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その日の夜


「もしも梓ちゃんになれたら・・・」

願いながら 睡魔に身を任せる

意識は段々と遠のいていく

段々と

段々と





「他人になる」という夢は 叶えた時点で 他人の物になる 



教室 休み時間

平沢憂と鈴木純は 何時の間にやら親友だ

クラスが同じなだけで部活はバラバラだけれど 同級生の中では最も気が合う

「どう、最近の部活は?」

「変わらない 全然練習しないよ」

憂が尋ねたいつも通りの質問に いつも通りの返答

もはや お互い解っている

軽音部は文化系特権の緩い空気を堪能し 長い練習とは無縁なのだ

そういう部活は少なくない

「でも梓 なんだかんだで馴染んでるよね」

「ど、どこが・・」

「練習してー って叫ぶ割には いつも唯先輩達にべったりじゃん」

純は冗談交じりに言うが 中々的を射ている

中野梓は 甘えん坊

彼女は幼く 未熟で矮小だ

勿論面と向かって言われるのはあまり気分の良いものではないし

小学生 などと言われるのは恥ずかしい

でも 誰かに包まれているのは気持ちいいし 幸せだ

特に先輩の平沢唯は そんな気持ちを刺激する

人間 赤ん坊のように 甘える時間が幸福だ

恥や強がりも程々に

所詮 人は1人では生きていけない

それが中野梓の精神である


彼女はそうして生きてきた

彼女はそう考えて生きてきた

でも 足りない物もある 欲しい物もある

平沢唯

彼女のような 優しさ純粋さ

中野梓は羨ましかった


平沢唯になってみたい


そんなの無茶だ

だから梓は あくまで夢とした

空を飛べたらいいなぁ 程度の夢だ



冬の夕暮れ


部活帰りに遭遇した老紳士に枕を貰った


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その日の夜


「もしも唯先輩になれたら・・・」

願いながら 睡魔に身を任せる

意識は段々と遠のいていく

段々と

段々と





「他人になる」という夢は 叶えた時点で 他人の物になる 



放課後

テーブルを囲む軽音部員は 「なりたい人」について語っていた

「律のように活発に・・・」 「ムギみたく優雅に・・」

唯は不思議でたまらない

そんな必要が何処にある  夢を見る必要が 何処にある

澪は謙虚だから良い

律は元気だから良い

紬は御淑やかだから良い

梓は幼いから良い

そんな夢 見るな


「だから 今のままが一番良いんだよ!」


屈託の無い笑顔で 大声で叫んだ

実に気分が良い 

満足だ












夢が覚めた


中野梓はベッドで眼を覚ます


嗚呼 そうか


こんな夢 全く持って必要無い

唯に憧れていてもしょうがない

自分は自分で良いんだ

実に気分が良い

満足だ






夢が覚めた


琴吹紬はベッドで眼を覚ます



嗚呼 そうか


こんな夢 全くもって必要無い

自分は自分で良いんだ

実に気分が良い

満足だ






夢が覚めた


田井中律はベッドで眼を覚ます



嗚呼 そうか


こんな夢 全くもって必要無い

実に気分が良い

満足だ






夢が覚めた


秋山澪はベッドで眼を覚ました

しばらくぼぉっとして

重なった紙コップのような 奇妙な夢を思い返す


嗚呼 そうか


どうやら 

この夢のようなアイテムは些か性能が良過ぎるようだ

自分が「律」になったら 「澪」という自我が消える

文字通りのことを実行してくれたが これでは「澪」の好きな時に起きれない

虫にでもなったら最悪だ

この短所の存在を 老紳士はわかっていたのかいないのか


それでもしかし 得るものはあった

皆の心が感じ取れた

律は律  自分は自分だ

秋山澪だ

秋山澪と一生付き合っていけばいい

こんなに清々しい気分は初めてかもしれない

明日 唯にお礼の一言でも言っておくか 

おやすみなさい


















夢が覚めた


……

男は眼を覚ます

最初に見えたのは くたびれたコンクリート

寒い

身を裂くような寒さだ

背中が痛い

砂利だ

外か


橋だ 

橋の下で寝ているんだ

身体が硬い 鈍い 痛い

ボロ布をどけて腕を見ると しわくちゃの枯れ木のようだった


嗚呼 そうか


薄汚い乞食の老人は 悟った
















夢は覚めない

終わり