2010年5月17日

唯「それじゃ、また明日ねー」

梓「お疲れ様でした」

紬「さよならー」

律「おう、じゃあなー!」

律「それじゃ、私らも帰ろうぜ」

澪「うん」

律「あ、そうだ。澪、明日うち来なよ」

澪「なんだ突然?」

律「私が手作り料理をふるまってしんぜよう」

澪「それまた突然……」

律「まぁ、暇だからってだけなんだけどさ。いい?」

澪「ああ、いいよ。楽しみにしてる」



2010年5月9日 軽音部室

さわ子「……話はだいたいわかった」

さわ子「すごく厄介よ、これ……」

律「澪は、澪は戻ってこれるよな!?」

さわ子「……」

律「なんとか言えよぉっ!!」

紬「りっちゃん!」

唯「さわちゃん。あのタイムマシン、さわちゃんのなんだよね?」

梓「そうだったんですか!?」

さわ子「今はそんなこと関係ない。澪ちゃんをどうやって救うかだけ考えなさい」

唯「う、うん……」

さわ子「16日に行った澪ちゃんは、たしかに自分が死ぬところを見た。これは間違いないのね?」

紬「はい」

さわ子「その後の記憶は抜けていて、気がついたらその場に立っていた」

梓「変な話ですよね……」

律「まったくだよっ」

さわ子「……おそらく、澪ちゃんは――――」

Prrr、Prrr…



2010年5月9日 自宅

澪「ただいまー」

澪母「おかえりなさーい。もうすぐ晩ご飯できるからね」

澪「はーい」

ガチャリ

澪「ふぅ、今日も一日いつも通りだったなぁ」

澪「ん?」

澪「なんだこのノート?」

澪「えっと……私は2010年5月8日から来た秋山澪。この時間の……」

澪「私じゃ、ない……?」

ノートにそう記された文章を読むと、突然の頭痛が私を襲う。

……そして、

澪「ああぅっ……」

澪「っ、はぁ、はぁ……で、電話……電話しなきゃ、律に……」

疼く頭を押さえて携帯へ手を伸ばし、律へ電話をかける。
ものの数秒もしないうちに電話に出てくれた。

律『澪!!』

澪「り、つ……まただ……」

律『え!?』

澪「律がタイムスリップしたあと……また、忘れた」

澪「私を、忘れたんだ……っ」

律『そんな……』

澪「みんなは、みんなはそこにいる?」

律『あ、ああ。それで澪……』

律『私たち、さわちゃんにタイムマシンのことばれた』

澪「え」

律『あのタイムマシンはさわちゃんの物だったんだよ。それでさわちゃん、あれについて色々知ってた』

あのタイムマシンがさわ子先生の物だった。
そんな気はしていたけれど、まさか本当だったなんて。
電話の相手が律からさわ子先生へと変わった。

さわ子『澪ちゃん、いい? 落ち着いてよく聞きなさいね』

さわ子『その時間の澪ちゃんは死んだ。そしてそこに偶然あなたが居合わせた』

さわ子『でもね、その澪ちゃんは事故死したわけじゃなくて、あなたに間接的に殺されたと私は考えるわ』

澪「え……」

澪「え……?」

さわ子『あなた、逃げた自分を追ったのでしょう? そして逃げている最中に車に撥ねられて死んだ』

さわ子『あなたにその気はなくても、世界はあなたがあなた自身を殺したと判断したのかもしれない』

澪「い、言っている……意味が」

さわ子『澪ちゃん。タイムスリップして自分が過去、もしくは未来の自分を殺すとどうなると思う?』

澪「わ、わかりませんよ。そんなの……」

さわ子『詳しくは私もわからないけど』

さわ子『……入れ替わってしまうの。殺した方が殺された方に』

澪「入れ替わる?」

さわ子『そう。入れ替わった後のことはわからないけれど。たぶん入れ替わったその人の記憶が自分の記憶となって、もとの自分を忘れてしまうのかな』

唯『でも、澪ちゃんは自分のことをまだ覚えてるよ?』

さわ子『……殺すと思って殺したわけじゃなかった。澪ちゃんが澪ちゃんを殺したのは言わば事故だったと考えましょう。つまり入れ替わるつもりも何もなかった』

梓『だから、覚えている? でもそれって色々と無茶が……』

さわ子『そうね。正直言うと、どうしてなのかはわからない。もとの時間によっぽどの執着があるから……とか色々考えられるわ』

澪「あの……それと」

澪「死んだ私って、どこに行っちゃったんですか?」

さわ子『たぶん、消えた』

さわ子『あなたがそっちの時間のあなたに入れ替わったことで、存在が上書きされたのだと思う』

律『そんな、ゲームのセーブデータじゃないんだぞ!?』

さわ子『物の例えよ。でも消えたことは確かだと思う。ていうか、今私たちが話している澪ちゃんが17日の澪ちゃんになったの』

澪「……」


正直理解できなかった。
頭が上手くまわらないんだ。
今私が置かれている状況がとんでもないことだけはよくわかる。
でも……ただそれだけで……。

紬『でも私たちの時間の澪ちゃんが17日の澪ちゃんになったというなら……私たちの時間の澪ちゃんは?』

さわ子『そう、そこが問題なの』

さわ子『私の予想だと……澪ちゃんが完全にあっちの存在になってしまったら』

さわ子『私たちから、澪ちゃんが存在したという記憶が消える。記憶どころか痕跡も消えるんじゃないかしら』

律『はぁ!? なんだよそれ!?』

さわ子『都合よく新しい澪ちゃんが出てくるとも考えられないしね。たぶん私たちのこの世界からは秋山澪という存在が初めからなかったことにされる』

梓『でも、未来の17日には澪先輩が存在するんじゃ……』

さわ子『そう、だからこっちとそっちの世界はズレる。澪ちゃんがいる世界といない世界。いわゆるパラレルワールドってやつね』

唯『そんなのいやだよっ、澪ちゃんがいてくれなきゃいや!』

梓『私だってっ!』

紬『そんなの、認めたくない』

律『澪はちゃんといるんだ、消させてたまるかよ……』

澪「みんな……」

まただ。また私はみんなに心配をかけさせている。
いつも、いつも、迷惑ばかりかけて……私は。

さわ子『そうね、私だってそんなことになってもらいたくないわ』

さわ子『だから、今は私たちにできる事を精一杯考えましょう?』

さわ子『澪ちゃんは……自分を見失わないこと。いい? 完全に思いだせなくなったらそれでもう終わりなの』

澪「……」

さわ子『とにかく、自分をいつでも思いだせるように手の甲にでもなんでもいいから何か記しておきなさい』

さわ子『つらいかもしれないけど、あなたはそうするしかないの……』

澪「……はいっ」

電話が切れるとすぐに私は机に向かった。

開かれたノートに次々と自分が自分であることを書き連ねていった。

―私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない。これを忘れるな。
 私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない。これを忘れるな。
 私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない。これを忘れるな。
 私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない。これを忘れるな。
 私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない。これを忘れるな。
 私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない。これを忘れるな。―

澪「まだだ、もっと書くんだ。書き続けるんだ」

ノートだけに懲りず、メモにも同じように書いて部屋の壁に貼りつけた。
1枚2枚だけで終わることなく、何枚も、何枚も。
ママに呼ばれたことに気づくことなく、部屋中に文章を書いたメモを貼り付ける作業をし続けていた。

澪「部屋に貼りつけるだけじゃダメだ……持ち物にも、全部に」

自分にほっとさせる時間を与えちゃいけない。

そんなことしてしまっては私はまた忘れてしまう。

頭を休ませるな。

澪「私は、私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない……」

うわ言のようにずっとそう呟き続けた。
口にすることで頭に刻み続ける。
視界には常に例の文が書かれたものを入れておく。

澪「私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない……私はか」

気が狂いそうになるくらい私は足掻いた。
壊れてしまいそうになるくらい私は必死だった。
このままみんなに会えずにこの世界に一人ぼっちだなんていやだ。
正確には一人ぼっちじゃないのかもしれない。
でも私にとってここは私の時間じゃなくて1週間先の未来の私の時間。
同じようで違うんだ。

澪「私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない」



2010年5月18日

一日中あの作業をし続けた。

気を抜けばすぐに意識がどこかへ飛んでいってしまいそうになる。
睡眠もとらずに、自分を休ませることなく。
そのお陰かどうかはわからないけれど、私は私のままであり続けられた。

澪(私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない)

家の中でもそうだったように、学校の中でも同じようにしている。
さすがに口に出すことはなかったけど、頭の中では何よりも優先させてこの文章を暗唱し続けた。

「秋山さん、話があるのだけど」

澪「ごめん。具合悪いからまた今度にして」

極力、この時間の人たちとの会話も避ける。
少しでも気を許してしまっては意識が持っていかれそうな気がしたから。

唯「澪ちゃん、具合悪いの?」

唯たちだってそうだ。
むしろこいつらとこそ会話を避けるべきなんだ。

紬「澪ちゃん……」

ダメ、ダメだ。気を許しちゃダメなんだ。
心配してくれるみんなの声を聞くたびに、罪悪感が溜まっていく。
無視し続けることがとてもつらい、苦しい。

梓「澪先輩、顔色悪いですよ……心配です」

私に構わないで。私に構わないで。私に構わないで。
こいつは、こいつらは違う。違うんだ。
こいつらは偽物だ。こいつらは偽物なんだ。
みんなと同じ顔した偽物なんだ。

澪(私は過去から来た秋山澪、この時間の秋山澪じゃない……私は)

律「みーお」

澪「っ……」


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