その日の夜。

ベッドに横たわりながら最近のことを振り返る。
先日、澪がイベントに参加しないかと言い出してくれたことをきっかけに
私たちはバンド活動を再開させた。

澪には感謝しなければならない。
昔の澪なら、バンドをやりたいって気持ちがあったとしても、あんなことは言い出せなかったと思う。
すごく勇気がいる提案だっただろう。

私ですら躊躇う、と思う。
自分がライブやりたいって言い出したせいで誰かが受験に失敗したら…なんてな。

周りを振り回したり巻き込んで何かをやる、なんてことが澪にも出来るようになったらしい。
あいつもあいつで成長してるんだな。
そう思うと嬉しくもあり、ちょっと寂しくもなった。

「勝手だなぁ、私。」

だけど、そんなこんなでバンドは順調だ。
セットリストも決まったし、演奏し慣れた曲ばかりだからそれぞれの負担も少ないだろう。
なんだか物足りない感じもするけど、それは仕方ないだろうな、うん。


「……。」

今日の、あの感覚はなんだろう。

思考がジャンプする。

ここで、私はムギを抱きしめた。

今までだってそんなことしてきた。

だけど、今日の感覚はいつものそれとは明らかに違った。

どうしてだろう、どうしてだろう。

私は告白されたあの日以上に自問した。

どうして?、と。

そういえば最近、ムギのことばかり考えている。

もちろん、好きになれるように努力するんだから、それは当たり前なんだけど。

じゃあムギに『もう考えなくていいよ』って言われたら…。

私はムギのことを考えないまま生きていけるのかな。

「……。」

明かりのついていない暗い部屋にも目が慣れてきた。

不意に隣にムギがいるんじゃないかという錯覚に陥る。

首を少し動かす、布がこすれる音が妙にうるさく感じる。

「…いるわけ、ないよな。」

何をやっているんだ、私は。

「阿呆らし、寝よ。」

そんな風に言い放ったくせになかなか寝付けない夜だった。


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「おーっす、待ったか?」

遠くから話しかける。
私は待ち合わせでいつもムギを待たせている。

「ううん、私も今来たところだから。」

振り返って、私の姿を見つけるとそう言って微笑んだ。
なんて幸せそうに笑うんだろう。
どうしてかわからないけど、今日のムギはとても可愛く見えた。

「そっか。あのさ、今日は行きたいところができたんだ。」

言いながらムギの手をとる。
そしてそのままコートのポケットに手を突っ込んだ。

「えっ…。」

少し恥ずかしそうに顔を伏せている。
ぶっちゃけ私もちょっと恥ずかしい。

「手、冷たいかなって、思ったから。こうしたら暖かくなるだろ?」

だけど、今日はそうしたい気分だったんだ。
傍から見たらちょっと阿呆みたいだけど、私たちはそのまま街を歩いた。

「ねぇりっちゃん、行きたいところって何処なの?」

目を輝かせながら質問するその姿はまるでわんこだった。
頭をぐしゃぐしゃっと撫でたくなったが、なんとか堪えた。

どうしたってんだ、私。

「えっとな、下見しようと思って。」

どうせこれといって行くところがないんだ。
今日のデートは下見を兼ねたライブ鑑賞。
それを伝えるとムギはすごく嬉しそうだった。

「りっちゃんが考えてくれたデートコース…うふふ。」
「バカ、大げさだって。」

コツンと頭を小突いた。
ムギはいたっと嬉しそうに声をあげた。
叩かれて嬉しいなんて、変わってるなぁ、ムギは。

「りっちゃん、最近よく私のこと叩くよね。」
「えっ。」

もしかして、嫌だったのか?

「その調子よ。」

どの調子だ、ばか。


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ライブハウスに辿り着くにはそれほど時間はかからなかった。
フライヤーの地図がわかりやすかったお陰だ。

「へぇ、ここか。」
「今はリハーサル中かしら。」
「だな、よし。そこら辺で飯食おうぜ。」

場所を確認すると私たちは適当にファミレスに入った。
最近はこういう外食での出費がなかなか痛い。

「りっちゃんはどれにするの?」
「私はこれかな。」
「えっ、これだけ?」
「あんまお金ないし…ライブハウスに入るのだってお金かかるだろ?」

なんて貧乏臭いんだ、私は。
一緒にいる相手がムギなだけに、妙に恥かしく感じるぜ。

「…りっちゃん、ちゃんと食べないと大きくならないわよ?」
「お前、私のどこを見て言ってるんだ?こら。」

胸を凝視された。
最近、ムギは私にこういう冗談を言うようになった。
もちろん、イヤじゃない。
なんだか距離が近づいてきているのかな、なんて思うと嬉しくもなる。
私がムギを気兼ねなく小突けるようになったのも、きっとそういうことなんだろう。


「ねぇ、りっちゃん。これ押していい?」
「ん、いいぜ。」

ムギはいつも店員を呼ぶボタンを押したがる。
ピンポンと音が鳴ると一瞬満足気な顔をするんだ。

そうしてソワソワと辺りを見渡して店員がどこからくるのかチェックする。
ま、それをずっと観察する私も大概だけどな。

「お待たせしました。ご注文をどうぞ。」
「えーと、私はこれ。」

そう言って唐揚げセットを指差す。
なんかちょっと恥ずかしい。

「はい、かしこまりました。お客様は?」
「私も同じものを。」
「はい、かしこまりました。唐揚げセットを二つですね。」

ピッとメニューを打ち込む音が聞こえる。
そうしてすぐに店員がいなくなった。
さて、問いただそう、今すぐ問いただそう。

「おい、ムギ。なんで唐揚げセットなんて…。」
「『同じものを』って言うのが夢だったの。」
「あほ。」

そう言って私は少し乗り出してムギの頭をまた小突いた。
夢ってなんだよ、夢って。

「15分もすればきっとテーブルの上は唐揚げだらけになるわね。」
「なんか馬鹿っぽいな。」

10分後。
見事に私達のテーブルは馬鹿っぽくなった。


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時間は4時半、ちょうどライブの会場時間だ。

「おぉ、ちょうどよかったな。」
「そうね。それじゃ、行きましょうか。」
「ん、だな。」

受付で料金を払う。
ワンドリンクと引換にできるチップを受け取る。

「……。」
「ムギ?どうした?」
「これ、よくカジノで見るチップよね。」
「ん、まぁそうだな。私はカジノには行ったことないけど。」

ムギはどういう環境で生きてきたんだろう。
たまにスケールがでか過ぎてついていけないことがある。

「じゃあ、自分でチップを用意すればここではドリンク飲み放題ね…!」
「多分バレないだろうけどやめような。」

そんなやりとりをしながら扉を開ける。
開演は5時だからまだ会場は静かだ。

どんなバンドが出るんだろう。
出演バンドの書かれた小さな黒板を見つける。

「これが今日出るバンドか。」
「6バンド、ね。」
「あぁ。」

バンド名の雰囲気がてんでバラバラだ。
きっとオリジナル縛りのブッキングか何かだろう。

「あれ、これって…。」
「LOVE CRYSIS…マキちゃんのバンドじゃん。」

偶然ってすごいな。
っていうかこの時期にライブ活動してるのか。
気合入ってるなー、マキちゃん達。

「しかも一発目だな。よっしゃ、前に行こうか。」

ムギの手をとって走った。
ステージは少し高くなっていて、客席とステージはポールで隔てられていた。
そのポールに肘をかけて辺りを見る。

「なんていうか、いい雰囲気のところだな。」
「……。」

返事はなかった。
ムギを見ると、真剣にステージを見つめている。

こんな真面目な表情のムギ、あまり見たことがないかもしれない。
真面目というか、なんだろう…。
ちょっとカッコいいかも知れない。

「って、何考えてんだ、私。」
「え?今なんか言った?」
「っわぁぁ!?な、なんでもないなんでもない!」
「…そう?」
「そ、それよりも、マキちゃん達が終わったらちょっと話に行かないか?」
「そうね、久しぶりだものね。」
「あぁ。それに、ステージに立った人にどんな感じか、ハコの感想も聞きたいだろ?」

とっさに話を逸らした。
これでもかってくらい、ぎこちなく。

「……。」

さっきのムギの表情が頭から離れない。
なんだろう、妙に気になる。

「まぁ、いっか。」

会場のBGMが徐々に小さくなる。
そして消えたかと思うと、違う曲が流れる。

どこかで聴いたことのある曲だな。
きっと、一年前のライブで聴いたんだ。
LOVE CRYSISのSEなんだろうな、きっと。

SEが大きくなるにつれて会場のざわめきが小さくなる。
みんな、今か今かと待っているんだろう。

最前列はいつの間にか熱心そうなファンでいっぱいだ。
はぐれてしまわないようにと、私はムギの手を握った。

そう、はぐれてしまわない為にだからな。
って…何に言い訳してるんだ、私は。
別に付き合ってるんだから手ぐらい繋いだっていいじゃないか。

ジャーン!!!
ジャッジャッジャー!

ギターの音に驚いて顔を上げる。
そこには一年ぶりに会うLOVE CRYSISの姿があった。

「みんな、来てくれてありがとう。それじゃ、一曲目…いくよ…!」

涼しい顔で激しいドラムを叩くマキちゃんに見惚れてしまった。
ハイハットがぐわんぐわん揺れている。
バスドラがずんずん私の中に響く。
耳を劈くクラッシュシンバルの音も心地いい。

ピッタリと息の合った演奏。
みんなが堂々としていて…。
曲はオリジナル曲だろうか、むちゃくちゃカッコいい。

「すっげ…。」

間抜けな感想、だけど本当にそう思ったんだ。
それくらいカッコよかったんだ。
だけどちょっと悔しかった。
私達もこんな演奏したいって、ちょっとだけ対抗心を燃やしてしまった。



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「いやぁ…すごかったな!!」

私は興奮しながら言った。
できる事なら30分といわず1時間くらい演奏を聴いていたかった。

「そうね…。」

一方、ムギは元気がなかった。

「どうした?具合悪くなっちゃったか?」
「ううん、そんなことはないわ。ほら、友達のところ行こう?」
「あ、あぁ。そうだな…?」

その原因はわからなかった。
もしかしたら私の杞憂かもしれない。

帰り際だとファンの子にもまれてまともに話せないだろうから、
その前にマキちゃん達と話をしないと。

そんな風に考えていると、後ろからこんにちはと声をかけられた。
振り返ると、LOVECRYSISのベーシスト、アヤちゃんがいた。

「おつかれ!いやぁ、すっげぇいい演奏だったよ!」
「そうですか?ありがとうございます!」
「私も、感激しちゃった。」
「いやー、あはは照れますね…あ、よかったら楽屋に来ませんか?」
「いいのか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。ここの楽屋、結構広いんで。」

私たちはお言葉に甘えて楽屋にお邪魔した。
通路の曲がり角、ムギの表情を盗み見た。
やっぱりどこか暗い表情をしている、ような気がする。


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通された楽屋は確かになかなか広かった。
部屋の奥の方、ソファに腰掛けている見覚えのある後ろ姿に話しかける。

「おーい、マキちゃーん!」
「…りっちゃん!」

私は駆け寄った。
ステージは暑かったのか、マキちゃんはタオルで汗を拭いていた。

「来てくれてたんだよね?ステージに上がってすぐに気付いたよ。」
「えぇ?あちゃー、バレてたかー。」
「あはは、そりゃわかるよ。」

久々に会ったマキちゃんは少しだけ大人っぽくなっていた。
だけど、笑った顔は相変わらずでちょっと安心した。

「で?別に私達のライブ観に来たわけじゃないんでしょ?」
「うお、なんでわかるんだ?」
「そりゃわかるって。だってライブの日程とか教えてなかったじゃん?」
「まぁな。だけどそれくらい調べるには私には朝飯前なんだよ。」
「いいから、で。どうしたの?」

さらりと冗談を躱されてしまった。
私はここに来た理由を説明した。

「なるほど、あのイベント出るんだ?」
「おう、もしかしてマキちゃん達も出るの?」
「いいや。うちのギタボが受験勉強だからね。今日のライブで数ヶ月間活動停止なんだ。」
「なるほどな。あれ…?マキちゃん達は…?」
「大学なんて行かないよ。」
「あ、そうなのか。」
「嘘だよ。推薦決まってんの。」
「そういうわかりにくい嘘やめろ。」

まるで中学の時に戻ったようだ。
私は一歩下がって談笑を見守っていたムギの腕を引っ張る。

「うちのキーボードの」
「うん!覚えてるよ、ムギちゃんだよね?」
「はい、さっきはお疲れ様でした。」

よかった、いつも通りのムギだ。
さっきのは、私の気のせいだったのかな。
後で聞いてみよう。

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