梓「…………じゃあ、唯先輩で」
梓の答えに、唯は驚く様子も見せず。
唯「え? 私? しょうがないなー、あずにゃんは」
梓は唯の肩を掴む。
梓「じゃあ、いきますよ」
唯「うん。いつでもオーケーだよ」
梓「…………じゃあ、いきますよ」
唯「わかったから早く」
梓「……………………じゃあ、いきますよ」
唯「もう、あずにゃん。じらさないでよ」
梓「……はい」
ゆっくりと、梓は唯に顔に詰め寄る。
唯の吐息を感じられるくらい近くなり、やがて唇が重なり合った。
梓(唯先輩の唇……少し湿ってて温かい…………)
唇が離れる。
唯「えへへ、あずにゃんに唇奪われちゃった」
梓「唯先輩がやれって言ったんじゃないですか」
唯「でも、選んだのはあずにゃんでしょ?」
梓「まあ、そうですけど」
紬「こっちも終わったわよ~」
唯「え? 何が?」
紬「りっちゃんのおでこに『肉』って書くの」
唯「えー、本当? 見せて見せて!」
律「………………もう、お嫁にいけない」
唯「……ぷっ! 筋肉マンだよ! あずにゃん、見てほら!」
律「どうとでもいってくれ…………」
梓「り、律先輩、そ、そんなに変じゃな、ないですよ」
律「フォローは笑いをこらえながらしても意味がないぞー…………」
澪「ここまで消沈している律を久しぶりに見た…………」
律「…………私はもう、駄目かもしれない」
澪「あ、あれだぞ? 意外と格好良く見えるぞ? 律」
律「うるせー、フォローになってねぇよぉ……うぅ」
澪「突っ込みにも覇気がない……」
紬「あ、澪ちゃん?」
澪「なんだ? ムギ」
紬「澪ちゃんも忘れないでね? 和ちゃんにデートを申し込むの」
唯「澪ちゃん、付いていってあげようか?」
澪「ひ、一人で出来る! そ、それにまだ和も生徒会で忙しいだろ? だから、部活終わってからの方がいいと思うんだ」
唯「まあ、いいけど。和ちゃんにデートのお誘いするの忘れないでよ?」
澪「ああ……わかってるよ」
部活終了後 生徒会室前
和「あら……澪」
澪「……あの、さ。唐突で悪いんだけど……デートしないか?」
和「………………え?」
澪「い、いやさ、あの、ゲームでさ、和にデートを申し込むことになっちゃって」
和「………………そう」
澪「断ってもいいんだぞ? 罰ゲームの内容は、飽くまで申し込むだけだからさ。デートする必要はないし」
和「…………いえ、せっかく頼まれているのにそれを反故にするのは気がひけるわ」
澪「…………へ?」
和「いいわよ。デートしましょう」
澪「…………本気?」
和はこくりと頷いた。
和「もちろん、本気よ」
外
和「それで、どこに行くの?」
澪「え、どこって――、普通に一緒に帰るだけじゃ駄目か?」
和「デートというのは夜景の見えるレストランで食事したり、二人で観覧車に乗ったりすることなのよ」
澪「そ、そうなのか」
和「ええ。だから、どこかに行きましょ」
澪「でも……私、そんなにお金ないんだけど……。夜景が見えるレストランなんてどこにあるか知らないし……」
和「……そう。じゃあ、夜の街を散歩するってのはどうかしら」
澪「まぁ……それくらいなら」
和「なら、手を繋ぎましょ」
澪「え、な、何で?」
和「デートするってことは恋人同士ってことよ。恋人同士なら、手を繋ぐのが普通よ」
澪「そ、そうか。なら……繋ぐか」
和「ええ」
和が差し出した手を、澪は静かに握った。
澪(…………何だか、こうしていると本当に恋人みたいだな)
澪(……って、私は何を考えているんだ!)
澪(……唯のやつ、何考えてるんだ。和をデートに誘えなんて。まったく)
和「澪」
澪「え? な、何?」
和「何かお話しながら歩いたほうが、自然じゃない?」
澪「ま、まぁ……そうかな」
和「じゃあ、澪。ひとつ訊いていい?」
澪「ああ、何だ?」
和「澪って、好きな人とかいたりするのかしら?」
澪「え、な、何でそんな、え、え?」
和「答えて。澪」
澪「え、うーん。いない……かな」
和「……………………そう」
澪「あれ、ちょっと和? 私の手を握る力が強くなっていってないか?」
和「気のせいよ」
澪「気のせいって…………痛い痛い痛い痛い! 和、ストップ! ストォップ!」
和「澪、もうひとつ訊くわね」
澪「あ、あぁ」
和「昨日、私にキスをしたのは何で? 本当に、そういうゲームだったの?」
澪「ああ、……自分の好きな人を選んで、キスをしなきゃいけないっていうゲーム、かな?」
和「…………好きな人、と?」
夜の中でもわかるほどはっきりと、和が顔を赤くした。
澪「あ、ああ。そう、だ…………あ」
澪(うわー! 言い方が悪かった! これじゃ私の好きな人が和っていう解釈に!)
和「…………そう」
澪「…………ああ」
和「……………………」
澪「……………………」
気恥ずかしくて、双方黙り込む。
それでも手だけは、繋いでいた。
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翌日 放課後
澪「…………絶対和に誤解された…………」
律「…………油性ペンで肉って書きやがって…………消せねえじゃねえか……」
唯「なんでりっちゃんと澪ちゃんはいつもより元気がないの?」
梓「…………そっとしておいてあげましょうよ」
紬「みんな~、お菓子よ」
唯「今日はガレットデロワじゃないよね!?」
紬「ええ。シュークリーム5つにしたわ」
唯「シュークリーム! やったー!」
紬「ただし、この5つの中に1つだけ、フェーブが入っているのよ」
唯「え」
梓「きょ、今日もやるんですか? 王様ゲームみたいなこと」
紬「ええ」
唯「今日は、フェーブをあてないようにしよう……」
梓「じゃあ私はこの真ん中の奴にします」
唯「私は右端―」
梓「律先輩たちはどれにしますか?」
律「…………どれでもいい」
澪「…………私もどれでもいい」
唯「じゃあ澪ちゃんは一番焦げ目が多いやつ、りっちゃんは左端のね」
全員の元にシュークリームが置かれる。
唯「いただきまーす!」
紬「……あら、また私のにはなかったわ」
梓「……よかった。私のにもありませんでした」
唯「私のにもなかった! りっちゃんか澪ちゃんかのどちらかだね」
律「え、マジで!?」
澪「…………誰かに命令したりするのは嫌だな……仲が険悪になりそうで」
律「私もだ…………。まあ、いいや。食べようか」
澪「…………」ムグムグ「あ、私のにはなかった」
律「…………フェーブって、これか?」
紬「あ、りっちゃんおめでとう!」
律「何か……全然喜べねえ」
紬「ほら、何か命令して? みんなに一つずつ」
律「えーと、じゃあムギ! 明日からは普通のお菓子を持ってきてくれ。フェーブ入りとかじゃないやつ」
紬「……王様の命令だからしょうがないわよね。わかったわ」
律「それから……唯には昨日ひどいこと命令されたしなー、どうしようかなー」
唯「りっちゃん! 私たち友達だよね?」
律「うるせー! おでこに肉って書かせるような奴は友達でも何でもねー!」
唯「りっちゃんひどい!」
律「唯は……、えーと、ああ、ほっぺたに渦巻き書いてくれ」
唯「ええー、そんなぁ」
律「はい次ー。梓は、じゃあ……。なにも思いつかないから、梓も頬に渦巻きで」
梓「え、唯先輩と同じですか?」
律「そう。おそろい」
唯「えへへ。あずにゃんと一緒だねー」
梓「ほっぺたに渦巻きなんて……今時の小学生すらやらなそうなことを」
律「えー最後に澪は…………。和に好きだと告白すること」
澪「は?」
律「いや、だから和に告白」
澪「な、何で私だけそんなんなんだ!?」
律「いや、面白い命令が浮かばなかったから」
澪「そ、そんな……」
律「それはそうと、ムギ、油性ペン貸して」
紬「はい、りっちゃん。油性ペン」
律「サンキュー」
梓「え」
梓「ちょ、ちょっと! 油性ペンで渦巻き書く気ですか?」
律「私のおでこの肉も、油性ペンで書かれたからな。恨むんなら唯を恨め」
唯「いいじゃんあずにゃん。いつかは消えるだろうからさ」
梓「いやですよ! 頬にぐるぐるマークがあったら外に出れなくなりますよ!?」
律「さーて、そろそろ書くぞ」
梓「いやだー! バカボンみたいになるのは嫌です!」
律「観念しろ! 梓!」
律は梓を抑え込むと、両頬に渦を描いていった。
律「はーい、完成」
紬「はい、梓ちゃん。鏡」
梓「…………本当に書かれている…………ご丁寧に太いほうのマジックで……」
律「次は唯な」
唯「うん。綺麗に書いてよ!」
律「はいはい」
数十秒かけて、渦を唯の頬にも描く。
紬「はい、唯ちゃん。鏡」
唯「おー、あずにゃんと同じになった!」
梓「…………明日から外出れない…………。その前に家に帰れない……」
唯「一緒だね、あーずにゃん!」
梓「一緒でも嬉しくないです……」
唯「えへへ、私は嬉しいよ~?」
その言葉を聞いた梓は、不思議と悪い気分ではなくなった。
澪「………………和に告白………………」
紬「頑張って、澪ちゃん! 私応援してるから!」
澪「………………和に告白………………」
律「澪、私が付いていってやろうか?」
澪「いい………………一人で出来る」
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部活終了後 生徒会室前
和「あら……今日もどうしたの? 澪」
澪「い、いや、あの……律にしろって言われたんだけどさ」
和「ええ」
澪「これは、あのさ、私も仕方なくやっていることだから、本気で受け取らないでほしいんだけど……」
和「わかったわ。それでなに?」
澪「……和、好きだ」
和「………………え?」
澪「いや、律に告白しろって言われてさ、いやー、あいつには困ったもんだよ」
茶化すように言う澪。
澪「うん。まぁ、告白は終わったからさ。突然変なこと言ってごめん」
和「……私も好きよ、澪」
澪「…………は?」
澪が頓狂な声を出すと、和は笑って。
和「冗談よ。――少なくとも、今はね」
その笑顔に一瞬、澪は見とれてしまう。
澪「あ、あはは、冗談だよな。うん、わかってたよ」
動揺を隠すように澪は笑う。
和「そうだ、澪。せっかくだから一緒に帰らない?」
澪「あ、あぁ。いいかもな」
そして、二人は足並みをそろえて校舎の外へと向かった。
ゆっくりと、ゆっくりと。
終わり
最終更新:2011年01月06日 20:46