律「っと、そうだそうだ。憂ちゃんに純ちゃん、ちょっと二人に渡したいものがあるんだ」

憂「渡したいものですか?」

律「ああ。澪にムギ、渡してやってくれ」

澪「えっと……私たち三人と唯で作ったんだけど……コレ」ガサッ

憂「わぁ~……ありがとうございます!」

紬「純ちゃんもほら、コレ」

純「あ、ありがとうございます! でも、なんですか? コレ」

律「クッキーだよ」

純「……クッキー?」

紬「ええ。私たちの手作りの、ね」

憂「あ、だから昨日、甘い匂いが台所に残って……」

律「ああ~……やっぱ残ってたか。作り終わった後思い出したように換気してたんじゃ、匂いがなくならなかったか」

純「でも、どうして……」

律「今日がホワイトデーだからだよ」

澪「あのケーキって、純ちゃんと憂ちゃんも協力して作ってくれたんだろ?
  だからさ、やっぱ二人にも何かあげないとな、って思って」

紬「梓ちゃん用のケーキ材料と一緒に、クッキー用の材料も一緒に買っておいたの」

澪「ちょっと、梓とは違って、手抜きみたいになっちゃって悪いけど……」

純「い、いえ! そんなことありません! 嬉しいですっ!」

律「そうか? ま、そうやって素直に喜んでもらえるなら、作ったかいがあったよ」

紬「なんせ二人はもう、私たち放課後ティータイムの後輩ですものね♪」

純「あっ……」

憂「嬉しいです……先輩方」

純(ああ……どうして私、この部活に去年から入ってなかったんだろ……色々と勿体無いことしたかもなぁ……)

律「あ、それとコレ。純ちゃんと憂ちゃんのカバンな。楽器はちょっと悪いけど、持ち出せなかった」

純「さっきから持っていて気にはなってましたけど……」

憂「でも、どうしてですか?」

律「たぶん、唯の話が長くなるだろうからさ。先に帰ってた方が良いだろうと思って」

憂「え?」

澪「梓の様子が変だったらそうしようって、昨日の段階で話し合ってたんだ」

純「変って……今日はそんなことありませんよ?」

律「ま、確かに私たちの勘違いって可能性はあるけどさ」

紬「それでも、唯ちゃんだって梓ちゃんに、何かを残したいと思うの」

純「何かを残す?」

澪「ああ。私たちはとっくに、梓に言いたいこと言ったからな。後は、唯だけなんだ」

紬「大学に行き始めたら、やっぱり今までみたいに、毎日は会えないからね」

律「私たちとは違って、唯は最後の最後まで、卒業式を終えるまで……梓へ歌を送るまで、そのことを考えないようにしてたからな。
  梓に何も、言えてないんだよ」

憂「でも、歌を梓ちゃんにあげたんですよね? ならそれで十分なんじゃ……」

律「歌は私たち全員の気持ちであって、唯個人の気持ちじゃない。
  ……憂ちゃんなら分かるだろ? 唯は、楽しいことが大好きで……その楽しさのためならどんな苦労も堪えられるけど、一度得た楽しいことを、中々手放さないって」

憂「それは……確かにそうかもしれませんけど……」

律「それが悪いことだって言ってるんじゃない。
  むしろ、そうやって手放さないように努力しているってのはスゴイことだと思うし、良いことだと思う。
  理解あるフリして諦めるよりか、往生際が悪いと罵られてもしがみ続けた方が、個人的にはな」

紬「それにそのおかげで私たちも、唯ちゃんと出会えたようななものだもの」

憂「……一緒にいて楽しいから手放したくない、そんな相手である和ちゃんを追いかけてくれたから、ですね」

紬「うん」

律「ま、そういう訳だから……唯の話は長くなるだろうなってことで、カバンをちょっと拝借してきたんだ」

澪「先に皆で帰ってる方が良いだろうしな」

純「でも長くなるって……どうしてそう思うんですか?」

澪「どうして、か……」

律「ま、簡単に言うとだな……」

紬「唯ちゃんが梓ちゃんを励ますから、かな」

~~~~~~

ガラッ

唯「あっずにゃ~ん!」

梓「あっ、唯先ぱ――ってやっぱり!?」

ガバッ

唯「ん~……久しぶりのあずにゃん分~♪」スリスリ

梓「は~……」

唯「ん? 今日は突き放さないんだね」

梓「まぁ……そうするだけ無駄だってのは分かりましたから」

唯「…………」

梓「……? どうかしたんですか?」

唯「ううん。何でもないよ。ただあずにゃんはやっぱり可愛いなぁ、って思って」


唯「…………」

梓「…………」

唯「……どう?」

梓「……何と言うか……普通ですね」

唯「がーんっ!」

梓「いえそんな! マズいって言ってる訳じゃないんですよ!?
  ただその……唯先輩にしては珍しく普通だなって……いえむしろ普通の味に作れたことを誇りに思ってください!」

唯「うぅ……普通に作れて誇りに思えってことは、普段はおいしくないのを作ってるってことだよね……」

梓「…………」

唯「そこで無言で目を逸らされるのは辛いよあずにゃん!」

唯「にしてもさ……こうやってあずにゃんと二人きりなのって久しぶりだね」

梓「確かにそうですね。ここ最近は、むしろ皆さんと会うこともあまりありませんでしたし」

唯「少し前までは、放課後になったら毎日会ってたのに……不思議なもんだねぇ……」

梓「いえ、何も不思議じゃありませんけど……」

唯「まぁ、確かにそうなんだろうけどさ……
  なんて言うのかな、こうやってあずにゃんと毎日会えなくなるってのを、昔は想像も出来なかったなって思って」

梓「……私は、そうでもありません」

唯「あずにゃん?」

梓「私は、文化祭が終わってからずっと、こうやって毎日会えなくなるんじゃないかってこと、ずっと考えてました。
  ……正直、怖いくらいでした」

唯「……そっか……本当に、あずにゃんには辛い思いをさせちゃってたんだね」

梓「…………」

唯「…………」

唯「……ねえ、あずにゃん」

梓「はい?」

唯「今でもやっぱり、辛い?」

梓「……いえ、そんなことはありませんよ。今はもう、大丈夫です」

唯「本当に?」

梓「本当ですよ。皆さんが卒業して、憂や純が入部してくれて……
  新入生歓迎会で演奏して新しい仲間を作ろうって話をして……
  軽音部を盛り上げようって思ってて……
  そう考えてたら、辛いなんて思う暇、ありませんよ」

唯「……私たちはさ、あずにゃんに何かを残せたのかな?」

梓「もちろんですよ。私は皆さんから、沢山のものをもらえました。
  だから……大丈夫です」

唯「……本当に?」

梓「え?」

唯「本当にあずにゃんは、それで大丈夫なの?」

唯「確かにあずにゃんは、皆から沢山のものを貰ったと思う。和ちゃんに支えて貰っている間にさ。
  ムギちゃんからも、澪ちゃんからも、りっちゃんからも。
  ソレが何なのか……受け取ったあずにゃんにしか分からないものなんだろうけど……」

梓(ムギ先輩からは、家族という言葉と私たちの絆……
  澪先輩からは、皆さんが私を好きだと想ってくれている気持ち……
  律先輩からは、軽音部という私たちの始まりの場所……
  そんな、私のことを大切に想ってくれている、あらやる言葉で形にした、
  私が大切に想われているということを自覚させてくれる気持ち……
  それが、皆さんがくれたもの……)

唯「……でもね、その貰ったものは、今のあずにゃんを支えてくれてる?」

梓「えっ……?」

唯「逆に、あずにゃんを傷つけてない?」

梓「どういう、意味ですか?」

唯「そのまんまの意味だよ。
  あずにゃんを支えるための、あずにゃんのための言葉が、逆にあずにゃんの身体に棘になって刺さってないかってこと」

梓「そんなこと……」

梓(無い、って言いきれるのだろうか……? 私は……?)

唯「皆に色々と貰ったから、その期待に応えないといけない。
  もう自分は一人なんだから、皆から貰ったものを糧にして、頑張っていかないといけない。
  皆が沢山のものをくれたから、ソレを投げ出すだなんて裏切り行為、出来るはずが無い。
  皆のために、皆のために、皆のために……きっとあずにゃんは、そんな風に想ってるんじゃないのかな?」

梓「……どうして、そう思うんですか?」

唯「どうしても何も、ずっとあずにゃんを見てきたからだよ。
  ……ううん。皆を見てきたから、かな。
  皆がどんな気持ちであずにゃんに言葉を掛けて、今のあずにゃんがどう受け止めてしまっているのかが分かるんだよ」

梓「…………」

唯「……あずにゃん。皆はね、そうやってあずにゃんを傷つけるために、言葉を掛けたわけじゃない。
  色々なものをあげたんじゃない。
  ……って、あずにゃんなら言わなくても分かってるか」

梓「…………」

梓(……私は……)

梓「私は……ムギ先輩に、軽音部は家族だって言われました」

唯「うん」

梓「家族で、皆さんが先に進むその輪の中に戻ってみせるって、約束しました」

唯「うん」

梓「だから……頑張らないといけないんです。
  お母さんのムギ先輩が、私なんかを、家族だって言ってくれたから。
  私にとっても戻りたい、大切で、大事な、家族の場所ですから」

唯「うん」

梓「澪先輩は、私のことを頼りになる後輩だって言ってくれました。
  妹だとも言ってくれました。お姉ちゃんとも、呼ばせてくれました」

唯「うん」

梓「私のことを本当に頼ってもくれました。
  それに、私のことを好きだって気持ちを皆さんが持ってることを、教えてくれました」

唯「うん」

梓「だから……皆さんと一緒にいたいって、私は想い続けられるんです。
  皆さんが私のことを嫌いじゃないか、って不安がないから、
  皆さんのことが大好きな私は、その大好きな人たちの場所にずっといたいって、一途に想い続けられるんです」

唯「うん」

梓「律先輩からは、軽音部の中には私がいないといけない、ってことを言われました。
  私に部長を継がせて、辛い思いをさせてしまうかもしれないって言いながら、私のことを大切だって言ってくれました」

唯「うん」

梓「私に気を遣ってくれましたし、私に軽音部の部長を継がせてもくれました。
  私に、軽音部を頼んできました」

唯「うん」

梓「だから……私はここを、何としても守らないといけないんです。
  新入生を入れて、軽音部を軽音部のまま残して、そして皆さんを安心させて――」

唯「それは違うよ、あずにゃん」

梓「…………え?」

唯「そんな、無理をさせたいんじゃないんだよ、皆。
  確かに、ソレがあずにゃんのためになるなら、私たちは応援するよ?
  でもさ、私たちを安心させて、って言うんなら、それは応援できない」

梓「……どうして、ですか?」

唯「だって今のあずにゃん……相当無理してるんだもん」

唯「私たちはただ、あずにゃんが元気なだけで、安心できる。
  それなのに、私たちを安心させるために頑張るあずにゃんを応援したせいで、さらにあずにゃんが無理しちゃうんなら……
  あずにゃんが元気じゃなくなるんなら、やっぱり応援はできないよ」

梓「私は……! ……無理なんて、してません……」

唯「してるよ。それに気付けないほど、あずにゃんは無理してる」

梓「それじゃあ唯先輩は、軽音部が無くなっても良いんですか?」

唯「そうだね……あずにゃんが無理し続けるっていうんなら、悲しいけど、無くなっても良いかな」

梓「そんな……! そんなこと、言わないで下さい……!
  私はただ、軽音部があってくれればそれだけで……! それだけのために……!」

唯「それと一緒だよ」

梓「えっ……?」

唯「私もただ、あずにゃんがいてくれるだけで良いんだよ」

梓「じゃあ……じゃあ唯先輩は、私に何もするなって言いたいんですか?」

唯「ううん。そうじゃないよ」

梓「でも、そう言ってるように聞こえます!
  先輩達のために頑張りたい私を、否定しているように聞こえますっ!」

唯「……そっか……確かに、そうかもしれないね。
  あずにゃんは貰った言葉を受け止めて、自分なりに頑張ろうとしてるだけだもんね」

梓「…………はい……」

唯「……だったら、私たちに心配かけさせないでよ」

梓「……え?」

唯「苦しそうにしないでよ。悲しそうにしないでよ。寂しそうにしないでよ。
  無理してる、って感じを出さないでよ。
  それだったら私も……こんなこと、言わないよ」

梓「な、なに言ってるんですか、唯先輩! 私は全然、苦しくもありませんし悲しくもありません!
  まして、寂しくもありませんし無理なんて全くしていませんっ!」

唯「…………」

梓「どうして……どうしてそんなに、私を責めるんですか……!
  私が軽音部のために頑張ったら、無理したら、ダメなんですか……!」」

唯「……別に、そんなつもりはないよ。
  だってそうやって頑張ってるあずにゃんを否定するなんて……私には、出来ないよ」

唯「でもさ、ムギちゃんに言われたんだよね? 私たちは家族だって」

梓「……はい」

唯「澪ちゃんに言われたんだよね? 私たちはあずにゃんのことが好きだって」

梓「……はい」

唯「りっちゃんにも言われたんだよね? あずにゃんがいないと、私たちは放課後ティータイムじゃなくなるって」

梓「……はい」

唯「だったらさ……どうして、私たちに相談してくれないの?」

梓「それは……その……迷惑かな、って思いまして……」

唯「……本当に? 本当にそれだけなの? あずにゃん」

梓「……それと……私一人で頑張ってやった方が、皆さんへの、サプライズになるかと思いまして……
  ただ相談してやるよりも、もっともっと、喜んでもらえるかと、思いまして……」

唯「それで……それであずにゃんが壊れたら、私たちはイヤなんだよ……?」

梓「…………」

唯「私たちはね、さっきも言ったけど、あずにゃんのためになることなら、なにがなんでも応援するんだよ?
  だって、家族だし、大好きだし、いてくれなくちゃイヤなんだもん。
  でもさ……少なくてもコレは、あずにゃんのためにならない。
  ただあずにゃんに、無理をさせるだけ。あずにゃんを壊しちゃうだけ。
  だから、応援できない」

梓「それじゃ……! それじゃあ私は、どうすれば……!」

唯「だからさ……相談すれば良かったんだよ。一人で背負い込まずにさ」

梓「でも――」

唯「私たちにサプライズしたかったんなら、憂や純ちゃんに相談すれば良かったんだよ。
  私たちじゃなくて、さ」

梓「あっ……」


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