りょこうぜんじつ!

唯「遂に明日はラヴい温泉旅行だね!」

梓「はい……」

唯「あり? あずにゃん、あんまし乗り気じゃない?」

梓「その……紬先輩の条件が、引っかかっちゃって」

唯「ああ、写真を撮ってきて、っていうやつだよね。それがどうかしたの?」

梓「…………」

 唯先輩、わかってるのかな、わかってないのかな。
 別に私は、唯先輩と女の子同士でお付き合いしてるのが周囲に知られるのが嫌なわけじゃないんです。
 知られたところで、ちょっとうるさくなるだけで、抱き着いたり抱き着かれたり、それ以上のことをするのも変わらないと思うんです。
 でも、例え紬先輩であっても、私達ふたりの関係に割り込まれるのは抵抗があるんです。

唯「写真、嫌なの?」

梓「……はい。風景とか、建物とか、記念写真みたいなのは構わないんですけど……お布団の上とか、そういうのはちょっと」

唯「嫌、なんだね?」

梓「はい」

唯「……うん、わかった。旅行は残念だけど、あずにゃんが嫌なことはしたくないもん」

梓「え……」

 唯先輩が携帯を取り出す。
 ぴぴ、ぴってダイヤル先を選んで、発信ボタンを押そうとする。

梓「あっ、あの、でも、紬先輩が手配してくれた旅行なんですし、一緒に温泉行けるんですし……」

唯「でも、あずにゃんが嫌がってるんなら、私も嫌だよ。このまま旅行に行くくらいなら、あずにゃんのおうちにお泊まりする方がのんびり出来ていいと思うよ」

梓「ん……」

 のんびりっていう話なら、確かに私の家に泊まってくれた方が色々と便利で楽ですけど。
 でも、でもですね。

唯「あ、ムギちゃん? 旅行ね、やっぱ止める。写真撮りたくないから」

 電話越しに、『え~?』って、ものすごく残念そうな声が聞こえてくる。

唯「うん、記念写真は別にいいんだけど、それ以外はやだよ。え? うん、だって、デジカメでそーゆー写真撮ったら、怖いインターネッツなんでしょ?」

 いやあそれは何というか、紬先輩が自信を持って扱うって言ってるんですから、きっとスタンドアロンな感じだと思いますが、でもやっぱり怖いですよね。

唯「ええ? よくわかんないよ、とにかくやだよ、写真が条件なら行きたくな……え? ムギちゃんのデジカメは置いてってもいいの?」

 ……え?

唯「代わりにレポート? それ、どういう……旅行の感想? そんなんでいいの? うん、うん……別にいいけど」

 ど、どういう話になってるんですかね、唯先輩?
 夜のレポートとかだったら、全力でお断りさせてもらいますよ?

唯「ん……うん。じゃあ、予定通り行くね。ありがと、ムギちゃん」

 ぴ。

唯「えへへ……何かね、写真はどーでもいいんだって。その代わりに、ツアーに参加した感想をレポートに書いて提出して欲しいって言われちった」

梓「あ、あの……唯先輩? どうして、こんな簡単に……紬先輩が出した条件を引っ繰り返しちゃえたんですか?」

唯「条件って……だって、私達、友達で仲間でしょ? ……あ! 私とあずにゃんはちょおラヴい恋人同士だけど!」

梓「そういう無駄に細かいフォローはいりませんから」

唯「うっ、うん……えっとね、ムギちゃんがね、『重荷になるようなら純粋に旅行を楽しんで来て』って。その後、カメラの代わりにレポートの話になって」

梓「…………」

 あの金毛白面九尾ったら……女狐のくせに、小憎らしいことしてくれるじゃないですか。
 悩まされただけに、素直に感謝は出来ないけど……ま、まあ? 旅行から帰って、来週顔を合わせたら、頭を下げるくらいはしてあげてもいいですよ。

唯「ね、ねっ、あずにゃん。温泉旅行、やっぱし行くよね?」

 ものすごく行きたそうにして、準備だってしっかり済ませてるだろうに、今更そんなことを聞きますか。
 私の方の中止に足る懸念材料は、完全に消え去りましたよ。

梓「はい。変な写真撮らなくてよくなりましたから」

唯「……撮っちゃ駄目なの?」

梓「……はい?」

 あれ、何ですかその見慣れない最新型デジカメ。
 しかも表情をきらきらさせて、早速撮影ポーズになったりして。

唯「あずにゃん! セイ、ウィスキー!」

梓「…………」

 ぱしゃ、って。
 ……ウィスキー?

唯「あれ……ううん、これはこれで、いつものあずにゃんだけど……にこにこ笑顔が欲しかったよ……」

梓「普通はチーズって言うんじゃないですか?」

唯「憂に、世界共通って聞いたんだよ! 旅行に行くって言ったら、外国の人にも通じるからって教えてくれたんだよ!?」

梓「日本人にはチーズの方がいいと思いますよ」

唯「そう言ったら、あずにゃんもにっこり笑ってくれる?」

梓「……え、ええ」

 や、やだなぁ、自分でハードル上げちゃったよ。
 タイミング外したらやだし、作り笑いを撮られるのもやだし。

梓「あの、唯先輩っ! 写真は後でいくらでも撮れますから、旅行先でどうするか相談しましょうよ!」

唯「あ、そうだね! 旅館でゆっくりするのもいいし、温泉巡りもいいし……ううん、ムギちゃんのいけずぅ!」

梓「ツアーですから、観光地回りますんで……旅館以外はそんなに自由時間ありませんよ」

唯「……でも、夜はゆっくりあずにゃんといちゃいちゃ出来るんだよね」

梓「え、ええ、そうですけども」

唯「えへー……じゃあ、いいや。このカメラで記念写真撮ってもらおうね! 普通のはムギちゃんにも分けてあげようね!」

梓「は、はい。いちおー、渡す前に画像チェックさせてもらいますけどね」

 これだけは譲れない。
 唯先輩にならどんな写真を撮られてもいいけど、これだけは! これだけは!

唯「んへー……んじゃ、はい。チーズっ」

梓「チーズっ」

 ぱしゃ。

梓「…………」

 いえ、今のは何ていうか、つい、反射的に。

唯「わ、かわいー! ほらほら、あずにゃんが笑ってる可愛い写真だよ!」

梓「あは、あははは……よかったですね、滅多に撮れませんよ? そんなの」

 もう、いきなり撮るもんだから半分くらい素だったじゃないですか。
 見たところ、買ったばっかりでバッテリーもメモリーもたっぷりだし……ん、まぁ、撮られる練習だと思えばいいのかも。

唯「えへへ。後で憂に頼んで印刷してもらって、それと携帯の待ち受けにしてもらおっと」

梓「ちょぉ!? そういう用途だったら、ポーズ決めたり着替えたりしますから!?」

唯「おお……それは、何と素敵な……でもこの写真も可愛いから、これはこれでね!」

梓「嫌ああああああっ!?」

 結局、使い方がわからないからって削除とかしてくれなくて。
 唯先輩の部屋を後日訪れると、ポスターみたいに大きく引き伸ばされて、唯先輩がベッドに寝た時に真上になる場所に貼られてた。
 ……嬉しい、けど恥ずかしい、けど嬉しい、けど恥ずかしい、けど嬉しい、っていうか……まさか、憂が引き伸ばし加工したんじゃないよね?




りょこう!

唯「ごっめーん、待った~?」

梓「はい、15分くらい」

唯「やんやん、そこは『ちっとも、今来たところだよ』ってゆってくれないと!」

梓「でも、唯先輩が約束の時間に遅れたのは事実ですから」

唯「んむー。あずにゃんのいけずー」

 そんな可愛らしくほっぺ膨らませても駄目ですよ。
 電車の時間まで、あと10分しかないんですからね。

梓「唯先輩、朝ご飯は食べてきましたか?」

唯「ううん! 駅弁食べたかったから!」

梓「やっぱり……ええと、横浜しうまい弁当でいいです?」

唯「うん、どこで売ってるのかな、早く買わないとね!」

 まだ駅舎に入る前からきょろきょろされても……。
 もう、唯先輩は本当に、私が付いていないと駄目なんですから。

梓「切符は指定席ですし、乗り遅れたら大変です。先にホームに入っちゃいましょう」

唯「え~? しうまい弁当は~?」

梓「最悪、車内販売で買えますから。あとホームだと他の駅弁も選べますけど、乗り遅れると思ったら首根っこ掴んで電車に乗りますからね」

唯「ううん、何だか強引な雰囲気のあずにゃんにどっきどきだよ!」

梓「冗談言ってる場合じゃないんですってば! ほら、急ぎますよ!」



しゃない!

 がたんごとん、がたんごとん……。

唯「しうまい美味しい! 冷たいけど美味しい! 不思議!」

梓「ふう……」

 何とか間に合った。
 案の定、唯先輩が他の商品に目移りしちゃって、新幹線に駆け込み乗車する羽目になっちゃったけど。

梓「駄目ですよ、もう。これに乗り遅れたらツアーも旅館もキャンセルしなきゃいけないところだったんですから」

唯「まーまー、乗れたんだからよかったじゃない。あ、あずにゃんもしうまい食べる?」

梓「遠慮しときます」

唯「美味しいのになぁ」

 ええと、これからの予定は……っと。
 しばらく新幹線。
 着いたらツアーに参加して、あとは流れに任せるだけ。
 ……現地集合・解散のツアー旅行っていうのも何だかなあ。
 交通費を削った分だけ、料金を安く見せられるからかな。

唯「ふぃー、ご馳走様でしたっ」

梓「あ、唯先輩。ちょっと動かないでくださいね」

 口の横にちょっと汚れが……ふきふき。

梓「はい、もういいですよ」

唯「はわぁ……何か今、恋人ちっくだったね! ねっ!」

梓「子供の面倒を見る母親の気分でしたよ……」

唯「んむー」

 少しご機嫌を損ねちゃったみたいで、ほっぺを膨らませる唯先輩。
 そんなことすると、ますます子供みたいですよ?

梓「唯先輩。水筒に紅茶入れてきましたけど、飲みます?」

 立ち上がって、頭上のバッグの中を探る。
 すぐに見付かって、またうとんと自分の席に戻ると。

唯「えい」

 ぱしゃ。

梓「…………」

唯「……てへっ」

梓「不意打ちで写真撮るの禁止ですっ」

唯「う、うん」

 今、ものすごく無防備な顔してたのに。
 後で絶対削除してやるんですからね、もう。

 がたんごとん、がたんごとん……。

梓「ふわあぁ……」

 しかしながら、この眠気を誘う独特のリズムはどうにかなりませんかね。
 ちょっとくらいなら眠ってもいいかなと思うけど、お連れ様が唯先輩だから、一緒に寝こけたら乗り過ごしちゃうし……。

唯「すぴょ~……くぅ~……にゃむ~……」

 もう寝てるし!
 わ、私だって昨夜は楽しみで楽しみでなかなか寝付けなくって、今朝も寝坊したら大変だと思ってやたら早起きしたっていうのにこの人は!

唯「んにゅぅぅ……あずにゃぁん……♪」

梓「…………」

 まあ、眠ってしまったものは仕方がないですよね。
 私の方は何とか、唯先輩の寝顔を見物させてもらって、眠気を誤魔化すことにしますか。

梓「……えいえい。ほっぺむに~」

唯「んー♪」

 あらやだ、可愛い反応。
 でもやりすぎると起こしちゃうし、程々に……。

梓「…………」

 胸を、ぷにっと突ついてみたり。

唯「にゅ~……んう……ふみゅ、すぴょぴょ……」

 何ていうかこれは、ひとりでも結構退屈しなくて済みそうな予感ですよ。



とうちゃく!

唯「ふわああ……よく寝たぁ。これですっきりした気分で観光を楽しめるよ!」

梓「あは、ははは……そおですか、それはよかったです……ね」

 元気一杯の唯先輩とは対照的に、私の方は寝不足で足下も覚束ない。
 やっぱり、遊んでないで少しくらい仮眠取った方がよかったかもしれない。

梓「あ、集合場所に人が集まってますよ。多分私達と同じツアー参加者じゃないですか」

唯「うん、そうだね。行ってみよ~」

 唯先輩と人だかりのとこまで行くと、旗を持ったお姉さんがすぐにこちらに気付いた。
 今まで頭数が揃わなかったんだろう、参加者名簿を見せられて、確認が取れると、すぐ近くに停まっていたバスへ乗り込むよう案内された。

『本日は○○旅行社、□□ツアーにご参加いただきありがとうございます。本日ご案内いたしますのは……』

 適当な席を確保して、バッグも頭の上の棚に押し込んで、ようやくひと息。
 アナウンスはまだ続いてるけど、あれですよね、自己紹介とか回るルートの説明とかですよね。

唯「あずにゃん、窓側と通路側、どっちがいい?」

梓「通路側で。っていうか唯先輩、窓側に座りたくて仕方ないって顔してますし」

唯「うんっ! 実はそうだったんだよ!」

 はあ。
 そんなの、聞く意味ないじゃないですか。

梓「よっ……と。ほら、唯先輩」

唯「おお?」

梓「肘掛けが動かせるんですよ、この座席。こうすれば……窓の外も、一緒に見られます」

唯「う、うんっ……そう、だね」

梓「でもまだ駅前ですからねー。特に目を引くようなものはないですか」

唯「…………」

梓「……唯先輩?」

 唯先輩が不意に押し黙ってしまったので、何事かと思って目をやると。

唯「い、今のアングルで一枚、撮らせてもらってもいーい?」

 もう指がシャッターを押す寸前。
 アングルっていったって、ごく普通に窓の外を眺めていただけなのに。

梓「……はあ。いいですよ、減るもんじゃないですし」

 ぱしゃ。

唯「わーい、ありがと~♪」

 何だろう、初めてカメラを手に入れて、目に映るもの全てを撮影してはしゃぐ子供……じゃないよね。
 今時デジカメなんて珍しいものじゃないし、携帯にも付いてるんだし。

唯「おお、撮影可能枚数が999枚から減らないよ! すごいねあずにゃん!」

梓「メモリーがやたら多いんですね。正直、それだけ写す前に電池切れになったり旅行が終わったりすると思いますが」

唯「ふっふうん。抜かりないよ、あずにゃん! スペアの電池も充電器もばっちりさー!」

梓「その準備のよさを早起きとか音楽なんかに向けてくれれば……よよよよよ」

唯「あ、ほらほらあずにゃん、もうすぐ最初の目的地のお寺さんだって。カメラ持ってるけど写真撮るの何か怖いねぇ~」

 え?
 私の相手しながら、バスガイドの人の話もちゃんと聞いてたんですか、唯先輩?
 なんて思っていたら、ぷしう~っていう大型車がよく鳴らす音と共に、バスが停車した。

『それでは皆様、こちらでの滞在時間は20分程になります。くれぐれも時間までに集合くださいますよう……』

唯「さて、行こうかあずにゃん。真昼の肝試しだよ!」

梓「いっ、いえいえいえいえ! 肝試しなんかじゃありませんから!」

 手を引っ張られるようにしてバスを降りて、お寺の門をくぐる。
 た、確かこの下の木を踏んじゃいけないんだよね、うんっ。

唯「あれ~? お寺って言ってたのに、全然お墓ないね」

梓「どうして残念そうなんですか」

唯「それは勿論……お墓とあずにゃんのツーショットを撮って、変なのが写ってたら面白いかなって!」

梓「私そんなの絶対に嫌ですよぉ!?」

唯「まあまあ。旅の記念に、ね?」

 そんなホラーな記念はこの先の人生においても絶対にお断りです。
 も、もう、唯先輩ってば、私を怖がらせようとして……っていうか、唯先輩は平気なのかな、こういうの。

唯「んう?」

梓「あのっ……は、はぐれたら困りますから、ここ掴んでていいですか?」

唯「……手、繋ごっか。はい」

梓「でも、デジカメ……」

唯「写真は片手でも写せるよ、何たって手ブレ補正付きだし! でも、あずにゃんが怯えてるっぽいのは、放っとけないもん」

梓「ん……じゃ、じゃあ、手、お願いします……」


12