梓「分けてもらってもいいです? その……さすがにそれで二杯は、唯先輩でもお腹たぷんたぷんになっちゃうと思うので」

唯「いいよ。たぷんたぷんになるのは三杯目くらいからだけど、折角ムギちゃんが入れてくれる紅茶だから、お腹に余裕を持って美味しく飲みたいしね」

梓「余裕って……はあぁ」

 あ。
 また何か意地悪なこと言いたそう……でも、許してあげるよ。
 一緒に飲むっていうことは、バケツもどき仲間だもんね。

唯「んずっ……んん、またも上出来ですなあ!」

梓「そ、そうですか……じゃあ、早く座ってくださいです。ここ。でないと、私が唯先輩のお膝の上に座れないじゃないですか」

唯「うん」

 間違って零しちゃわないように気を付けないとね。
 私は別に……ううん、よくないけど、あずにゃんに火傷なんかさせちゃったら大変だもんね。

唯「よいしょっと。おいでー、あずにゃん」

梓「はいです」

唯「さって、バケツもどきの話だったっけ?」

梓「んぅ……そっ、それは、言いすぎでした……謝りますから、引きずらないでくださいよぉ」

 困った顔のあずにゃん、すっごく可愛い。
 何だかいけない方面の趣味に目覚めちゃいそうだよ、私。

唯「そっか。じゃあ、ええと……ま、とりあえず飲んでみてよ」

 私だけ飲んでもあれだし、あずにゃんにも味見してもらっておこうっと。
 火傷させないように、気を付けて、ゆっくりゆっくり……。

梓「どうしてこんな大きいマグカップで、あ、ちょ……ん……ずっ、ずずずず……はう。甘ぁいですねぇ♪」

唯「でしょぉ?」

梓「……はっ!? い、いえ、そうでなくて! どうしてこんな甘いコーヒーやジュースを大量に飲んでるのに、唯先輩は少しも太らないんですか!?」

唯「……体質?」

 マグカップを置いて、首を傾げつつ、あずにゃんに頬ずりをする。
 いつものようにすべすべで、とっても気持ちいいよ、うん。

梓「体質だけじゃ納得いきません! 説明も付きません! なので、え、えっと、もしよければ……」

唯「うぅん?」

梓「ちょっとの間でいいですから、唯先輩の観察日記みたいなものを……憂に頼んで、書いてもらえたら、と」

 ええええ?
 私、あずにゃんに四六時中観察されちゃうの?

唯「あずにゃん……いくら好きでも、それはいけないよ」

梓「そっ、そうですよね、突然言い出されても困りますよね……」

唯「ううん、違くて……いくらあずにゃんでも、お風呂やおトイレまで観察されるのは恥ずかしすぎるから」

梓「んなっ……違いますよ! 食事の内容とか、運動したとかしないとかいう記録です! そう、記録! それだけですよ!」

 ……ああ、ちょっと安心したかも。
 お風呂はまだしも……うん、お風呂はいいよ、うん、いいよね、むしろ一緒に入りたいくらい。
 でもおトイレはちょっと……ねえ?

唯「……あれ? でも、そういう観察日記を書くってゆうことは……え?」

梓「体型をキープする秘訣を学びたいんですよ! あと望ましいところを望ましい形で望ましい分だけ成長させてる平沢姉妹の秘密を知りたいんです!」

唯「ううーん……夏休みの自由研究みたいだけど……ま、ご飯作ってくれるのは憂だから、憂に書いてもらえばいっか」

梓「お願いします。プライベートな事情は結構ですので、食事の献立とか食べた量とか、ダイエットはしてないんでしょうけど家でした運動とか」

唯「うん、わかったよ~」

 特別なことは何もしてないんだけど、この調子じゃ信じてくれなさそう。
 ん、まぁ、とりあえずコーヒーでも。

唯「ずずず~……でもさ、あずにゃん。さっき開眼したみたいじゃん? 理想をイメージしやすくするのが大事だとか何とか」

梓「え? いいんですか? ここで?」

唯「え?」

 にゅむぅ。

唯「ふぁ!?」

梓「理想の体型を作るには、まずそれを知らなければならないわけですから……でもでも、唯先輩がいいって言ってくれたし……」

 あれ?
 あずにゃん、身体を密着させるのはいいっていうかむしろ嬉しいんだけど……手が、変なところ触ってるよぉ?

梓「私のカップがAだとかAAだとか平面タンクトップかスポーツブラで充分じゃない、ってゆうのはなしにして」

梓「BカップとかCカップとか、サイズ、数値として知ってはいても……どのくらいの大きさなのか、わかんないじゃないですか?」

唯「う、ん……そうだね、何センチって言われても、ぱっと頭に浮かばないよね……」

 へ、平常心、平常心だよ、うん。
 みんなが来た時に、あずにゃんがエッチな子だって思われないようにしないと。
 だから、何となくえっちぃ感じでおっぱいを揉まれていても、何でもないふりをしてコーヒーを飲んでいないといけないんだよ、私は。

梓「ですよね。こおして揉んでても、唯先輩のバストサイズが何センチか、ってゆうのはわかんないですし」

唯「ん、んぅ……んふ……ねぇあずにゃん、コーヒー……ちょっと冷めたよ。飲まない?」

梓「…………」

 やらしい表情だったあずにゃんが、ちょっとだけ普段の顔付きに戻った。
 けど。

梓「……口移しで……飲ませてもらえますか?」

 やっぱり、やらしかったよ。

唯「零したら制服汚れちゃうから……今は駄目だよ、あずにゃん」

梓「……『今は』、ですか?」

唯「う、うん……今は、ね」

 今は、ちょっと、よくないよ。
 誰かが入ってきたら、私なんか絶対に慌てて零しちゃう。

梓「後でなら……期待しても、いいんですか?」

唯「え、えっと、期待に応えられるかどうかはわかんないけど……うん。してみよっか、口移し」

梓「……じゃあ、そのくらいで我慢します。必死に頑張って理性を総動員して、ですけど」

唯「うぅん……あんまし期待されると、ちょっと重荷かもしんないなぁ」

 ずずーぅ。
 ……やっぱ、無理かも。

唯「んぐ……ごめん。緊張して思わず飲んじゃった」

梓「気楽な感じでいいんですよ。いつも通りの唯先輩で」

 そう言って、あずにゃんは私のマグカップを両手で支え、私が口を付けたところを狙って吸い付いた。

梓「ん……ずず……うふ」

唯「あ、あはは……間接キスだねえ?」

梓「唯先輩も、同じとこで飲んでくれないと……間接キスになりませんよ?」

 や、やだなぁ、あずにゃんってば。
 間接キスってゆうのは、一方通行でも成り立つ……あれ、成り立たないのかな?

唯「んっ、んじゃ……んむ、じゅる……ずずずず……もぉぬるくなってきちゃったね」

梓「口移しには丁度いいくらいじゃないですか?」

 ……ちっちゃな、いつものカップにしとけばよかったかな。
 そうすれば、もうコーヒーもなくなって、あずにゃんに迫られて困ることもなかったのに。
 ……うん、困るよ。もし誰かが入ってきて、軽音部のみんななら笑って済ませてくれそうだけど、それ以外の人だったらあずにゃんが困る。
 私は、別に構わないんだよ。
 いつも……誰にでもってわけじゃないけど抱き着いたりしてるし、お馬鹿な感じで周りにも理解されてるし……実際お馬鹿なんだろうけど。

唯「あずにゃん」

 でも。
 あずにゃんは、違う。
 普段から真面目だし……今は少し特別な感じになってるけど。
 だから、もし変な噂が広まったら、あずにゃんは笑い飛ばして誤魔化せないんじゃないかなぁって思う。
 だから、私はちょっぴり我慢して、あずにゃんが可哀想だけど、やっぱり我慢するのです。

唯「部活が終わって、ふたりっきりになったら一杯してあげる……ね? だから、それまで我慢しよ?」

梓「んぅ……」

唯「私も興味津々だよ。でも、こんなに飲みやすいぬるさのコーヒーがあって、他のみんなも、知らない人も来るかもしれないし……」

唯「私、きっと口移しに夢中になっちゃう。さっきの、ほっぺにキスされたのだけで気持ちよかったしね」

梓「……私とキスするのが嫌、っていうわけじゃないんですか?」

唯「嫌だったらほっぺにもしないよ。あずにゃんが好きだから、私なりに今後のことも考えてみたんだよ」

 もしかしたら、今すぐ唇同士でキスするのが正解なのかもしれない。
 でも、私、誰かとお付き合いしたことってないし。
 あずにゃんには甘えたいし、甘えられたいけど、だからこそ余計に気を遣っちゃうってゆうか……ね。

唯「約束。部活が終わってふたりっきりになったら、あずにゃんと一杯キスする」

梓「……約束、ですよ。破ったら、一生恨みますからね」

 大袈裟だなぁ、と思ったけど。
 私があずにゃんの立場だったら、同じことを考えたかもしんない。
 だから、あずにゃん曰くバケツの出来損ないに口を付けて、すっかりぬるくなったコーヒーをごくごくと飲んで。

唯「……はい、あずにゃん。私との間接キスのコーヒー、残りひと口分だけだよ」

梓「あぅ……もっと残しておいてくれてもよかったのに……」

 それでもあずにゃんは、まずちろりと小さな舌で私の唇が触れた箇所を舐めてから、残りのひと口分を飲み干す。

梓「ん……ん、んっ……はぁ……♪」

唯「間接キスでもこんなにどきどきするのに、ほんとにキスしたら、一体どうなっちゃうんだろうね」

梓「……期待しちゃいますよね、やっぱり?」

唯「うん。とっても期待しちゃう」

 ぎゅ、と抱き締められたお返しに、私もいつもより強めにあずにゃんを抱き締める。
 ちっちゃくて、あんまり力を入れすぎたら壊れちゃいそうな細い身体。
 ……私、あずにゃんはあずにゃんのままでいいと思うけどなあ?

梓「んふふ……気持ちいーです、唯先輩」

唯「うん。あずにゃんを抱っこする時、私はいっつも気持ちいーよ?」

梓「ん……も、もお、唯先輩……だったら、そうゆってくれたらいいのに……」

 ぎゅう、ぎゅっ。
 あずにゃんを膝の上に乗せて抱っこ。そうだ、これは『膝抱っこ』と名付けよう。
 膝枕みたいでいい響きじゃないですかね?

梓「んにゅーぅ……唯せんぱぁい……♪」

 バタム。

澪「だーかーら! ティータイムが終わったら練習をだな!」

律「んだってーぇ。あたしらにはティータイムがないと、放課後ティータイムとして成り立たないんじゃありませんのこと?」

紬「まぁまぁ、お茶しながら話し合いましょう~」

 ……ああ。
 やっぱり、あずにゃんのお誘いに乗って口移ししなくてよかった。

律「……うおお!? おい、唯! 梓ぁ!? お前ら何してんだよ!?」

唯「えへへへ……びっくりした? びっくりした?」

澪「いや……そりゃびっくりするよ……」

紬「まぁまぁまぁまぁ」

唯「だいっせーこお! みんなを驚かせようと思って、嫌がるあずにゃんを無理矢理抱っこしてたんだよぉ~」

 みんなが入ってきた瞬間、あずにゃんの身体がびくっと固まったように感じた。
 それはつまり、周囲の音を聞くだけの理性が残っているとゆーこと。
 だから、私がこう言えば、あずにゃんも合わせてくれる……ハズ。打ち合わせてないけどね。

澪「お……おいおい、マジかと思っちゃったじゃないか? そうでなくても唯達はマジっぽいんだから」

紬「どっきりでもいいわ、私。梓ちゃんが唯ちゃんに大人しく抱っこされてるだなんて、私……私ぃ……ふぅぅ」

澪「おおい!? ムギ!? しっかりしろ、傷は深いぞ!?」

 何でか倒れちゃったムギちゃんを、澪ちゃんが介抱してる。
 りっちゃんはおろおろしてて、澪ちゃんの周りであたふたしてる。
 その間に、私はあずにゃんの耳元にそっと呟いて。

唯「また後でね、あずにゃん。今度はもっとずっと長く抱っこしててあげるから」

梓「……はい」

 ぴょん、とはいかなかったけど、あずにゃんが私の膝から飛び降りた。
 そして、今まで一緒にコーヒーを飲んでたバケツもどきを拾い上げて、洗ってくれる。

澪「ん? 紅茶……じゃないな、コーヒー飲んでたのか?」

梓「ええ。インスタントですけど」

 あ。
 それ、私のセリフだよね。

律「残念だったな澪、今日から放課後ティータイムは放課後カフェタイムに改名だ!」

紬「ええー……ショックだわ。語呂も悪いし」

唯「違うよ!? 紅茶はやっぱムギちゃんの入れてくれたやつでないとやだなー、って、みんなが来るまでの間、仕方なく飲んでたんだよ!?」

紬「そ、そうだったの……ほっ」

 うん。
 このメンバーが揃ったら、やっぱりティータイムじゃないとね。
 あ、今日のお菓子は何なんだろー?

梓「唯先輩のインスタントコーヒーもなかなかのお味でしたけどね」

唯「あずにゃん!?」

紬「あぅ……私、いらない子だったのかしら……そんなこと、夢に見たこともないのに……」

律「ムギ! ムギぃ!? しっかりしろ、傷が更に深くなったぞ! だからそんな装備じゃ駄目だって言ったじゃないか!」

紬「一番いい装備を……頂戴……」

澪「いや、ここに来るまでの会話でそんなやり取りは一切なかっただろ……ってーか何を装備しても手遅れだろ」

唯「はうー……」

 あずにゃんの、意地悪。
 ムギちゃんまでいじめなくたっていいのに、どーしてそーゆーこと言うのかなあ?
 んまあ、表情から察するに、私が口移しをしなかったからなんだろうけど。

唯「あずにゃん! ムギちゃんの紅茶がないと、私達解散だよ!? 放課後ティータイムじゃなくなっちゃうんだよ!?」

梓「え、えっと……ムギ先輩? ムギ先輩の紅茶は私達のアイデンティティなんですから……そんなに傷付かないでくださいよ」

紬「は、半分は、さっきのどっきりのせい……はう、興奮しすぎてまるで貧血のような症状が」

 ……ムギちゃん、大丈夫かなあ。
 今日は無理せず練習は休みにした方がいいのかな。


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