番外編      平沢唯の部屋の中での出来事

20:00

唯の部屋の戸がノックされた。

唯「どうぞー」

和「失礼するわね」

唯「和ちゃん? どうしてここに」

和「ほら、立て替えていた分のお金、返してもらおうと思ってね」

唯「あ、うん。憂からさっき、もらったんだ。お小遣い」

唯は千円札を手渡す。

和「はい。じゃあ、お釣り55円ね」

唯「待って!」

和「何よ」

唯「釣りはいらねぇぜ!」

和「…………そう」

唯「一度言ってみたかったんだ、この台詞」

和「それはそうと、合格祈願のお守り、憂たちに渡したの?」

唯「もちろん」

和「そう。よかった」

唯「……お守りと言えば、結局和ちゃん、何のお守り買ったの?」

和「…………笑わないでね」

唯「笑わないよ」

和「…………じゅ」

唯「え?」

和「…………恋愛成就」

唯「れ、れんあい!? 和ちゃん、好きな人いるの?」

和「……ええ」

唯「ど、どんな人どんな人!?」

和「そうね、髪の毛は茶髪で、少し天然で、仲間思いの、人格者ね」

唯「へえ、私も逢ったことある?」

和「ええ。あるわ」

唯「誰だろう……。町内会のおじさんかな……」

考え込む唯を見ながら、和は思う。


和(唯、あなたよ)

和(………………なんて、言えないわよね)

和(唯を混乱させるだけだろうし)

和(でもまあ、長いこと会えなかったから、少しくらい大胆になってもいいわよね)

和(…………よし)

和「ねえ、唯。一つお願いがあるの」

唯「何?」

和「好きな人と手にキスが出来る様、練習がしたいの」

唯「え、ええ!」

和「ねえ、唯。実験台になってくれない?」

唯「で、でも」

和「……駄目?」

唯「う、ううん! いいよ! 実験台になるよ!」

唯は目をつぶった。

唯「い、いつでも準備万端だよ!」

和は、そっと唯に歩み寄る。

和「行くわよ」

唯「う、うん!」

唇の距離が縮まって行く。5センチ、3センチ、1センチ、そして――。

唇と唇が、触れた。

――神様、私は唯とキスをしてみたいです――

初詣の時願ったことが、今、かなえられた。

和「ありがとう、唯」

唇を離し、和が言う。

唯「う、ううん。どういたしまして……」

頬をほんのり赤くしている唯を見ながら、まだ片想いのままでいいか、と和は思った。
                                                終わり



番外編     夜の散歩 1

澪が帰り路を歩いていると、後ろから声をかけられた。

純「あの、澪先輩!」

澪が振り向くと、そこには純が立っていた。

澪「ああ、純ちゃんか。どうしたの?」

純「あ、あの、一緒に帰りませんか? 家、同じ方向なんです」

澪「ああ。いいぞ」

そして、二人は歩き始めた。

澪「そいえば……純ちゃん、ベースやっていたんだって?」

純「あ、はい! 澪先輩もですよね」

澪「ああ」

純「どうして、澪先輩はベースにしたんですか? 澪先輩なら、ギターとかのほうがかっこよくて似合っていると思うんですけど」

澪「うーん。私は恥ずかしがりやでな。目立つとかいうのが好きじゃないんだよ」

純「え? なのにバンドをやっているんですか?」

澪「まあ、な。バンド組んでライブとかやっている時はさ、不思議と恥ずかしいとかなくなっているんだよ。強気になれるって言うかな」

純「ああ、何となくわかります。ステージに立つとテンションあがりますもんね」

澪「うん、そんな感じ」

純「あ、私、去年の学園祭で澪先輩のこと見ました。すごい、格好良かったですよ」

澪「ありがと」

純「私も澪先輩みたいな演奏を出来るようになりたいって思ったんですよね」

澪「なんか……照れるな」

純「あの大学でも澪先輩って、まだ音楽やっているんですか?」

澪「ああ。もちろん」

すると純は考えるようなしぐさをして。

純「もし、私がN女に合格出来て、澪先輩に逢うことが出来たら――」

澪「出来たら?」

純「私と一緒に、一度だけ、ライブしませんか? 二人だけの。私、ギターやりますから」

澪「……いいな、面白そうだ」

純「約束ですよ?」

澪「ああ」

純「――ありがとうございます!」

澪「あれだぞ。約束したからには……純ちゃん、N女合格するんだぞ」

純「はい!」

それから数分歩いたところで、純が「あ、私の家ここですから」と、澪の横を去った。

澪「じゃあな、純ちゃん」

去りゆく背中に、澪は声をかける。

純「はい。先輩」

鈴木家の玄関前に立ち止まり、純は澪の方を振り向いて一言。

純「先輩ってすごくかっこいいですよ!」

そして、純は自宅の中へ入ってしまい、その姿は見えなくなる。

一人取り残された澪は、小さく呟いた。

澪「かっこいい、か……」

そう言われるのも、案外悪くない。

澪の脇を、涼しい風が通り過ぎた。
                         終わり




番外編  夜の散歩 2

帰り道が、梓は律と同じになった

梓「……何か、こうやって二人きりになるのって新鮮ですね」

律「……そういや、そうだな」

会話が一瞬途切れる。

梓「……ああ、そうだ。さっき唯先輩から、合格祈願のお守りもらいましたよ」

律「ああ、もうそんな時期か」

梓「はい。N女受けるんですよ」

律「私の後輩になるわけかー。覚悟しろよ、厳しくいくぞー?」

梓「もしかしたら、私の同級生になるかもしれませんよ」

律「私が留年するはずないだろう!」

梓「いえ、わかりませんよ。万が一ってことがありますから」

律「……くそぅ、ありそうで怖い」

梓「…………大学行って、何か変わりましたか?」

律「いんや。勉強して遊んで寝る、の三大生活リズムは崩れてないな」

梓「おおよそは変わらないってことですか?」

律「ああ。ただ少し、みんなが大人になっているだけだよ」

大人になっているだけ。それはとても大きな違いのように思えた

梓「……その割には、律先輩は子供ですね」

律「私は少し遅れているだけ。遅咲きなの」

梓「澪先輩なんか、すごい大人っぽくなってましたね」

律「あいつはもう、大学でもファンクラブ作るほど人気なんだぞ?」

梓「……すごいですね」

律「羨ましいな」

梓「ですね」

律「私はまだ、大人への階段を上ってもいねぇな」

梓「大人への階段? それって、えっちぃ意味ですか?」

律「違う違う。精神的に大人になるための、階段だよ」

梓「……よくわかりません」

律「何年後かわからないけどな、必ず誰もが、自分はまだ子供だって思い知らされる時があるの」

律「そのときに分かるんだ。自分はまだ、大人への階段を上ってもいないんだ、って」

梓「…………やっぱり、よくわかりません」

律「そっか」

梓「いつか、分かる時が来るんですか?」

律「ああ、絶対、分かる時が来る。そのときにこの言葉思い出してくれよ」

梓「…………私、いますっごく、先輩のことが大人っぽく見えました」

律「ありがとう、梓」

律が笑う。

その先輩の笑顔を見た梓は、何故か頬を赤らめてしまった。
                                    終わり