姫子「ごめーん、待った?」

いちご「別に、待ってないよ。上映時間までまだ時間あるし」

姫子「ごめんね。私から誘っといて待ち合わせに遅れちゃうなんて」

いちご「待ってないって言ってるのに」

姫子「ふふ、にしてもさ、ムギも太っ腹だよね。クラス全員に映画のチケット配るなんてさ」

いちご「この映画とったのがムギんとこの映画会社だからでしょ。それに、この映画のキャストは……」

姫子「うんうん、どんな演技するんだろう、楽しみだねー」

 よく晴れた土曜日、映画館からぞろぞろと連れだって五人の少女たちが出てくる。その中の一人、髪を肩のあたりで切りそろえた少女が元気一杯に口を開いた。

「すっごく面白かったね! えぇっと、タイトルはなんだっけ?」

 その問いに、カチューシャを付けた少女が答える。

「おいおい唯、タイトルくらい覚えとけよ。『ZOMBIE HAZARD』だよ。『ZOMBIE HAZARD』」

「ああ、そっかそっか。でもあのゾンビちょーリアルだったね。澪ちゃんなんか上映中に何度もビクッて驚いてたんだよ」

「な、仕方ないだろ! あんなリアルな怪物が急に飛び出してきたらだれだって驚くさ。梓だって何度か驚いてたろ?」

 澪と呼ばれた少女は恥ずかしそうに少し赤面しながら、隣を歩く後輩、梓に話を振った。

「……たしかに私も何度か驚きましたが、ビビりの澪先輩ほどじゃありませんよ」

「む、なんだよその言い方。最近妙に突っ掛かるじゃないか」

「別に、突っ掛かってなんていません。自意識過剰なんじゃないですか?」

 二人の間に少々険悪なムードが流れだしたところで、ウェーブがかった長髪の少女が割って入る。

「まあまあまあまあ、喧嘩はやめましょう? 映画、楽しんでもらえたみたいで本当によかったわ」

この五人、平沢唯、田井中律、秋山澪、中野梓、琴吹紬は同じ高校の軽音楽部に所属している。今日は五人で紬の父が経営している会社の、傘下のひとつである映画会社が制作したパニックホラー映画『ZOMBIE HAZARD』を鑑賞したのだ。

「あ、そうだ。澪ちゃん、服買いに行こうよ。新しい冬もののジャケットが欲しいの」

「ん? ああ、いいよ。行こうか」唯の突然の誘いに、澪は快く答える。

「お、いいねいいね。皆でいこう」律もノリよく声をあげるが

「あ、ごめんりっちゃん。今日は澪ちゃんと二人でいきたいんだよー」

「え……ああ、そっかそっか。そうだよな……んじゃ今日はここで解散ってことで」

 唯に断られてしまい、調子を落とす律。澪はそんな律に左手で手刀を切って謝罪しながら

「悪いな、律。じゃあ皆、また月曜に学校で」

「ホントにごめんね、りっちゃん。じゃ、みんなバイバイ」

「おう、また来週!」

「さよならです。唯先輩」

「二人とも、また学校でね」

別れの挨拶を交わして、唯と澪はショッピングモールがある方向へと手をつないで歩いて行った。

「りっちゃん」

「ん? なんだよ、ムギ」

「無理、してない?」紬は律を気遣うように問いかける。

「無理なんか……してないさ」

「そう……なら良いんだけど」

 強がる律の表情には、明らかに暗いものがうかんでいる。

「梓ちゃんも、あんまり澪ちゃんのこと悪く思っちゃダメよ」

「別に、澪先輩のこと悪く思ってなんてないですよ。それより、暗くなる前にかえりましょう」

「そうね、そうしましょうか」

 その後、三人は言葉少なく家路に着いた。


 澪とのショッピングの後、少し遅めの時刻に帰宅した唯は、妹の憂と二人で食卓についた。両親は、今日は泊りがけで温泉旅館に行っている。
高校生の娘がいるというのにこの夫婦はいまだに新婚気分で、良く二人で旅行にでかけてしまう。なので平沢家の食卓は姉妹二人きりということが多い。

「それにしても、お姉ちゃん。遅くなるんなら連絡してくれればよかったのに」

「えへへ、ごめんね、憂。連絡しようと思ったら携帯が見つかんなくてさー。多分、部屋に置き忘れたんじゃないかなーと思うんだけど、もしかしたらどっかで落としちゃったのかも」

 憂が作った特製ハンバーグを箸で切り分けながら、申し訳なさそうに唯は答える。

「もう、それなら梓ちゃんの携帯で代わりにメールしてもらったりすれば良かったでしょ?」

「それがさぁ、連絡しようと思った時にはあずにゃんと別れた後だったんだよ。映画を観終わったあと澪ちゃんとデートしてたから」

唯は嬉しそうに惚気るが、その瞬間、憂の表情は少し険しくなった。

「そう……デート、してたんだ」

「うん! 澪ちゃんにね、冬もののジャケット選んでもらったの。すっごく可愛いんだよ」

「そっか、良かったねお姉ちゃん。澪さん、優しくしてくれてる?」

 どこかぎこちない笑顔で、憂は姉に訊ねる。

「あったりまえだよー、なんて言ったって澪ちゃんは私の恋人さんだからね!」

 唯と澪が付き合いだしたのは一カ月ほど前のことだ。軽音部に唯が入部した時から良好な
友人関係を築いていた二人だが、友達として付き合っていくうちに、どちらからともなく恋
心が芽生えていった。恋人として付き合いたいと告白したのは澪の方だ。澪の一世一代の告
白に対して、唯は笑顔で「うん! 良いよ!」と即答した。同性愛者など引かれるかもしれ
ないと悩んでいた澪が拍子抜けしたのは言うまでもない。

「ごちそうさま! 憂、お風呂沸いてる?」

「あ、うん。沸いてるよ」

「じゃあ、お姉ちゃんはひとっ風呂浴びてくるのあります!」

「ふふっ、いってらっしゃい。ゆっくり温まってきてね、お姉ちゃん」

 ぺたりぺたりと軽快な足音をたてながら、唯はバスルームへと歩いていった。

「…………よし、さっさと洗い物でもしちゃおうか」

 かちゃりかちゃりとどこか物悲しげな食器を片づける音が、リビングルームに響いた。



 夜十一時半、そろそろ寝ようかという時刻に、自分の部屋で寛いでいた澪の携帯が鳴った。どうやらメール着信のようだ。

――澪ちゃん、まだ起きてる? いまメールできる?――from唯

 相手は唯だった。少し夜遅いが、恋人からのメールのお誘いだ。断るわけにはいかないので、すぐに返信する。

――起きてるよ。携帯みつかったんだな。良かったじゃないか――from澪

――うん。よかったよ。それにしても、今日のデートは楽しかったね!――from唯

『デート』の三文字に、思わず頬が緩むのを感じる。

――ああ、楽しかったな。また二人でどこか行こうな――from澪

――うん! ところでさ、澪ちゃん。いまから、ちょっと家でられるかな? 
今日は澪ちゃんと一緒に夜更かししたい気分なんだ。カラオケ行こうよ!――from唯


 ――というわけで、メールでカラオケボックスに呼び出された澪は、両親にばれないように

抜き足差し足で家を抜けだした。近所のカラオケ店の前で十二時半に待ち合わせだったは

ずだが、約束の時間になっても唯はあらわれず、五分ほど待ってみたところで

――ごめん、ちょっと遅れるから先に部屋取っといて!――from唯
という内容のメールが送られてきた。

 全く、自分が呼び出したくせに困ったやつだなと呆れながらも、惚れた弱みか痘痕(あば
た)も笑窪か、そんなところも可愛いのだけどと苦笑してしまう澪。

 メールでいわれた通りに先に店に入り、カウンターの店員にあとからもう一人来ること
を伝えてから部屋を取った。しかし俗に言う一人カラオケなどしたことはないし、歌いた
い曲もない。何より一人で歌ってもつまらないので、唯が来るのを待つことにする。

それにしても、夜のカラオケボックスって奴はどうしてこう薄暗いんだろうか、などと
呟きながら、照明をつけて部屋の中を明るくする。暗い部屋で一人というシチュエーシ
ョンは少々苦手だ。


カラオケ機器の画面に流れている新作映画の宣伝を聞き流しながら、曲入力端末をいじ
ってお気に入りのバンドの新曲を調べながら時間を潰していると、ガチャリとドアが開
き唯が部屋の中に入ってきた。

「おう、やっと来たか……って、どうしたんだその格好?」

 やっと現れた唯の服装は下から順に、学校指定のローファー、いつもの黒のタイツ、黒
のスカート、黒のダウンジャケットとさらには黒い手袋まで付けた黒づくめであった。し
かもダウンジャケットのフードをかぶり、そのフードには可愛らしい猫耳が付いているの
で、まるで黒猫のようである。

「猫耳なんかつけちゃって、今日はゆいにゃんって呼べばいいのか?」

 世間一般の常識からいえばちょっと変わった服装だが、唯にはよく似合っている。

「澪ちゃん……ちょっと、部屋、暗くするね。」

「え? ああ、うん。」

 唯の声は小さく、少々聞き取りづらかった。どうしたんだろう? なんかいつもと雰囲
気違うな――と、澪が戸惑っていると、唯はドアの横についている照明を調節する摘みを
オフの方へと捻った。

「唯って明るいところで歌うの苦手? いや、そんなことはないよな。ライブで大勢の前
で歌う時も堂々としたもんだし」

「ごめんね、澪ちゃん」

 小声での謝罪とともに唯は澪の方へと走り寄った。

 二人の体が重なる。

「え?」

 澪の口から疑問の声が漏れる。

 唯の手にはナイフが握られており、鋭利なそれは澪の心臓あたりに突き刺さっていた。

「ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね……」

 ごめんね。ごめんね。ごめんね。呟くたびに澪の体にナイフが突きたてられていく。
 突然の出来事にさしたる抵抗もできず、やっとのことで絞り出した助けを呼ぶ声はカラ
オケ店特有の防音と喧騒に消えていった。


「そして犯人は店から逃走。現場には犯行時に落としたと思われる平沢唯の携帯電話とナ
イフが突き刺さった秋山澪の遺体が残されていたわけだ」

 監視カメラに残されていた映像と、カウンターで平沢唯らしき人物の応対をした店員の
目撃証言から、翌日平沢唯は任意で引っぱられることとなった。

 ここまでしゃべったところで草薙は言葉を切り、湯川の方を見た。湯川は爪にヤスリをかけている。両足は机にのせていた。

 例によって帝都大学理工学部物理学科第十三研究室にいる。今は講義の時間で、学生たちの姿はなかった。

「さて、ここまでで何か質問は?」

「質問ね。しいて言うなら、なぜ僕にそんな話を延々と聴かせているのかを教えてほしい
な」

 湯川は全く興味がなさそうに、爪を磨きながら草薙に問う。


「わかりやすい事件じゃないか。犯人は被害者の恋人で、動機はおおかた痴情のもつれか
なにかだろうさ。同性カップルである点を除けば、ごくありふれた殺人事件」

「そんな単純な事件なら、お前に相談しに来たりしない」草薙は困ったように頭をかきな
がら疲れたように言葉を吐く。

「この話には続きがある」事件内容を話すときの草薙の目はいつも真剣だ。「なんと平沢唯には、そっくりな妹がいるんだ。名前は平沢憂。髪形を似せれば、親しい友人でも見分け
がつかなかったそうだ」

「なるほど。双子トリックというわけか」

「いや、確かにそっくりなんだが、双子というわけじゃないらしい」草薙は左手に持った
手帳を右手のボールペンでたたきながら訂正する。

「ああ、僕が言っているのは双子入れ替わりトリックのことさ。この場合、本当に双子か
どうかは問題じゃない」

 湯川は目を細めて窓から外を眺めた。

「やはり、わからんな。犯人が平沢姉妹のどちらだったとしても、僕に話すような事件で
はないと思うが」

「……実はカラオケ店の店員が奇妙な証言をしているんだ」

「奇妙な証言?」湯川の目が少し見開かれた。

「店から逃亡するときに犯人は店員の一人と廊下でぶつかっている。そのぶつかった店員
がちらっと見た犯人の顔には、まるで殴られたような痕があったというんだ」

「犯行時に殴られたんじゃないか?」

「秋山澪の手には殴ったような痕はなかった。しかも、しかもだ、逮捕時の平沢姉妹の顔
は傷一つない綺麗なものだったんだよ! 犯行があった深夜から翌日逮捕されるまでのた
った十数時間程度で、殴られた傷を完璧に治すなんて有り得ると思うか?」

「店員が見間違えたんじゃないか? 人間の記憶など、当てにならんものだ」

「うちの課長はお前と同意見だよ。ぶつかったときに顰めた顔が殴られた痕のように見え
たんだろうと言っている」

 ははは、と湯川は声をたてて笑った。

「いつものことながら、君のところの課長とは気が合う」

「はあ、笑い事じゃないんだが、やっぱり課長やお前の言う通りなのかな」

「仮に、本当に一晩で怪我を治したとするならば、報告書にはなんと書くつもりだい? 犯
人は超常の自己再生能力をもっていました、とかかな? なかなかユニークで素晴らしい
報告書だとは思うが」

 湯川の言葉には、明らかに小馬鹿にしたようなニュアンスが含まれている。草薙は口元
を歪めた。

 湯川は、話は終わったと言わんばかりに席を立ち、いつものインスタントコーヒーを淹
れるために、流し台へと歩いて行く。

「わかったよ、犯人はこのまま平沢憂で決まりか。平沢憂の証言には微妙に納得いかない
ところもあるんだがなあ……」

草薙は少々不満そうだ。

「ん?」

 草薙の言葉に気になるところがあったのか、湯川の視線が草薙の持っている事件概要が
書かれた手帳に向けられる。

「平沢憂で決まりとはどういうことだ。姉の方も十分怪しいと思うが」

水を入れたやかんを火にかけながら湯川は訊いた。

「ああ、平沢憂自身が、自分が犯人だと主張しているんだ。逮捕されたのも、平沢憂本人が
自主してきたからだよ」

「自主してきただと?」湯川の眉間にしわが寄る。「なぜだ?」

「そりゃ、自分が犯人だからだろう。もしくは、姉をかばうためという線もあるだろうが」

「かばうため? かばうためか……」

湯川は何事か考え込むように顎に人差し指を添えている。

数十秒程の間をおいて、湯川はガスレンジの火を消した。

「まだ沸いてないんじゃないか?」ぬるいインスタントなど飲めたものじゃないだろう、
と草薙が続けようとした言葉を切るように、湯川は草薙を指差しながら口を開いた。

「コーヒーはおあずけだ。カラオケ店の監視カメラに証拠映像が残っているんだったか? 
その映像は、僕にも見せてもらえるんだろうね?」

「で、映像を観た感想は?」警察署の一室で二人はパイプ椅子に座って映像確認用のテレ
ビに向かっている。犯人が犯行現場に現れてから十数秒程で犯人の手で証明が落とされて
しまうので、実際に凶行がおこなわれている場面は部屋が暗くてよく観えない。

「犯人は猫耳を付けている」

「それはお前の研究室で言っただろう? 他にはないのか、他には」

「秋山澪は照明が落とされる前に犯人の顔を確認している。とりあえず、秋山澪が犯人の
ことを平沢唯だと認識しているのは間違いないらしいな」

「ああ、それは間違いないよ。店員にも平沢姉妹の写真を見せて確認してある」ただ、残
念ながら店員には姉妹の区別はつけられなかった。

 湯川は何度も巻き戻しては映像をチェックしている。

「犯人の指紋は全く残されていなかったのか? 凶器にも?」

「うちの鑑識をあまり馬鹿にするなよ? そんな証拠があれば苦労しない」

「そうか、では次にいこうか」

 湯川はパイプ椅子から立ち上がって足早にドアの方へ歩を進める。

「ちょ、次ってなんだよ? どこへ行くつもりだ」

「平沢唯と秋山澪が所属していた部活は、たしか軽音楽部だったか? その軽音楽部の子
たちの話が聞きたい」


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