唯「うん、調味料が全然なかったもんね。さしすせそくらいは揃えてくれてもいいのに、ムギちゃんでも意地悪なことするんだね」

 いえ、既に充分すぎるくらい意地悪だと思いますが。
 いえ、唯先輩がそれでいいなら、あえて黙っていますが。

唯「かまどの出来が楽しみだねぇ~」

梓「そ、そうですね……」

 カ□リーメイトはあと二食分。
 それがなくなったらリタイアかな、やっぱり。
 ……とか、何てムギ先輩に言い訳しようか悩んでいるうちにテントに戻ってきて。

唯「ほい、あずにゃん。薪もうちょっと入れて」

梓「はい」

 あれ。
 火打ち石って、新聞みたいなどうでもいい紙クズが必要じゃないんですか?
 唯先輩、ナイフで木を削っておがくずみたいにしてますけど、とても火種にするのに充分だとは思えませんが。

唯「あずにゃん、銀色のやつ持ってきてー」

梓「はっ、はい? 火打ち石ですね?」

唯「うん」

 積んだ薪の下に帰り道に集めた枯れ枝の細いとこを折って重ねながら、唯先輩は自信満々。
 これで火がつかなかったら、私どう反応すればいいのかな。

梓「どおぞ」

唯「ありがとー……ん、ほりゃ! とぉ! そぉい!」

 え。
 銀色の、金属を、ナイフで削ってる。
 ナイフの刃が駄目になっちゃうんじゃないですか、それ。

梓「唯先輩? それ、火打ち石って……」

唯「あー……うん。火打ち石は、横に付いてる黒い棒だよ」

 しょりしょりしょり、と銀色の削りカスが積み重なってく。
 そして、ん、と何がいいのか私が理解出来ないまま頷いてから、唯先輩が振り向いた。

唯「あずにゃん。ちょぉっと眩しくなるから、あっち向いてた方がいいかもだよー」

梓「ちょっとなら平気です。っていうか、それの使い方を知りたいのでずっと見てますけど」

唯「そっか。んじゃいくよー」

 唯先輩が、くるっと両手に握ったアイテムを持ち替えた。
 ナイフの刃は峰に、銀ブロックの削ってたとこは、黒い棒に。

唯「とお! 着火!」

梓「にゃあああ!?」

 ガキンと黒い棒にナイフがぶつかった瞬間、視界がホワイトアウト。
 あ、でも、何かこれ前に見たことあるかも。

唯「あずにゃん、あずにゃん、大丈夫? 私の顔、見える?」

梓「ん……は、い……それ、もしかして、マグネシウムなんですか?」

唯「おお!? すごいねあずにゃん! よくわかりました!」

 なるほど、火起こしに自信があったのも納得ですよ。
 火打ち石……すなわちフリントロックなのは黒い棒部分だけで、まぁ嘘ではないですけど、先に教えてくれてたらこんなにびっくりしなくて済んだのに。

唯「ほら、枝がちゃんと燃えてるよ、成功だよ」

梓「……ムギ先輩って、優しいんだか意地悪なんだか、わけわかんないですね」

唯「うん。まぁ、ナイフと燃え種さえあれば、正直なとこどうとでもなるんだけどね」

梓「……今、唯先輩をちょっと格好いいと思っちゃいました」

唯「おお!? じゃ、じゃあ、草だけじゃ何だから、お魚もゲットしてくるよ!」

梓「いえ、その前に塩がどうとか言ってませんでしたか?」

唯「あ、そうだった……味がないと食べた気しないもんね。でも、海水をそのまま飲むのは抵抗あるしね」

梓「海水には大腸菌がうじゃうじゃいるって……自分で確かめたわけじゃありませんけど、今の状況で進んで飲みたいとは思いません」

唯「そんなあずにゃんには、煮沸消毒! 大抵はぶくぶく煮れば平気だから!」

 と、唯先輩は小鍋をひとつ取って波打ち際まで走っていって、すぐに戻ってきた。
 海水の入ったそれをかまどの端に置いて、今度は銛やらゴーグルやらを拾って。

唯「次はどーぶつ性タンパク質! あずにゃんの為に大物ゲットしてくるよ!」
梓「あっ……あのっ……」
唯「火の番、お願いねっ!」

 紐をほどいて靴を脱いで、探検装束を脱いで、あっという間に潜水モード。
 一瞬下着が見えるかと……いや、ううん、期待なんかしてないよ私。
 唯先輩は水着に足ひれ、ゴーグルとシュノーケルに銛という実に似合わないワイルドな姿になって、海に飛び込んだ。

梓「気を付けてくださいね!? 溺れないでくださいよ!?」

 ……もう、私の言葉は唯先輩に届かない。
 言い付け通り、火が消えないように枯れ木の枝をくべ続けるしかない。
 気温が暑いけど、火も熱いけど、唯先輩が戻ってくるのを待つ。

梓「…………」

 波間にちょこちょこと、唯先輩が息継ぎをしに頭を出すのが見える。
 声をかけようとしても、『魚はいらないから戻ってきてください』って叫ぼうとしても、声を出す前に潜られちゃう。

梓「……火の番なんて、する必要ないじゃないですか」

 あんな簡単に、ふーふーしなくてもいいぐらい楽に火を起こせるんだから。
 このブロックがマグネシウムだって最初に教えてもらってたら、一緒にお魚獲りに潜ってましたよ?
 ええ、私は唯先輩の為に、唯先輩は私の為に。
 お魚の大きさが違っても、食べさせっこして、結局食べる量は変わらないんですよねきっと。

梓「唯せんぱぁい……」

 今度はなかなか、息継ぎに上がってこない。
 ちょっと、ううん……かなり心配。

梓「あ」

 唯先輩の頭が見えた。
 ほっとして、思わず溜め息が出た。
 ああ……銛の先にお魚。
 そんなの自慢しなくていいですから、早くここまで戻ってきてくださいよ。

梓「……はぁ」

唯「あっずにゃーん! お昼のメニューに、よくわかんないお魚追加だよ!」

梓「そんなの、どうでもいいです」

唯「え? 折角頑張って追いかけたのになあ、あはは。見た目美味しそうじゃないけど、ちゃんと私が毒味するから大丈夫だよっ」

梓「そんな、毒味とかっ……全然大丈夫じゃないですよっ!」

 気が付くと、立ち上がってた。
 走ってテントの中に入って、緊急ボタンを押してた。
 私も唯先輩も何ともなくて、どこからどう見ても緊急事態じゃないのに。

唯「……あずにゃん、どうして? ムギちゃんのご褒美が欲しかったんじゃないの?」

 私の手の下の箱から、ピピッと電子音が鳴った。
 何かの機械が入ってて、それが無事に動いたんだとわかったら、急に身体の力が抜けちゃった。

梓「もう……嫌なんです、こんなの。もしこの島の食べ物や水が豊富だとしても、今みたいに唯先輩が海に潜って、なかなか上がってこなくて……それを見てる私の気にもなってください!」

唯「……心配してくれてたの?」

梓「心配しないわけないじゃないですか! 唯先輩が海に入って、溺れちゃうかもしれないのに、私はここで見てるだけだったんですよ!?」

唯「でも、どーぶつ性タンパク質が……」

梓「だからそんなのどうでもいいんです! 一生この島でふたりっきりなわけじゃないんですから!」

唯「えー。私は別に、ここで新世紀のアダムとイブになってもよかったんだけどなあ」

梓「……アダムは男ですよ」

 唯先輩の行動力は、後先考えてないせいかもしれないけど、私より上。
 図鑑があるから時間さえあれば……と思うけど、自信も知識も私より上。

唯「じゃあじゃあ! イブとイブ! この無人島から世界を作るつもりで頑張ろうよ、あずにゃん!」

 お気楽さはこの通り、比べるまでもなく、上。
 ……こういう馬鹿っぽいところも敵わないし、わかってて言ってるんだったら尚更どうしようもない、と思う。

梓「蛇……はともかく、リンゴの木はなさそうですから、何にしろ無理です。そもそも私達がいる時点で無人島じゃなくなっちゃってます」

唯「それは屁理屈だよぉ。リンゴだって、探せばあるかもしんないじゃん?」

梓「……もうボタン押しちゃいましたから。あったとしても、やっぱり無理なんです」

 私自身が幕を引いちゃったのに、そういう『かもしれない』は、胸が苦しいです。
 唯先輩は、もっと私と無人島ライフを満喫したかったのかもしれない。
 ちょっと嫌がってたっぽい銛突きも、私の為にやってくれたし、戻ってきてくれたし、食べ物には困らないのかもしれない。
 でも、海って自分の意思ではどうにもなりませんよね?
 唯先輩、あんな遠くまで泳いで行っちゃったら、無事に戻ってこられなかったかもしれないんですよ?


唯「ま、いっか。ムギちゃんが迎えにきてくれるまで、お魚と野草でお鍋でも作ろ?」

梓「……はい。私、こういう生活は向いてないみたいです」

唯「海水は……っと、塩だけになってる。んじゃ、あっちの鍋で……」

梓「唯先輩」

唯「なぁに? お魚からダシが出るから、結構美味しいお鍋になるかもしんないよ~?」

梓「海は……もう、海水浴場くらいにして、お魚を捕る為に潜るとか、しないでください……ぐすっ」

 ああ、やだなあ、もう。
 涙はどうにか堪えたのに、鼻声になっちゃった。

唯「うん……実はね、私もちょっと怖かったんだ。波が強くて、引っ張られて……でも、あずにゃんのところに戻らなきゃいけないからって、頑張ったんだよ」

梓「うっ、う……ありがとぉ、ございます……戻ってきてくれて、とっても、嬉しいです……」

唯「……あ、あれー? わざわざ海水煮詰めなくても、あずにゃんの涙で味付けしたらよかったかなー?」

梓「……塩辛くて、食べられたもんじゃないと思いますよ」

 もうリタイア決定したせいかな、唯先輩はおどけながら残りの水を贅沢に使って野草を洗ったりお魚をさばいたりして。
 っていうか、お魚さばけるのが意外……ま、まぁ、上手とはお世辞にも言えませんけどね。

唯「あずにゃん、ちょっと離れてね。危ないから」

梓「ん……ま、またマグネシウムですか?」

唯「そうじゃなくって、本当に危ないんだよ……ま、見てて」

 『危ない』の意味がわからなかったけど、唯先輩が困った表情だったから、大人しく離れる。
 そうすると、唯先輩はお魚の切り身や野草が入った鍋をかまどに乗せる。

唯「前にテレビで見た、郷土料理のパフォーマンスなんだけどね」

 苦笑いしつつ、枯れ木を器用に箸のように使って、かまどの内側に転がっていた小石を拾い、鍋に放り込んだ。
 途端に蒸気が立ち上って、焼けた石に触れた水の蒸発する音が響く。

梓「わぁ……」

唯「ね? 離れてないと危ないでしょ?」

 そんなことを言うくせに、唯先輩は鍋のすぐ傍にいたわけで。
 沸騰と蒸発の勢いで跳ねたお湯も、小石だったせいかな、言う程危なくなかったわけで。

梓「追加です、唯先輩。危ないことしないでください」

唯「え~? 今の、危なかったかなぁ?」

梓「ついさっき今し方、私に『危ない』って言ったばかりですよね?」

唯「おおぅ……あうち」

梓「ま、何ともなさそうだから今回は許してあげますけど」

唯「うん。じゃ、私のサバイバル料理なんか食べたくないかもしんないけど……味見だけでも、ねっ?」

 って、カップに鍋の中身を取り分けて、渡してくれる。
 でもって、私が口を付ける前に、唯先輩が別のカップで味見をして。

唯「ずずっ……え? 思ってた以上に美味しい?」

梓「……何なんですかそれ!? 思ってた以上って!?」

唯「まーまー、煮込まれたお魚さんが頑張ってくれたんだよ。沸騰消毒も充分っぽいし、ゲテモノ料理かもしんないけどひと口だけ!」

 野草とお魚と塩しか入ってないのに、ゲテモノって卑下するのはどうかと思いますよ。
 でもまぁ、まずはひと口……。

梓「ん……」

唯「……どお? 塩しか使ってないんだよ!」

梓「ええ、塩だけにしては美味しい部類だと思います」

唯「でしょでしょ!? やったぁ、あずにゃんに美味しいって言ってもらえたよ!」

梓「こういう特殊な状況、っていう限定条件がありますけどね」

唯「んむー」

 ……しょっからいだけかと思ってたのに、うん、お魚のダシが出てるのかな。
 草はむしろ薬味みたいな?
 こんな限られた材料と環境で作ったお鍋とは思えませんよ、愛じょ……じゃない、空腹は最高の調味料ですね。

梓「……美味しいです、唯先輩。お世辞抜きで」

唯「わっほう! 嬉しいねえ、けど帰ったらもっぺん、ちゃんとお料理作らせてね!」

梓「普通に材料を揃えて、調味料も揃ってたら、採点厳しくなりますけど」

唯「うん、それでも真心込めて作るから。あずにゃんの為に、ね」

梓「……楽しみにしてます」

 あ、水平線の遠く向こうに見たことのある船影確認。
 本当の意味での『ご馳走』なんだから、早く食べちゃわないと。
 あと、ムギ先輩に言う文句も沢山考えておかなきゃ。

唯「んん、ずずぅ……はあ。暑い時期でもお鍋はほっこりするねぇ」

梓「はい。でも、次のお鍋は冬に食べたいですね」

唯「やっぱしお鍋は寒い時期じゃないとねえ……んむんむ、ん……美味しー♪」

梓「んっ、んく……はむっ……そおですねぇ」

 多分、ムギ先輩は大量の料理を用意してくれているんだろうけど。
 私は、唯先輩が作ってくれたこのご馳走の味を、ずうっと忘れない。

~りたいあ!~