ぶしつ!

梓「何なんですかその特殊な観点。むしろ観点というか考え方が特殊ですよね」

唯「いや、あずにゃんは可愛いなあということを客観的に表現したくてですね?」

梓「女体的な観点じゃなかったら、可愛くないってことです?」

唯「そんなことは決してないよ!?」

 とはいえ。
 一応誉められているわけでして、私だって自然と顔がにやけてきちゃうのです。

唯「あ、あずにゃん何だか嬉しそう!」

梓「にゃ!? う、嬉しくなんかないですよ!?」

 こう、どうせならもっと直接的に誉めてもらわないと、手放しで喜べないというか。
 贅沢なことを言っているとは思うんですけどね。

梓「可愛いって言ったら、唯先輩や憂の方がよっぽど可愛いと思いますけど」

唯「うぅん? 確かに憂は自慢出来るくらい可愛いけど、私はどうかなぁ」

梓「双子かってくらいほとんど同じ顔してるんですから、唯先輩も自分で自分を自慢していいんじゃないですか」

 ええ、唯先輩も可愛いですよ。悔しいくらい。
 姉妹だから比較しちゃうのは仕方ないかもですけど、性格とか、ふとした仕草とか、私の目から見たら唯先輩のがよっぽど可愛いんですが。

唯「憂に比べたら、自慢出来ることは何もありません!」

梓「いえ……胸を張られても……」

唯「だって、憂だよ!? 私のどこが憂に勝ってるっていうの!?」

 まぁ、何でも卒なくこなしちゃう憂には敵わないって、私も思います。
 けど、唯先輩には唯先輩のいいところがあるんですよ。

梓「……歳、とか?」

唯「ハタチ越えたら逆にプレッシャーになっちゃうよ!?」

梓「あー……」

 生まれた順番は、確かに優劣と関係ないですよね。
 んじゃ、他には……何があるかなあ?
 軽音部のメンバーである、っていうのは……憂が入部すればすぐにアドバンテージじゃなくなるし。
 ……あれ?
 何に対してのアドバンテージなのかな?

梓「参考までに聞きたいんですけど、唯先輩は、どうして憂に勝ちたいんですか?」

唯「うん? 別に、勝ちたいとかじゃないんだけどね」

梓「はあ。だったら、今まで通りでいいんじゃないですか」

唯「……今まで通りだと、あずにゃんが憂を好きになっちゃうかもしれないでしょ」

梓「はい?」

唯「だから、私と憂が同時に『好き』って告白したら、あずにゃんはどっちがいいか比べて、結局最後には憂を選んじゃうでしょ?」

梓「……はい?」

 そんな状況は、今まで微塵も考えたことありませんでしたよ。
 っていうか、女の子同士で好きだの何だの、ほとんどジョークみたいなもんじゃないですか。

唯「憂はとっても大好きだけど、あずにゃんを取られるのは悔しいよ」

梓「え? どうして私が憂を選ぶと決め付けちゃってるんですか?」

唯「え? まさかあずにゃん、憂のこと嫌いなの?」

 うわあ、何なんだろこの正解のないクイズ。
 正直なところ、付き合うのが面倒臭いですよ。

梓「憂は友達、クラスメイトとして好きですが、唯先輩のことは、もっと深く真剣に真面目に好きです」

唯「ああ、やっぱりそうな……え」

梓「いきなり止まらないでください」

唯「……やっぱりそうなんだ、って言おうとしたのに、予想外の答えが返ってきて、え? ってなったんだよ……」

 ええ、まあ、さらっと告白しましたから、同じようにさらっと流される覚悟でしたけどね。
 でもしっかり引っかかってくれちゃって、唯先輩ってば変なところで律儀ですよね。

梓「好きです、唯先輩」

唯「へっ!? あ、その、私……えええ!?」

 周りをきょろきょろ見回したって、どっきりじゃないんですから、誰もいません。

梓「……冗談ですよ。女の子同士の『好き』なんて、非生産的じゃないですか」

唯「えぇ……ものすごく嬉しかったのに、嘘だったんだ……」

 いえ、そんなにがっかり肩を落とさなくても。

梓「嘘じゃありませんよ。私は唯先輩が大好きです」

唯「ほわぁ……! じゃ、じゃあ!?」

梓「大好きですけど、女の子同士で何かをどうこう出来るわけないですよね?」

唯「……どうこうは出来ると思うんだけど……あずにゃんは、私とどうこうしたくないんだね……」

梓「したいとかしたくないとかじゃなくて、非生産的だってだけですっ」

 男の人が相手なら、結果的に子供が出来るとか、そういうことになるんですけども。
 女の子同士で指や肌をこすり付けるんじゃ、無駄に虚しい時間を浪費するだけでしょうに。

唯「……『非生産的』っていうのは、いわゆるレズい行為は何の感情も産み出さないから、っていう意味かな?」

梓「そこまでは言いませんけど、不毛じゃないですか。何度やっても、いつまで続けても、気持ちいいだけだなんて」

唯「私は……あずにゃんに気持ちよくなってもらえたら、嬉しいんだけどね」

 照れたような恥ずかしがる感じと、少し寂しげな感じが入り混じった表情。
 私を前に言うってことは、つまり、そういうことなんだろうな。

梓「私と、いわゆるレズい行為をしたいんですか?」

唯「……うん。私、自分にそういう気はないと思ってたんだけどね、あずにゃんと会ってからは……その、えっちぃ気分になってばっかりでね」

梓「えっちぃ気分っていうのは、えっと……こ、こういう感じ、ですか」

 唯先輩の胸へ、飛び込むように抱き着く。
 いつもとは逆。
 唯先輩が、普段は私の感触や匂いを楽しんでいるのとは逆に、私が唯先輩の感触や香りを堪能する。

唯「はう、う、うぁ……あっ、あずにゃんっ!?」

梓「レズいのが自分だけだと思わないでください。私だって、唯先輩にこうしたくって堪らなかったんですよ?」

唯「はう……」

 言っちゃった。
 今までずっと言えなかったけど、唯先輩が誘ってくれたから、言っちゃった。
 女の子同士なんて変なのに、唯先輩とエッチなことしたいって思ってたこと、思いっきりバラしちゃった。

唯「い、いいの? 私っ、変なんだよ!? 女の子同士なんだよ!?」

梓「いいんです。唯先輩は変ですけど、私も負けないくらい変ですし」

 ぎゅう、って。
 私からも抱き着いてるから、唯先輩に抱き締められると、いつもより深く強く身体が密着する。

唯「ううう……しやわせすぎて夢みたいだよう、あずにゃんっ」

梓「んむんむぅ……私も、まさか真正面から唯先輩の胸の感触を思いきり楽しめる日が来ようとは、夢にも思ってませんでした」

唯「え、ええと、えっと……ふふふ、子猫ちゃん? いくらでも楽しんでいいのよ?」

梓「……そういう演技されると、何だか気分が白けてきますね」

唯「わっ、わわっ、ごめーん! だって甘えられたらこう言わなきゃいけないのかなって、だから……」

梓「だから?」

唯「……もうしません。だから、もっとぎゅーってさせてくれる?」

梓「はい、喜んで」

 ぎゅううっ。

唯「はー。このまま横になって、ごろごろ転がれたらもっとしやわせなんだろうなあ」

梓「部室じゃ無理ですけど、ええ、まあ、とても素敵な感じですね、それ」

唯「うん、部室じゃ無理だねえ、部室じゃ……」

 そんなことを言いながら、私の髪に顔を埋めてくる唯先輩。
 今日は体育があったから、汗臭くないか心配だったんだけど。

梓「あ……」

唯「んん……あずにゃん、いい香りがする。あんまりくんくんすると嫌われちゃいそうだから、この辺にしとくね」

梓「い、いえ、別に……嫌なら嫌って言うので、言わない時は気にしないで続けて構いませんよ」

唯「……どうしよう、あずにゃんがすっごく優しい上に何でもかんでもさせてくれるなんて!」

梓「そこまでは言ってません」

唯「えー」

 私だって、唯先輩の膨らみの感触をじっくりと味わっているんですから、お相子です。
 右にむにーってほっぺを押し付けたり、左にぎゅーっと鼻先を埋めてみたり、ふにふにって谷間の真ん中で顔を左右に振ってみたり。

唯「んっ、あん、あずにゃん……くすぐったいよぉ?」

梓「おっぱいがある人の運命だと思って諦めてください。こんなこと、私には無理なんですから」

唯「……私も、させて欲しいなあ。あずにゃんの胸に、お顔すりすり」

梓「制服ですれて痛くなるだけだから止めておいた方がいいです」

唯「あー、うん、そうじゃなくって……その、はだ、だ、裸っ、に、なって……すりすり……」

梓「言うだけで緊張しまくって心臓ばくばくなくせに、裸になったらどうなっちゃうんです?」

唯「……倒れたら介抱してくれる?」

梓「面倒臭い人ですね」

 はあ、とわざと大きな溜め息をついてみせる。
 唯先輩の身体が、びくっと震えたのが伝わってきた。
 ちょっと心配になって、見上げてみると。

唯「うく、ぐすっ……私っ、やっぱし、あずにゃんにとって、面倒でうざったい先輩なのかなぁ……?」

 そんな、今ので泣くことないじゃないですか。
 相手の一挙一動、何気ない言葉の端々で傷付くことないじゃないですか。

梓「……はい。本当に面倒臭そうです、唯先輩とお付き合いするのって。今のところは、ですが」

 唯先輩の肩に掴まるように手を回して、背伸びして、紅潮したほっぺを伝う雫に口を付ける。

梓「ん、んっ、ちゅ……んもう、ほんとに……ちゅ……面倒、なんですから……」

 ちゅ、ちゅっと何度も塩辛い涙を吸っていると、唯先輩が硬直しているのに気付いた。

唯「あ、あう、あっ、あずにゃ……あうあうあぅ……」

梓「……唯先輩。私、お互いに気を遣いすぎる関係って嫌なんですよ。そりゃあ、大事なところでも無神経な態度を取るのはどうかと思いますけど……」

 唯先輩は、まだ動かない。
 仕方ないから、私はもっと頑張って背伸びしながら、耳元まで口を寄せる。

梓「私は、唯先輩が傍にいてくれると、嬉しいですよ?」

唯「ふぁ……!?」

梓「さっき『今のところは』って言ったのは、唯先輩が、きっと私のそんな気持ちをわかってくれてないからです」

梓「唯先輩は、どうです? 慣れない演技をしたり、エッチなこと考えただけで自信がなくなったり……まぁ、エッチの方は私も興味がないわけではないですけど」

梓「自然体で付き合えない相手に、私が気を遣って、その、今は大好きに違いないですが……もしかしたら、そのうち疲れちゃうかもしれませんよ?」

唯「……そんなの、やだ。あずにゃんが私に気を遣うせいで、疲れちゃうなんて、絶対に嫌だよぉ」

 さっきまでとは違って、優しく抱擁してくれる唯先輩。
 声色も、まだ鼻声だけど、とても冗談で言っているようには思えなかった。
 だから。

梓「じゃあ、唯先輩。いきなりレズいことしたいとか言わないで、そんな風に急がないで、ちゃんとステップを踏んだお付き合いをしましょう?」

唯「うん……そうだよね。勢いですることじゃないもんね」

梓「はい。勢いに任せるのは、もっともっとお互いを好きになってから、です」

唯「うん」

 ぎゅ。
 唯先輩は、ちょっと身を屈めて、私が背伸びしなくてもいいようにしてくれた。

唯「嬉しいよ、あずにゃん。私のこと真面目に考えてくれてて、すっごく嬉しい。大好きだよ」

梓「はい。私も大好きです、唯先輩」

唯「うん。ありがと、あずにゃん。ほんとに大好き」

 柔らかくてあったかいほっぺが、すりすりとこすりつけられる。
 唯先輩は、延々と説教を垂れていた私をずっとしっかり抱き締めていてくれて、話を聞いた上でも諦めないでくれたみたい。
 もし軽い気持ちだったら、とっくに離れてるハズ。

梓「で、でも、ですね?」

唯「んにゅんにゅぅ……んぅ?」

梓「私が入部して結構経つわけですし、その頃から唯先輩は私に抱き着いたりしてたわけですし……世間一般の、見知らぬ間柄が告白で成立したカップルじゃないと思うんですよ」

唯「……そのココロは?」

梓「……き、キスくらいまでなら、しちゃっても、いい、の、かなー、なんて……」

 私は。
 一体。
 何を言っているんだろう。
 これじゃ、普段より濃密なスキンシップで発情したみたいなのに。

梓「いえっ! 今のは何でもないです! 聞かなかったことにしてくださいっ!」

 わたわたと腕を振って、唯先輩の身体を突き放そうとしたけれど、もう遅かった。

唯「んふー……今。ここで。キスまで……なら、しちゃってもいいんだね?」

梓「あ……だ、だから、その……」

 ほっぺすりすりが止まる。
 名残惜しそうに肌を離した唯先輩の両目は、とろとろに潤んでいた。

唯「え、えっとね、初めてだから、上手じゃないかもしんないけど……下手だからって怒らないでね?」

梓「あぅ……ん、んっく……私も、初めて、ですから……気にしないでください……」

 唯先輩の腕が、私の身体を解放した。
 その代わりに。
 指と指を絡めるように、私の両手を握ってきた。

唯「……嫌だったら逃げていいからね、あずにゃん」

梓「は……い……」

 何かの儀式のように、私達は正面から真っ直ぐに向き直る。
 もう唯先輩の瞳しか見えない、目を逸らせない。

梓「ん……」

 私は観念して、目蓋を閉じた。
 そして、軽く……唯先輩の顔に、首を上向ける。

唯「キス……するよ、あずにゃん」

梓「…………」

 答えられない。
 言葉を発した瞬間に唇を塞がれたら、折角のファーストキスが間抜けになっちゃいそうから。
 だから、じっと目を閉じたままで待つしかないんですよ、私は。

唯「……ふふ。すっごく緊張してるあずにゃんも可愛いねえ」

梓「…………」

 早く。
 するなら、早くしてください。
 絡めた指をくすぐって遊んでないで、キス、してください。

唯「……あ、初めてなのに、部室だとムードないかな?」

梓「ん……んんっ……」

 だから、早くしてくださいってば。
 ずっと待ってるのに、唯先輩がちゅってしてくれるの待ってるのに、何のお預けプレイですか。

唯「……そんな難しい顔のあずにゃんにはキス出来ないかなぁ」

梓「……え?」

 目を開けると、唯先輩は何だか困ったような表情を浮かべていた。

唯「ううん、キスしたくないわけじゃないんだよ? でも、緊張して、唇をへの字にして、かちこちになってるんだもん」

梓「わっ、たし、そんな顔してました?」

唯「多分、あずにゃんが私にキスする側でも、同じ風に思ったんじゃないかな?」

 うわー、うわーうわー。
 偉そうなこと言っておいて、これ以上ないくらいの『キスしていいですよ』サインを送っておいて、唯先輩を覚めさせちゃうだなんて。
 最初からこんなに唯先輩に気を遣わせてたら、すぐに、嫌われちゃうよ……。

唯「ねえ、あずにゃん?」

梓「はい……?」

唯「私とキスするの、怖い?」

梓「そっ、そんなことないですっ! 目をつむってる間、まだかなまだかなって、ずっと待ってて……」

唯「あ、うん、今の顔がいい。恥ずかしそうだけど、キスして欲しいっていう気持ちが伝わってきたよ!」

梓「うぅ……」

 あんまり恥ずかしすぎて、目を逸らす。
 逸らした目を、そのまま閉じる。
 唯先輩にキスして欲しい。けど、難しい顔でなんかしたくない。
 どうすればいいのか、わかんない。
 そんな混乱の中、あったかくて柔らかな感触が、私の唇に触れた。

唯「……ちゅ」

梓「ん……んんっ!?」

 驚いて目を開けると……眼前に、恥ずかしそうに目を閉じた唯先輩の顔。
 ただ、唇を触れさせるだけの口付け。
 なのに、唯先輩は緊張で小さく震えていて、ううん、私も同じなんだと思う。

梓「んっ……ちゅ、ちゅっ」

 触れている部分はほんの少し、唇だけなのに、とっても気持ちいい。
 そして、嬉しい。
 ……幸せ。


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