ぶしつ!

唯「……ほえ?」

 いきなりどうしたのかな、あずにゃん。
 何の脈絡もなくこんなことを言い出すなんて、ちょっち今までに覚えがないんだけど。

梓「最近思うんですよ。どうして一学年しか違わないのに、私ってばつるぺたなのかなって」

唯「うーん、それはほら、成長期だからじゃないかな? 人によっても違うだろうし……」

 うん、確かに同年齢な憂に比べたら、あずにゃんの成長具合はあんまりよろしくないかも。
 でも、それを言ったら私だって、澪ちゃんなんかとは比べものにならないわけだし……って言いそうになるのを、喉のところでぐっと飲み込む。

梓「個人差とか、不確定要素はこの際考えないことにします。私が言いたいのは、食べ物とか、生活習慣とか、そういう部分で差が付いているのではないかと」

唯「うーん。そんなこともないと思うけどなぁ……」

梓「例えば憂です。唯先輩にも見劣りしない、あのないすばでーは卑怯だと思いませんか? 私と同学年なのに」

 あ、やっぱり憂のこと気にしてたんだ。

梓「こう……憂のむっちり感は唯先輩以上かもしれません。年上な分、唯先輩がトータル的には勝ってると思いますが」

唯「あ、あのね、あずにゃん? そーゆーのは、勝ち負けで考えることじゃないと思うよ?」

 憂には悪いけど、抱き心地で言ったら、あずにゃんの方がずうっと上だと思う。
 それに、まぁ、個人個人の好みの問題というか……私としては、あずにゃんのスタイルをとっても魅力的に感じるし。

梓「じゃあ、勝ち負けは抜きにして……何てゆーか、自分の理想の体型ってありますよね」

唯「うん」

 あ、たまには私も紅茶を入れてみようかな。
 でもムギちゃんが来たらポットとか一度洗わないといけないし……お砂糖たっぷりのミルクコーヒーでいいや。

梓「つまり私が何を言いたいかというと、このあまりにも年齢に不相応なぺたんこ寸胴ボディを、どうすれば唯先輩のような……」

唯「あずにゃんもコーヒー飲む? インスタントだけど」

梓「……はあ。飲みます」

 戸棚の奥から私専用のマグカップを引っ張り出す。
 飾り気がなくて、あんまり女の子っぽくない、とってもとっても大きなマグカップ。
 一杯で多く飲めるからお得かな、と思って持ってきたんだけど……飲み終わりの頃になると、折角のムギちゃんの紅茶が冷めちゃうのが残念な品なのです。

梓「あ、私がやりますよ。相談を聞いてもらってるお礼と言っては何ですが」

唯「んじゃぁ、お願いしちゃおっかな」

 折角だから、お言葉に甘えて。
 場所を入れ替わると、あずにゃんはまず自分のカップを棚から出して、インスタントコーヒーの用意をして……私のマグカップに目を落として硬直した。

梓「……何なんですか、この子供の砂遊び用バケツの出来損ないみたいなモノは」

唯「もー、酷いなあ。沢山飲めるから便利なんだよ、そのマグカップ」

 あずにゃんの表現はなかなか言い得て妙だと思うけど、バケツは酷いよね、しかも出来損ないって。
 ちゃんと持ち手も付いてるし、大きさはともかく形は普通だし、ハンバーガーと一緒に頼めば出てくるドリンクのカップと容積的には大差なさそうじゃん。

梓「これはマグカップと呼ぶにはあまりにも大きすぎます。大きくて分厚くて重くて、そんでもって大雑把すぎです。これはまさに土くれの塊です」

唯「いいよ、もう。私の分は自分で入れるから」

 あずにゃんってば本当に酷い。
 ぷんすかだよ。

梓「あ……すみません、つい口が滑っちゃって」

唯「別に怒ってないよ。ただ、あずにゃんはバケツの出来損ないにコーヒー入れたことないだろうから、分量わかんないだろうなって」

 コーヒーの方は……ざらざらざら、っと。
 お砂糖も先に入れちゃおう。ぽぽいのぽい、もいっちょぽい。

梓「……あの、唯先輩?」

唯「うん? 何?」

 あとは魔法の白い粉を……とりゃーす。
 うん、こんなもんだね。

唯「あ、あずにゃん。入れ終わったら、またお湯わかしておいてね」

梓「は、はい……」

 どぼぼぼぼ、とお湯を注ぐ勢いに、ちょっと苛立った気持ちが表れてるみたい。
 これ飲んで落ち着こう、うん。きっとあずにゃんに悪気はなかったんだよ。

唯「ふー、ふー……ずず……んーっ♪ 上出来!」

 味見にひとすすりして、どん、と机にマグカップを置くと、あずにゃんも席に戻ってきて、いつものカップを静かに傾けた。

梓「ん……ふぅ。部室で紅茶以外を飲むなんて、何だか妙な気分ですね」

唯「まーねー……ずずず」

 私じゃムギちゃんみたいに美味しい紅茶を入れてあげられないから。
 ムギちゃん達が来たら、嫌でも比べられちゃうから。
 ティーバックでもなくて、わざとインスタントコーヒーにしたのは、比べたくても比べられないからですよーだ、ぷんす。

梓「やっぱり怒ってますよね、唯先輩」

唯「怒ってないよ」

梓「わ、私が、そのマグカップのことを馬鹿にしちゃったから……ですよね」

唯「だから違うってば。これ、ここに初めて持ってきた時だって、みんなに笑われたし」

 ずずーっ。

唯「バケツの出来損ないだとか、そこまで酷いことは言われなかったけどね」

梓「やっぱり怒ってるじゃないですか!?」

唯「ほら、早く飲まないと冷めちゃうよ。折角入れたのに」

梓「ん……は、はい……」

 ずず。
 あーあ、私ってばあずにゃんに意地悪なこと言って、困らせて。
 酷いのは私の方だよね。

梓「あっ、あの……ヤケ食い用、とかですか? それ、確かに沢山飲めそうですし……そう考えると、なかなか便利グッズかもしれないですっ」

唯「う、うん……うちで使ってたら、憂にジュースの減りが早すぎるって怒られて、学校に持ってきたんだけど……」

唯「これ、ポット一杯じゃ足りないから、ムギちゃんを困らせちゃうんだよね。しかも飲み終わる前に途中で冷めて、紅茶も美味しくなくなっちゃうし」

梓「はあ……そうでしょうね、やっぱりただの欲張りさんなだけですよね、唯先輩は……」

 あずにゃんは、どこか気が抜けたように溜め息をついて、そして困ったように呟いた。
 ……あ、もしかしたら。
 もしかしなくても。
 私のマグカップのこと、少しでもフォローしようとしてくれてたんだね、今。

唯「え、えへへー、そうなんだよ。でも、紅茶は普通サイズのカップが美味しく飲めるし、ジュースだってペットボトル捨てるのが大変だし」

梓「紅茶はともかく、ジュースの飲み過ぎで困るのがゴミ捨てですか!? そこじゃないですよね、ねっ!?」

 ずずずー、って、少しぬるくなって飲みやすくなったコーヒーをすする。
 うん、やっぱりとっても甘くて、ほろ苦い香り。
 インスタントだけど、これはこれでとっても美味しいや。

唯「ふぇ? あー、うん。特売の日に何度も家とスーパーを往復するのは面倒だよねぇ」

梓「も、もういいです……んー……」

 あずにゃんも、自分のコーヒーをぐびっと飲む。
 いい飲みっぷりと思ったけど、カップの中を覗くと半分も残ってない。
 そういやあずにゃん、私に相談があるとか何とか言ってたけど……ううん? 何のお話だったっけ?

唯「んぐ、んぐ……ぷはぁ。ねぇあずにゃん、さっきの相談の続きなんだけどさ」

梓「あ、はい……何でしょう?」

唯「私は、理想の体型って……なれない方がいいんじゃないかなって思うよ」

梓「どうしてですか?」

唯「だってさー。そうなったら、太ったりやせたり出来なくて、維持するのが大変でしょ?」

 いちいち身体のサイズや体重を測っていっきいちゆーだなんて、考えただけで気が遠くなりそう。
 あ、ずうっと理想の体型のまんまでいられるっていうんなら、話は別だけどね。

唯「理想とはあくまでも目標であって、手に入れちゃったら、それはもう理想じゃないよね」

梓「はぁ……なるほど、そういう考え方もありましたか。手に入れた理想は、即ち現実である、と」

梓「つまり、私が他人に比べて成長が遅いからといって、焦っても意味がない。成長期なんだし、ちゃんと食べるもの食べて果報を寝て待てと、唯先輩はそう言いたいわけですね!?」

唯「うん、まあそんなとこ……ずずず……あずにゃんは本当に優秀な後輩だよ」

 『一を聞いて十を知る』ってゆーのは、こういう意味だったのかなぁ。
 そこまで言ったつもりはないけども、まぁ、間違った方向じゃないっぽいからいいか。
 うん、何だか頼れる先輩っぽいアドバイスをしちゃった気がするよ、無意識だけど!

梓「それはそれとして、ですね」

唯「うぅん?」

 ごっくん、とマグカップの最後の一滴まで飲み干したところで、あずにゃんが不意に俯く。
 手の中のカップの中身は、さっきと量が全然変わってないみたい……冷めちゃったから、もう飲みたくないのかな?

唯「あずにゃん、コーヒーのお代わりする? それともムギちゃん達が来るまで待つ?」

梓「いっ、いえ! むしろ先輩方が来ちゃう前に済ませたいので、聞いていただけますか!?」

唯「う、うん!?」

 どうしたんだろ、急に真面目な感じになっちゃって。
 練習の時よりも真面目で、初めてこの部室に来た時よりも緊張してて。

梓「理想……目標に近付く為には、その目標を具体的に知る必要があると思うんです」

唯「うん、そうだね。でもこの場合、カップがいくつとか、充分具体的なんじゃないかな?」

梓「そのカップがいくつか、というのは抽象的なんです。た、たっ、例えば……日頃から見たり触ったりして、イメージを把握しておくのが大事ですよね!」

唯「イメトレ大事、うん。そこは異論ないよ。でも……どおして、段々近付いてきてるのかなぁ、あずにゃん?」

 あずにゃんは椅子から腰を浮かせた中腰のまま、ずいずずいと私の方に寄って来てる。
 顔が、すごく、近いよ?

梓「私の理想体型である唯先輩に、是非ご協力願いたいと思いまして。具体的に言えば、触ったり揉んだりしてあやかりたいなあ、と」

唯「え、ええっと……つ、まり?」

 あずにゃんの理想が私、っていうのはすっごく嬉しい。
 でも? 私の身体を触ったり揉んだり? そーゆーことするのって、つまり……。

梓「つまり……わ、私とエッチな関係になること前提にお付き合いしてくださあい!」

唯「ぶっちゃけすぎだよあずにゃん!? もちょっとオブラートに包んでくれると思ってたよ!?」

 あずにゃんに、がばっと抱き締められる。
 真っ正面から、真っ赤な顔で、でもとても真剣な表情で。

梓「……や、やっぱり、私なんかとエッチな関係になるのは嫌、ですか……?」

唯「いやー、そのぉ……」

梓「こんなひんそーな身体じゃ、唯先輩とつり合いませんか!?」

唯「ううん、えっとね、私……私はね」

 うん。あずにゃんとそーゆー関係になるの、期待してなかったわけじゃないよ。
 うん、私だって好き勝手に抱き着いてたわけだし。
 うん……あずにゃんの方から、女の子同士っていう垣根を越えてきてくれたんだし、ね。

唯「つり合うとかじゃなくって、あずにゃんは……私と、エッチな関係になりたいだけ、なの?」

梓「えっ? えええ!? いえ、そんな! その、エッチはもののついでってゆーか、唯先輩と一緒にいたいってゆーか……」

唯「そっか。私の身体だけが目当てじゃないんだね?」

梓「もも、勿論ですっ! そうだとしたら、きっともっと適当でいい加減な口説き文句で迫りますよぉ!?」

 ぷ、と思わず口から噴き出しちゃう。
 慌てるあずにゃんが可愛くって、何だかおかしくって、ちょっとだけからかいたくなったけれど。

梓「にゃっ!? 何で笑うんですか、本気ですよ!? 私、本当に……唯先輩のこと……好き、なんですからぁ……」

唯「……うん。私も、あずにゃんのこと大好きだよ。告白してくれてありがとーね」

 抱き締められているだけだったけど、私もぎゅっとあずにゃんを抱っこする。
 抱き寄せて、膝の上に乗せて。
 軽くて、ちっちゃくて、可愛い。
 でも、女の子同士でするのは何か違うかなって思ってたから、今まで我慢してきたけど。

唯「んー……ちゅ、ちゅっ。あずにゃん、好きっ」

梓「ふにゃ……あ、あぅ……唯、せんぱぁい……はうっ……んんっ、ん……」

 ほっぺにちゅうしただけなのに、あずにゃんったら、くてっとなっちゃった。
 私に告白してくれた時の勢いは、どこに行っちゃったのかにゃー?

唯「ねぇねぇ、あずにゃん。私もして欲しいな、ちゅー」

梓「……い、いいんです?」

唯「もっちろんだよ!」

 自分がされたくないことは他の人にもするな、って小さい頃から言われてた。
 逆に。
 されたいことなら、いーっぱいしちゃってもいいってことだよね。

梓「んっ……じゃ、じゃあ、いきます……んー……」

 ちゅ。

唯「ん♪」

 ぴとっ、と柔らかあったかで、小さな唇が私のほっぺに触れた。
 一秒くらいかな、ほんの軽くだけど、緊張でふるふる震えてた。
 ……やっぱし、あずにゃんは可愛いね。

梓「はぅ、うく……恥ずかしいです……」

唯「私も恥ずかしくないわけじゃないよ……でも、好き同士、これからはもっと恥ずかしーことしていこうね♪」

梓「あ、あ、あぅ……とっ、とりあえずですね、そのぅ……」

唯「うん?」

 とりあえず、何だろ。
 もっぺんほっぺにキスかな、それとも唇にキスかな。
 身体を触る……っていうのは、まさかだよね。

梓「この、抱っこ……もうしばらく続けてもらえますか? 先輩方が来るまででいいので……」

 ……なぁんだ、そんなことか。
 って、私の方があずにゃんよりえっちぃこと考えてるね、さっきまでは完全に思考から切り離してたのに。

唯「どーしよっかなぁ。バケツもどきのコーヒーも飲んじゃったしぃ?」

梓「あっ、それも! それも聞きたかったんです! どうして唯先輩は」

唯「ままま、色っぽくない話はコーヒー飲みながらしませんかね、あずにゃんさん?」

梓「……はい」

 あずにゃんを床に下ろして、くっついてたところが肌寒く感じるけど、マグカップを軽くゆすいでコーヒーの用意。
 でも、あずにゃんはカップを洗って拭いたかと思うと、お代わりを入れようともせず棚に戻した。

唯「あれ、あずにゃん?」

 ざー、ざらざらざら、ぽぽいぽいす。

梓「……ムギ先輩が入れてくれる紅茶は、とっても美味しいです。でも、唯先輩があんな顔で飲むコーヒーも、きっと美味しいんだろうなあ、と」

唯「うん、我ながらなかなか美味しいよ。インスタントだけどね」

 ムギちゃんの紅茶は本格派で、美味しい。
 家で憂が私の為に入れてくれるティーバッグの紅茶も、本格的じゃないけど、美味しい。
 なら、豆ひきから始める本格コーヒーだって美味しいだろうし、今こうして目分量で作ってるインスタントコーヒーだって美味しいに違いない。
 あずにゃんは、そういうことを言いたいんだろうな。


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