───

憂「…ん、ん…」

何か違和感を感じるような気がして、目が覚めてしまいました。
どれくらい時間が経っているのでしょう、中途半端な眠気はまだ頭に貼りついています。

時計を見ようと体を起こします。
部屋を見渡すと、なぜかドアが開けっ放しになっていて。
なぜか、不機嫌そうな顔のままのお姉ちゃんが立っていました。

憂「え…」

慌てて時計を見ると、さっき見たときから一時間も経っていませんでした。
…何でもう帰ってきてるんだろう。

憂「あ、何か忘れ物?」

唯「…べつに」

そう言いながらお姉ちゃんはこたつの上に置きっぱなしになっていた携帯を手に取りました。

あぁ、それで。
眠い頭ではっきりとは考えられませんが、なんとかお姉ちゃんが戻ってきた理由を見つけられた気がしました。

唯「…こたつ、入りたいなら言えばいいじゃん」

憂「…?」

お姉ちゃんが何か言ったようでしたが、よく聞こえませんでした。
部屋を出ていくのであろうその背中に、どうにか一言だけ。

憂「気を、つけて…」

ドアが閉まる音が聞こえます。
これで私も本格的な眠りに落ちることができそうです。


───

憂「ん…」

今度はよく眠れました。
目を開けると、部屋のなかはもう真っ暗でした。
今、何時だろう。
お姉ちゃんは、まだ楽しんでいるかな。

そう思ったのに電気をつけて愕然としました。
ソファには、上着を着たまま眠るお姉ちゃんの姿が。

憂「なんで…」

一体いつ帰ってきたのでしょうか。
時間は21時を過ぎたところ。
帰ってくるには少し、早すぎる時間のように思えます。

ブーブーブー

私を悩ませるあの音が。
しかし今回はお姉ちゃんの携帯ではなく、私の携帯が震えていました。

憂「もしもし?」

梓『もしもし、憂?』

憂「うん。どうしたの?」

梓『あのね…唯先輩って帰ってきてる?』

憂「…うん、寝てるみたいだけど」

梓『そっか、よかった…』

憂「そう、なの?」

梓『え?うん、急に飛び出してっちゃったから』

憂「そう、なんだ…」

澪『梓、憂ちゃんか?』

梓『あ、はい』

澪『ちょっと代わってくれ』

澪『もしもし、憂ちゃん?』

憂「あ、はい。そうです」

澪『ごめんな。迷惑かけて』

憂「いえ、私は何も…」

澪『唯は帰ってきてる?』

憂「はい、寝てますけど」

澪『そっか、ならよかった』

憂「あの、それなんですけど。どうしてお姉ちゃん、帰ってきてるんですか?」

澪『あぁ、それは。唯が帰りたがってたから』

憂「お姉ちゃんが?」

澪『うん。無理に呼び出しちゃった私達が悪いんだけど』

唯「…誰と、何を話してるの」

憂「え…ってお姉ちゃん?」

澪『え、唯?起きたのか?』

唯「ねぇ、憂」

憂「あ、あの、澪さんだけど」

唯「…貸して」

憂「う、うん…」

唯「…もしもし」

唯「まだ、何か用?」

唯「そう…うん、帰ってきてるから」

唯「じゃあね」

憂「お、お姉ちゃんちょっと待っ」

ピッ

唯「…なに」

憂「なんでもない…」

お姉ちゃんは携帯をソファの上に投げました。
もう見たくもない、とでも言うかのように。

唯「…だから出かけたくなんてなかったのに」

憂「え…」

唯「憂はそれでいいのかもしれないけど…私が嫌なんだよ…」

お姉ちゃんの顔が苦しそうに歪んでいます。
どうしたのでしょうか。

唯「…」

憂「お姉ちゃん…」

唯「…おなか空いた」

憂「食べて、こなかったの?」

唯「うん。何かない?」

憂「何も用意してないよ…私寝てたし…」

唯「…そっか」

唯「じゃあコンビニ行ってくる」

さっき聞いたお姉ちゃんの言葉が頭の中でひっかかっています。
些細なことかもしれないけれど…

憂「お、お姉ちゃんっ」

唯「…へ?」

憂「いや、有り合わせでよかったら何か…作るけど…」

唯「…でも」

憂「わ、私も何も食べてないから…」

唯「いいの?」

憂「無理にとは言わないけど…」

唯「じゃあ、お願いします」

憂「…はい」


───

結局冷蔵庫の中身で作れたのはクリスマスには程遠い、貧相な食事にしかなりませんでした。
それでもまだ、幸せなのかもしれません。
昨日は食事を作れるとさえ思えなかったから。

憂「買い物行っておけばよかったなぁ…」

唯「十分だよ、これで」

お姉ちゃんはぺろりと食事を平らげて、こたつではなく、ソファに寝転がりました。

私は食器を片付けながら、終わったらお茶を入れようと思いました。

憂「お茶、ここに置いておくね」

湯飲みをこたつの上に置いて、私はテーブルの方に戻ります。
立ち上る湯気を見つめながら、昨日と同じだな、とぼんやり考えていました。

唯「ねぇ」

お姉ちゃんに呼ばれるのまで同じなんて。
今度は聞き逃さなかったけれど。

憂「なに?」

唯「こたつ、入らないの?」

私に遠慮してくれていたのでしょうか。
いつもの定位置にお姉ちゃんがいないのは、どこか不自然に感じます。

憂「…そうだね、入ろうかな」

今なら少し素直になれそうな気がして。
お茶を連れて、お姉ちゃんの居場所におじゃまさせてもらうことにします。

唯「あ、そっちなんだ」

憂「だってそこはお姉ちゃんの場所だからね」

唯「じゃあ私も入ろ」

いつもの、テレビの真正面にお姉ちゃんが座ります。
そこにいてくれた方が、やっぱり落ち着きました。

さすがクリスマスイブだけあってテレビは賑やかそうな番組を映し出しています。
お姉ちゃんの視線はそれに注がれて、私は湯気を見つめて。
今日が何もなく終わっていくかのようです。

それに少しだけ、抵抗してみます。
こんな風に考えれるようになったのは、きっとお姉ちゃんのおかげ。

憂「なんか…クリスマスイブっぽくないね」

唯「別に、いいじゃん」

視線をテレビから外すことなく、お姉ちゃんはそう言いました。

唯「クリスマスイブが何なの、みんな気にしすぎだよ」

でも口調はさっきみたいに怒っている風でも、苦しそうでもなくて。

唯「集まって何かしなきゃ、死ぬわけでもないんだし」

憂「そうだね」

憂「別に外に出ちゃいけないわけでも、ないんだけどね」

唯「何、それ」

憂「ううん、自分に言ってるだけ」

唯「嫌味にしか聞こえないよ?」

憂「そうじゃないよ」

今度は私から。

憂「ねぇ」

唯「なに?」

憂「明日、何かするの?」

唯「えっ?」

思わずお姉ちゃんが視線をこちらに向けてしまいます。
それだけ、意外だったということ。

唯「別に何も、しないよ」

慌ててテレビに向き直るその頬が少し焦っているように見えました。

憂「そっか」

唯「うん」

憂「明日も一応、クリスマスだよね」

唯「そう、なんじゃない」

どうやって切り出そうか、湯気を見つめながらぼんやり考えていると。

唯「…クリスマスが何?」

お姉ちゃんの方から呼びかけてくれました。
胸にうずまく期待がさっきはあんなに醜かったのに、今では淡いそれに変わっていました。

憂「ケーキとか、食べたい?」

唯「いらないよ、そんなの」

憂「ふふっ、そうだよね」

唯「言っとくけど、プレゼントなんてないからね」

お姉ちゃんの顔はいつの間にか真っ赤で。
それだけで十分うれしくなります。

憂「大丈夫だよ、私も用意してないから」

唯「…クリスマス意識してるのは、憂の方じゃん…」

ぼそっとそう呟くお姉ちゃんに、私からも報いの一矢を。

憂「…お姉ちゃんだって」

唯「…」

憂「…んっ?」

こたつの中で小さく反撃されます。
そんな小さな反応も、今はちゃんと受けとめられるのです。

唯「知らない…」

ついに私からもテレビからも顔を背けて、お姉ちゃんはこたつの上に寝そべってしまいました。

憂「でもね、お姉ちゃん」

唯「…なに」

憂「スーパーには、行こうね」

唯「行けば、いいじゃん…」

憂「違うよ、行くんだよ?」

唯「…」

唯「…七面鳥でも買うつもり?」

憂「いや、カレーにするつもりだったけど…」

憂「お姉ちゃんがそんなに食べたいなら、買おうかな?」

唯「…」

げしっ、と再び足を蹴られました。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、なんて。
私が言えたことではないから、口には出さないでおきました。

憂「それとね、お姉ちゃん」

唯「まだあるの?」

憂「明日は自分で起きてね?」

唯「わかってるよ…」

憂「ありがとう、お姉ちゃん」

唯「まだ何もしてないよ」

憂「ううん、そんなことないよ」

憂「でも『まだ』って…何かしてくれるの?」

唯「もういいよ…そういうの…」

もう堪らないといった様子でお姉ちゃんは悲鳴を上げました。

明日何時に起きてくるか、楽しみにしてるよ、お姉ちゃん。

おしまい



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