2010年5月8日

澪「……」

律「……み、お」

澪「ひっ!? ってなんだ律か……なに暗い声だしてるんだ?」

またタイムスリップしてきた。
いつ澪が死んでしまうのか気が気でない。
澪に話しかけることだって今の私には怖かった。

律「帰るの……?」

澪「さっきもそう言ったじゃないか。用があるって」

律「用って? 用ってなんなんだ?」

この用事のせいで澪は帰らなきゃいけなくなるんだ。
澪が死ぬのはこの用事のせいだ。ということはその用事を澪から断てばいいんだ。

澪「律に言う必要ないだろ」

律「教えろっ!!」

澪「!」

澪「り、律……怖いよ……」

律「悪かった。ごめん……」

律「でも、教えてくれないか? どうしても知っておきたいんだ」

澪「えー……んん」

律「頼む」

頭を下げて必死に懇願する私。
澪は困ったように私を見て。

澪「別に、大した用じゃないよ」


澪の用事は本当に些細なことだった。

髪を切りにいく。

長髪に飽きたというか、イメチェンを図ろうとしていたんだ。

澪「美容院に予約入れといたんだ。だから急いでたんだよ」

律「そんな……」

私にとってこれは些細なことなんかじゃない。
私は澪の長くて艶がある髪が大好きだった。

律「いいじゃんか! 長いままで!」

澪「これが意外と面倒なんだよ。それに昔からずっとこのままだったし」

律「……いつ美容院に予約したんだ?」

澪「一昨日の夜かな。それじゃあ、そろそろ私……」

律「ほ、本当に切っちゃうのか? やめようよ……」

澪「律には関係ないだろ、私の髪のことなんて。それじゃあ」

律「あ……」

私の言うことを適当にあしらって澪は行ってしまった。



2010年5月6日

8日からタイムスリップしてきた。もう日も暮れてきている。

部室から出た私はすぐに澪の家へ向かった。
呼び鈴を鳴らすと、しばらくして澪が現れる。

澪「律、どうしたの?」

律「あ、えっと……」

澪「?」

律「わ、私ね……澪の」

澪「私の?」

律「長い髪が……大好き」

澪「はぁ?」

澪「とにかく上がりなよ」

何も聞かずに私を家の中へ通してくれる澪。
部屋に着くと私はベッドの上に座った。ここが私のいつものポジションなんだ。

澪「で?」

律「え……?」

澪「さ、さっきの……その、私の髪が……なんたら……」

赤面してもじもじとする澪。
あいかわらず照れ屋だ、澪は。

律「澪、その髪……切る気だろ?」

澪「え!? 律に話したっけ?」

律「あ……その、なんとなく」

澪「?」

律「ほ、ほら! 幼馴染……だし」

澪「……そっか」

一言そう言って、微笑んでくれる澪が眩しかった。

律「なにか悩みでもあったのか? し、失恋?」

澪「ううん、別に」

澪「ただイメージ変えてみたいな、って」

澪が話してくれたことはタイムスリップ前に私に言ってくれたこととまったく同じだった。
澪は雑誌を手にとって広げ、私に可愛らしい髪型をしたモデルの写真をにこにこと見せてきた。

律「澪は、こんな髪型が好きなんだ」

澪「いいと思わない? ……似合わないかなぁ」

律「そんなことないよ。澪はなんでも似合うと思う」

言ってからハッとした。これじゃあ髪型を変えることに賛成してるようなものじゃないか。
私からそう言われた澪を満更でもなさそうに喜んでくれた。

澪「律がそう言うなら――――」

律「でも!」

澪「え?」

律「でも」

律「私はやっぱり、今の長い髪のが……好きだし、似合ってると思う」

澪「……そう?」

律「……うん」

澪はしばらく、じっと黙って考え、私を見てこう言った。

澪「じゃあこのままにしとくよ」

律「え」

澪「なんだよ、ダメなのか?」

律「ダメとか……いや、その」

律「いいの? 私からそんなこと言われただけでやめちゃうなんて……」

澪「律のセンスに任せるってことだ」

人指し指をピンと立て、そう私に言ってみせる澪。
偉そうにしているその姿がやけに愛らしくて、抱きしめたくなった。

律「……澪、お前って」

澪「うん?」

律「かっわいいなっ!」

澪「ななな、なにっ、いきなり!?」

律「でも本当によかったのか?」

澪「しつこいなぁ。いいよ、切らない」

澪「律が切らないで、って言ってるんだし」

律「そっ、か……澪は単純だな!」

澪「なんだと!」

律・澪「……ぷっ」

律・澪「あはははははっ」

澪「ほんとに帰っちゃうのか?」

律「うん。もう遅いし。家の人にも迷惑かけちゃうだろ」

澪「そんなことは」

律「それじゃ、澪! おやすみ。また明日な!」

軽く手を振って、その場を後にする。

これで、澪の明後日の用事はなくなった。
一人で帰ることなく、私たちと一緒にいつもの変わらない時間を過ごせる。
助かるはずだ。今度こそ。

律(しっかし……)

律「自分んちに帰るわけにはいかないよな」

この時間には私が二人いることになる。もちろんこの時間から見れば私の存在の方が異端だ。
なにせ未来から来たんだからな。

……つまり、私には今帰る家がない。

澪が無事に9日を過ごすことを確認しなきゃ、もとの時間に帰るに帰れない。

律(11日だったよな、元の私がいた時間は)

律「とりあえず9日までどこかに……」

サイフを忘れてきた私にホテルに泊まる、という手段はなかった。
誰かの家に泊めてもらうにしても、もしものことを考えるとそんなことはできない。
とすると……。

律「野宿、か」

そこらの公園に入ると、トンネルが掘られた小山を見つけた。
ここなら雨風も少しは凌げるし、人目にもつかないはず。
トンネルに入って腰を下ろした私は一息ついて、澪の家での出来事を思い出す。

律「澪の笑顔はやっぱり好きだ」

澪の笑顔を思い浮かべると、同時に澪の死に顔も浮かんだ。
それを忘れようと必死に頭を振った。

律「あんなの認めない! 澪は死なないんだ。絶対……」

膝を立てて、体を丸めた私は溢れる涙を止めようと腕に目頭を押さえつける。
漏れる泣き声を押し殺し、涙を静かに流し続ける。止まらないんだ、これが。
この日の夜は流れる時間がとてもゆっくりに感じた。




2010年5月9日

私はこの日が来るまで待ち続けた。
澪の運命が決まる日だ。

放課後になったことを見計らって学校にこっそり忍び込み、部室をドアガラスから覗く。
いた……澪がいた。私たちと楽しげに談笑している。
その姿が見れただけでも私は安心することができた。

律(澪……よかった)

すると、中から澪の声が「ちょっとトイレに」
その声を聞くとすぐに私は階段を下り、隠れた。
しばらくすると澪が一人で階段を下りてきて、トイレに向かったのが見えた。
私はこっそり澪の後を追い、トイレの前で待ち伏せた。
出てきた澪を驚かせやろうという魂胆だ。

律(澪のやつ、きっと驚いて腰抜かすぞー。あ、でもショック死したりしないよな……)

しばらくして、澪がトイレから出てきた。
水場で手を洗って、部室に戻ろうとしたところを……

律「みーおっ」

澪「律? どうしたの」

律「ちょっとねー」

澪「なんだよ?」

律「えへへ……」

澪「変な律。ほら、部室に戻るぞ」

律「え、ああ、うん」

さすがにこのまま一緒に戻るわけにはいかない。
てきとうなところで逃げだそう。

……よかった、澪が無事で。

澪「……」

律「?」

突然澪が立ち止まり、無言になる。
そんな澪の顔を覗き込むと――

澪「っ」

澪が胸を抑えて、こと切れた様にその場で崩れた。
どさっとした音に何が起きたかわからなかった私は唖然とする。

律「澪……?」

澪「  」

律「おい、私を驚かせようってか? 変な冗談はよせよ」

澪「  」

律「もういいって、わかったよ。驚いたって。私の負けだよ」

澪「  」

律「だから……起きてくれ……ねぇ、みおぉ……」

澪はまた死んだ。

澪の死を確認した私は朦朧としながら、時間が流れるのをてきとうな教室で待ち、
部室へ戻った。
もちろんまたタイムスリップするためだ。

澪を助けるため、私は何度でも時間を遡って、考えうる手段全てを試した。

……全部だめだった。

澪は助からなかった。

何をしても助かることはなかった。

だけど、何度も澪の死を確認してあることに気がついた。

澪が死ぬ時間は決まって16時14分。

これを知ったと同時に私は絶望した。
どうあがいても澪が死ぬ運命に。

律「どうして澪がこんな目に……」

冷たくなった澪をやさしく抱えてすすり泣く。

律(私が今までしてきたことは全部無駄だったのかな)

――Prrr、Prrr

私のポケットの中から着信音が鳴り響く。
携帯を取り出して無意識に通話ボタンを押して、片耳に携帯をあてる。

『もとの時間に一度帰って来なさい。教えることがあるの』

どこか聞き覚えがあるような声だ。
その言葉を頼りに私は私の時間へ跳んだ。


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