唯「……『あなた達は今、無人島にふたりきりです』?」
梓「ぼやっと固まってないで、早く続きを読んでもらえませんか。ムギ先輩からの手紙ですよねそれ」

 覚えているのは、ムギ先輩のお誘いをありがたく受けて、クルーザーに乗って、みんなで船室に入ったところまで。
 最後まで通路に残っていたムギ先輩が笑顔で扉を閉じると、急に眠くなって……目が覚めたら、唯先輩とふたりきりで砂浜の近くの木陰に横たわってた。
 うん、自分でもわけがわからない。

唯「う、うん。えーとね……」

 私達が今いる場所が、日本のどこかにある、琴吹家所有の無人島ということ。
 律先輩と澪先輩も、私達と同じようにふたり組になって、他の島で同じ状況に陥っていること。
 数日間サバイバル生活をして、先にギブアップしたタッグが負けという意味不明なゲームが始まっているらしいこと。
 最低限必要な道具と一日分の食料、三日分の水が支給されること。

唯「『それじゃみんな、くれぐれもお腹だけは冷やさないように気を付けてね』……だって。ムギちゃん優しいねぇ~」
梓「はあ? 南の島の別荘で特訓合宿しましょうって、ムギ先輩が誘ってくれたはずですよね? サバイバル生活だなんて聞いてませんよ!?」
唯「……あずにゃん、あずにゃん。私達、水着姿だね。まぁムギちゃんが下に着てくるように言ったからなんだけど」
梓「はい……そういえば服は剥かれてますね」
唯「ムギちゃんちのおっきな船に乗った時、メイドさんぽい人が何人もいたから、きっとあの人達の仕業だよ!」
梓「……そう思いたいですし、脱がされてること自体が大問題ですが……じゃなくて、話が全然違うって言いたいんですよ!」
唯「えーっと……あ、あそこ! 行ってみよ、あずにゃん!」

 唯先輩は頭をくるりと巡らせて、砂浜の向こうに何かを見付けた様子。
 手を握られて、私も仕方なく半分引きずられる形で駆け出した。
 っていうか、砂が暑いの平気なんですか唯先輩。

唯「やっぱり! きっとあれ、ムギちゃんの用意したチェックポイントだよ!」
梓「えー……日除けにしか見えませんけど……」
唯「まぁまぁ、何か置いてあるから見るだけ見てみようよ。ご飯用意してくれてるんだよね?」
梓「手紙には『食料』と書いてあったはずですが。期待しない方がいいですよ、絶対」
唯「何だろなー。オリエンテーリングみたいでわくわくしちゃうなー♪」

 丸っきり、縁日やら体育祭なんかの運営本部ですが。
 謎の箱の他にもテーブルとか色々置いてあるし、まさかここをサバイバル生活の拠点にしろと?

唯「……ねぇ、あずにゃん? この箱は何だと思う?」
梓「はい……貼ってあるラベルの通りなんじゃないですか?」

 『食料』『狩り道具』『調理道具』『寝具』『着替え』……と、そんな感じのラベルの貼られたコンテナがいくつも並べてあった。
 勿論、私達の他には誰もいないし、快適そうなベッドもお風呂もあるわけがない。

唯「うっ、ううっ……ご馳走は!? ご馳走じゃなくてもいいけど、ご飯どこぉ!?」
梓「あ、唯先輩。ギブアップの時はあのボタン押せばいいみたいですね」
唯「んう? あ、そっか。ギブアップしちゃえば、多分助けに来てくれるよね」

 ……と。
 早速、『緊急』と書かれた自爆ボタンみたいな箱へ駆け寄る唯先輩。
 慌てて抱き着いて止めつつ、ムギ先輩の手紙の意味を考えてみる。

唯「やーん! 放してあずにゃん! 私、早く帰って憂のご飯食べてアイス食べて寝るのー!」

梓「待ってください! さっきの手紙には、律先輩達もふたりになってるって書いてありましたよね!」

唯「うん……でも、それがどうしたの?」

梓「先にギブアップしたら負けということは、勝ったら何かしらのご褒美があるに違いないです!」

唯「……おお、確かに!」

梓「こんなバラエティ番組の企画みたいなサバイバル生活をさせられるんですから、苦労に見合うだけのご褒美が……」

 あるに違いないです。
 仮に頑張って勝ったとして……何もなかったらやだなぁ。

梓「ご褒美、ないかもしれませんね……やっぱりボタン押してもいいですよ」

唯「ちょ、ちょっと待った! 折角ムギちゃんが私達にサバイバル体験をさせようと準備したのに、いきなりギブアップしたら泣いちゃうかもしんないよ!?」

梓「どの口が言いますか」

唯「うん、じゃ、あずにゃんもれっつサバイバル。まずは装備の確認だね~」

梓「いきなり切り替え早いですね……でも、とりあえず『食料』とやらで腹ごしらえしましょう」

唯「うんっ!」

 お腹も空いてきてるし、ちょっと不安だけど、スタッフがいないバラエティ番組の撮影だと思えば、うん。
 そこかしこにカメラがセットしてありそうだから、その点だけ気を付けてればいいよね。

唯「では! 食料の箱、オープン!」

梓「……カ□リーメイト、ですね」

唯「ひーふーみー……あり? 六箱しかないよ? 一日分には全然足りないよ?」

梓「ひとり一食一箱、それで三日分というわけですか」

唯「どうしようあずにゃん!? カ□リーメイトなんて、おやつで二箱食べちゃうよ!? それに夜食の分も入ってないよ!」

梓「カ□リーメイトをおやつにするってゆーのが気にかかりますけど、あれですね。もっと食べたければ自分で調達しろっていう意味かと」

 むしろカ□リーメイトだなんて、手ぬるいんじゃないですか。
 どっかの軍用レーションでも入ってるかと思いましたよ。

唯「ううっ……これ食べたらボタン押そうね、あずにゃん……んっ、んぐ、ぷはー」

梓「水っ!? ちょっ、待ってください! 水はカ□リーメイトより貴重なんですから!」

唯「へ? でも、もそもそして食べづらいし、喉渇いてたし。ケチって飲まなかったら、逆に熱中症になって大変だよ?」

梓「……ぐびぐび飲まないように気を付けて欲しいんです。ええと、三日分ってことは、確か人間の一日の必要量が……」

 私が指折り数えていると、ちゃぁんと隣の箱の中に沢山ペットボトルが用意してあった。
 ムギ先輩……手ぬるいんだか厳しいんだか、どっちかに徹してくださいよ。
 どうせ用意してくれるんなら、給水タンクみたいな設備をですね。

唯「うー、全然足りないよぉ」

梓「我慢ですよ、我慢。手紙に書いてなかったんでわかりませんが、ご褒美の為に。ご褒美がなかったらキレていいレベルだと思います」

 私も食事……とは言えないか。栄養補給、カロリー補給っと。
 ……確かにもそもそするけど、久しぶりに食べると美味しいかも。
 蛇の人が叫ぶ理由もわかるってもんです。

梓「んっ、んく……はぁ。さて、他の箱の中身を改めましょうか、唯先輩」

 ご丁寧にも設置されていたゴミ箱にゴミを丸めて放り投げて、次は何をしたいか考えてみる。
 ……着替え、かな。

梓「こ、これは……」

唯「探検隊だ! 探検隊の服だよ、あずにゃん……あれ、袖が長いね」

梓「私はそっちのが助かりますけど。あとは靴とかシャツとかタオルとか軍手……ま、何であれ清潔な服があってよかったですね」

唯「パジャマは?」

梓「なさそうです。あるわけないです。寝る時は水着かシャツを……ああ、寝具っていう箱がありましたっけ」

 ぱかっとな。

唯「……毛布と、銀色の……何かなこれ。ぐるぐる巻いてあるけど」

梓「断熱マット、ですかね。あと寝袋ふたつでこの箱は終わりみたいです」

唯「うーん、サバイバルっぽくなってきたねぇ」

梓「サバイバルと呼ぶには条件が甘々ですけどね。まだ『家族でキャンプに来たら食材全部忘れてきちゃった』って雰囲気だと思います」

唯「……今の気分を的確に表現してるね、それ」

梓「はい。先輩達とたっぷり遊ぶいえ練習するのを楽しみにしてたのに……本当にがっかりですよね」

 雨や夜露をしのぐ天蓋は用意されている。
 太陽や影から察するに、まだ午前中……なのに早くもじりじり暑いってことは、南の島というのは嘘じゃなさそう。
 昼間の暑ささえ何とかすれば、夜は特に寒くて凍えることもないんじゃないかな。

唯「他の箱を開けたら、ムギちゃんの本気度がわかるんだね」

梓「そういうことです……さて、と。調理道具は何があるんでしょう」

 ぱかっと。

唯「こりは……サバイバルナイフかな? あとまな板? と、小さなお鍋と……おお! お鍋開けたらもっと小さいお鍋とかコップとか出てきたよ!?」

梓「……登山グッズじゃないですか! まな板入れるくらいなら携帯コンロでも入れといてくださいよ!」

唯「ひい!? あ、あずにゃん……私が入れたんじゃないよ、だからそんな怖い顔して怒らないで?」

梓「あっ、いえ、唯先輩に対して怒ったわけじゃないんです。ムギ先輩が意地悪だなと思って、つい……」

 怯えた風の唯先輩を慌ててなだめながら、箱の中を漁る。
 残っているのは、本。
 『野草図鑑』と、『お魚図鑑』に『明日の夕食』……はあ。
 薄々そうなんじゃないかと思ってたけど、サバイバルを続けるなら『狩り道具』って物騒な名前の箱を開けるしかないんだ。

梓「本が調理道具に分類してあるのってどうなんですかね」

唯「あ、でもほら。付箋が……毒のある魚? こっちは……毒草だって」

梓「ムギ先輩は優しいですねぇ、ほんと」

唯「そうだねぇ、私達サバイバラーにとって毒は大敵だもんね」

梓「サバイバー、です」

唯「あうち」

 何だかんだ言って、唯先輩も割と乗り気になってきてるのかな?
 ま、いつでもリタイア出来るみたいだし、普通のキャンプ気分で楽しんでみるのもいいかも。
 ……さてさて、いよいよ『狩り道具』の箱ですよ。
 の前に、蓋の上にメモが貼ってある。

梓「……『テーブルの裏を見てね』?」

唯「……おおう、銛だ! お魚をずばっと刺すやつ! 使い方知ってるよ、このゴムを引っかけてこう持って……」

梓「わああああ!? こっち向けないでくださいよ! 危ないじゃないですか!?」

唯「あ、ごめんごめん。別にあずにゃんを食べようと思ったわけじゃないからね、ごめんね」

梓「どんだけ極限状況なんですか」

唯「食べちゃいたいくらい可愛いなぁ、とはいつも思ってるけどね」

梓「…………」

 いきなりこの状況でそんなこと言われても、反応に困りますよ。

 もう、唯先輩ったら、サバイバル生活する気になったんなら、もう少し真面目に……あれ?

梓「あの、唯先輩」

唯「何かな、あずにゃん?」

梓「本気でサバイバルする気になったんですか? そこのボタン押せば、すぐ家に帰って憂のご飯食べてアイス食べて寝られますよ?」

唯「うん、折角ムギちゃんが用意してくれたんだし、食べるものがなくなるまでならいいかなって」

 まぁ、唯先輩がそう言うなら。

梓「それじゃ、私もとりあえず付き合います。ご褒美に期待しつつ! 期待してますからね! ムギ先輩!」

 テレビでこういう番組を見る時、必ずカメラが仕掛けてあるような場所を向きながら、何度も念を押す。
 例えば調理に最適なテーブルの辺りとか。
 こうして支給された道具を確認してる時の正面とか、緊急ボタンの近くとか。

唯「ひゃっ!? ど、どうしたのあずにゃん、また急に叫んで」

梓「唯先輩も真似してください。ムギ先輩が隠しカメラを仕掛けてる可能性が非常に高いですから」

唯「う、うん……期待してるよ! ムギちゃん! ね! あと……え、こっちにも? ムギちゃん、ご褒美に超期待してるからね~♪」

 とりあえず、これでよし。
 今の唯先輩の無邪気な笑顔のアピールを見たら、ムギ先輩も心を痛め……なさそう、はあ。

梓「じゃ、箱開けますね」

 ぱか。

梓「水筒……空っぽですね。同じく空っぽのリュック」

唯「あっ、またサバイバルナイフ。同じのが二本目だよ、どうしようあずにゃん?」

梓「一人一本ってことですかね。それか片方はここに置いといて、綺麗なまま調理に使って……その方がよさそうですね」

唯「うん、そうしよう。こっちは敵をバシバシ斬り倒すナイフ! これさえあれば、ゾンビだって楽勝だよ!」

梓「ひゃああ!? 危ないから振り回さないでくださいってばぁ!」

唯「あ、ごめんね。別にあずにゃんを……」

梓「はいはい、私は食べ物じゃありませんから……えっと、ゴーグルセットに足ひれ」

 つまりさっきの銛を使って海に潜って魚を撃て、と。
 甘いかと思えば何気に難しいこと要求しますね、ムギ先輩。

唯「これがあると泳ぐの楽だよね~。あずにゃん、一緒に海で泳ご♪」

梓「はいはい、あとでいくらでも……救急箱は、うわ。消毒薬と絆創膏とガーゼと包帯だけで本当に最低限……ん、これは何でしょう?」

 銀色の金属の塊、黒い棒がくっついてる細くて小さな四角いブロック。鉄じゃなさそうだけど、これって何に使うんだろ?

唯「ああ、火打ち石みたいな? 原始人みたく木の棒をぐりぐり回さなくても、簡単に火起こし出来るんだよ」

 へー。
 そんな便利なモノが……っていうかムギ先輩、それならライターかマッチでも同じじゃないですか。
 っていうか狩り道具じゃないですよね火打ち石って。

梓「はあ……意外に物知りなんですね、唯先輩」

唯「ふふん、もっと誉めて誉めて!」

梓「これも知ってたらそんな得意気な顔してられないと思いますけど」

 私はそれだけ言って、箱から離れて他の道具を使いやすそうなとこに配置することにした。
 無人島っていうのが本当だったとしても、日本国内でこれはマズいですよね、ムギ先輩。

唯「……あずにゃん。私、かまどを作る石を探してくるね」

梓「お願いします」

 何年も前に法律で使用禁止になったトラバサミなんて、別の意味で危なくて使えませんよ。

梓「はあ……って、え? かまど?」

 箱から出しておいた衣類のうち、軍手がなくなってる。
 唯先輩なら勢いで飛び出して海へ……と思ったのに、意外としっかりしてるんですね。

唯「ぃよいしょーお!」

梓「…………」

 ああ、あんなに無駄に叫んで無駄に勢い付けて、かまど作るには無駄に大きな石を放り投げちゃって。
 すぐに喉が乾いたって戻ってきそう……えっと、唯先輩の水はここに置いて、っと。

梓「……同じナイフに見えるけど、微妙に違う? 箱の通りに使えばいいのかな」

唯「そりゃー!」

 調理用の刃物はサバイバルナイフじゃなくって包丁だったらよかったのに、変なところでサバイバル縛りになってるなあ。
 まな板は……百均で売ってるような薄っぺらい、ふにふに曲がるやつ。
 ないよりはかなりマシだけどね。木製より洗うの楽そうだし。

唯「とぉりゃー!」

梓「……唯先輩は火打ち石って言ってたけど、これ、何なんだろ」

 銀色の小さなブロックを手の中で転がしながら、元気一杯に石を集める唯先輩の姿を眺める。
 ……あれ、いつの間に靴はいたんだろ。
 私が箱の中を物色してる間に、唯先輩は唯先輩なりに準備してたのかな?

唯「ちぇすとー! 腰のことじゃないよ!」

梓「そもそも元の意味からして違います」

 ほんの呟きだから聞こえないだろうけど、何だか思わずツッコミを入れちゃう。
 元気だなぁ、本当に。
 楽しそうだし、余裕もあるみたいだし……いつまで続くか、ちょっと不安だけど。

梓「唯せんぱーい! かまど手伝います、完成したら泳ぐついでにお魚獲りましょう!」

 靴をはいて、軍手をはめて、唯先輩のいる方へ駆け出す。
 私だって小さな石とか、薪に使えそうな流木くらいは運ばなきゃ。


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