2010年5月11日 軽音部室

戻ってきた私を迎えてくれたのは

さわ子「おかえり、りっちゃん」

さわちゃんだった。

律「……なんだよ」

さわ子「よく今まで頑張れたなと思うわ。あなたのこと」

無表情のまま私を見据えて、淡々と喋るさわちゃん。
その姿からはいつものさわちゃんを感じさせられなかった。

さわ子「でもね、そもそもの原因はあなたなの。りっちゃん」

私?

さわ子「あなたが自分で、澪ちゃんが死んでしまう世界へ変えてしまったの」

さわ子「なにもしないで過去から帰ればよかったのに。好奇心に負けてしまったあなたは」

何を言っているかわからない。

さわ子「――ホワイトボードの落書きを消してしまった」

律「!!」

思いだした。
あの時……5月4日私はもう一人の私と会った。
そこで言われたことを思い出す。

「落書きを絶対に消すな」

さわ子「あなたがもといた時間と過去で矛盾が生じるとね、その矛盾を消すためにもう一つの世界が生まれるの。そしてその世界へ移る、いわゆるパラレルワールドよ。運が悪かったことにあなたが辿り着いた世界は澪ちゃんが5月9日16時14分に死ぬという運命が存在していたの」

律「た、たった落書きを消すだけの行動ってだけで!?」

さわちゃんは何も言わずにこくりと頷く。

律「それだったら私は――ううん、未来の私だって澪の机の中に落書きを書いた紙を!」

さわ子「もちろん。その行動でだって十分パラレルワールドができるわ。つまり、あなたが何もしなくても未来のあなたがすでに……」

律「そんな……」

さわ子「そして追い打ちにあなたはホワイトボードの落書きを消した」

律「……いや、でもおかしいぞ!」

律「私が落書きを消す前に未来の私が現れたんだ! それはどういうことだよ!?」

さわ子「消す前に現れた、ということはもう既にあなたはそれを消すということが確定していたの。だからこの未来のあなたが現れた」

さわ子「すぐにもとの時間へ帰らなかった時点でもう……」

律「あ……ああ……」

なんてことだ。
澪を殺したのは他でもない――

律「――私、だったんだ」

その場に崩れた私は全てを知った様に語るさわちゃんに縋った。

律「助けて、助けて……さわちゃん」

さわちゃんは何も言わずに悲しげに首を横に数回振る。
そして、

さわ子「あなたのせいだなんて言ってごめんなさい。全ては私の責任だった……私がいけなかったのね……」

悲しげにタイムマシン……ギターを見つめ、一筋の涙を流す。

律「……どういうこと、だよ」

さわ子「……」

それ以上さわちゃんが口を開くことはなかった。

無言で立ちあがった私は、タイムマシンのもとへ。

さわ子「無駄よ」

無視する。

さわ子「もうやり直せないの」

無視する。

さわ子「落書きを消す自分を止めにいくんでしょう」

律「ちょうど今の時間ぐらいにそうしようとしてたからね」

さわ子「止められないわ。絶対」

律「やってみなきゃわからないだろ!?」

さわ子「わかってるの」

律「うるさい!!」

慣れた手つきで弦を一本、一本鳴らしていく。

ポーン、ポーン、ピーン…

さわちゃんの声が聞こえた。
「ごめんなさい」って。



2010年5月4日 軽音部室

「とりあえずホワイトボードの落書き全部消しとくか」

いた、私だ。
なんてバカなことをしようとしているんだ。
それは澪を殺すことなんだぞ。

やめろ……やめろ……

律「やめろ!」

「え?」

何マヌケな声だしてんだ。

「だれ―――――っ!?」

私だよ。

「う、うそだろ……」

うそじゃねーよ。

律「いいか、それを消すなよ……絶対に消すなよ」

「フリ……?」

「ってそれどころじゃない!」

そうだよ、それどころじゃないんだ。

「お前なんなんだよ!?」

律「……」

こいつっ。

「その顔……」

律「私は未来から来たあんただよ。田井中律」

「うそ……」

律「うそじゃない。それよりも」

律「それを……落書きを絶対に消すな」

ジリジリと過去の私に近づきながら、制止を試みる。

「な、なんだよ……いきなり現れてそんなこと言われても」

うるさい! 黙れ!

律「黙って言うとおりにしてさっさと元の時間に帰れ!」

そう言われた過去の私は顔をしかめる
……と思いきや悪だくみでも考えた様な顔で、

「へー、消したらなんかまずいんだ?」

まずい。まずいんだ。

律「……」

「……えいっ」

やつはホワイトボードの落書きの一つをさっと消した。

律「っっ!? や、やめろぉっ!」

飛びかかり、やつとの取っ組み合いの形になる。
ここでこいつを止めなきゃ、澪は……澪は……!

「なんだよっ、落書き消してるだけだろ!? はなせよっ!」

取っ組み合いの末、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた私はやつからあっさり突き飛ばされた。
床に思いっきり体を打ちつけると同時、全身に痛みが走る。

律「っ!?」

こんな痛みぐらいと体を動かそうとすると、なんでかな。
体の自由がまったく効かなかった。まるで誰かに押さえつけられてるみたいに。

「ぜーんぶ消してやるからな!」

突き飛ばした私を見るやいなや、勝ち誇った顔で落書きを次々と消していった。

消される……澪が…………澪が消される!

律「か、体が……うごかっ……!」

動け、動けよ私の体!
どうしたんだよ!?

澪が……澪が――――

「ほい、ぜんぶ綺麗に消しちゃったぜー」

律「なんてこと……してくれてんだよ」

お前は大切な、大好きな、親友を今殺したんだぞ……。
なにへらへら笑ってんだよ……。

律「ああああああああっっ!!」

「ひっ」

まだだ、まだ私はやれる。

澪のためなら、私はまだやれる。

律「もう一度……もう一度戻らなきゃ……」

「お、おい? 未来の私?」

すぐにタイムマシンを手に取った私は御馴染の動作で1日前へ飛ぶ。
先回りして何とかするんだ。大丈夫、なんとかやれるさ……。

律「待ってろよ……かならず、助けるからな……――――――」

結果は何度やったって同じだった。

私は私を止めることができなかった。

先回りしたって無駄だった。
どんなことをしたって最終的には私にホワイトボードの落書きを消される。
力づくで止めようとすればまた何かの力に押さえつけられて終わる。

律「……」

疲れた。

もう疲れたよ、澪。

私もうダメだ。何しても無駄みたい。
もういいよね、澪。私、がんばったよね。

律「みお、みお、みお、みお、みお、みお、みお、みお、みお……」

ピーン、ピーン、ポーン



2010年5月3日

唯「じゃあね~」

梓「また明日!」

紬「ばいばいー」

律「おー、んじゃ帰ろっか、澪!」

澪「そうだな」

律「……そうだ、忘れてた!」

澪「え?」

律「明日さ、私に勉強教えてくれよ」

澪「あー、テストも近いしなぁ」

澪「それじゃあみんなも呼んで――」

律「いや! 澪と私の二人っきりがいい~」ギュッ

澪「ばか。……まぁ、たまにはいいか」

律「やりぃー!」

律「それじゃあ明日頼んだからな~!」

澪「ふふ、うん。わかったから真面目に勉強しろよ?」

律「まっかせとけって!」

澪「不安……じゃあな、律。また明日」

律「おう! じゃあな!」

律「言ったからには真面目にやらないとな。よし、がんばるぞ――」

――ガシッ。

律「!」

「お前はいいよな。そんな風にいられてさ」

律「だ、だれ……だよっ?」

問いかけに答えることなく、そのまま人目がない場所へ連れていく。

律「な、なにする気だよ……大声だすぞっ」

強がってそう言っているものの、その声は震えていた。
目にも涙が浮かんできている。
所詮女か。

律「か、顔見せろよっ……卑怯だぞ……」

私は今、深く帽子を被って俯き加減だ。目元ぐらいなら隠せているだろう。

律「あああ、雨も降ってないのになんでレインコートなんて着てるんだよ……!?」

そう、レインコートを羽織っている。安物だけど、汚れから身を守る程度なら十分だ。

律「その……その、手に……持ってるシャベルは……?」

「もうわかってるだろ」

律「ひっ……」

「返せよ、澪の隣は私のもんだ……お前のじゃない。返せよ」

「返せよっ!!」

被っていた帽子が落ち、私の顔が露わになる。

律「!!」

律「わ、わたし…………?」

「返せぇっ!」

――ガツンッ。

手に持ったシャベルで頭に一撃。嫌な感触がシャベルを伝って手に伝わった。
「ぐぇ」と短く言葉にすると、その場でふらつきながら地面にへたり込む。

律「やっ、め……」

「私の場所だぁっ!」

――ガツンッ。

もう一撃。
殴られた箇所は赤黒く滲み、じわりと血が垂れる。

「邪魔だぁっ! お前は邪魔だぁっ!」

――ガツンッ、ガツンッ、ガツンッ。

ピクピクと痙攣しているにも関わらず、私はこいつを殴り続けた。

律「あぐ……げ……」

「はぁ、はぁ……」

すぐにその場に穴を掘り、こいつを羽織っていたレインコートごと穴の中へ放りこんだ。
レインコートは所々に血がついている。汚いなんてもんじゃない。

律「あ……ああ……」

「もう虫の息ってところだな。どうだよ、自分に殺される気分は」

返事はない。目だけをを朦朧と動かして私を探している。

「……」

私は澪だけじゃなくて、私すら殺してしまうのか。

だけどこいつを殺せば私がホワイトボードの落書きを消すことがなくなる。

「つまり、澪も助かるってわけだ……」

律「み……お……み、お……?」

澪、という単語に反応したのか。
虚ろな状態でこいつは澪と呼び続けた。

「安心しろよ。これからも私が澪と一緒に過ごすからさ……」

土を被せて、埋めていく。
まだ微かに息はあるみたいだけど、しばらくしたらこいつは死ぬだろう。

「あばよ、大バカ」

帽子もシャベルもそこらの雑木林に投げ捨てた。
落ちているバッグを拾い、背負う。

「これでよかったんだ。これで――――」




律「あれ、私……」

ふと気がつくと見知らぬ場所に一人でポツンと突っ立っていた。

律「こんなとこで何してんだ?」

携帯で時間を確認するとだいぶ遅い時間だった。

律「げっ、そろそろ帰らないと」

律「……」

この薄暗くて不気味な場所から早く逃げ出したいと思った。
ここは嫌だ、気分が悪くなってくる。

律「……帰ろっと」



2010年5月4日 市民図書館

律「澪ー、全然わかんないんだけど」

澪「だから教えてやってるんだろ……いいか、ここは」

律「……えへへ」

目の前にいる澪の長くて綺麗な髪を撫でる。
窓から入る日の光が髪に当たって、とてもキラキラしているように見えた。
澪はばつの悪そうな顔をするけど、黙ってほっぺたを薄ら赤く染めて、私にされるがまま髪を撫でさせた。

澪「……なんだよ」

律「別に~」

私と澪だけのあたたかい時間がゆっくり、ゆっくりと過ぎていく。
そのゆっくりでさえ、私には早く感じてしまうけれど。
このまま時間が止まっちゃえばいいのになぁ。

澪「――――ねぇ、律の手……」

律「え?」




澪「血の匂いがする――――」

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