梓「ん……唯せんぱぁい……♪」

 身を縮こめて、甘えるように肌を合わせながら、唇を上向ける。
 私、昨夜言いましたよね、お姫様抱っこは憧れだって。
 だから、もう、どっきどきで……こんな場所なのに、我慢、出来ないんです。

唯「変なこと……しちゃ駄目って言ったの、あずにゃんだよ?」

梓「だ、だってぇ、唯先輩がお姫様抱っこなんかするからぁ……私、その、昨夜のこと思い出しちゃって……」

唯「昨夜のことって……なぁに?」

梓「わっ、私、好きな人にお姫様抱っこしてもらうのが夢で、ちょっぴりでしたけど、唯先輩が叶えてくれて……でも、また、こんな……うう、はうぅ……」

 顔が真っ赤になってるどころか、私の頭のてっぺんからは湯気が出ているかもしれない。
 どきどきどき、どきどき。

唯「んー……んっ、こほん、んん……あー、あー、あ゛」

梓「……唯先輩?」

 いきなり咳払いをして、妙な発声練習なんかして、どうしちゃったんですか。
 と思ってたら、唯先輩は私の耳元へ唇を寄せて、低い声でささやいた。

唯『可愛いね、梓』

梓「……にゃああ!?」

唯『梓が喜んでくれるなら、お姫様抱っこくらい、いくらでもしてあげる』

梓「んんぅ……にゃぅぅぅぅっ……!」

 私を『あずにゃん』って呼ぶのは唯先輩だけだから、普段は『梓』って呼ばれる方が多いんだけど。
 唯先輩に、いつものほえほえした声色とは雰囲気を変えて『梓』って呼ばれると……ものすごく新鮮で、んでもって、とっても変な感じ。

梓「ゆぃ、せんぱぃ……私、おかしな気分になっちゃいますよぉ……だから、今は、それくらいで勘弁してください……」

唯「ん、けへけへっ、ふう……そっか。あずにゃんは、今みたいにすると、触ったりいじったりしなくても、腰砕けになっちゃうんだ?」

梓「んっ、ん……唯先輩、焦らさないでっ……んっ、んぅー……」

 プールのぬるま湯を追い出すように、唯先輩の首筋に抱き着いて肌を密着させる。
 胸元のまろやかクッションの感触も気持ちいいし、水の中でも、私を落とさないようにってしっかり支えてくれている唯先輩の腕の緊張感も嬉しい。
 それより何より、気分が昂ぶっちゃって、キスだけでもしてもらえないと、変になっちゃいそう。

唯「んふふ……あずにゃんの、えっち……んっ、ちゅうう、ちゅく……あぷ、あむ、ちゅくるっ」

梓「んんっ、くぷ、ちゅううう、くぷ、んむっ……はぁう、はむっ、んく、んっ……はあ……♪」

唯「ほっぺ真っ赤にして、ぷるぷる震えて、可愛いね。でも、泳げそうには見えないから……このまま時間まで抱っこしてていいかな?」

梓「は、い……もお、放した途端に溺れちゃいますから、しっかり抱っこしててくださぁい……そ、それと、もっと、その……キスを……」

唯「うんうん、おねだりされるの嬉しいし、あずにゃんも喜ぶし、いくらでも聞いてあげるよ。でも、ほんとに変な気分にならない程度にね?」

梓「んにゃ……い、意地悪なこと、ゆわないでくださいよぅ……」

 唯先輩の首筋、鎖骨……胸元。
 昨夜のあわあわ程じゃないけど、水で滑って、ほっぺをすりつけると気持ちいい。
 特に、胸。
 ぎゅううって身体を精一杯丸めて、顔を埋めて、ふよんふよんの感触を楽しむ。

唯「ん、あ、あはっ……あずにゃんは本当におっぱいが好きだねぇ。どーする? 一旦上がって、あの日焼け椅子で一緒に横になる?」

梓「いえ、それだと、色々とマズいことになりそうなので……それよりっ、早くキス、キスしてくださいっ」

唯「……そっか、そうだね。じゃあ、お姫様抱っこしたままで、何回もキスしてあげる……んっ、ちゅ、ちゅうっ」

梓「んむっ、はう……は、はぷ、んくっ……んっ、んっ、くぷ……ちゅぱ……はぅ♪」

 結局、時間がくるまで私達はろくに泳ぎもせず。
 ビーチボールとか、浮き輪とか、遊び道具もホテルのがプールサイドに一杯置いてあったのに。
 唯先輩に抱っこしてもらって、抱き着いて……沢山、キスをして。
 ただそれだけなのに、あんまり遊べなかったのに、とっても……心の底から、満足出来た。



ちぇっくあうと!

 荷物をまとめてバッグに詰めて、忘れ物がないかチェック、チェック。
 といっても、長逗留したわけじゃないから、自分のものは何がどこにあるか、きっちり把握してたけど。

梓「あ……そうだ、唯先輩。ちょっとケチ臭いかもしれませんが、一応」

唯「うん? なぁに?」

梓「テーブルにチョコとかクッキーとかのお菓子、用意してありましたよね。あれ全部タダですから、お土産に持って帰っても大丈夫ですよ?」

唯「本当っ!? あんな高そうなお菓子、いくらするかわかんないから食べるの我慢してたのに!」

梓「旅館にあるお茶のセットみたいなもんです……って、早っ。もう取りに行ってるし」

 間違って備品まで持ち帰らないように、と、一応見守りにいく私。
 そこには、目をきらきら輝かせてお菓子を漁る唯先輩がいた。

唯「あ、これ紬ちゃんが持ってきたことある! こっちも見覚えがあるよ!? これは知らないけど美味しそう! うわー、うわー!」

梓「どんだけ我慢してたんですか……」

唯「半分こね、はい! こっちはあずにゃんの分!」

梓「いえ、私は別にいりませんけど……こんなに甘いモノ食べると太っちゃいますし」

 部活の時のティータイムだけでリミット一杯なんですよ、私は。
 だから、だから……うくっ。

唯「じゃあ、半分の半分だけでいいから、持って帰って?」

 そ、そのくらいなら……いい、かな?

梓「は、はい。そこまで言われたら、お断りするのは失礼というものですしね」

唯「……えへへ。帰ったら、私とここでしたえっちぃこと思い出しながら食べてね? 私もあずにゃんを想って、悶々としながら食べるから」

梓「そっ、そーゆーことなら、やっぱり半分お持ち帰りします。四分の一じゃ足りそうにないですっ」

唯「えへー……そんじゃ、はい」

 袋詰めにしたお菓子セットを受け取って、バッグの隙間に放り込む。
 もう変に意識しながらでないと食べられないじゃないですか、単なるお菓子なのに。
 悶々とするだけならいいですけど、堪らなくなって、真夜中にひとりで変な行為に及んじゃったりしても知りませんからね?
 ……主に、私が。

梓「じゃあ、忘れ物はないですか?」

唯「うん。何でもかんでも用意してあったから、着替え以外はバッグから出さなかったし……あ、でも、ひとつだけ」

梓「はい?」

唯「あずにゃん。素敵な思い出を、ありがとう」

 ちうっ。

梓「んっ……ちゅ……ふ、ふにゃぁ……」

 急に真顔になって、迫ってきて、びっくりして動けない私の唇を奪う唯先輩。
 ほんの軽く触れただけだったけど、私は硬直したまま何のお返しも出来なくて。

唯「さっ、行こっか。時間過ぎると追加料金取られちゃうんだよね?」

梓「は、い……」

 さすがに唯先輩も照れてるみたい。
 けど、私の方がもっと照れちゃってて、けど嬉しくって、どきどきしてて。

梓「あの……手、繋いでくれませんか、唯先輩……」

唯「……うん。いいよ、あずにゃん」

 ぎゅっ、て。
 唯先輩は優しく私の手を握って、ゆっくりと歩き出す。
 ……はあ。
 やっぱり私には、こんな風に、唯先輩の後に続いてくのがお似合いな気がしますよ?



ふろんと!

梓「……結局、全部タダ券の分で済んじゃいました」

唯「ふう。ルームサービス、頼まなくてよかったね~」

梓「いえ、ちょっとした軽食とか、ジュースの一本や二本なら頼んでもよかったみたいです」

唯「えええ!? 勿体ない、今からお願い出来ないかな!?」

 それは無理というものです、唯先輩。
 しっかり説明書きを読んでなかった私も悪いんですけど。

梓「ええとですね、うちの両親、たまにこういうタダ券もらってくるみたいで、その時はまた奪い……いえ、もらってきますから」

梓「きっとまた一緒に来ましょうね、唯先輩!」

唯「……『きっと』?」

梓「あ、ホテルじゃない方がいいですか? 確か、こないだどっかの温泉旅館のペアチケットがどうとか言ってた気が……でも電車代がかかりそうだったのでスルーしました」

唯「私はそういうことを言いたいんじゃないよ、あずにゃん」

梓「はい?」

 何だろ、また真面目な顔付きになって、キスをされそうな雰囲気じゃないけど。
 後はホテルを出て、お互いの家に帰るだけなのに。

唯「行き先はどこだっていいの。大事なのは、好きな人と……あずにゃんと一緒、っていうことだから」

梓「はうっ……!?」

唯「だから、『きっと』じゃなくって、『必ず』だよ。いい、あずにゃん?」

梓「……はい。それじゃ、その……また、必ず一緒に、どこかにお出かけしましょう!」

唯「うん!」

 周りから見れば、さぞかし変な女子高生ふたり組だったろう。
 でも、私達は至って本気。
 お互いに手を繋ぎ合って、ぽかぽかあったかい『約束』を胸に抱えて、帰路に着く。
 本当は帰らないで、ずっと唯先輩と一緒にいたいけど。
 でも、また一緒にお出かけする為には、離れないといけないから。

唯「えへへー」

梓「楽しそうですね、唯先輩」

唯「うん、最初はお祭りの後みたいに寂しくなると思ってたんだけどね」

梓「私もです」

唯「次があるって思うと、今は何だか、そっちの方が楽しみになってきて仕方がないよー」

梓「はいです。とりあえず、またタダ券ねだってみますけど……」

唯「ううん。あずにゃんのおうちにお泊まりとか、普通のデートとか……こういうホテルじゃなくってもいいんだ、って気付いたんだよ」

梓「……はい?」

 唯先輩は、握っていた手を組み替えて、指先同士を絡めてくる。
 くすぐったくて、どきどきして、思わず唯先輩の顔を見上げると。

唯「私にとっては、あずにゃんと一緒にいられれば、どこでも『特別な場所』なんだ、って……ね?」

梓「んにゃ……」

唯「だから、また、特別な思い出を作らせてね、あずにゃん♪」

梓「は……い……」

 どうにかこうにか、か細い声でそれだけを絞り出した。
 そりゃあそうです、私だって唯先輩が一緒でなかったら、どんな場所へ行ってもきっと楽しくないですよ。
 逆を言えば、唯先輩さえいてくれたら、どこだってとっても楽しいに決まってます。
 でも……でも、そんなこと、真顔で言われたら、恥ずかしすぎるじゃないですか。

唯「……あれぇ? ほっぺ真っ赤だよぉ? もしかして……また、キスして欲しくなっちゃった?」

梓「ちっ、違いますよぉ! んもう、唯先輩ってば!」

 からかうような口調に、私はがあっと怒った素振りで返す。
 でも、手指はしっかりと絡め合わせたままで、離さずに。
 私達はゆっくりのんびり、家路を辿るのでした。

~おしまい!~




べつのひ!

唯「あ、あずにゃんが先に来てる~」

梓「どもです、先輩方」

 カバンを放り投げて、ぱたぱたと嬉しそうに駆け寄ってくる唯先輩。
 そして、いつも通りといえばいつも通り、だけど密かに力加減を強めて私を抱き締めてくれる。

唯「わーい、あーずにゃんっ♪」

梓「はあ……またですか、唯先輩」

唯「んにゅ~……あずにゃん分補給開始だよ! きゅーんきゅーんきゅーんきゅーん……」

律「補給っつーより何か物騒なモノ充填してないか、その効果音」

唯「物騒じゃないよ、あずにゃん分だよ! この有り余る可愛さで癒してもらう感じだよ!」

紬「はいはい。今日のおやつはチョコタルトよ~」

 ……まぁ、唯先輩とべたべたしても不審がられないのは気楽でいいですが。
 何ていうか、ちょっとこの異常な光景に慣れすぎてませんか、皆さん?

澪「今日も練習出来そうにないな……はあ」

梓「いえ、練習しましょうよ。ね、唯先輩?」

唯「へ?」

梓「昨日も一昨日も、結局お茶と雑談で終わっちゃったじゃないですか」

唯「あー……うん、そうだったかも……」

梓「律先輩もですよ? 部長として、しっかり部員を発憤させてくれないと困ります」

律「お……おー」

紬「あらあらあら」

 自分は蚊帳の外とばかりに、紬先輩がみんなの紅茶を用意してくれる。
 ええ、確かに紬先輩は練習する日もしない日も、さり気なくお茶を入れるばかりでどっちつかずですよね。

梓「……紬先輩も、今日は練習しません?」

紬「はっ……まぁ、何ということでしょう~♪」

梓「紬先輩?」

紬「私、後輩から不真面目だって注意されるのが夢だったの~♪」

梓「……はあ。そうですか」

 相変わらず、この人だけは正体が掴めない。
 浮世離れしているっていうか、私達みたいな一般庶民にとっては当然のことが『夢』だとか、うん、まぁ、人それぞれだけども。

澪「よ、よおーし。ティータイムが終わったら今日こそ練習だ! いいな、律!」

律「はい、澪しゃん」

梓「私も賛成でーす」

紬「後輩に注意されて、嫌々ながら従うのも夢だったのよ~♪」

 ……嫌々されるのは、それはそれで困るんですが。

唯「きゅーんきゅーん……」

梓「……唯先輩は?」

唯「んうっ!? な、何が!?」

梓「今日は真面目に練習するかどうか、っていう多数決なんですけど」

 真上を見上げて、じとー、ってちょっと冷たい目で唯先輩を見つめる。
 ああ、目が泳いでる泳いでる、でっかい迷ってますね?

唯「え、えっとね、私、もう少しあずにゃん分を補給して、それからでないとギー太の実力を発揮出来そうにないよ!」

梓「ふーん……」

唯「あっ、あのね、今日は真面目に授業でノート取ってたから、いつもより疲れてて、だからあずにゃん分が不足してて……」

澪「ああ、そういえば唯にしては珍しく起きてたな。ノートの内容まではわからないけど」

律「なっ!? 私も起きてたぞー!?」

澪「いや、お前は半分舟こいでたろ」

紬「あらあら、うふふ……はい、どうぞ。ちなみに多数決でもう練習することに決まってるから」

唯「んにゅう……」

梓「……というわけです。さあ、折角の紅茶を美味しくいただくか、冷めてからもそもそタルトを食べるか、ふたつにひとつです!」

唯「……わかったよ。今すぐ食べるよ……」

 ぱ、と肩口にかかっていた重みが消える。
 唯先輩は不承不承ながら自分の指定席に着いて、先輩方と同じくチョコタルトにフォークを入れ始めた。

紬「ふふっ……いいのかしらね、そんな冷たい態度取って」

梓「はむ?」

 紬先輩の顔を見つめる、けど、普段通りに柔らかく微笑んでいるだけ。
 何を考えているかなんて、少しも読み取れない。
 ……冷たい態度、ですか?


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