2010年10月23日

私はあれから自分を責め続けた。

自室に籠り続けてどれくらい経ったのだろう。
もう声の出し方がよくわからないぐらいなんだ、1年も過ぎたかなぁ。

紬(斎藤……)

頭の中はいつも斎藤のことばかり。
あの時、斎藤にあんなことを言わなければ……。
すぐに追いかけてごめんなさいと言っていれば……。

紬「……!!」

紬(そうよ……戻ればいいんだわ。あの時に……!)

過去へ戻る。
普通はそんな発想思いつかない。
でも私は違う。
過去へ戻ることができるそれを知っている。

紬(でもアレはあいつらが……)

そうだ、盗まれたんだ。
アレはもう私の手元にない。

紬(……だめよ! 無理だ……)

紬「……」

紬(ううん、無理なんかじゃない……)

紬(私がっ、作ればいいのよ……っ)

データは盗まれてわからず仕舞いだけど、直接手にとって何度も何度もアレを見てきた。
少しなら中身のことは覚えているし、機械のことだって。
やれる……私にはできる。作れる!

紬(待ってて、斎藤!)

必要なものは家の使用人たちに集めて持ってこさせた。
何を使って作ればいいかはわからない。
それでも私は諦めずに作り続けた。
学校へはもうしばらく行っていない。
行く暇があればタイムマシンを作っている。
そんな私を心配してお父様は何度も私に悩み打ち明けて欲しいと懇願してきた。
そんなお父様を尻目に、タイムマシンを作り続けた。
いつかはお父様も私を心配することを止めてしまった。

……当然よね。でもね、お父様。

斎藤なら絶対に諦めずに私を心配し続けてくれるのよ。

斎藤なら。


「なに、家を出る?」

しばらくして私は家を出たいとお父様へ伝えた。
部屋に引きこもってあやしげな物を作り続けている娘がいるだなんてお父様に迷惑がかかるだろうと思って。
これ以上この家に迷惑をかけるわけにはいかない。

「勝手にしろ」

呆れるようにそう言って許してくれたお父様。
生きる為に必要な分のお金をいただき、私は家を出た。
学校ももう止めた。

もう私を縛るものは何もない。

タイムマシンを作り続けるだけ。



2020年12月4日

アパートの一室。私は歓喜の声をあげた。

紬「でき、た……!」

今、私の目の前にあるのはギター型のタイムマシン。
10年前に私が見たアレと見た目もほぼ同じだ。

あれからとても長い時間が経った。
この時を、この瞬間を夢見て一心不乱に私はタイムマシンを作り続けてきた。
最近では食事や睡眠よりも優先させ、自分の体に鞭打って無理矢理と言っていいほど。

紬「ちょうど今の時間から飛べば……」

タイムマシンを手に取り、一本一本の弦を慎重に鳴らしていく。

紬(2010年9月7日……斎藤がウチを出ていった日)

ポーン、ポーン、ピーン…

紬(待っていて、斎藤。あなたを行かせはしないから……)



2010年9月7日

紬「……!」

さっきまで手に持っていたタイムマシンが消えていた。

今の自分の部屋からタイムスリップしたからどうなることかと思っていたけれど、
幸いこの時この部屋を借りていた人はいなかったらしい。
部屋を後にして、すぐにもとの私の家へ急ぐ。

紬「斎藤……斎藤っ!」

「本当に出ていってしまうのかね?」

斎藤「ええ」

「気持ちは……変わらないか。きっと紬が悲しむ」

斎藤「そうでしょうか」

「ああ、あの子は君を大変気に入っている。誰よりもね」

斎藤「ははは……では、悲しむ紬お嬢様の顔を見る前に斎藤はここを去らせていただきます」

「寂しくなるな……元気でな、斎藤」

斎藤「……では」

斎藤(さて、私に残されたものはもう何もない……)

斎藤「長くも短い人生だったか……ふふふ」

「――さ……さいとう……斎藤!」

斎藤「うん?」

紬「ああ、斎藤……」

斎藤が目の前にいる。
あのときのままだ。
私はつたない足取りで斎藤へ近づく。

紬「ずっと、ずっと……会いたかった」

斎藤の頬に触れる。
ずっと触れたかった……斎藤に。

紬「斎藤……」

斎藤「……失礼ですが、どなたですかな?」

紬「え……」

斎藤「生憎ですが、私はあなたに見覚えがないのです。申し訳ない」

足が震える。
喜びが絶望へ変わった。
そうだ、あれから10年の歳月が流れたんだ。
少なからず私の見た目も変わる。
それに加えてここ何年か煙草に依存してたこともあって、声が少ししゃがれてしまった。
私は斎藤の知る私ではなくなっていたんだ。

紬「あ……あ……」

斎藤「……失礼」

斎藤が行ってしまう。
待って、あなたにまだ言っていないことがあるの。
待って、斎藤。

紬「待って!!」

斎藤「……」

紬「私は……私はここよ。斎藤……お願い、気づいて……」

斎藤「……まさか」

斎藤「紬、お嬢様……?」

紬「あ……あは。やっと気づいてくれた……」

斎藤「そんな……そんなバカな」

目を丸くして私を見つめる斎藤。
そんな姿に私は気を魅かれ、斎藤の胸へ飛び込んだ。

斎藤「お、おお……」

紬「……会いたかった」

何も言わずに私を抱きしめてくれた。
そしてしわしわのあたたかい手で頭を優しく撫でてくれた。

斎藤「お嬢様、お美しくなられたようで」

紬「そう、かな」

斎藤「ええ、ええ。斎藤はとても嬉しゅうございますよ」

紬「……」

紬「あのね、斎藤」

斎藤「はい」

紬「私、斎藤に謝らなければならないことがあるの」

紬「ごめんね。あの時は出てけなんて酷いこと言ってしまって……」

斎藤「……」

紬「本心じゃなかったのよ……本当はそんなつもりなかったし、斎藤にはずっといてほしかった」

斎藤「……」

紬「だから、まだ間に合う……斎藤、もう一度私の傍にいてあげて」

紬「執事をやめないで……」

斎藤「……」

紬「ごめんなさい。いつもワガママ言って困らせちゃって」

斎藤「私は」

紬「え?」

斎藤「紬お嬢様には甘いですから。お嬢様の言うことなら何でも聞いてしまうのです」

紬「斎藤……」

斎藤「ですから、お嬢様がそう言うのでしたら……斎藤はまたお嬢様の執事へと戻らせていただきます。よろしいですか?」

紬「だめなんて……言うはずないじゃない……」

斎藤の胸の中はとても暖かかった。
そういえば斎藤に抱きしめてもらうなんて初めてだったかもしれない。

紬「ねぇ、斎藤」

斎藤「はい」

紬「私ね、斎藤のこと……本当のお父さんのように慕ってたの」

斎藤「それはまた……お父様にこんなところを聞かれてしまっては」

紬「私には二人の父がいるのね……とっても贅沢よ」

斎藤「ふふふ」

紬「ねぇ、斎藤……」

斎藤「はい」

紬「お父さん……って呼んでいいかな」

斎藤「……はい」

斎藤――お父さんはもう一度私の頭を撫でる。
まるで父親が娘にそうするように。

紬「大好きよ、お父さん……」

斎藤「ええ、ええ。知っていましたよ」

紬「もう、お父さんのいじわるっ……ふふ」

斎藤「はははは」

紬「……それじゃあ、私」

斎藤「ん?」

紬「もう行くわね……――――」

ゆっくりとお父さんの手の中から逃れ、私は後ろを振り返ることなくそこから去った。
後ろからお父さんが呼ぶ声が聞こえても、振り返らない。

さようなら、お父さん――ううん、斎藤。


私にもといた時間へ戻る手段はない。

あのタイムマシンはこの時にはもう私のもとになかったのだから。
持ち逃げした研究者たちの行方がわかれば帰ることも叶うかもしれないけど、それはまず無理だと考えられる。

このままひっそりとこの時間の中を過ごしていくことは私にはできない。
斎藤へ会って謝るという目的を果たした今、私にするべきことはもう何も残されていないのだから。

流れた時間は戻ってこない。
全てを犠牲にして目的を果たしたことに悔いはない。

紬「……さようなら」

足元の台を蹴り、私は天井からのばされた縄に吊るされた。


BADEND3




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