とあるひのぶしつ!

梓「……三国一って何なんですか。今時そんな表現使う人いませんよ」

唯「まあまあ、それはともかくとしてさ」ギュー

梓「わあ!? ちょっ、と、急に抱き着くのは危ないから止めてくださいってばっ」

唯「あずにゃんは、こんなに可愛くて抱き心地もいいんだもん。これだけで玉の輿を狙えるよ」フニフニ

梓「まぁ、私としてはちゃんとお付き合いして好き合った人なら、別に玉の輿でなくてもいいんですけど……」

唯「でも、お金持ちで格好いい人がいいでしょ、やっぱり?」

梓「いくらお金持ちの格好いい人でも、唯先輩みたく突然抱っこしてくるような人と結婚を決意するなんて有り得ませんっ」プイス

唯「確かに……いきなり抱っこしてくる変態ちっくな男の人に、あずにゃんを任せることは出来ないね。結婚生活も苦労しそうだし」

梓「それ即ち、自分が変態ちっくだってことにも気付いてくださいよ……ほら、今日は一緒にギー太の弦を交換する約束でしたよね」ペシペシ

唯「あうぅん、もーちょっとあずにゃん分を補給していたいよ~」

梓「はいはーい。ちゃんと交換出来て、他の先輩方もまだ来てなかったら、考えないこともないです」ガタッ

唯「ううっ……そんなの間に合わないの知ってるくせに、意地悪ぅ……」グスン

梓「ええと、これと、これと……唯先輩、弦は持ってきてますよね?」

唯「あ、うん。今回は奮発して、ワンランク上のやつにしてみました!」フンス

梓「ああ、そろそろライブに向けて練習しますね……ついでに私も替えちゃおうかな?」

唯「うふん。そう言うかもしれないと思って、もうワンセット同じの買ってきてあるよ。お揃いの弦にして、ラヴマティック・ギグと洒落込まなぁい?」シナダレッ

梓「折角ですけど、私はもっと高いの用意しました。ライブは来年の部員勧誘にも響きますんで、まだ気が早いですけど……超気合い入れてますよ?」プイ

唯「ああん」

梓「よいしょっと……ふらふらターイム……ふらふらターイム……」クルクル クルクルクル

唯「ふわふわだよ!?」ガーン

梓「わざとです。私が始めてるのに、準備すらしない唯先輩への当てつけですよ」クルクルクルクル

唯「あう……わかったよぉ、ちゃんとやるよ……」トボトボ

唯「ふわふわターイム……ふわふわターイム……ふわふわターイム……」クルクルクル

梓「んっ、しょっ!」バチン

唯「ひゃあ!?」ビクゥ

唯「あ、あずにゃん……弦、切るなら切るって言ってよ。びっくりしちゃうじゃない」

梓「……はいはい。それじゃ、次からはちゃんと教えますから。手を止めないでください」シュピー

唯「うん……あ、ペンチ貸してあずにゃん。一本目切るよ~」

梓「はい」シュシュ

唯「ん。さてさて……今までありがとうね、君のことはゴミ箱に捨てるまで忘れないよ……」バチン

梓「普通は無関心に交換すると思いますけど、そういう別れの言葉を告げるのも酷いですよね」シュルシュル

唯「ふぇ? そおかなあ……あ、はい。ペンチ」シュピッ

梓「どおも。じゃ、次切りまーす」グッ

唯「うっ、うん! どおぞ!」ビクビク

梓「よっ……ぉーい!」バチン!

唯「……あずにゃんも、弦切るの怖い派? 弦の交換って、こんなにものすごく地味な作業なのに怖さは真夏の怪談並だよね」ピシュー

梓「は? いえ、私は単に握力がないので……うちにあるペンチなら、もっと切りやすいんですけど……あ、ペンチどぞ」

唯「そっかぁ。私なんて、ちゃんと緩めてるのに、いつ『パチーン!』って跳ねてくるかってどきどきだよぉ」シュルルル

梓「もう2年目なのに、まだ慣れてないんですか……ま、わからなくもないですけど」シュピー

唯「だよね、だよねっ。あと、ピアノ線みたいに表面がつるっとした弦より、バネみたくぼこぼこしてる弦の方が攻撃力強そうで怖いよね」クルクルクル

梓「攻撃力って、ゲームじゃないんですから……音とか弾き心地とか耐久性とか、そういう好み的な面もあるでしょうに」シュルシュルル

唯「あ、切るよー、あずにゃん」グッ

梓「どぞ。別に私は驚かないのでいちいち断らなくていいんですけどね」クルクルクル

唯「でもさ、こういうペグ回しを発明した人がいるくらいなんだから、弦の交換ももっと簡単になってもいいと……んっ! ……思わない?」バチン

梓「あ、確かに。でもそういう仕組みになると、その仕組みになったギターに買い換えないといけないのが寂しいかなと思います」クルクル

唯「ああ、そっかぁ。それはやだな、ギー太とお別れしたくないし……じゃあ、発明されても使わなきゃいいんだ!」ピシュー

梓「もしかしたら、そういう考えの人が多いから、メジャーに出回ってないのかもしれないですね……あ、ペンチください」

唯「はい……うんうん。自分の恋人みたいなギターをぽんぽん買い換える気にはなれないよね」ピシュシュー

梓「恋人は言い過ぎかと思いますが……まぁ、結構なお値段ですし、そう気軽に買い換えたり……切りますよ、唯先輩」

唯「ひゃ!? うんっ、大丈夫、やっちゃっていいよっ」

梓「怯えなくても平気ですってば、もう……ん、んんっ……しょおい!」バチンッ!

唯「……そんなに大変かなあ? 今の、四弦だよね?」シュピー

梓「この備品のペンチが小さいんですっ。自分の家でする時は、もっと楽に出来てますからっ」ピシュー

唯「……ペンチっていっても、このくらいが普通の大きさだと思うんだけどなあ、っと」グッ

梓「大きいペンチだと、てこの原理で力を入れやすいんです……両手で使えますし」シュルシュル

唯「ふうん。両手で使うペンチ……あ、ドラマなんかで刑事さんがドアチェーンを切るやつ、だね?」バチン

梓「そこまで大きくないです。っていうか弦を切るのにあんなん使わなきゃいけないなんて、私はどんだけ非力なんですか」

唯「えへー。あずにゃん、ちっちゃいから……大きいペンチっていうと、どうしてもそういうの想像しちゃうんだよ」ピシュル

梓「ちっちゃいですけど、弦の交換に不自由しない程度には握力ありますんで……はい、切りますよ」ググ

唯「う、うん」

梓「うー……っしょいっ!」バチン!

唯「……えへ。一生懸命に弦を切ってるとこも可愛いね、あずにゃんは」ニヨニヨ

梓「にゃっ!? にゃにゃ、はい、次は唯先輩の番ですっ。終わったら長さ調整ですからね」カアァ

唯「うん。ごめんね、まだよくわかんなくって……よいしょ」ギュ

梓「弦の交換をしたのも一回や二回じゃないんですから、いい加減にひとりで出来るようになってもらわないと困りま……ああっ!」

唯「へ?」バチン!

梓「唯先輩っ!?」

唯「ひゃう!?」ピッ

梓「唯先輩、大丈夫ですか!? っていうか、どうして緩めてなかったんですか!」

唯「あ……そっか、一個だけ緩めるの忘れてたのかぁ……てひひ。あずにゃんも大変だね、こんな駄目な先輩を持っちゃって」

梓「そんなことはどうでもいいですから! どこも怪我してませんか!?」ダッ

唯「う、うん、多分大丈夫だよ。どこも痛くないし……それより、あずにゃんと離れて作業しててよかった」

梓「……ちゃんと私と同じ手順で作業してたじゃないですか! なのに、なのにっ……どうして、最後だけ適当にペンチ当てちゃったんですか!?」

唯「あ……う、うん……早く切って、新しいの通して、弦の長さ揃えて……あずにゃんと音合わせしたかったから……」ポタッ

梓「んもう! 弦を緩めなかったってことは、ペンチをギー太に当てて切ったってことですよ!? 大事な指板を傷めちゃうじゃないですか!」

唯「ごめん、浮かせて切れば平気かなって……あ、れ?」ポタポタ

梓「あ……」

唯「ご、めん、あずにゃん。私のカバンから、ばんそーこ探してくれるかなあ?」テヘ

梓「きゃあああ!? 唯先輩、唯先輩っ! 大丈夫ですか、気を確かに!」キュッ

唯「あ、あずにゃん? ハンカチじゃなくって、ティッシュで充分……」

梓「ば、ばんそーこ!? 唯先輩のカバンですね!? えっと、ええと……」ガサゴソ

唯「……んー。すぱっと切れたせいで、最初は痛みを感じなかったみたい。傷も、そんなに大した深さじゃないみたいだよ? ……って、あずにゃん。聞いてる?」

梓「ばんそーこ、どこにあるんですかあ! ううっ、あ、そうだ……傷口、洗いましょう!」グスッ

唯「あずにゃん。私の話、聞いて……なかったみたいだね」アセー

梓「保健室! 早く保健室行かなきゃ! 立てますか、唯先輩!?」

唯「え、えっと……あずにゃん、落ち着いてくれる? 私は平気、傷もちょっと切れただけ。血だって……ほら、もう止まっ……てないけど、すぐ止まりそうだし?」

梓「でも! でも、早く手当てしないと、唯先輩の手が!」グスッ

唯「うっ、うん……じゃあ、保健室に行ってくるね。悪いけどあずにゃん、切った弦のお片付けを……」

梓「私も行きますっ!」グスン

唯「……ん。じゃ、付き添いお願いね、あずにゃん」

梓「はい……」スンスン



そのご!

唯「ほら。ばんそーこ一枚で済んじゃったから、もお泣かなくていいんだよ? あずにゃん」

梓「はい……」グスン

澪「ははっ。梓は大袈裟だなぁ、弦を切り損ねて怪我するなんて、別に珍しくもないじゃないか」ンズー

律「まあ、あたしらには縁のない話だけどなー。な、ムギぃ」ズー

紬「そうねぇ。でも、まさか梓ちゃんがこんなに取り乱すなんて……」

梓「ううっ、ごめんなさい。ごめんなさい、唯先輩ぃ……」グスグス

唯「あ、あのね、あずにゃん? 怪我だって大したことなかったし、そもそも、私がちゃんとしたやり方で交換してなかったのがいけないんだよ?」

梓「でもっ、私……ギターに関しては私の方が先輩だと思ってて、監督してるつもりで、なのに、唯先輩の大切な手に怪我なんかさせちゃって……」グス

律「あー、こりゃもうあれだな。唯をキズモノにした責任を取って、梓が唯のお嫁さんにならなきゃな?」ニヘ

澪「おいっ!? それは意味が違うだろ!?」

紬「あらあら~。そうね、キズモノにされちゃったわね、唯ちゃん。しかも梓ちゃんは、責任を取るつもり満々みたいだふぃ?」タラリ

澪「面白がってないでハナチ噴けよ、ムギ……」

紬「あら」フキフキ

梓「責任……取りますっ! 唯先輩! 責任取らせてください!」ググッ

唯「ふぇぇ!? ちょっ、と、あずにゃん? 近いよ、嬉しいけど顔が近すぎるよ! 大体、責任取るってどういう」

梓「せめて傷が治るまでは身の回りのお世話をさせてください」

唯「いや、きっと憂がやってくれるから心配しなくていいよ?」

梓「でも!」

唯「失敗したのは私なんだし、なのに、あずにゃんにそんなに責任感じられても……っていうか指をちょぴっと切ったくらいで」

梓「でも、私が唯先輩をキズモノにしてしまったのは事実です! ですよね、先輩方!」

澪「私は唯の言い分が正しいと思うんだけど」

律「梓がしっかりしてたら、唯は怪我しなかったのは間違いないだろうな~?」

澪「おい、律!?」

紬「ゲンミツに言うなら、どんなに小さな傷でも、唯ちゃんが怪我をしてキズモノになってしまったのは梓ちゃんの責任かもしれないわね~? ゲンミツに言うなら、だけど」

梓「うわああああああん! やっぱり! ごめんなさい! ごめんなさいっ!」

唯「ちょっとみんな……あずにゃんをいじめないでよ……こんな傷で、こんなに泣いちゃって……本気で可哀想だよぉ……」

律「なあ、唯。別に梓をいじめてるわけじゃないんだ。試しに、いつもみたいに抱き着いてみろ」

唯「んう? ……あずにゃん、ぎゅーう♪」ダキッ

梓「ふぁ……んっ、にゃぅ……唯せんぱぁい……♪」ポワーン

律「……な?」ニヨニヨ

唯「意味がわかんないよ」

澪「同じく」

律「つまり、だ。梓は今まで唯に対して素直になれなかった。女同士としてか、同じギタリストとしてか、それはわかんないが」

紬「何かキッカケが必要だったわけね。唯ちゃんに対して素直に気持ちをさらけ出せるような、何かのキッカケが」

律「あたしのセリフ取られた!?」

澪「……ええと、つまり? どういうことなんだ?」


2