憂「うう、寒いね、もう冬だよ」

純「本当だね」

憂「あのさ、純ちゃん。一つ訊いていい?」

純「? うん」

憂「今日どうかしたの? 朝からなんか変だよ?」

純「え? あ、あはは。やだなー、憂。私は普通だよー?」

憂「携帯見ながらニヤニヤしててさ、授業中も何かぼーっとしていたよ?」

純「べ、別に何でもないってば」

憂「ううん、嘘。純ちゃん、いつもより声が上ずっているもん」

純「ははは……まさか」

憂「ほら、目も逸らしちゃってるし」

純「……ああ、憂には隠し事できないね。憂、きっと鬼嫁になるよ」

憂「はぐらかさないで。何かあったの? 相談に乗るよ?」

純「あ、あれだよ。好きな人が出来ただけだって」

憂「へえ、誰?」

純「…………誰にも言わないでよ」

憂「言うわけないよ。だから、教えて?」

純「紬先輩」

憂「…………へ?」

純「私、紬先輩のこと好きになっちゃった」

憂「……本気?」

純「うん。ヤバい。重症。本気で紬先輩のことが気になっちゃってる」

憂「うーん、でも、それは……」

純「……どうしよう、嫌われるかな? レズだって」

憂「ううん。それ以前にね、紬さん、付き合っている人いるよ?」

純「え! え、え、え、誰それ!」

憂「…………梓ちゃん」

純「」

純「……うそ?」

憂「……本当」

純「嘘嘘嘘嘘! 梓が紬先輩と!?」

憂「うん…………残念ながら」

純「な、何で憂知ってるの?」

憂「『私ムギ先輩と付き合うことにしたんだ~』って、二、三か月前に言ってきたよ。梓ちゃんから」

純「そ、そん、な………………」

憂「多分……告白しても、振られるのが関の山だと……」

純「…………………………」

憂「…………………………」

純(………………ああ、だから梓、紬先輩の写真一杯持っていたんだ)

純(…………私じゃなくて、梓、か)

憂「…………純ちゃん?」

純「あ、ああ、何? 憂」

憂「ハンカチ、貸そうか?」

純「え? 何で?」

憂「純ちゃん、泣いているよ?」

純「え」

純は目をこする。ぬめり、とした感触。涙だ。

純「あぁ……本当だ」

憂「はい、ハンカチ」

純「うん……ありがと」

憂「あの、言わない方が良かったかな?」

純「ううん。言ってくれてよかったよ。うん、ずっと片想いをしていることもなくなったわけだし?」

憂「……そっか」

純「いやー……それにしても梓と紬先輩が付き合っているなんてね……、アメリカ人もびっくりだよ」

あはは、と力なく笑う。

憂「うん…………あ、私の家ここだから」

純「ああ、……じゃあね。唯先輩に美味しいパスタ作ってあげてね。あ、あとハンカチ洗って返すよ」

憂「……うん、ばいばい」

憂が平沢家の中に入って行く。

純が一人取り残される。

純(……………………梓と紬先輩が付き合っている……アベック……)

純(………………何で、私じゃないんだろう)

純(…………二日間の恋、か。早すぎるなあ)

純(……ううん。諦めちゃあ駄目だ。そう簡単に好きになった人を忘れられるものか)

純(梓と付き合っている? それがなんだ。奪えばいいんだ。私が紬先輩を寝とってやる!)

純(そうだ、そうしよう。梓から紬先輩を奪おう。ゆっくりと、慎重に……)

純(まずは……手を繋ぐところから、かな)


翌日   放課後

純「ねぇ、梓」

梓「ん?」

純「その髪留めってさ、紬先輩からもらったものなんだよね?」

梓「うん」

純「デートした時に?」

梓「…………え?」

純「梓、紬先輩と付き合っているんだってー? このこの!」

梓「な、何で知ってるの!?」

純「憂に教えてもらったんだー」

梓「くぅぅ、憂のヤツ。誰にも言わないでって言ったのに」

純「ところで。軽音部っていつ活動終わるの? 六時くらい?」

梓「え? うん、まあ、六時とかそれくらいかな」

純「そっか」

梓「それがどうかしたの?」

純「ううん。何でもないよ、それよりさ」

梓「なによ」

純「私も、紬先輩のこと好きなんだ」

純は逃げるように教室を出た。

梓「は? って、ちょっと、純!?」


PM 6:00

純(軽音部の練習が終わるのは6時……)

純(校舎の外で待って、もう二時間がたっているけど……まだ来ない……)

純(ん? 唯先輩の声!)

純(あ、紬先輩が校舎から出てきた。梓もいる、唯先輩もいる)

純(よーし、紬先輩が一人になるまでストーキングして……)

数分後

純(よし! やっと紬先輩一人になった!)

純(自然に、ナチュラルに、ごく普通に声をかけるぞ…………)

純はゆっくりと、紬に近づいていく。


そして――――。

純「あれ? 紬先輩じゃないですか?」

紬が振り返る。

紬「あら、純ちゃん?」

純「はい。奇遇ですね、先輩」

紬「本当ね~」

純「あの、部活の帰りですか?」

紬「ええ、そうよ」

純「あの、良かったら、どこかに寄り道しませんか?」

紬「私と?」

純「はい。あの、ゲームセンターとか、えーと、マックとか」

紬「ゲームセンター! 行きましょう!」

純「あ、はい」

純(ゲームセンターにこんなに食いつくとは思わなかった……)


ゲームセンター

紬「あぁ……りっちゃんと来た時より内装が綺麗になってる……、それに少し広くなっているみたい……」

紬「あ、UFOキャッチャー! 純ちゃん、出来る?」

純「あ、はい。得意ですよ、昔はUFOキャッチャーの女帝とも呼ばれていましたからー」

紬「本当!? じゃあじゃあ、あのお人形さん取れる?」

キティの人形を指差した。

純「楽勝です」

純はUFOキャッチャーに二百円を投入する。紬の視線を感じながら、アームを操作し、紬のお目当てであるキティの人形を掴んだ。

純「やったぁ! 取れましたよ! 紬先輩!」

紬「すごい! 純ちゃんカッコいい!」

純「えへへ、ありがとうございます」

ゲットしたキティを、紬に渡す。

紬「ああ……可愛い」

むぎゅ、とキティを抱きしめた。

純(いいなあ……キティと代わりたい)

紬「私にもやらせて?」

純「あ、はい、いいですよ」

紬「コツとかあるの?」

純「取りたい物の手前でアームを下ろしてください。アームは挟む力が緩いですから、足より頭を狙った方が取りやすいです」

紬「ふぅん。やってみるわね」

紬はお金を投入する。

どうやら、狙っているものはドラえもんのようだ。

アームがドラえもんの頭を掴み……そして、アームからすり抜けるようにして落ちた。

紬「あ…………」

純「だ、誰でも初めてで取るのは難しいですよ、何度かチャレンジしたら取れますよ」

紬「わかった、やってみるわね」

二回目……失敗 三回目……失敗

そして四回目のチャレンジの果てに、ドラえもんをゲットした。

紬「やったわ!」

純「おめでとうございます! 紬先輩!」

取りだし口からドラえもんを取り出す。

紬「はい、純ちゃん」

純「え? くれるんですか?」

紬「ええ。お返しに」

純「あ――ありがとうございます!」

純(一生物の宝にしよう! この人形!)

紬「あ、次はあれがやりたいわ!」

メダルゲームを指差す紬。

純「はい、やりましょう!」

そして二人は、パチンコ型のメダルゲーム機が並んでいる場所へと向かった。


***********************************

ゲームセンターで遊び疲れた頃には、九時を過ぎていた。

純「そろそろ帰りますか? ここも十時に閉まっちゃいますし」

紬「そうね。そうしましょうか」

二人は外に出た。

紬「あら、寒くなってるわね」

純「はい、もう九時過ぎてますから」

紬「ごめんね、何か連れまわしちゃって」

純「いえ。誘ったのは私ですもん」

純はドラえもんを、紬はキティをそれぞれ握っている。

純「楽しかったですね」

紬「ええ。また行きたいわ」

純「今度、また行きませんか? あ、空いているときとかに」

紬「いいわね、楽しみ~」

純「じゃあ、あの……メルアド、交換しませんか?」

紬はいいわよ、と肯定した。

純「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

二人は携帯を取り出し、赤外線通信でお互いのアドレスを交換した。

純(ああ……紬先輩のメールアドレスだぁ……)

純(……これで、朝でも夜でも休日でも、紬先輩とやり取りが出来る……なんて素敵!)

純(なんか、やっと第一歩を踏み出せたって気がするなあ……)

純は携帯をポケットにしまう。

冬の夜、辺りは人気がないからか余計に寒く感じられた。

二人の脇を、風が通り抜ける。


純(うう、寒っ)

純(…………手、繋ぎたいな)

純(…………いいよね、少しくらい大胆になってもさ)

純(梓が見ているわけでもないんだし)

純「あの、紬先輩」

紬「なに? 純ちゃん」

純「……手、繋ぎませんか? ほら、寒いですし」

紬「いいわよ」

紬は空いている方の手を差し出す。

純「あ、はい」

純はその手を握る。

冬の寒さなんか忘れてしまうくらいに、紬の手は温かかった。

純「温かいですね、先輩の手」

紬「よく言われるわ」

手を握った二人は、ゆっくりと歩いて行く。

純(出来ればもっと先、キスとかをしたいけれど、それはあまりにも欲張り過ぎだよね)

純(まあ、これはこれでいいかもしれないし)

純(今はまだこの温かさに、ひたっていよう……)

純は紬の手を、強く強く握りしめる。

悪い気分じゃない、と純は思った。



翌日 朝

梓「ねえ、純。昨日ゲームセンター行ったの? ムギ先輩と」

純「え? ええ? 何で知ってるの?」

梓「昨日ムギ先輩からメール来てね、『純ちゃんとゲームセンター行ったの。すごく楽しかったわ』だって」

純「い、いいでしょ? そのくらい。ただ帰り道に偶然出会ったからどこか行きませんかって誘っただけだよ」

梓「何が『いいでしょ』よ。私とムギ先輩が付き合っているの知ってるなら、ちょっとは自重してよね」

純「やだ梓、独占欲はっげしー! そんなに紬先輩を自分のものにしたいんだー!」

梓「ち、ちが、そう言うことじゃなくて!」

純「でもね、梓」

梓「何が?」

純「私は絶対に、紬先輩のこと振り向かせろうって決めたんだよ」

それは純の、ささやかな逆襲だった。
                              終わり