澪「……いや、そんなはずはない。そんなはずはっ」

紬『澪ちゃん?』

澪「な、なんでもない。とりあえず明日、そっちになんとか帰ってみせる」

唯『絶対だよ! 絶対だからね!?』

澪「うんっ」

紬『……澪ちゃん。最後に一つ』

紬『日記でもノートでもメモでもなんでもいいから、とにかく必ず目がいくところに自分が過去からきた自分だって書いておいて』

紬『そしてそのことを絶対に忘れないようにして』

澪「どうしてそんな……」

紬『なんだか、いやな予感がするの……』

律『ムギ、考えすぎじゃないか』

紬『そうだといいのだけれど……とにかく澪ちゃん』

澪「ああ、わかったよ。それじゃあ」

……そう言ったにもかかわらず、私は自分から電話を切れなかった。
……怖かった。
これを切ってしまったら、二度とみんなと話せなくなってしまうんじゃないかと。

唯『澪ちゃん、電話切らないの?』

澪「そっちで……切ってくれないか」

唯『え? あ、うん。じゃあね澪ちゃん……待ってるよ』

電話が切れた。
そしてその後、酷く孤独を感じた。

ムギに言われた通り、すぐに机の上にあった適当なノートを広げてペンを走らせた。

―私は2010年5月8日から来た秋山澪。この時間の私じゃない。―

こう書くことによって私は私だと実感することができた。
ノートは文章を書いたページを広げたままにしておき、いつでも目につくようにした。

澪「……」

5月16日、私は死ぬ。
たとえもとの時間に戻れたとして、この死を回避することはできるのだろうか。
私は、みんなにどんな顔して「ただいま」と言えばいいだろうか。

澪「……明日に備えて、今日はもう寝よう」

おやすみ、私。

忘れないで、私はこの時間の私じゃないってことを。



2010年5月8日 平沢家

唯「ていうか」

「?」

唯「その気になれば、私たちが16日に行って澪ちゃんを連れ戻してこれるんじゃない?」

「!」

梓「き、気がつかなかった……」

紬「わけが分からないことが続いたんだもの、混乱してそんな発想ができなかったのね」

律「だったら今すぐにでも!」

紬「待って、もう校門閉まっちゃってるし、学校には入れないと思う」

紬「澪ちゃんがどうしても帰ってこれないって場合に私たちが行くことにしましょう?」

律「……そう、だな」

梓「無事でいてくれるといいですね」

唯「大丈夫だよ。絶対」



2010年5月17日

澪「それじゃあ行ってきまーす」

澪母「気をつけてねー」

ガチャリ

澪「ん~、今日もいい天気だなぁ。暖かいし」

「澪~!」

澪「あ、律。おはよう」

律「おう、おはよう! いやー、昨日は聡と夜通しでゲームしててさぁ」

澪「あいかわらず仲良いんだ」

律「ぜーんぜん仲良くねぇよぅ」

律「あいつってば私が何かしてやろうとするとすぐに嫌がってさ、素直じゃねぇの」

澪「聡だってもう中学生なんだし、そりゃあ意地も張りたくなるよ」

律「そうかなぁ……」

澪「うん。ほらもうすぐ学校着くぞ。入ろう?」

唯「あ、りっちゃんと澪ちゃんおはよー!」

紬「おはよう」

律「おー……って、なにしてんの?」

唯「ムギちゃんの髪で遊んでました」

澪「そんなことして変なクセついちゃったらどうするんだ」

紬「大丈夫。私の髪ってクセまくりだし」

律「なんじゃそりゃ」

唯「ほれほれ~二人もムギちゃんの髪触ってごらん? ふわふわで気持ちいいんだよー」

紬「唯ちゃんほどでもないよ」

唯「えー、そうかなぁ。ちょっと澪ちゃん、私とムギちゃんの触って比べてみて」

澪「え? 私が?」

唯・紬「さぁ、さぁ!」

澪「し、仕方がないなぁ……」


律「お、タコ型ウインナーはっけーん!」

唯「憂が作ってくれたんだよぉ」

紬「ふふ、かわいい」

律「いただきっ」パクッ

唯「ああっ!! ……はぅ」

澪「こら、律! 唯にあやまれっ」グリグリ

律「あいだだだ!? か、勝手にとってごめんな……おわびに」

唯「ふぇ?」

律「これをあげよう」

唯「なぁにこれ? ミートボール?」ヒョイ

紬「でもなんか大きいね?」

律「まぁまぁ、ちょっとかじってみ」

唯「? ……あむっ」

唯「お」

唯「ウズラの卵がはいってた!」

紬「すごーい!」

律「えへへ、面白いだろ~」

澪「律が作ったの?」

律「そだよ。うちの両親、今旅行行っちゃっててさ」

唯「じゃあ私のとこと同じだね!」

律「あはっ、そうだな」

澪「ははは…………」

ズキンッ

澪「っ」

澪(いてて、何だ? 急に頭痛が……)

澪「うう……」

紬「澪ちゃん?」

律「なんだ、どうかした?」

澪「ちょ、ちょっと頭痛が……」

唯「え、大丈夫? 澪ちゃんっ」

紬「つらかったら保健室行った方がいいと思うよ?」

澪「そう、だな……ちょっと行ってくる……」

律「私、付き添うよ」

澪「あ、ありがとう……」

澪「っっ……」

律「なんかフラフラしてんな……大丈夫? 肩貸すぞ?」

澪「いい。一人で歩けるから……」

澪(急にどうしたんだろ……なんだか……)

頭に痛みが走るたび、何かの記憶が断片的に思いだされる。
律、唯、ムギ、梓……戻る……タイムマシン……5月16日……死……。
……5月8日。

澪「!!」

澪(そうだ……私は……)

律「澪?」

立ち止まっている私を心配して律が顔を覗きこんできた。
――Prrr、Prrr

澪「!」

律「携帯、鳴ってるけど……電話じゃない?」

澪「あ、ああ……すぐ出るよ」

携帯を取り出し、通話ボタンを押してから耳元へ近づける。

『澪、澪っ! やった、繋がったぞ!』

澪「え?」

『お前なにしてるんだよっ、さっさとこっちに戻ってこい!』

律だ。
おそらく8日……いや、もう9日かもしれない。
とにかく私の時代の律だった。

澪「ちょ、ちょっと待ってくれ……あ、あ、えっと」

律「誰と話してるんだ?」

目の前の律が私に尋ねる。
ここでさすがに電話の相手がお前自身だ、なんて言えるわけがない。
……いや、でもこの時間でもおそらくタイムマシンは存在するんだ。
うまく事情を説明することができれば……いや、だめだ。
そんなことしたらこの時間の私はどこへ行ったと聞かれて、面倒なことになる。

律「澪?」

澪「り、律。ごめんっ、ちょっと大事な電話なんだ! あっちで話してくるよ!」

てきとうにはぐらかして、トイレの中へ逃げ込む。
この会話を聞かれるわけにはいかない。

律『澪! どうしたんだ!?』

澪「ご、ごめん。ちょっとあってさ……それで?」

律『それでじゃねぇよ!! 早くこっちに戻ってこいって言ってるんだ!』

澪「そ、そうだな。でもさ……私もついさっき、私がこの時間の私じゃないって思いだせたみたいで……」

律『はぁ?』

紬『それって、もしかして今日起きたときには何も覚えていなかったってこと?』

澪「うん……」

唯『ど、どういうこと? なんで忘れちゃったの?』

澪「わからない……何事もなく普通に学校に来て、みんなと喋ったりしてた。いつもみたいに」

律『どういうことだよ!』

紬『……澪ちゃん。私たちね、朝から何度も澪ちゃんに電話したの。着信履歴に残ってたりしなかったかな』

携帯を朝何気なく弄っていたときはそんなもの残ってなかった。
学校に来てから開いてもそんなもの残ってなかった。
電話なんて今のが今日初めてかかったものだ。

澪「残ってなかった」

紬『それはたしか?』

澪「ああ……」

紬『これは仮に考えたものなんだけど、もしかしてこっちの時間との電話のやり取りって澪ちゃんのもとの記憶がはっきりしてるときじゃなければ繋がらない……とか』

澪「え……」

律『いや、でも! タイムスリップしたときは携帯ももとの時間の日付とかだったじゃんか!?』

律『それに例えば澪から私に電話したらこっち側に通じるはずじゃないか!?』

唯『日付どうだったの? 澪ちゃん?』

そんなこと一々確認していない。
でも携帯を何度か開いたんだから無意識に日付も見ているはずだ。

思いだせ……思いだして、私。

澪「……17日、だった気がする」

『!』

澪「そっちは今何日?」

唯『9日だよ』

澪「やっぱり一日進んでるんだ……」

律『とにかく何でもいいっ! 澪、覚えているうちに早くこっちに戻ってこい!』

律『それで全部済む! 一応、私も今からそっちに行くから心配するな。いいな?』

澪「そ、そうだな……お願いするよ」

澪「……悪いけど、またそっちから電話切ってくれ」

律『うん。澪、大丈夫だからな……きっと戻ってこれるから』

電話が切られる。
また私は孤独だ。
トイレを出るとすぐに律が私に駆け寄ってきた。

律「終わった? それじゃあ保健室に……」

澪「いや、頭痛は止まったみたい。それで私、ちょっと用事思い出しちゃったみたいだから」

律「用事?」

澪「律は教室に戻ってて。すぐに戻るよ」

律「そうか? ……だったら、うん。そうするよ」

さよなら、この時間の律。
私はもとの時間に帰るよ。



軽音部室

部室のドアをあけるとそこには

「……よぉ、心配させやがって」

澪「律……」

律がいた。

こっちの律は9日の律ってことでいいはず。

律「色々言うことはあるけど、とにかく帰ろう」

タイムマシンを物置からすでに取り出してきていた律は、それを私に手渡す。
帰れる……帰れるんだ。

澪「これで、やっと……」

安堵の息をつくと、弦を鳴らしていく。

これで――

澪「……」

澪「ここは9日?」

目の前にいる律が口をあんぐり開けて首を横に振る。

……どういうこと?

律「も、もう一度だ……もう一度弾いて」

澪「う、うん……」

もう一度同じように弦を鳴らす。
……変わらない。なにも変わっていない。

律「どうなってんだ!? なんでお前タイムスリップしないんだ!?」

澪「あ……あ……」

律「壊れたわけじゃないよなぁ……」

律「私がちょっと試してみる! 大丈夫、行ってもすぐに戻ってくるから!」

同じように律は弦を鳴らす。
……消えた。律は消えた。
タイムスリップしたんだ。

澪「うそ……」

澪「どうして律はできて私は……」

澪「あわわわわ……――――」

澪「――あれ」

澪「なんで私ここに?」

澪(たしか、みんなと昼ご飯食べてて……それで)

澪「……なんだっけ?」

キーンコーンカーンコーン

澪(あ、チャイム鳴っちゃった。 すぐに教室戻らないと……)

ガチャリ

唯「あ、戻ってきた!」

律「澪。用事済ましてきたのか?」

澪「用事?」

律「用事あるって途中で別れたじゃん。保健室行く途中で」

澪「……保健室?」

紬「澪ちゃんさっき頭痛がするって保健室に向かったでしょう? でも治ったのよね?」

澪「頭痛? 治った?」

「……?」

律「ま、まぁ、いいか。とりあえず授業始まるし座っとこうぜー」

澪「んー?」


梓「けっきょく、タイムマシンも使い道がなければどうしようもないですね」

律「そうだなぁ」

唯「なんか面白いことに使えないかな~」

紬「そうねぇ」

澪「やっぱりあれは使わないでおいた方がいいかもな」

律「んー、そだな」

唯「1週間近く話しあった末がそれ!? なんかつまんないよー!」

紬「あはは……」

律「そんなこと言ったって仕方がないっしょ?」

唯「うー……」

紬「今日はチョコムース持ってきてみましたー」

唯「わぁい!」

梓「すごい……なんか金箔のってますよ!」

澪「よっぽど高級なお菓子なんだな……」

律「いっつも高級なもんだろ、感覚麻痺してんじゃないか?」

澪・梓「うっ……」

紬「どうせあまりものだし、何も気にしないで食べていいのよ」

唯「そーだ、そーだ」モグモグ

律「食うの早っ」


2010年5月9日 軽音部室

律「なんでだよっ」

律「なんで17日にいけないんだ!? マジで壊れちゃったのか!? これ!!」

紬「でも現にりっちゃんは向こうから戻ってこれてるわ……」

唯「澪ちゃんに何かあったのかな……」

紬「もしかしてタイムスリップできる回数は限られているとか?」

律「うそだろっ!? そんなバカなっ……!」

紬「でもわからない……」

律「なんなんだよっ」

唯「……そうだ!」

律・紬「え?」

唯「今日って過去から私たちが来るよね!?」

律「はぁ? なに言って……」

紬「昨日の唯ちゃんたちね?」

唯「うん!」

律「あ、そうか! そういえば9日に3人でタイムスリップしたんだっけ」

律「でもそれが?」

唯「だからっ、その私たち……というか澪ちゃんに16日に絶対行っちゃダメって教えてあげればいいんじゃないかな!?」

律「……そうか。そうか! その手があった!! でかしたぞっ、唯!」

唯「えへへー」

紬「……でもそれって」

さわ子「そんなことしても、助かるのはその澪ちゃんだけよ。私たちが知っている澪ちゃんの現状はなにも変わらない」

律「さわちゃん!?」

唯「いいい、いつのまに!?」

さわ子「それどころか、この私たちが生きている時間が消えてなくなる可能性があるわ」

さわ子「8日の澪ちゃんが助かるということは、9日……今の私たちの時間には澪ちゃんがいないわよね? ということは矛盾が生まれる」

さわ子「そうするとね、その矛盾をなくすためにこの時間が消えるかもなのよ」

紬「……」

律「……な、なに言ってるの?」

唯「……さわちゃーん?」

さわ子「……どうも様子がおかしいと思っていたら、とんでもないことしでかしてくれたみたいね。あなたたち」

さわ子「タイムマシン、使ったでしょう?」


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