唯「ちゅ、んっ……ちゅ……はあぁ」

 唯先輩の唇の感触がなくなったところで、ゆっくりと目蓋を開く。
 すると、唯先輩も同じように目を開けているところだった。

唯「……えへへ。しちゃったね、キス」

梓「……はい。しちゃいましたね、キス」

唯「もっとしたいね、キス」

梓「したいですけど、そろそろ他の先輩方が来ちゃいますよ」

唯「うー、残念だよー」

梓「はい、残念ですね」

 どきどきが治まらない。
 唯先輩も同じみたいで、あの柔らかいほっぺを真っ赤に火照らせながら、胸元に手を当てている。

唯「……はぁ。もっとすごいことしたら、私、どうなっちゃうんだろう」

梓「いきなりレズいことに挑戦しなくてよかったですね?」

唯「いや、今も裸で抱き合ったりとか、そういうことしたいって気持ちに嘘偽りはないんだけども!」

梓「……わからないでもないですけど、ちゃんと、健全なお付き合いから始めましょうね」

唯「うん。まずは今日の帰り、ぷちデートしようね!」

梓「でっ……!?」

 その、キスはしたけども、デートとなるとまた別の種類の心の準備は必要なわけで。
 私はその場の空気を誤魔化すように、ソフトケースからギターを取り出してチューナーを繋ぐ。

唯「……あずにゃんのいけずー」

梓「色気にかまけて練習しないとか、そういうのは嫌ですからっ」


 ぎゅいーん。
 ぎゅうーん。
 ちゅいーん。

唯「ねぇ、あずにゃん」

梓「はい?」

 ちゅーん。

唯「3弦、きっともうすぐ切れるよ。やっぱりデートついでに弦を買いに行こう!」

 ぴゅーん。
 いつもの交換時期には、ちょっと早いですよ。

梓「音は……今日は割と、狂ってないみたいですけど」

 ペグを少し締めて、もう一度合わせる。
 唯先輩は心配そうな顔で私を見つめてながら、自分の……ギー太を出して、じゃらんとひと奏で。

唯「……うん、やっぱりあずにゃんの弦の音、いつもと違うよ」

 ええまぁ、そちらはレイの通り、チューナー不要なんでしょうけど。
 ……あれ? 『いつもと違う』?

梓「チューナーで合わせたのに違うってわかるんですか」

唯「うん」

梓「どんな感じなんです?」

唯「今日の練習は大丈夫そう。でも、帰って弾いたら急にバチンっていきそうな感じ」

 うわあ……そこまで詳細に言われると怖いですよ、唯先輩。
 嘘だったとしても、交換したくなっちゃうじゃないですか。

梓「……わかりました。デートじゃありませんけど、弦のストックもありませんからお買い物には行きましょうか」

唯「やったー! デート! あずにゃんとデートだ-♪」

梓「違いますってば!」

 ガチャ。

律「おー? またやってんなー、おふたりさん」

澪「唯がチューニングしてる……やっとやる気を出してくれたんだな!?」

紬「あらあらまぁまぁ、お祝いにお茶の用意をしましょうね~」

澪「ちょ!?」

唯「紬ちゃん! 今日のお菓子は一体なぁに!?」

梓「あ……」

 今日もこうして、なし崩し的にティータイムに雪崩れ込む。
 ただ、いつもと違うのは……私と唯先輩の関係が、少し変わったこと。
 だから、ちょっと強気に出てみる。

梓「唯先輩! ティータイムが済んだらすぐ練習ですからね!」

唯「えええ!?」

梓「練習しないなら、弦を買いに行くのは今日でなくてもいいんですよね?」

唯「……うん、お茶飲んだらすぐに練習するよ! 今日の私はやる気満々だからね!」

澪「おお……おおお……遂に唯が!」

紬「それじゃ、慌てて急いで駄弁りましょうね~」

 いえ、その、駄弁りタイムを削ろうという話なんですけども。

律「澪しゃんが音合わせるまで駄弁ってようぜー」

澪「なっ!? す、すぐ終わるから! そんな5分も10分もかかるような!?」

律「まーまー澪しゃん、ふたりはもう終わってるんだし、どう考えても一番時間かかるじゃん?」

澪「紬がお茶入れてくれてる間に済ませる! 必ずだ!」

梓「…………」

 先輩方には、ついさっき変わったばかりの、私と唯先輩の関係を教えた方がいいような気がする。
 でも、それだと、唯先輩のやる気を悪用……でもないけど、利用しちゃう気がする。
 うん、まぁ、然るべき時が来たら唯先輩がぽろっと無意識に漏らしちゃうだろうから、放っておいてもいい気がする。

梓「……紬先輩、今日のお菓子は何ですか?」

紬「うふふ、今日はね~……」


 いつもと同じ雰囲気、光景。
 先程の出来事を暴露したら、変わるんだろうか、変わらないんだろうか。

唯「楽しみだね、あずにゃん♪」

 ええ、確かに、色んな意味で。
 だから、私はこう答える。

梓「はいです♪」

~おしまい!~




~つづき!~

唯「デート終わっちゃったね……」

梓「デートじゃありませんでしたけど、まぁいつものお店でいつもの弦を買うだけでしたからね……」

唯「そ……そう! フラット! フラットは大丈夫!?」

梓「フレットです……ちゃんと手入れしてますよ。ペンチとか、女の子らしからぬ工具がクローゼットに揃ってますよ」

唯「そっかぁ……あずにゃんのお部屋には、色んな怪しい道具が揃ってるんだぁ……」

 にへらぁ、って笑わないでくださいよ。
 周りで聞いてる人達に、別の意味で取られちゃうじゃないですか。

梓「別に、珍しいものはありませんよ?」

唯「ほんと~?」

梓「本当ですっ」

唯「紙に誓って?」

梓「その発音的に、ザ・ペーパー!?」

唯「うんうん、それじゃあ恋人であり先輩である私としては、本当かどうかちょぉーっとお邪魔させてもらわないとねぇ?」

梓「何なんですかそのちょっとやそっとじゃ済まないような雰囲気は!? ほんの少し前に、ステップ踏んでお付き合いするって言ったばかりじゃないですか!」

唯「あ、憂~? 今日ね、あずにゃんのおうちにお泊まりするね。うん。え? いやー、実はそうなんだよ~……え? そんなのいいってば!」

梓「……唯先輩? 憂と何を話してるんですか?」

 私が問いかけた頃、電話は終わったようだった。

唯「あ、うん……あずにゃんに告白したよ、って。そしたらお赤飯炊くって、憂が……」

梓「それは何か違うですよね!?」

 実態の把握というか、飲み込みが早すぎませんか。
 それに私のうちに泊まるっていうことは……つまり、そういうことで……。

唯「だ、だから、炊かなくていいって……」

梓「そうじゃなくって、お泊まりって! 私のうちに! ステップなお付き合い、一足飛びで登っちゃってるじゃないですか!?」

 いえ、両親は今日もいないんですけど、いきなり来るって言われても困るっていうか片付いてたかなとか、お夕飯はどうしようかなとか、お風呂とか寝る時とか。

梓「…………」

 私以外のベッドを使わせるわけにはいかないよね?
 それに、客間とお布団はあるけど、それだとあんまり唯先輩との距離を取り過ぎちゃう気がするし……。

唯「ねぇ、あずにゃん。夕ご飯の献立、決まってた?」

梓「あ……いえ、まだですけど」

 冷蔵庫の中はほぼ空っぽだし、スーパーに寄って適当に決めようかと。

唯「じゃあファミレスで食べようよ! デート的に、レストランとはいかないけど!」

梓「……唯先輩なら、私の手料理を食べたいとか言うんじゃないかと思ってました」

唯「あ! それもいいね! そっちにしよう!」

梓「いえ、ファミレスにしましょう。丁度季節メニューで新作が出てますし」

唯「……ちぇー。失敗したなあ」

 残念そうにカバンとソフトケースを抱え直す唯先輩。
 私の手料理を食べて欲しかった気持ちはあるけれども、やっぱり、急にっていうのは練習も出来ないから困るですよ。
 ん、まぁ、朝の分はあり合わせでもふたり分は何とかなるし、簡単でいいし、うん。

梓「実は今週の食費の予算的に余裕があるので、ファミレスに行こうかなーどうしようかなーと思ってたんですよ」

 これは嘘じゃない。
 浮かせた食費をお小遣いにしてたし、お小遣いを食費にするのも私の自由だし。

唯「うーん、あずにゃんがそう言うならー」

 やたら、とっても、ものすごく残念そう。
 そんなに私の手料理を食べたいなら、ちゃんと練習して自信を持ってから、食べさせてあげますよ。

梓「さあ! キノコとナスのリゾットがオススメですよ!」

唯「おお、美味しそう!」

 実際より少々誇張されたファミレスの垂れ幕の写真に、唯先輩が瞳を輝かせる。
 いえ、実際に思ってたより美味しいんですけどね。



しょくご!

唯「ふぁー、美味しかった! たまには外食もいいもんだねえ」

梓「たまには、って……もしかして、あんまり外食しないんですか?」

唯「え? だって、さっきのも憂に頼めば多分作ってくれるし、きっともっと美味しいと思うよ?」

梓(憂……恐ろしい子!)

 憂なら本当にやってのけるんだろう、とか何とか。
 それはまぁそれとして。

梓「私、憂みたいに料理上手じゃありませんけど、恋人が私でいいんですか?」

唯「え~? 当たり前でしょ、あずにゃんは憂じゃないんだもん。お料理が上手でも下手でも、私が好きなのは、あずにゃんなんだよ?」

梓「うっ……」

 そんな、真顔で言われると返答に困るんですが。
 こう……口元を押さえて横を向きたくなるような恥ずかしさがあるというか。

唯「あ! 猫ちゃんがいる! にゃんにゃ~ん!」

梓「…………」

 私としてはまだ話の途中だったのに、唯先輩はペットショップのウィンドウに駆けていってしまった。
 んもう、もっと絡んで恥ずかしい思いをさせたりさせられたりしたかったのに。

唯「あずにゃ~ん、見て見て! ウサギだよウサギ! うさにゃんだよ!」

梓「……ウサギに『にゃん』は無理があると思いますよ?」

唯「ほらほら! もむもむしてる! エサ食べてる! かーわーいーいー!」

梓「うっ……え、ええ、可愛い……ですね」

 こう、問答無用で心の……母性本能? をくすぐるような仕草が堪らなく可愛らしくて、唯先輩が夢中になるのもわかります。

唯「やーん♪ お鼻をふんふんさせてる! 可愛いー! 可愛いー!」

 でも、くだらないってわかってるけど……私のことも可愛いって言ってくれるのに、ウサギに夢中だなんて、ちょっと悔しいですよ。

梓「唯先輩……知ってますか? ウサギって、自分の……を食べるんですよ?」

唯「ええ? うっそだあ、うさにゃんはそんなこと……しな……」

 もむもむもむ。

唯「…………」

梓「帰りましょう、唯先輩。食後に眺める動物じゃないですよ、ウサギなんて」

唯「う、ううっ……騙された……無邪気な草食動物の可愛さに騙されたよぉ……!」

 手を引くと、唯先輩は半分涙目になりながら私の後を歩いてくる。

唯「あ、あずにゃんは……うさにゃんより可愛いけど、私を騙して、あんなことしないよね?」

梓「絶対にしませんっ! っていうか、冗談でも今度そんなこと言ったら本気で絶交しますからね!?」

唯「ううっ……あーずにゃーん! 穢れたうさにゃんに騙された私の心を癒しておくれー!」

 がばっ、と飛び付いてきた唯先輩をかわして、でも地面に落ちないように支えようとして、でも支えきれなくて。
 重い、っていうか私が非力すぎるんだけど。

梓「ちゃ、ちゃんと、自分の足で立ってくださいっ……こんなところで押し倒すつもりじゃないでしょう!?」

唯「う、うん……ごめん、ちょっとショックが大きくて……あんなに可愛いうさにゃんが……ぐす……」

 い、いつまで引きずるんですか、唯先輩。
 物理的に支えきれないですよ、そろそろ、体力の限界です。

梓「……もう! うさにゃんとあずにゃん、どっちが好きなんですか!?」

唯「それは勿論、あずにゃんだよ!」

 ふんす、って踏ん反り返って腰に手を当てる唯先輩。
 いや-、直前のイメージがウサギだけに、何だか素直に喜べないなー。

唯「大好きだよ、あずにゃん!」

梓「……はい」

 ……やっぱり、嬉しい、かも。



あずさのへや!

唯「ほえ~。ここがあずにゃんのお部屋かぁ~」

梓「あ、あんまり見ないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」

唯「うへへ、そういうあずにゃんを眺めるのも、またオツなもんですなあ」

梓「今度そんなこと言ったら叩き出しますよ」

唯「ごめんなさい」

 荷物を置いて、とりあえずゆっくり。
 冷蔵庫と炊飯器を確かめて、うん、朝食は大丈夫。
 次はお風呂……かな?
 私のじゃないけど、バスローブがあるから、唯先輩にはそれを着てもらおうっと。

唯「えーと、充電器、充電器……あった。あずにゃん、そこのコンセント使っていい?」

梓「はい?」

唯「携帯の充電しときたいから……」

梓「そうじゃなくって! どうして充電器持ち歩いてるんですか! しかも機種専用のを!」

唯「いや~……いつあずにゃんとどこにお泊まりしてもいいように、って……あ、パジャマもあるよ?」

梓「準備よすぎですよ!?」

 呆れる私をよそに、唯先輩は空いてるタップに充電器を繋いで、携帯をセット。
 それに、パジャマどころかバスタオルや歯磨きセットまでバッグから取り出して。

唯「ふんふんふ~ん♪ あずにゃんとお風呂♪ あずにゃんとおねむ♪」

梓「……あの? 唯先輩?」

唯「え?」

梓「どうしてそんなに用意がいいんですか?」

唯「……えへへ。まだえっちぃことは出来そうにないって、部室でわかったけど……準備だけはしてたんだよ」

梓「……はあ。そうですか」

 理想と現実の差異を認識する前の行動なら、責めるに責められないか。
 それに、え、えと、バスローブ……とか、えっちぃ格好になられても私が困るし、不幸というか幸いというか、どっちなのかな。

梓「お風呂はお湯張ります? シャワーにしますか?」

唯「はい! あずにゃんと一緒に湯船に浸かりたいです!」

梓「……シャワーならすぐ浴びられますから」

唯「……うぅん、いけずぅ」

梓「エッチなことしないって、約束してくれますか?」

唯「うん! 触らないから! 背中流してあげるとか言いつつ前もとか思ってたけど、今の私にはきっと無理だから、、約束するよ!」

梓「……微妙に不安ですけど、約束してくれるなら」

 バスタブは洗ってある。
 ぴっ、と壁の操作盤を押して、お湯を貯めることにした。

唯「わーい」

梓「水着で入ってもいいですか?」

唯「えっ? あずにゃんって帰国子女?」

 いえ、外国では温泉とか水着で入るのが当たり前って聞きますけど、その返しはどうなんですか。

梓「唯先輩にえっちぃことされないように予防線を張っておくんですっ」

唯「や、やだなぁ。私があずにゃんに触ったりしたら、ハナチ出してぶっ倒れちゃうよ?」

梓「裸を見る分にはぶっ倒れないわけです?」

唯「うん。ふたりきりでお風呂だなんてまたとない機会だし、頑張って我慢するよ!」

 頑張られても困るんですけど、今日は汗かいたし、水着はやりすぎかも。
 ここは……唯先輩を信じて、素で入ることにしよう。


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