私は異常なんだと思う。

 だってほら、校医さんも私を奇異の目で見ている。

 「今日も体調が悪い、と」

澪「……はい」

 これで4日続けて保健室に通っている。

 授業にも若干の支障が出ているし、

 本当に体調が悪いなら、病院に行くことを考える状況だ。

 でも私の悪いところは体の調子ではない。

 誘惑に負けて、本当に体が悪くなったような気にさせる、私の嘘つきな心だ。

 「秋山さん……」

 校医の先生は、既に覚えてしまっている私の名前を溜め息まじりに吐いた。

 「ハマッちゃうのは分かるけど、程々にしたほうが良いわよ? 大事な場所なんだから」

澪「は……は!?」

 一瞬にして顔に血がのぼって、かあっと熱くなる。

 「思春期にはよくあることだけどねぇ。私もそんな時期が」


 がしゃりとシャッターをおろして、先生の言葉を防ぐ。

 相談した訳じゃないのに、軽々しく踏み込んでくるのは止してほしかった。

 私のサボタージュを咎めているのかもしれない。

 だけど、ここだけは触れないでほしい。

 「無理に我慢しろー、とは言えないけど、今晩は少し頑張ってみない?」

澪「はあ」

 話の終わる気配に私は耳を開き、そして曖昧に頷いた。

 「うん、うん」

 校医さんは満足そうにこくこく首を振る。

 「それじゃ秋山さん、私4時間目くらいまで用事あって居れないから」

 「ここ、お願いね」

 ウインク。ターン。オープンザドア。退出。クローズワン。

澪「……」

 このままでは私も、あんな風になるのではと危惧した。

 私も存分におかしいが、先生も相当のものだ。


 未来――いや、今はそんな暗いことを思うのはやめよう。

 本当に、確かに少しだけ、眠気はあるのだから。

 私は上靴を脱いで、一番奥のベッドに座った。

 スカートを何度も直しつつ、布団に潜る。

澪「……あと20分か」

 携帯をそっと出し、時刻を確認する。

 あの心配性のお嬢様が、あと20分したらやって来る。

 とくとくと胸が高鳴るのを感じる。

 やっぱり私はおかしい。

 嘘で固めて築いた、私たちが見詰め合うステージは

 まさしく軋むベッドのように不安定だ。

 でも、そんなステージでさえ、私は立ちたいと思う。

 ……ムギの出てくるストーリーなら。


 しばらく目を閉じていたら、チャイムが響いた。

 2限の終わりだ。

澪「……」

 脈動の速さは、最高潮に達していた。

 保健室に足音が近づくたび、呼吸が止まる。

 がちゃりとドアが開くと、太腿の筋肉がぴんと張った。

紬「澪ちゃーん?」

澪「ムギ……」

 わざと小さな声でムギを呼ぶ。

 ライアー・インザライは嘘に余念がない。

 しゃっとカーテンを開けて、ムギが現れる。

 そして一歩進んで、私たちだけの狭い空間をつくった。

紬「……体の調子はどう?」


 ムギは、優しい。

 私の嘘に気付く様子もなく、ただ私の体調を案じてくれる。

 それが仕事である保健室の先生にすら、疑いのまじる視線を向けられる私なのに。

澪「ん……少し、胸が苦しいかもしれない」

 嘘ばかりつくのが申し訳なくて、一匙だけ真実を加えてみる。

紬「苦しいって……大丈夫なの?」

 嘘をつかなかったご褒美かは分からないけれど、瞳に焦燥をにじませ、ムギが私の顔を覗きこむ。

澪「い、いや、言う程でもないよ。そんな感じがするくらいだ」

 慌てて体を起こす。耳から煙が出そうだった。

 そのとき。

紬「こら澪ちゃん、寝てないとだめ!」

 ムギが私の両肩に手を置いた。

 ふわりと柔らかな力がかかって、私はベッドに沈められていく。

 その一瞬が、耐えようもなく甘かった。


 きしん、きしん。

 私の頭の裏で、何かが数度軋みを上げた後、無音にて断たれた。

澪「ムギ……」

 天井の前で、ムギは慌てふためいた顔をしていた。

紬「ねぇ、本当に大丈夫? 顔が真っ赤よ?」

 何を言っているかは分からなかった。耳がきいんとして、聞こえない。

 でも、私に語りかけていることは間違いない。

 そして、それだけでムギのことを愛しく想うには十分だった。

紬「?」

 手をのばして、ムギの後ろ頭に左手を置く。

 指にふわふわの癖っ毛が絡んだ。

 少し力を入れる。抵抗感はなく、ムギの顔が私の口元におりてくる。

紬「……」


 ムギは目を開いたまま。

 私も、どうしてかタイミングを失ったか、目を開けたまま。

 わたし達の唇は、奇跡的にぴったり重なっていた。

 「ちゅ」と間抜けな音は、カーテンの中いっぱいに響いた気がした。

 ムギが唇を離したのだった。

紬「み、澪ちゃん?」

 その声は、ただ純粋な疑問のみを含んでいた。

 驚きも、興奮はおろか、嫌悪すらない。

 私は、こんなにもぐちゃぐちゃと感情がないまぜになっているのに。

澪「ムギ。……な?」

 明確なのは、私がムギを愛しているという事だけ。

 ムギの脇の下に腕を差し、ぎゅっと抱き上げる。

紬「ひゃあ!」

 やっぱり抵抗しない。ムギには抵抗できないのかもしれない。


 されるがままに、ムギが私の上にのしかかる。

澪「うむ……」

紬「あの、澪ちゃん……?」

 足の爪先を動かし、少しずつ私たちを阻む布団をどかしていく。

 返事をせずに、私はムギをぎゅっと抱きしめる。

紬「……」

 ムギの身体はこんなにも温かいのに、彼女はぶるっと小さく震えた。

澪「なぁ、ムギ。ムギは私のことどう思う?」

紬「澪ちゃん……いったい何の話?」

澪「おかしいと思うだろ。こんな私……」

 私はなにが言いたいんだろう。

 こんな話をムギにして、どうしようっていうんだろうか。

紬「私は……澪ちゃんがおかしいとは思わないけれど」

 ムギは私の顔から視線をそらすように俯いた。

紬「嘘をつくのは、いけないと思うわ」


 私は息をのんだ。

澪「知ってたのか!?」

紬「だって、澪ちゃん……元気いっぱいじゃない」

 目の前のムギの顔が、にわかに歪んだように思えた。

 その笑みはどこか淫靡な、私の見たことのないムギだった。

 そういえば、私はムギのことをほとんど知らない。

澪「……元気いっぱいということもないと思うけど」

 私はぼそりと言う。

 体がほてり過ぎて、小さな声しか出せなかった。

紬「そうね。澪ちゃんはきちんと悪いことをしてるって自覚があるからね」

 ムギの指先が私の顎に触れる。

 背筋に、ぞくりと言い知れぬ感覚が走った。

澪「む、むぎぃ……」

 愛されているというより、母親にあやされているような感じだ。

 ……悪くない。


紬「澪ちゃん、可愛いわ……」

 不意に、ムギが目を閉じる。

 つられるように、私も瞼をおろし、ムギに身を任せた。

 唇が触れ合う。

澪「ん……」

紬「ふふ。……ちゅ」

 私のくちびるが、ほのかに潤んだムギの唇に食まれる。

 頭がぼうっとして、何も考えられなくなる。

 私の背中に、ムギの腕が回される。

 わたし達はさらに密着する。

 制服越しに、ムギの胸の柔らかさが感じられる。

澪「っ……」

 状況の整理もままならない。

 けれど、とにかく我慢できない。

 私はそっと、左手を浮かす。


 ムギの腰より、すこし下。

 そこへ手をおろし……

紬「こらっ」

澪「たっ」

 目にも止まらぬ速さで、ムギの右手が私の手をはたいた。

紬「みーおーちゃん?」

澪「……」

 そうだ。

 そのまえに、本当のことを言わないといけない。

 けれど。

澪「……」

 もう、手も口も動かなかった。

 その理由ははっきりしない。

 うそばかり言っているから、真実を口にできなくなったのかもしれない。


紬「……そう」

 ムギが残念そうに言って、身体を起こした。

 ベッドをおりて、ムギは私に背を向ける。

紬「それじゃあ私、そろそろ教室に戻らないと」

澪「あ、ああ……」

 顔は見えないけれど、ムギの笑った気配があった。

紬「澪ちゃん。しっかり休んで、元気になってね?」

 それだけ言って、すたすたとムギは去っていく。

 なにを咎めることもなく、ほんとうに見舞いに来ただけのようだった。

澪「……」

 先生、ごめんなさい。

 私は今も、今晩も、頑張れそうにありません。

 そして、明日もまた、嘘を吐きに参ります。


  終



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