れんしう!

律「よぉーし! んじゃ、いっちょ真面目にやってやんよ!」

澪「『いっちょ』じゃなくて、いつも真面目にやろうな……」

梓「頑張りましょうね、唯先輩!」

唯「うん……」

紬「……うふふ」

……………………。
…………。
……。

ぢゃらーん。

唯「…………」

澪「なあ、唯……調子悪かったのか?」

律「途中で止めてもよかったんだぞー」

 ジャンジャン、バババドーン!

澪「ちょっ……今はお前が止めろ、律!」

律「あい……」

唯「うん、何か、ごめんね……今日は先に帰るよ。みんなやる気になってたのに……ほんと、ごめん」

梓「唯先輩? 帰るって、そんな……もうちょっと合わせれば、調子出てきますよきっと!」

唯「ううん、帰る。ごめんね、あずにゃん。折角あずにゃん分を補給させてもらったけど……明日、明日はちゃんと頑張るから」

 ギー太をケースに仕舞って、カバンを拾ったかと思うと、唯先輩は小走りに部室を出て行っちゃった。
 私はいつも通り……練習しましょうって言って、珍しく先輩方がノってくれて、軽く演奏しただけなのに。
 どうして、こんなに寂しい気持ちになっちゃってるんだろう。

紬「あら。そういえば私、今日はどうしても外せない用事があったのを忘れてたわ」

律「おいおい、それじゃ今日は練習したくても出来ないじゃないかー」

澪「棒読みな上にどことなく嬉しそうだぞ」

律「うっ」

 いえ、そんなことはどうでもいいんです。
 練習が中止になったんなら、私は、その……。

紬「梓ちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」

梓「はい?」

 いつもの席に戻る澪先輩達をよそに、紬先輩が、鍵盤を拭きながら私を手招きする。
 私もソフトケースを拾い上げつつ、一体何なんだろうと耳を寄せてみると。

紬「あのね。唯ちゃん、あの日だったんだけど……気が付かなかったかしら?」

梓「へ? えっ!? ちょっ……むしろ! どうして気付くんですか!?」

紬「女の子の日なんだもの、どう頑張っても調子悪いわよね~。なのに、大好きな梓ちゃんに責められて、ハートブレイクよね~?」

梓「ん……う、うう……」

 紬先輩は、こういうことに関しては嘘をつかない……と、思う。
 だからこそ唯先輩があの日だった、っていう話を信じられるし、実際に調子はとても悪かったみたいだし。
 なのに、私ってば全然わかんなくって、むしろお付き合いしてる仲なんだから、そういう周期ぐらい把握してなきゃいけなかったのに。

紬「早く追いかけてあげて? 私、後輩の恋を応援するのが夢だったの」

梓「そ、それが本当か嘘かはともかく、ありがとうございますっ」

紬「いえいえ~♪」

梓「私もお先です、先輩方っ! それではまた明日です!」

 荷物を背負って走り出す。
 唯先輩が出て行ってから、まだそんなに時間は経ってない。
 スカートがはためくのも気にしないで階段を段飛ばしで飛び降りて、廊下を走って昇降口へ。
 もつれる指先にもどかしさを感じながら上靴を履き替えて、唯先輩の帰り道を追いかける。

梓「はぁ、はっ、はぁっ……」

 唯先輩。
 すみませんでした、知らなかったとはいえ責めるようなこと言って。
 許してもらえなくても仕方ないですけど、せめて、謝らせてください。

唯「……はあ」

 ……いた。
 唯先輩が、重々しい溜め息をつきながら、とぼとぼと歩いていた。

梓「あ……は、はぁ……唯先輩っ!」

唯「……あ、あずにゃん? どおして?」

梓「はっ、はあ、はあぁ、はふ……その……紬先輩から、話を聞いてっ」

唯「ムギちゃん? んーと……話って、どんなこと?」

 どうしよう。
 いくら女の子同士でも、直接的には言いづらい。
 でも、唯先輩は直接的に言わないとわかってくれないくらい、お鈍さんだから……!

梓「唯先輩が、その、えっと、えと……せ、せ、生理だって……だから、調子悪かったんですよね? なのに、私ったら全然気付かなくてっ」

唯「……えっ?」

梓「……え?」

唯「私、来週の予定だよ?」

梓「…………」

 ……騙された!
 あの金毛白面九尾の女狐!
 私にこんな恥をかかせる為に、意味深なこと言って、嘘まで吹き込んで!

梓「ちょっと今すぐ学校に戻って紬先輩を締めてきます。この獣のむったんで、物理的に差し違えてでも」

唯「駄目だよ、あずにゃん。腕力じゃムギちゃんには敵わないよ」

梓「それでも戦わなければならない時が女にはあるんですよ! よりによって、唯先輩の生理周期のことで私を騙すなんて!」

唯「えっ、えーと、ね? そのぉ……往来で、そーゆーこと大声で言われる方が、恥ずかしいかも……」

梓「……すみませんでした」

 ……ああ。
 これは、嫌われちゃったかなあ、さすがに。

唯「で、でもでも、あずにゃんが心配して追っかけてきてくれたのは嬉しいよ? そんでもって、暴力反対だよっ」

梓「唯先輩がそう言うなら……今回は堪えることにします」

唯「ん……よかった」

 胸元に手を当てて、ほっと安堵の溜め息。
 ……いやいやいや、どうして私は唯先輩の胸の形とか、溜め息ついた時に動いたボディラインで興奮気味になったりしてるのかな!?

梓「ま、まぁ、それはそれとして置いときましょうか……それで、唯先輩? 今日、本当に調子悪かったんじゃないです?」

唯「うん……今日は、憂が和ちゃんに生徒会のお手伝いを頼まれてて……帰っても誰もご飯を作ってくれないんだよ」

梓「…………」

唯「カップ麺で済ませよっかなあ、とか、ファミレスに行ってもひとりじゃ寂しいなあ、とか……考えてるうちにどんどん寂しくなってきて……うう、ぐすっ」

 そんな理由だったんですか。
 あ、いえ、唯先輩にとっては重大な問題だったんでしょうけど。
 っていうか……やぱり、『そんな理由』ですよ。

梓「……私に相談してくれたらよかったのに」

唯「え?」

梓「ご飯くらい作ってあげますよ! ファミレスでひとり飯が寂しくたって、私がいれば平気でしょう! さあ、何でも言ってください!」

唯「ん……ほ、本当に、ご飯作るの、お願いしてもいいの?」

梓「勿論です! 憂と比べられたら、腕には全く自信ないですけど!

唯「比べないよ。あずにゃんと憂は、別の人間なんだもん」

梓「……じゃ、じゃあ、ご希望の献立をお伺いしましょうか」

 あの日だ、っていうのは嘘だったけど。
 唯先輩の様子がおかしかったのは本当で、気付いたのは紬先輩だけで。
 悔しいけど、でも、今から挽回させてください、唯先輩。

唯「……グラタン、は……いいかな?」

梓「唯先輩のうち……オーブン、ありましたよね」

唯「うん」

梓「なら、任せてくださいです! 材料買いに行きましょう、唯先輩でも食べきれないくらい作っちゃいますからね!」

唯「うんっ」

 独り暮らしスキルが、こんなところで活きるとは思ってなかった。
 でも、唯先輩の表情は、さっきまでと違ってとっても嬉しそうで、明るい。

唯「ねえ、あずにゃん」

梓「はい?」

唯「お買い物して、帰ってからでいいんだけど、お願いがあるの」

梓「いいですよ、この際ですから何でも聞いちゃいます!」

 ええ。
 あずにゃんこと中野梓、今はとってもやる気に満ち溢れてますからね!
 唯先輩の為なら、例え火の中水の中!

唯「あずにゃん分を補給させて欲しいなあ、って……うん、あずにゃんが来てくれて、寂しくなくなったんだけどね、その、やっぱり……さっきの分じゃ、足りないんだよ」

梓「……お料理するのに響かない程度にお願いします」

 ええ、ふたりっきりになったら抱っこされるくらい想定してましたとも、私は唯先輩の恋人なんですから。
 だけど、あんまり夢中になっちゃったら、お料理出来なくてふたりしてお腹が空いて、唯先輩がひもじい思いをするじゃないですか。
 だから数分……半刻……長くても一時間くらい、で、お願いしますね。

唯「んへー……ありがと、あずにゃん。私の心も身体も満たしてくれるのは、やっぱりあずにゃんだけだよぉ~」

梓「んにゃっ……そっ、そーゆー恥ずかしいことは、それこそ往来で言うべきじゃないと思います!」

 もお。

唯「ああん、そんな、あずにゃ~ん!」

 丸っきり誤解ってわけじゃないですけど、他人に聞かれたらどおするんですか、全くもー、唯先輩ってば。

~おしまい!~





またべつのひ!

紬「梓ちゃん。正直に答えて欲しい質問があるの」

梓「は……はひ、何でせう?」

紬「梓ちゃん、唯ちゃんとお付き合いしてるわよね? 恋人的な意味で」

 ……はあ。
 この人は、何でまた百合ん百合んしたことに首を突っ込みたがるんだろう。

梓「唯先輩に聞いてください。私、こないだ紬先輩に騙されたの、まだ根に持ってるんですから」

紬「あら、唯ちゃんの生理の話かしら?」

梓「まさにそおです」

 何を考えてますか、この金毛白面九尾の女狐め。

紬「あの時は風邪気味で、ちょっと鼻と勘が鈍ってたかもしれないわ~。でも今は平気よ? 例えば……梓ちゃんは、今日か明日が始まりね」

梓「なっ!?」

 いえ、勘とかそういう話じゃないんですけど、それ。
 鼻? うん、鼻のいい人は嗅ぎ分けられるって聞いたことがないこともないような気がするけど、まさか紬先輩が?

紬「前後二日くらいは、誤差の範囲ということで~♪」

梓「……ええ。調べられたらすぐにバレますから、白状します。まさに今日です」

紬「あらあら♪」

梓「で、そういう恥ずかしい秘密を暴露したところで、相談があるんですけども」

紬「あら~? 私、後輩に恋愛相談されるのが夢だったの~♪」

梓「……まぁ、はい。悔しいことにその通りなんですが」

 この人はどこまで自分を隠しているんだろう。
 その、せ、生理の匂いとか、並の嗅覚じゃわからないハズなのに……かといって、ストーカーの真似をして周期を把握した風でもないし。

梓「ご想像通りだと思うんですけど、唯先輩に関してです」

紬「ふむふむ」

梓「実は、なかなかふたりきりになれる機会がないんです。唯先輩の家には憂がいますし、いつも私の家に呼ぶのもマンネリですし」

紬「それは深刻な問題ね」

梓「面白がってませんか?」

紬「ううん。私としては、唯ちゃん達にはもっと深い仲になって欲しいもの」

梓「……面白がってませんか?」

紬「う、ううん。決して面白がってなんかいないわ。純粋に貴女達に幸せになってもらいたくて」

 何でちょっと言い淀んだんですかね、紬先輩?
 その一点だけで、何やら背後に怪しげな雰囲気が広がって見えるんですけど?

紬「そうだわ! うちのグループで、今度新しくオープンするホテルがあるの! 招待させてもらえないかしら?」

梓「……こないだ、泊まりがけデートに行きました。タダチケで、某有名ホテルのスゥイート。立て続けだと、私はよくても唯先輩が飽きるんじゃないかと」

紬「ほうほう、それはそれは……んむ、そこまで進展してるにゃんて……」

梓「紬先輩、ハナチ出てますよ」

 私が指摘すると、紬先輩は慌ててティッシュを取り出して拭い、鼻つっぺ。
 仮にも、っていうか真性のお嬢様がする行為じゃないと思うんだけどなあ。

紬「んむぎゅ……んはぁ。それじゃ、温泉旅行はどうかしら? 勿論、覗き対策も万全で、男女別の旅館を格安で紹介させてもらうわ」

梓「温泉、かぁ……よさそうですね。おいくらで都合してもらえます?」

紬「……怒らないで聞いてくれる?」

梓「内容によりますが、まぁ、とりあえず聞かせてください」

紬「こちらで渡すデジカメで、旅行の記念撮影をしてきて欲しいの。ただし、同じお布団で並んでポーズ取ってるところだけは確実にね?」

梓「そっ! そんな、の、撮れるわけ……」

紬「流出の心配はしなくていいわ。私のお願いを聞いてくれたら、その次の旅行も移動費込みの格安ツアー料金で……内容によっては、更に半額以下の料金にもしてあげる」

 内容、って……どういう写真を期待してるんだろ、紬先輩。
 それに、勝手にこんな約束しちゃったら……唯先輩を騙すみたいで、後ろめたすぎます。

梓「ええと……唯先輩にも相談してから、でいいでしょうか?」

紬「私は構わないわ。琴吹グループの旅行部門で、今度新しくカップル向けの商品を売り出す予定だから、何組かリサーチを頼んでいるところなの」

 はあ。
 商売繁盛、笹持ってこーいってやつですか。
 この不況の世の中、景気のいいお話ですね。

梓「じゃ、未定ですけど予約ということでお願いします」

紬「はいはい♪ 埋まっちゃっても、無理矢理ねじ込んであげるから♪」

 紬先輩が言うと、別の意味に聞こえて怖いですよ?
 でも、まぁ、私と唯先輩との仲を応援してくれてる……のかな?



そのご!

梓「……かくかくしかじか、というわけなんですが、どうですかね?」

唯「まるまるうまうま……いいんじゃないかな。私達はお安く旅行出来るし、ムギちゃんはモニターの意見が欲しいっていうことだよね?」

梓「いえ、欲しがってるのはデジカメの……お布団で、並んで写した写真なんじゃないかと思いますけど」

唯「んー……やっぱ、いいんじゃないかな? うん、その、えっちぃことする前なら何ともないし……しちゃっても、朝に写せば大丈夫だよ!」

 朝が大丈夫かどうかはまた別の話なんですけど、ええ、エッチする前に撮影すれば平気ですかね。
 紬先輩的には、事後だとハナチ噴いて喜んじゃうかもしれませんが、そうなると複雑な気分ですが。

唯「ねぇ、あずにゃん。こないだのホテルみたく、タダっていうのはお得っぽいけど……ムギちゃんは、お金を払う旅行を楽しませたいんだと思うよ!」

梓「はい?」

唯「だって、本当なら何倍もお金かかるんだよ? なのに、今回はお安く済ませてくれるってゆうんだから……」

梓「ええ、確かにそうですけど。調べてみたら、いくらモニターっていっても、相場の半額以下は破格すぎで……」

唯「旅っていうのは、本来はどこに行くか悩んで選んで決めて、行った先でも楽しむものだと思うのです!」

唯「でも、私達はまだ高校生だから、お金の制約があるんだよ! それなら制約の中で行ける楽しそうなところを選ぶのは当然じゃないかな!?」

 ふんす、って腰に手を当てて踏ん反り返らなくてもいいと思うんですけど。
 ……まぁ、特に気になってたのは写真の件ですが、唯先輩が構わないなら、私もいいですよ。

梓「じゃ、じゃあ、写真のことも含めて、紬先輩にお返事しちゃっていいんですね?」

唯「ムギちゃんのカメラとは別に、私達用の思い出作りの為のカメラも持っていくけどね!」

梓「……いやあ、それは……」

唯「あずにゃんがデジカメ持ってたら任せるよ! うちにもあるけど、使い方よくわからないし!」

梓「は、はい、です」

 そういうことなら、まぁ、流出的な心配もないですし……私と唯先輩の写真、撮り放題……ってことだよね、えへへ、えへへへへ。

梓「えへへへ」

唯「あずにゃん?」

梓「はっ……!? あ、ああ、紬先輩にお願いしてきます! 行き先は、また相談するっていうことで!」

唯「うんっ!」



さらにそのご!

梓「……ということでした。紬先輩の思惑通りっぽくて面白くないんですけど」

紬「ふふふ……思惑だなんて、梓ちゃん、変なこと言うのね?」

 明らさまに怪しく笑いつつ、紬先輩は一通の封筒を差し出してきた。
 受け取る、しかない。

梓「……これは?」

紬「今週末の、新幹線乗車券と特急券。それと、温泉旅館の特別割引チケットよ?」

梓「変な取り引きしてるみたいで、嫌な気分です」

紬「あら? 私は純粋に梓ちゃん達の恋を応援してるのよ~?」

 純粋に信じられない、けど、中身は確かに紬先輩の言う通りのモノだった。
 割引券が本当に使えるのかどうかはともかくとして。

梓「とりあえず、ありがたくいただいておきます」

紬「うふふ。ずーっと協力するつもりなんだけど、梓ちゃんに信じてもらえるようになるのが先かしらね?」

梓「部員として、先輩としてなら……でも、やっぱり私、汚い人間なんですかね? お金が絡む話になると、ちょっと……」

紬「あら、私だって無償協力っていうわけじゃないのよ? ギブアンドテイクの関係、だったら信じてもらえるかしら?」

 ……唯先輩と私の睦み事。
 その、ほんの最初の瞬間を写真に撮るだけ。
 いい、のかな。
 唯先輩に聞かないと、私にはわからないよ……。


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