのですね?」

紬父「そうだ。もっとも毎日お菓子を持って越させるような輩が紬を大切にしてるとは思えんがな!」

斎藤「なれば紬様とご友学の絆を見られれば…主人は納得すると言うのですね?」

紬父「ふんっ、そのようなものが存在するのであればな!」

斎藤「では一つ名案があります。ただこれは紬様には少し厳しい事柄かと…」

紬父「…よい、話してみろ」

斎藤「カクカクシカジカ」

紬父「紬を一週間家に入れないだとぉぉぉぉぉぉ!?」

斎藤「はい。一週間紬様を閉め出すのです」

紬父「そのようなこと出来るものか! もし危険な目にあったら…」

斎藤「私が常に監視していましょう。本当に危険が迫ったら躊躇いなく…」

紬父「だが…」

斎藤「もし紬様に何かあれば私がこの首切り落としましょう」

紬父「……何故そこまでする、斎藤」

斎藤「私は紬様を、紬の選ばれたご友学を信じているからです」

紬父「……、ふん、好きにしろ。だが私が認めない限り転校だからな!」

斎藤「はっ、心得ております。ではこの事柄は、琴吹家代々伝わる試練、とでも致しましょうか」

紬父「ぬしもタチが悪いのぅ…」



紬「出来たわ!」

パティシエ「お見事ですな! では少し味見を…」

紬「駄目ですよ~ちょうど人数分しかないんですからぁ」

パティシエ「怒られてしまいましたなぁ! ハッハッハ! 本当軽音楽部の友人は幸せものですな! お嬢様がこんなに尽くしてくれるのですから!」

紬「そんなことないですよ///」

紬父「紬、おはよう」

紬「あっ、お父様。おはようございます」

パティシエ「琴吹様、おはようございます」

紬父「うむ。紬、少し話がある。学校へ行く前に書斎に来なさい」

紬「は、はい」


紬「お話って…何かしら?」

パティシエ「さあ…なんでしょうな?」

斎藤「……」

紬父の書斎─────

コンコンッ

紬父「入れ」

紬「お父様、お話とはなんでしょう?」

紬父「紬…お前ももう18だ。そろそろと思ってな」

紬「?」

紬父「斎藤、説明を」

斎藤「はっ!」シュタッ

斎藤「琴吹家では代々18になるとその家訓を受け継ぐに相応しいかテストが行われます」

紬「テスト?」

斎藤「はい。簡単なことです。誰にも『頼らずに』一週間、過ごしてもらいます。」

紬「誰にも頼らずに…? 一週間過ごす?」

斎藤「勿論家には一週間入れません。食事、寝場所、などは自分で何とかしてください。人を頼ってもいけません。いいですね?」

紬「えっと…つまり私は一週間どこかで野宿か何かをして暮らしなさいってことかしら?」

斎藤「どのように受けとるかはお嬢様に任せます。ただ、人を頼ってはいけません。自分から懇願などしては琴吹家の誇り無きものとし、お嬢様にはこの家を本当の意味で出ていってもらいます。」

紬父「(おい斎藤!!! 誰がそこまでしろと(ry)」

斎藤「(任せると言ったのは主人でしょう。大丈夫です、紬様は強いお方ですから)」

紬「そんな過酷な試練が琴吹家にはあったのですね…! お父様もご体験なさったのですか!?」キラキラ

紬父「ま、まあな(娘の輝かしい目がいたーい!!!)」

斎藤「主人のご配慮で今日からになりました。明日から夏休みですし、学校に行かないで良いのですから楽な方かと。主人の時は学校に行きながらにして…」

紬「ありがとうお父様! 私はお父様みたいに立派ではないかもしれないけれど…それでも琴吹家の娘としてこの試練、乗り越えてみせますわ!!」

紬父「(お父さんを許せ紬いいいいいいいいいいいい)」

こうして、紬と友達の絆を試す試練が始まった。


学校───

律「うふふ~」
唯「えへへ~」

澪「二人で何ニヤけてるんだ?」

律「だって~ねぇ?」
唯「ねー?」

律「明日から夏休みですものねぇ~」
唯「ね~」

澪「はあ…夏休みだからって遊んでばっかりじゃ駄目だぞ? 受験生なんだからちゃんと勉強もしないと…」

律「聞こえない聞こえない!」
唯「遊びたいもんっ」ブー

澪「はあ…ムギも何か言ってやって…」

紬「」キョロキョロ

澪「ムギ…?」

紬「あ…、ごめんなさい。澪ちゃんなあに?」

澪「どうしたんだ? ムギまで夏休みに目移りか?」


斎藤『私はいつもお嬢様を監視しています。寝場所の確保、食料の確保にご友学を頼りになさらぬよう』

紬「ちょっとね…(一週間…どうやって過ごしたら…)」

どこか遠くを眺める紬に、澪は一抹の不安を感じた。

澪「ムギ…?」

律「?」
唯「?」


放課後────

律「こことも今日でしばらくお別れか~」

唯「だね~」

律「じゃあお茶するか!」

律「」ササッ(頭防御

律「あれ? いつもなら練習するぞ拳! が飛んでくる筈なのに」

唯「何の必殺技!」

澪「……」

唯「澪ちゃんどうしたの? ぼ~として」

澪「あ、うん…。ムギが…ちょっと心配で」

唯「ムギちゃんが?」
律「またどうして?」

澪「今日のムギ、何かちょっと変じゃなかったか?」

唯「そうかなぁ? 別に普通だと思ったけど」
律「どの辺りが変だと思ったんだ~?」

澪「何て言うか…悩み事があるって感じだった。ムギがそうやって私達に悩んだ顔を見せたことがあるか?」

律「そう言えばないな~」

唯「いつもニコニコぽわぽわしてるからねムギちゃん!」

澪「あんな寂しそうなムギ見たことなかった…。だから心配で」

律「じゃあムギが来たら聞いてみようぜ」

唯「直接聞くのが一番だよね!」

澪「うん……。」

紬「ごめんね~、掃除当番で遅くなっちゃって。今お茶入れるね」

唯「ムギちゃん!」くわっ

ムギの手を両手ですくい上げる唯。

紬「どうしたの? 急に手なんか握ったりして…(唯ちゃんの手暖かい…)」

唯「何か悩んでるなら話してよ! 私達軽音部で友達でしょ!?」

律「そうだぞムギ。水くさいぞ!」

紬「唯ちゃん…りっちゃん…」

澪「今日のムギ、何だかいつもと違ってたからさ。悩み事とかあるのかなって…。違ってたらごめん。でもそうだとしたら、話してほしい。ムギの悩みは私達の悩みでもあると思うんだ。」

紬「澪ちゃん…(家のことでみんなに心配かけちゃうなんて、友達失格だわ! みんなに頼るわけにはいかないもの…何でもないフリしないと)」

紬「ありがとうみんな。でもそんな大したことじゃないの。ちょっと作って来たお菓子の出来が悪くて…(ほんとはよく出来たと思ってたんだけど…ごめんね私のお菓子)」

澪「そんなこと気にしなくていいのに…。毎日持って来てもらってるだけで悪いと思ってるのに出来ぐらい、なぁ?」

唯「お菓子いぃ…」ぐすん

律「仕方ないさ…! ムギにだって失敗することはある! だって人間だもの!! だから泣くな唯!!」

澪「おい!」

唯「冗談だよぉ」
律「そうでございますわよぉ」

ゴンッ

律「何故私だけ…」シュン…

澪「というわけだから気にしなくていいぞムギ。梓だって気にしないさ」

紬「みんな…ありがとう(これからは心配かけないようにしないと…!)」フィショッ


斎藤「『喋った形跡なし、今のところは順調…ではないか。お嬢様が強くあればあるほど周りは気づかず接する…その分お嬢様は孤独になる。その隠した心を見つけてあげてください…軽音楽部の皆さん。そして気づいてくださいお嬢様…友達の意味を』」


梓も揃い全員でティータイム。

紬「今日はイチゴのタルトとそれに合うアップルティーにしたの」

律「これが…失敗したって?」

唯「ぱーふぇくつ…! 見事な造型だよムギちゃん!」

紬「ありがとう唯ちゃん」

梓「凄く美味しいです。イチゴが甘酸っぱくて…でも周りのクリームとタルトがそれを包んで…」

澪「これを失敗した、なんてムギはパティシエにでもなるつもりか?」

紬「いくらなんでも誉めすぎよ~澪ちゃん。」

唯「今なら私がムギちゃんを軽音部専属パティシエールに認定するよ!」

紬「ふふ、そういうことなら。認定されました♪」


いつも通りの部活が終わり、みんないつも通り帰路につく

ただ、私だけはそれは許されない。
私の場所は一週間どこにもない、ずっと一人。

紬「試練だから…頑張らないとっ」ムンッ

軽くこぶしを握りしめると紬は制服のままあてもなく歩き始めた。



斎藤「さすがに一日目からはないか…。ただお嬢様の感覚で一週間を普通に過ごすのは無理だろうな…。最悪本当に自分が首を落とすことになるかもしれんな」

斎藤は静かにその後を追った。


夕日が自分の体に辺り、影が伸びる。

紬「わぁ~」

振り返って、その綺麗に伸びた影で遊ぶ。

紬「そうだ!」

近くに公園を見つけた紬はそそくさと中に入り、お目当ての滑り台を見つけると登り始めた。

紬「うんしょ、うんしょ」

一番上まで登ると立ち上がり、下を見る。

紬「高いとこに登ると影もずっとずっと遠くまで伸びるじゃないかと思ったけど変わらないのね~影って面白いわぁ」

紬「そう言えばこうやって滑り台に登ったりするの初めてじゃないかしら? 昔から見たことはあったんだけどね」

紬「いい風……でもとても寂しいのは何でだろう。一人だからかな…」

紬「みんなは今何してるんだろう。唯ちゃんは憂ちゃんとご飯の準備かな? 澪ちゃんは音楽聞きながら勉強してそう」

紬「りっちゃんは弟の聡くんとゲームとか。梓ちゃんは真面目だからギターの練習。」

紬「私は…一人で滑り台の上。」

紬「ううん! 駄目だめ! まだ初日なのにこんなことじゃお父様に申し訳が立たないわ! 琴吹家の者としてやりきらないと! まずは寝床からね! ホテルに泊まれば一週間なんてすぐだわ!」

滑り台を降り、意気揚々とホテルを目指す紬。

斎藤「早速ホテルか…所持金1万でホテルに駆け込むとはさすがですお嬢様…。いよいよ自分の首が危なくなってきた」


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