おふろ!

 洗い物も終わって、もうお風呂にお湯が貯まるのを待つだけ。
 部屋の隅で膝を抱えて座りながら、隣の唯先輩の様子を窺ってみる。

梓「…………」
唯「なぁに、あずにゃん?」
梓「いえ……ちょっと、唯先輩の顔を見たくなっただけです」

 偶然なのかどうか。
 唯先輩と目が合ってしまって、思わず逸らしてしまう。

唯「……嫌なら嫌って言ってくれれば、私、すぐおいとまするよ?」
梓「そんな、絶対に嫌じゃない、です……」
唯「そっか」

 やっぱり、私に考える時間をくれてるんだ、唯先輩。
 急かすような口調でもなく、煽るように腰を浮かせるでもなく、にっこり柔らかく微笑んで私を見つめるだけ。
 ……もし唯先輩が今帰っちゃったら、私、どうするんだろう?

梓「…………」

 多分、唯先輩は明日からも変わらない態度で接してくれる。
 今より冷たくない、けれどあったかくもない、そんな態度。
 変わるのは、お互いの内心だけ。

梓「ふ……ぅく……ぐす……ん」
唯「……あずにゃん?」

 ちょっと変わった人だけど、私は唯先輩が好き。
 なのに、部室では上っ面だけ同じように、ぎゅっと抱っこされても悲しくなる。
 唯先輩は私のことが好き、っていう漠然とした想いがあったから、抱き着かれても嫌いにならなかったし、なれなかった。

梓「唯せんぱぁい……わ、私……唯先輩が、大好きです……」
唯「う、うんっ……嬉しいけど、どうして泣きそうな顔してるの?」
梓「うっ、えぐ……唯先輩が帰っちゃったら、私、ここでひとりっ……さび、しいですっ……んっ、く、えぐっ」
唯「あずにゃん、泣いちゃやだよ。私、あずにゃんを泣かせる為にお泊まりしたんじゃないよ?」
梓「だ、だってぇ、唯せんぱっ……明日、帰っちゃぅ、からっ……」

 唯先輩を困らせるだけだってわかってるのに、涙が止まらない。
 好きな人と一緒に夜を過ごす幸せ。
 それを覚えちゃったから、今までひとりで平気だったハズなのに、とても、とてもとても寂しい。

唯「……じゃあ、一緒にいるよ」
梓「……ふぇ?」
唯「あずにゃんを泣かせたくないんだもん。だから、授業中は無理だけど、それ以外はずっと一緒にいる」

 ふんす、って。
 嘘や冗談を言っている様子じゃないし、むしろ本気だとしか思えない。

梓「でも、それだと……」

 家とか、学校とか。
 普段のくつろぎまで私に文句を言われて、窮屈じゃないんですか。
 そもそも私という存在に束縛されて、唯先輩の自由になる時間がなくなっちゃうじゃないですか。

唯「……私がいると、鬱陶しい?」
梓「いえ……そんなことは……」
唯「でも、泣いちゃうよね?」
梓「ちょっとだけ、泣くと思います……けど」

 唯先輩の自由を奪いたくない。
 今まで通りに生活して、その時間を少しだけ私にくれたら、それで満足なんです。
 だから、泣いちゃ駄目。

梓「……お風呂入っちゃいましょう、唯先輩!」
唯「う、うん」
梓「明日は学校です。遅刻したら大変ですから、早寝早起きですよ!」
唯「そっか……うん、そうだね」

 私は精一杯の作り笑いを浮かべながら、唯先輩の手を引いてお風呂場へ向かう。
 気持ち、切り替えなきゃ。



ゆあがり!

唯「カルピスもらうよ、あずにゃん」
梓「はい」
唯「あずにゃんも飲む?」
梓「はい」
唯「エッチする?」
梓「は……いいえ」
唯「ちゃんと聞こえてるんじゃん、もー」

 ことん、と私の前にカップが置かれる。
 カルピスの色、ちょっと贅沢な濃いめですね。

唯「んっ、んく……ぷはぁ!」

 私も、軽くカップを傾ける。

梓「……んく」

 ……何も、言えなかった。
 唯先輩も、何も言わなかった。
 順番に身体を洗って、湯船に浸かって、ごく普通にタオルで拭いて。
 エッチする? って誘ってくれたけど、私が乗り気じゃないのに気付いた後は、控えてくれたみたい。

唯「はー。すっきりさっぱりだね、あずにゃん」
梓「はい」

 お風呂で誘われるがままにエッチしてたら、すっきりした気分になれたんだろうか。
 この後……ベッドでエッチしたら、気が晴れるんだろうか。

唯「あずにゃん」
梓「はい?」
唯「さっきから、ずっと泣きそうな顔してるよね」
梓「な、何を……そんな、どうして私が泣かないといけないんですか」
唯「泣きたい時は、我慢しなくていいんだよ。笑ったふりしてると、余計につらくなるよ?」

 貴女の優しい声が、今は逆につらいです。
 ずっと唯先輩と一緒にいたい、けれど、それは叶わない願い。
 私ってば意外と独占欲が強かったんだなぁ、と思いつつ、そんな自分に自己嫌悪。

梓「……私、もう泣きませんよ。子供じゃないんですから」
唯「じゃあ、鳴かせてあげようか? 大人っぽく、あんあんってエロっちく」
梓「お断りしますっ」

 ぶん、と頭を振って拒む。
 けど、振った髪の先が、思いがけず唯先輩の顔に当たってしまった。
 ぺし、と。

梓「あ……」

 今のは狙ったわけじゃないのに、まさかそこにいるとは思ってなかったのに。

唯「ぷぁ!? い、痛いよあずにゃん!? けっこお痛かったよ、髪!?」
梓「あ、その……」
唯「もお! 今日は何だかずーっと冷たいんじゃないかな、あずにゃん!?」
梓「い、今のは、唯先輩が変なこと言ったから……」
唯「髪でビンタとか、酷いんじゃないかな!」
梓「いえ、だから、今のは……ビンタなんて、唯先輩にビンタなんて、するつもりじゃ……」
唯「あずにゃんの気持ちはよーくわかったよ!」
梓「あの……唯先輩?」
唯「ぷーん!」

 足早に離れてく唯先輩、怒ってたけど涙目にもなってた。
 そりゃ、さっきのことで少し苛々してはいましたけど、ビンタするつもりなんか……本当に、これっぽっちもなかったんですよ?
 なのに。
 なのに、『私の気持ち』だなんて、誤解されて。
 あんな悲しそうな目をした唯先輩、見たことないですよ。

梓「うっ……ぐす……」

 ……嫌われた。
 唯先輩に、嫌われちゃった。
 髪、上げておけばよかったのかな。
 そしたら、唯先輩の顔を叩くような真似をしなくてよかったのかな。

梓「ふ……ふぇぇぇ……」

 唯先輩。
 唯先輩、唯先輩。
 私、貴女だけには嫌われたくないんです、唯先輩。

梓「唯先輩っ……待ってください! お願い、唯せんぱぁい!」

 涙でよく見えない。
 けど、走る。
 テーブルやあちこちの壁にぶつかりながら、ベッドの傍にうずくまってる人影にすがりつく。

唯「あず……にゃん?」
梓「ごっ、ごめんなざい、唯せんぱ、いっ……私、ひっく……ぐす、髪、当てるつもりなんか、なかったのにっ」
梓「こんな髪、切りますっ……今すぐ、間違って唯先輩に痛い思いをさせるような髪なんか、今すぐ切ってきますっ」
唯「あずにゃん……?」
梓「だからやだぁ、私のこと、嫌いになっちゃ、やですっ……うぅ、んく……ゆぃ、せんぱぃ……」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を、見られないように唯先輩のシャツに押し付ける。
 その頭の後ろを、そっとなでてくれる唯先輩。

唯「……そっか。私、あずにゃんに酷いこと言っちゃったね、ごめんね」
梓「違っ……わ、私っ、こんな、髪長くしてるからっ……だから、唯先輩は悪くなくて……私がいけないんですっ」
唯「ううん。折角ここまで伸ばした綺麗な髪なのに、『切る』だなんて……私、そんなにあずにゃんを追い詰めちゃってたんだね……」
唯「……本当にごめんね、あずにゃん。謝るから、お願い……髪、切らないで」
梓「ん……ぐすっ……」
唯「今日は思ってたより、あずにゃんとイチャイチャ出来なくて、気が立ってたみたい」
梓「イチャイチャ……し足りませんでしたか」
唯「うん。でも、あずにゃんを泣かせちゃって、この……長くて綺麗な髪、切るなんて言わせちゃって……わ、私、おねぇさま、失格だよぉ~」

 鼻声が涙混じりの声に変わる。
 私の肩口に顔を埋めて、唯先輩が小さくすすり上げ続ける。

唯「っく、うっ、ぅぅ……ごべん、あずにゃん……私っ、私ぃ……あずにゃんの髪も好きだから、切って欲しくないよぉっ!」
梓「だ、だって、また今みたいに当たっちゃったら……」
唯「少しくらい痛くても我慢するよ、わざとじゃなかったんだから。私だって、わざとじゃないのに、あずにゃんを泣かせちゃったもん」

 髪とはいえ、いきなり顔を叩かれたら、誤解でも怒って当たり前だと思うんですが。

 なのに、私が泣いたからって自分が悪いと責めるとか、唯先輩……貴女っていう人は、どんなに……その、私を好き、なんですか。

梓「うく……ゆ、唯先輩っ」
唯「んぅ、ぐす……なぁに、あずにゃん?」
梓「好き、です。大好きです。わかってるとは思いますけど、もし……もし、嫌いになったら、言いますから……そうでない限り、私は唯先輩が大好きです」
唯「ん……嬉しい。ありがと、あずにゃん」

 強く、だけど苦しくない程度に抱き締められる。
 お互いの涙で濡れた肩口に頬を寄せながら、私もそっと抱き締め返す。

唯「私も大好き。あずにゃんのこと、世界で一番好きだよ」
梓「う、嬉しい、です」

 さっき、『学校があるから早寝早起き』なんて言っちゃったけど。
 その、ちょっと、ムズムズしてきちゃったかも。

唯「ねぇ、あずにゃん」
梓「はっ……はい?」
唯「私のお嫁さんにならない?」
梓「……脈絡ないですし、意味不明なんですけど……」

 何だか、とっても嬉しくって、言葉が出ない。
 理不尽なことを言われているのはわかるけど、肯定も否定も出来ない。
 ……ううん。否定する気は、全然ないけど。

唯「私のお嫁さんになってくれない?」

 代わりに何度も頷いたんだけど、唯先輩はそれを知っているくせに、曖昧な答えを許してくれない。
 本当に、ズルい。

梓「……ど、どちらかというと、唯先輩はお婿さんっぽいと思いますけど……」
唯「やだなぁ、あずにゃん。お婿さんになれるのは男の人だけだよぉ」

 わかってます。
 女の子同士で結婚出来ないことくらい、充分すぎるくらいにわかってます。
 でも、唯先輩のことが好きで好きで堪らないんです、わかってください。
 私の気持ちは、唯先輩のお嫁さんになりたいくらいの勢いなんです。

唯「……じゃあ、私をお嫁さんにもらってくれる?」
梓「なっ……!?」
唯「結婚式はふたりでウェディングドレス!」

 お嫁さんがふたりだなんて。
 私達が生きてるこの世界は、私達にとって、そんなに優しくないんですよ。
 まだ学生だし、周囲の人達だって、全力で反対するに決まってます。

梓「無理……ですよ……」
唯「無理じゃない!」
梓「え……?」
唯「あずにゃんが私をお嫁さんにしてくれるんなら、びっくりするくらいすぐに引っ越してくるよ!」
梓「……私が、唯先輩のお嫁さんになるなら?」
唯「私の家に引っ越してくればいいよ!」

 そんな自信たっぷりに言われても、嬉しいですけど叶いっこありません。
 だって、最低でもお互いの親に話さなきゃいけないし、周囲の人の理解も得なきゃいけないし。
 ……なんて、私が『駄目な理由』を考えていると、唯先輩は問答無用で私を持ち上げ、ベッドに横たえる。

梓「ふあ……?」
唯「こんぜんこーしょー、だね」
梓「……散々したじゃないですか」
唯「気持ちの問題だよ。私はあずにゃんと結婚したい、出来なくてもずっと一緒に暮らしたいよ」
梓「……わ、私も、です……」

 この人には、世間体なんて関係ないんだ。
 常識があるようでなくて、よくも悪くも自分の気持ちに真っ直ぐで、優しくて、エッチぃ。

梓「んぅ……」
唯「シルクの下着の手触り、堪能したかったなあ……」
梓「だからアレは、買ったはいいけど失敗だったんですってば」
唯「そんなことないよ~? すべすべさらさらで、あずにゃんもきっと気持ちよくなってくれたのになあ」

 似合わないから見せたくなかったし、だから引き出しの一番奥に隠しておいたのに。
 ……まあ、感触は、悪くなかったですけど。

唯「今夜は……水色と白の縞々模様かぁ」
梓「子供っぽいですか?」
唯「ううん。可愛くって、どきどきするよ?」

 きゅ、と内ももが緊張するのがわかる。
 おねまを半分脱がせて、股間に顔を近付ける唯先輩の吐息が当たってるから。

梓「……今日、私がエッチなことを避けてたのは……唯先輩のせいかもしれないです」
唯「えっ?」
梓「唯先輩の顔を見ただけで、怖がって逃げちゃうくらい気持ちよくしてくれる……って。昨夜、確かそう言ってましたよね?」
唯「あ……あー、うん」
梓「……無意識に逃げてたのかもしれないですけど、でも、こうやって抱き締められてたら……逃げられませんよね?」
唯「だねっ♪」

 ぎゅう、と改めて抱き締められた。
 やぁらかくて、あったかくて、お互いにどきどきしてるのが伝わる。

唯「あ……バスタオル、持ってこよっか?」
梓「や、やだ、そんな……もうっ」
唯「ご、ごめん」
梓「唯先輩の分もですから、ありったけ用意しないと足らないですよっ」
唯「あ、あはー……そ、そっか、うん、そぉだね、うんっ♪」

 私、頑張る。
 してもらうだけじゃなくって、今夜は、唯先輩にもたっぷり悦んでもらうんだ。
 だから、エッチぃ気分が薄れないよう、キスをしながらタオルの引き出しを開ける。

唯「んむ、ちゅぷぷ、くぷ……んるっ、れりゅ……♪」
梓「ちゅっ、ちゅく、はむ、ん……くむ、あむはむ」

 バスタオルを掴んで、ベッドに放り投げる。
 唯先輩が潮吹きしてくれるかはわからないし、私もそうなるかはわからない。
 けど、そうなった後、湿ったベッドで寝ないで済むように。
 ほこほこのベッドで、とっても気持ちよくなったまま、不快感なく心地よく眠れるように。

唯「これで、たっぷり潮吹きしても大丈夫、だねぇ?」
梓「……ちょっと、興奮気味ですから、私っ……ま、まず、先に、唯先輩に潮吹きしてもらいますね?」
唯「うっ、うんっ♪」

 嬉しそうに返事をした唯先輩を、私はちょっとだけ乱暴にベッドに押し倒した。


~おしまい!~