明日はクリスマスイブ。
あ、日付が変わってるから今日、かな。

いつもとは違って、私がたくさんの料理を作る予定も、交換するプレゼントの用意もしていません。

だってたぶんそれは、必要ないから。

だから私は努めて普段どおりに振る舞います。
聖なる日、なんて存在しないかのように。

がちゃっ

唯「…ふぅ」

お姉ちゃんがお風呂から上がってきたみたいです。
さぁ、いつも通り私もお風呂に入ろう。

唯「あ、12時回ったんだ」

憂「そうだね」

唯「クリスマスイブかぁ」

お風呂上がりに冷蔵庫へと向かうお姉ちゃんはいつも通りですが、何もないかのようにそう言われても困ってしまいます。

さっき私は知らんぷりを決め込むことにしたのに。

憂「そうだね。お風呂、行ってくるね」

唯「…うん」

お茶を飲みながらも向けられる視線が何か言いたそうにも思えたけれど、私は振り向かずにお風呂へ向かいました。


───

憂「ふぅ…あれ」

お風呂から上がって戻ると、お姉ちゃんはまだリビングにいました。

自分の部屋へ戻っているかと思っていたので、少し緊張します。

憂「お姉ちゃん、まだいたんだ」

唯「うん、なんとなく」

憂「そっか」

いるんなら仕方ない。
ココアでも入れようとやかんを火にかけました。

唯「…」

憂「…」

お姉ちゃんはテレビを見つめて、私はやかんを見つめて、そこにはただ沈黙が。

やかん、いつまでも沸かなければずっと台所にいられるのに。

でもそういうわけにもいかず、やかんはきちんと私を呼んで。

お風呂上がりだから特にあたたまりたい訳ではなかったけれど、出来上がってしまった二つのココアを手に、私はお姉ちゃんの元へと向かいました。

憂「はい、ココアどうぞ」

唯「あ、うん。ありがと」

お姉ちゃんもお姉ちゃんで、目の前に置かれたマグカップなど気にならないかのように、視線をテレビに戻します。

占領されているこたつに素直に座る気にはなれず、ダイニングテーブルに腰を下ろし、ココアの湯気をただ見つめていました。

どうしようかな。
さっさと飲んでしまって、部屋に行こうかな。

唯「ねぇ」

ぼーっとしていました。
今…呼ばれた?

唯「聞いてる?」

憂「あ、うん。なに?」

そう言う割に体をこっちに向けるわけでもなく。
別に聞いてなくたってわからないんじゃないかな。

唯「明日、何かするの」

憂「明日?」

唯「あ、今日か。まぁ明日でもいいけど」

憂「別に、何も」

唯「ふぅん」

別段何を思うでもないような反応。
やっぱり部屋に行っておけばよかった。

憂「それより、早く寝なくていいの?」

唯「いいよ。明日も休みだし」

憂「じゃあ起こさなくていいんだ?」

唯「どっちでもいいよ」

何、それ。
お姉ちゃんが何を考えているのかわからなかったので、深追いをすることはしませんでした。

また湯気を見つめる作業に戻ります。
でも湯気はもう消えかかっていて、何だか口をつけるタイミングを失ってしまいました。

突然お姉ちゃんが立ち上がりました。

唯「やっぱ寝よっと」

そして思い出したようにココアをほとんど一気に飲み干します。

唯「うん、おいしい。ぬるくて」

憂「あったかいうちに飲まなきゃ意味ないよ」

唯「そだね、じゃあ早く飲みなよ」

憂「…」

唯「よしっ」

そう言ってカップを机の上に置くと、

唯「じゃあ、おやすみ」

憂「おやすみ」

お姉ちゃんは部屋へ戻っていきました。
後に残されたのは私と、ぬるくなっているだろうココア。

憂「…」

いくら見つめても、もう湯気を返してくれることはなくて。
私は諦めてもう流してしまおうと立ち上がり、ついでにお姉ちゃんのカップを回収しました。

でもいざ流そうと台所に立つと。
空になったお姉ちゃんのカップがやけに気になって。

憂「…ぬるい」

気付けば私も一気飲みしていました。
その甘さに、少し気分が悪くなります。
はぁ、さっきあったかいうちに飲んでしまっていたらこんな気分になんてならなかったかもしれません。

憂「私も寝よう…」

カップは、朝洗うことにしよう…
重い体を引きずるようにして、私も自分の部屋へと向かいました。


─────

憂「ん…朝…」

気が付くと外はもうすっかり明るくて。
今日もよく晴れているみたいです。

今日は洗濯のしがいがあるな、なんて思いながら私は下へ降りました。

リビングには人の気配はなく。
お姉ちゃんはまだ寝ているのかな。

『どっちでもいいよ』

流しに置かれたマグカップを見て、夜に言われた言葉が蘇ります。

憂「…」

大事な予定があるなら、自分で起きる、かな。
起こさなくても私が責められる理由はないので、私はいつも通り家事を始めることにしました


───

お昼頃になってもまだ、お姉ちゃんは起きてきません。

もしかしたら、もう部屋にはいない?
普段なら私より早く起きることはあまり考えられないけれど、今日はいわゆるクリスマスイブでもあるので。

お昼の用意もしたかったし、私はお姉ちゃんの部屋に確かめに行くことにしました。

階段を上った先の廊下はひんやりとしていて、とても静かです。
何の音もせず、お姉ちゃんは本当にいないような気がしてきます。

コン、コン

ノックをしても返事はありません。

コン、コン、コン

やはり返事は返ってこず、いないなら緊張する必要もないと、思い切ってドアを開けました。


そしてやはりベッドはもぬけの殻…

ではなく。人が中にいるであろう膨らみがそこにはありました。

憂「はぁ…いたんだ」

思わずため息が出ます。

ブーブーブー

憂「っ?!」

突然何かの音がします。
携帯のバイブの音でしょうか。

とっさに部屋から出ようと思いましたが、お姉ちゃんがそれに気付かなくても困るので、私はじっと立っていました。

携帯はまだ震え続けています。
早く出なくていいのかな。

ようやく布団がもぞもぞと動きます。
これで私の役目はなくなったけれど、なぜか気になって動けませんでした。

唯「…うん…今、起きた」

唯「え…いいよ。…いや、ほんとに」

唯「うん、ありがと。…じゃあ、また」

会話は終わったようです。
気になっていたのに、今のだけでは何もわからなくて何だか拍子抜けです。

唯「ふわぁー…」

大きな伸びをしながらお姉ちゃんが体を起こします。
やっとの対面ですが、少し気まずいです。

唯「ってあれ、憂?」

憂「あ、おはよう」

唯「おはよう、でもなんでここに?」

憂「お昼いるのか訊こうと思ったんだけど」

唯「あぁ、そっか」

憂「いらなかったかな?」

唯「え、なんで?」

憂「あ、いるの?」

唯「うん、おなか空いたよ」

憂「そうなんだ。じゃあ作るね」

てっきりいらないのだと思っていたので、そんな答えが返ってきて戸惑ってしまいました。

お昼を食べてから出かけるのかな。
とりあえず今私に与えられた役目を果たすべく、キッチンへ急ぎました。


───

唯「ごちそうさま、ふぅ」

そう言ったあとも、お姉ちゃんは動こうとしません。
服も部屋着のままで。

昨日普段どおりに過ごすと決めたはずなのに、なぜか落ち着きません。
そこにいるお姉ちゃんが、何より一番普段どおりなのに。

ブーブーブー

私を落ち着かなくさせるのは、この音なのかもしれません。
仕方なく、お姉ちゃんを呼びます。

憂「お姉ちゃん、携帯」

唯「え…また?」

急ぐわけでもなく、どこか面倒くさそうに通話に出るお姉ちゃん。
それは少し相手に失礼ではないのでしょうか。

唯「…もしもし」

唯「…うん…大丈夫だって」

唯「わかったよ…行くから」

『行く』

お姉ちゃんはそう言いました。
それは悲しい現実ではあったけれど、この言い様のない不安から解放されるのが少し嬉しくもありました。

大きなため息をつきながらお姉ちゃんは携帯を閉じます。
依然として動こうとしないその姿を見るのが少し、辛くなります。

憂「お姉ちゃん?」

唯「なに?」

憂「着替えなくて、いいの?」

唯「…」

お姉ちゃんは黙ったままテレビを見つめています。
流れているのはドラマの再放送。
今更見たって話がわかるはずはないと思うのですが。

憂「家にいても、楽しくないでしょ?」

出来ることなら、早く出かけてほしい。
いなくなってしまうまでの時間を待つ方が、よっぽど辛いから。

唯「…憂も、なんだ」

憂「え…?」

唯「わかったよ…出かければいいんでしょ」

お姉ちゃんは不機嫌そうにそう言うと、リビングから出ていきました。
これで、よかったんだ。
お姉ちゃんを待つ、誰かのためにも。

階段を降りてくる音がします。
お姉ちゃんが家を出る前に、ひとつだけ訊いておきたいことがありました。

憂「お姉ちゃんっ」

急いで降りてきた勢いがぴたっと止まります。
流れる空気の重さのせいか息苦しかったけれど。

唯「…なに」

憂「夕飯は…いらないよね?」

唯「…っ」

ばたんっ、と玄関のドアが思い切り閉じられました。

憂「ふぅ…」

ようやく心が落ち着きを取り戻します。
これで、これでよかったんだ。

自分の醜い期待にお姉ちゃんを付き合わせずにすんだことに、安堵を覚えます。

主のいなくなったこたつに入ってみます。
じんわりと包みこむようなあたたかさが心地よく、思わず寝転んでしまいました。

お姉ちゃんが帰ってくるまで、時間はたっぷりあるはず。
私はただ、待っていればいいんだ。
ただ、純粋に。

憂「ふぁ…」

緊張が解けたからか、こたつがあたたかいからか、少し眠気が襲ってきました。
お昼寝してみようかな。
少しぐらいなら…


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