秋山澪は 今年で高校三年生になる

桜ケ丘高校に入学して二年間 色々な事を経験した

幼馴染に誘われ軽音部に入り

親しい友人が増え

演奏したり 喋ったり

泣いたり 笑ったり 怒ったり

充実した学園生活だったが それも今年で最後だ

あと一年もある といえば勿論その通りだし

このまま卒業しても きっと悔いを残さず 良い思い出として未来への糧にできるだろう

だがしかし

諦め半分 夢見ていることがある

親友 田井中律

澪は律とは正反対 引っ込み思案な性格なので

行動力とリーダーシップ溢れる彼女のように 秋山澪はなりたかった

進学後 今まで通り会えるかわからない

ひょっとしたら 彼女と会えるのは今年が最後になるかもしれない

だから今のうちに 田井中律の生き様を

この眼に

いや

この身体に

いや

この心に 刻み込んで


田井中律のように なりたい


いやいや  それだけじゃあない

一度 彼女そのものとして生きてみたい

そんなの無茶だ

だから澪は あくまで夢とした

空を飛べたらいいなぁ 程度の夢だ


春の夕暮れ

部活帰りにそんなことで頭をいっぱいにしていると

ドン と

誰かにぶつかってしまった

申し訳ない 謝らなければ 怖い人だったらどうしよう   

おそるおそる顔を除くと

それは 奇妙な雰囲気を持つ老紳士だった

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!考え事してて・・・」

「いえいえ、お気になさらず」

温厚な人間なようだ

対人恐怖症な澪でも 不思議と向き合えた

が どうも怪しい

そう思ったところに 老紳士は続けた

「夢に想いを馳せるのは素晴らしいことです」

「え?」

「それが叶えば もっと素晴らしい・・」

一瞬訳がわからなかった

でも 間違い無い  

この眼は

心を見透かしている

「わ、私の考えてる事が・・夢がわかるんですか!?」

「はい。憧れの親友のように もとい 親友になってみたい  と」

本物だ

超能力者か霊能者か

何にしても スゴい人だ

「どんな夢でも実現させる為にあります。私がお手伝いして差し上げましょう」

「ど・・どうやって・・・」

「至極簡単です この枕で寝るだけですから」

何処からともなく取り出された綺麗な枕

一見何の変哲も無い

「この枕で眠れば好きな夢が見れます。それは 好きな体験が出来るということです」

「好きな夢が・・・」

微妙に夢の意味が違う気もするが 確かに何でも叶いそうだ


「やりたいことを念じて眠る それだけでいいのです」

「スゴイ・・まさに夢みたいな道具ですね・・・!」

「お好きなようにお使いくださいませ」

「あ でも私 今お小遣いが・・・」

それを聞くと

老紳士はにっこりとほほ笑んで

「お金は要りません。何でもいいので 対価としたいモノをください」

よくわからないことを言った

申し訳ないので

とりあえずお菓子からピックまで あげられるものは全部渡す

「夢は あなたが夢を叶え終えたり 満足したらすぐに覚めます」

「人間 どんな夢を見ても 起きてみたら数十分と経っていなかったりするものです」

「夢はどんな長さでも あなたの起きる時間は変わりませんのでご安心を」

説明を終えると 老紳士は大満足で帰って行った


―――――――――――

その日の夜

澪は夢枕の置かれたベッドで 静かに眼を閉じた


「もしも 律になれたら・・・」

脳内をその願いで埋め尽くし 

睡魔に身を任せる

願いだらけの意識も 段々と遠のいていく

段々と

段々と






「他人になる」という夢は 叶えた時点で 他人の物になる 




昼休み

自分で作った弁当に下鼓を打ち 親友に向かって自慢する

「見ろよ澪!今日は結構自信作なんですわよ!」

「はいはい・・」

そっけない親友の返事も慣れたものだ

澪はなんだかんだで話を聞き逃さないし 良く思ってくれている

スゴイ 良い奴だ

「その座り方 いい加減直した方がいいぞ」

が 少し口うるさいのが珠に傷

いや

勿論悪意は無いんだろうけど

因みに座り方は何度注意されたところで直すつもりは無い

ドラマーの姿勢が一番落ち着くし

きちん とした澪のような座り方してるとまったく集中できなくなる

人生は型に嵌めてるだけじゃダメだ

ルールを作った人間と 守る人間は違う

どう頑張っても噛み合わない時だってあるんだ

無理するくらいなら 自由に生きよう

それが田井中律の精神である

彼女はそうして生きてきた

彼女はそう考えて生きてきた

でも 足りない物もある 欲しい物もある

琴吹紬

彼女のような 野に咲く花のような優雅さが

田井中律は羨ましかった


琴吹紬になってみたい


そんなの無茶だ

だから律は あくまで夢とした

空を飛べたらいいなぁ 程度の夢だ



夏の夕暮れ

部活帰りにそんなことで頭をいっぱいにしていると

ドン と

誰かにぶつかってしまった

顔を除くと

それは 奇妙な老紳士だった


律が夢を語ると 枕をくれた

好きな体験ができる枕らしい


―――――――――――

その日の夜


「もしもムギになれたら・・・」

その言葉を何度も頭に浮かべながら

睡魔に身を任せる

願いだらけの意識も 段々と遠のいていく

段々と

段々と





「他人になる」という夢は 叶えた時点で 他人の物になる 




朝の通学路

「おっす ムギー!」

「おはようりっちゃん」

部員であり友人の 秋山澪と田井中律に出会う

二人はいつも仲が良い

性格はまるで正反対だが 上手い事 歯車のように噛み合っているのだろう

謙虚と活発

どちらも良いことだし 周りにもいい影響を与えている

これからもこの関係でやっていけるだろう 素敵なことだ


でも 一つ言えることはある

人生で大切なのは きっと余裕と安心だ

危険な生物も柵の中なら怖くない

動物園を見て回るように 人生も 適切な距離で対処していけばいいのだ

平坦な道こそ 人は余裕を持って歩ける

澪のように離れ過ぎても 律のように近付き過ぎても

余裕や安心は失せてしまう

仲が良いのは結構なことだが

余裕を持つことを意識してもいいんじゃないか

家の資産がどうとかは関係無い

距離を保ち 自分が余裕を持てるかだ


それが琴吹紬の精神である


彼女はそうして生きてきた

彼女はそう考えて生きてきた

でも 足りない物もある 欲しい物もある

中野梓

彼女のような 思い切って甘えることができる 幼さ

琴吹紬は羨ましかった


中野梓になってみたい


そんなの無茶だ

だから紬は あくまで夢とした

空を飛べたらいいなぁ 程度の夢だ



秋の夕暮れ


部活帰りに遭遇した老紳士に枕を貰い

意気揚々と帰宅していった


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