トゥルルル トゥルルル

 プツッ

 『ただいま留守にしております』

 『ピーという発信音のあとに、お名前とご用件をお話し下さい』

 ピーッ

唯「……クリスマスにひとりぼっちの平沢唯でーす」

唯「憂さん、憂さん、お返事をお願いします……」

唯「せめてメリークリスマスの一言だけでも、どうかお願いします」

 ガチャ

唯「……ふーっ」

唯「憂はあずにゃん達と遊んでるのかなあ」

唯「家電にかけても出ないってことはそうだよね。……はぁー」

唯「……」

唯「……」

憂『来年のクリスマスは、一緒にいられないね』

唯「……」

 ごろん

憂『忘れないようにしてあげるね』

憂『来年のクリスマスになにがあっても、お姉ちゃんがよおく思い出すように』

唯「……ん」

 スッ …プニ

憂『いいよね、お姉ちゃん』

唯「っふ……は」

 こすっ こすっ

唯「んぅ、ふ」ピク

唯「憂の、ばかぁ……」


――――

 去年のクリスマスのこと。

 思い出すまでもなく、はっきりと覚えていた。

 パーティのあとみんなが帰って、例年のように憂と一緒に眠って、

 お昼ぐらいに目が覚めて……クリスマスのお片づけをしていたとき、

 憂が突然言ったんだ。

憂「でも、来年のクリスマスは一緒にいられないね」

唯「……」

 私は、大学生になる来年から、一人暮らしをすることに決めていた。

 受験で忙しくなる憂に私の世話まで押し付けられないし、

 そろそろ自立した生活を目指してみたかったんだ。

 でも私は、だらけているから。

 半強制的にでないと、自立できない気がした。

 だから私は一人暮らしを決意して、それを憂にも話していたのだけれど。

唯「そうだね……ことさら大事な時期だもん」

 昨日までのクリスマスが楽しかっただけに、そんなことを言われると寂しくなりました。

 その時初めて、私は憂のいない不便さだけでなく、

 何より憂のいない寂しさに耐えなくてはいけないのだと気付きました。

唯「しょうがないね……」

憂「寂しくなっちゃうね」

唯「うん……」

 クリスマス、よこに憂がいないことを想像するだけで悲しくなります。

 私は飾りを取ったツリーをかかえて、ガレージに向かおうとしました。

憂「……寂しくないように、してあげよっか?」

唯「へ?」

 憂の言葉に足を止めて、ツリーを置いて振り返ります。

憂「来年のクリスマス。ひとりでも寂しくならないようにしてあげよっか?」

 憂は笑っていましたが、なんだかそれは見たことのない笑顔のような気がしました。

唯「どういうこと? 来年、私の一人暮らししてるとこに来てくれるの?」

憂「ううん、違うよ。そうじゃない」

 私は憂の考えていることが分からずにいました。

 そんな私に、どことなく頑なな決意を秘めた笑みで、憂が近付いてきます。

憂「お姉ちゃんの頭にね、呪文をかけるの」

唯「呪文? 魔法?」

憂「そう。今年のクリスマスが忘れられなくなって」

憂「来年もしお姉ちゃんが一人でも、事細かに思い出して、ひとりでクリスマスを楽しめる呪文」

 「ひとり」という言葉を憂は強調してくるような感じです。

 私は、足元から昇ってくる気の早い孤独に、胸をぎゅっと押さえました。

唯「なあに、それ?」

憂「……やる? やらない? どうする?」

 質問には答えずに、憂はそれだけ問ってきました。


唯「……ん。やる」

 どういうことかは分かりませんが、

 私はさっそく孤独に耐えられなくなっていました。

 寂しくならずにいられるのなら――

 迷わず、私は頷いていました。

憂「わかった。忘れないようにしてあげるね」

 憂は安心したような顔で私の肩に手を置くと、ソファのほうに私を連れていきます。

憂「来年のクリスマスになにがあっても、お姉ちゃんがよおく思い出すように」

唯「……憂?」

 なんだか不思議な感覚です。

 憂が喋っているのに、憂が喋っている気がしません。

 もしや偽者、なんて思いますが、憂の真似ができるのは世界で私ひとりです。

 真似はできても、憂にはなれませんが。

憂「いいよね、お姉ちゃん」

 とさっ、とソファに座らされます。

 いったい憂は何をたくらんでいるのでしょう。

唯「う、うん。いいけど……」

 戸惑いつつも、私は頷きます。

 別に憂に何をされても死ぬわけじゃないでしょうし、

 私は、ほんの少しの恐怖はありましたが、ただぼんやりと憂の顔を見ていました。

憂「……」

 ほんとうに、ぼーんやりとしか見ていませんでした。

 だから、驚くべきことに――本当にびっくりしたのはこの後ですが、

 憂の顔がすすっと近付いてくるのに、私はまったく気付いていませんでした。

 憂の瞳はきらきらして綺麗で、まつ毛の並んだ目の周りには、ちょっとキスしてみたいと思います。

 肌もなめらかで白くて、触って柔らかいことも私は知っています。

唯「……」

 でも、この柔らかさは、ちょっと触れた覚えがありません。

 いつも触っているのは指先だからでしょうか。

 くちびる同士が当たると、こんなにもやわらかいのだと私は初めて知りました。

憂「ふ」

 もぞっと唇が動いて、こすれます。

 背中がぴんと緊張したかと思うと、すぐに力が抜けていきます。

唯「ん、む」

 これは何、と訊こうとしましたが、口がうまく動きません。

 どうやら唇は、憂の口にちゅーっと吸われて捕まっているようでした。

唯「ふ、……」

 ようやく、これがキスだということが分かりました。

 全身がへなへなとしおれていって、私はただソファにもたれかかるだけになりました。

憂「ん……ふぅっ」

 余韻を残して、くちびるが離れます。

唯「……」

 私はまだ、ぼんやりと憂を見つめるだけです。

 唇がぷるぷる震えているような感覚がします。

憂「お姉ちゃん。いいよね?」

 再度、憂が訊きました。

 断ることはできたのかもしれません。

 でも、ソファにぐったりと押しこまれた私は、何も考えずに頷いてしまいました。

唯「いい、いいよ……」

 もっと欲しい。

 すでに私は欲望のプールにひたされて、キスのことで頭がいっぱいになっていました。

 子供のころ、私はお母さんからキス魔というふうに言われていました。

 わるい癖だからやめなさい、とも言われていました。

 おかげで、憂や和ちゃんにところかまわずキスをすることはなくなりましたが、

 代わりに私の中にはずっとキスしたい想いが渦巻いていたのかもしれません。

 そして、それが、

 私たちはもう高校生になってしまったというのに、

 憂にキスされたことで、爆発してしまったのかもしれません。

 子供のころからずっと、私はキスが大好きだったんだと思います。

唯「うい、もっとちゅうしよ……」

 むしろ、私が求めていました。

 憂はにやっと悪そうに笑ったあと、目を閉じて私に近づいてきます。

憂「んっ、ちゅ……」

 くちびるがぶつかるように当たります。

 憂がちょっと顔を引いて、触れ合いが気持ちいい位置に調整してくれました。

 私は目を開けたまま、憂のちゅーしている顔を至近距離で見つめます。

唯「ちゅうう……」

 さっき憂がやったように、くちびるを吸ってみます。

 やわらかい唇がぴったりとくっついてきます。

 憂がぴくんと肩を動かしました。

 ソファに置いている手をつかんで、体もくっつけあえるように私の背中に回します。

憂「ふっ」

 憂はがくんと動いた自分の体にちょっと驚いたようです。

 ちょっと目を開けて、不満そうな視線をくれたあと、

 また目を閉じてそろそろとソファに膝を乗っけて私とくっつきます。

 私は天井を向かされる形で、憂とキスを続けます。

憂「ふううっ……」

 吐き出された憂の息を、逃がさないように吸いこみます。

 なんとなくですが、喉を通るときにしめった感じがしました。

唯「んむぅ……」

 くっつけ合った胸に、憂の心臓のリズムが届きます。

 とくとくと、少し速い感じです。

 ほんのちょっとずつ速くなっているような気がします。

唯「んく」

 口の周りが濡れてきます。

 舌の上まで溜まった唾をごくりと飲みました。

憂「……」

 また憂が目を開けます。

 いま私は、なにかいけないことをしてしまったのでしょうか。

 そう思った矢先、吸っていた憂のくちびるから、第三のやわらかさが出現しました。

 それは私のくちびるをこじ開けながら伸びてきて、口の中まで吸いこまれてきました。

 ざらついた感触が歯を擦ります。

唯「ん、ういっ……」

 くちびるが開いたぶんだけ、憂の名前を呼べるようになりました。

 しかし、伸びてくる舌がどんどん唇のすきまを埋めてしまって、

 また私は何も喋れなくなりました。

唯「ふ、んんっ……」

 憂の舌先が、上顎をつんつんと突っつきました。

 異様な感覚を拒絶するように舌を持ち上げると、

 私の舌が、憂の舌裏の感触を満遍なく楽しみながらなぞり上げていく形になります。

憂「っく……」

唯「ぷぁ」

 抱きしめ合った私たちは、同時に小さく震えました。

憂「……」

 ちゅるちゅると、私の口から憂の舌が抜けていきます。

 くちびるも離れます。

 舌には憂の唾液が残っているような感じがして、

 私は反射的にたまった唾液を飲み込んでいました。


4