あさね!

唯「…………」
梓「唯先輩? 少し休んだ方が……」
唯「もうちょっとだから、宿題終わらせたら寝るから!」
梓「いえ、その……能率とか考えると、一旦眠った方がいいのではないかと」
唯「ううん! 今なら出来る! 気がする!」

 そろ~っと、肩越しにノートを覗いてみる。
 ……文字が、既に字と呼べる代物ですらなくなってた。
 釣り竿の先から長い糸が切れて落ちたような、欠片も意味を見出せない無秩序な曲線の連なり。

梓「……やっぱり寝ましょうよ、先輩」
唯「やだ。今日もあずにゃんとエッチしたいんだもん」
梓「…………」

 そのお気持ちは嬉しいんですけど、貴重な時間を無駄に削っているとしか思えません。
 こうなったら、無理にでも眠ってもらうしか。

唯「うう……これがどうしてそうなって」

 数学の問題を解くのに音譜が必要あるんですか。

梓「はあ……」

 いいよね、着替えを探す為とはいえ、唯先輩だって私の部屋を探索したんだし。
 カバンの中を少し漁るくらい……えい。

梓「…………」

 何でこんな馬鹿馬鹿しいことを考えついちゃったんだろ。
 見た目からして大きさの違うブラを自分の胸に当ててみて、絶望して、でも頭に載せたら丁度いいなんて。
 ……まぁ、それはともかく。

梓「唯先輩、ちょっとこっち見てください」
唯「ごめん、あずにゃん……私はどうしてもこの宿題をやっつけなきゃいけないんだよ」
梓「……にゃ、にゃーん♪」
唯「……ふおう!?」

 ベッドの上にぺたりと座って、猫の鳴き声を真似てみる。
 その途端、唯先輩がものすごい勢いで振り向く。
 唯先輩のブラを頭に載せたのは、その……私の意向に反して、大好評だった猫耳カチューシャに見立てて、なんだけども。

唯「おおう……ふおおおおう……!」
梓「なっ、どうしたんですか、唯先輩!?」
唯「あっずにゃーん!」

 ……跳んだ!?

唯「もお、あずにゃんってばぁ~♪ お、おねいさまは、がくぎょおに励んでる最中だから、困るのにぃ~♪」
梓「にゃぁ、にゃあん」

 唯先輩は、言葉とは裏腹に、私を抱きすくめてもふもふしてくる。
 ベッドに誘い込んで、ここまでは予定通りだったんだけど……ちょっと、予定外の心地よさですよ。

唯「かぁわいー♪ ね、ねっ、今度おねいさまが猫耳買ってあげる! ねっ!?」
梓「……まぁまぁ、唯お姉様。少し横になってみませんか」

 ここはあえて、『唯お姉様』と呼んでみる。

唯「あずにゃんがゴロゴロしてくれるならいいよ」
梓「……ごっ、ごろごろ……にゃあ♪」
唯「……何この可愛い生き物!?」

 不意に押し倒されて、何をされるかと期待……じゃなくて、警戒していたのに、唯先輩はひたすら私を抱き締めて、もふもふし続ける。
 布団をかけても、私が抱き返しても、優しくて気持ちいい頬ずりは止まらない。

梓「んっ、んぅ……にゃ、にゃう……にゃあ……」
唯「あーずにゃん♪ ごろごろにゃー♪」
梓「ご、ごろごろ……にゃぁ、にゃーん♪」
唯「んふー……」

 こ、このまま布団の中にいれば、例え唯先輩でも眠気に勝てなくなるハズ。
 だから、これは、別に私がごろごろにゃーなんじゃなくって、唯先輩の為なんです。

唯「にゃーん、あずにゃん……にゃあって……ゆってぇ……」
梓「にゃあ♪」
唯「んふ……ふ……ふぅ……すぴゅ……」

 腕の力が緩んで、頬ずりが止んで……唯先輩の意識が、やっと落ちたみたい。
 起こさないように、ゆっくり顔を見上げてみると、だらしなく緩んでる。
 ……どうしてこの人は、こんなに幸せそうな表情を、無防備に晒してくれるんだろう。

梓「……にゃあ」

 私はもう一回だけそう呟いて、愛しい胸元に顔を埋めて目を閉じた。
 ……とってもあったかくて、やぁらかいです。唯先輩。



うたたね!

梓「…………」

 ちょっと息苦しいです。
 何なんですか、この大きさ。
 私への嫌がらせですか。見せ付けてるんですか。

梓「……んにゅむにゅむ……」

 まあ、やぁらかあったかで気持ちいいですから、別に、構いませんけど。

唯「んっ……やぁん、ん……」

 嘘です。
 単に羨ましくてケチ付けてただけですから、悲しそうな寝息立てないでください。

梓「にゃぁん」
唯「えへ、えへへへへへ……あずにゃん……♪」
梓「……にゃぅ」

 顔の向きを変えて、息をしやすいように。
 眠気は消えてない。
 だからもう少し、このまま眠らせてください。



おひるのめざめ!

唯「……私は一体どうすればいいの……」
梓「にゅむ……くぴー……」
唯「こんな、私の胸にすがってすやすや寝てるあずにゃんを起こすなんて、私には出来ない……でも、お腹も空いたし……」
梓「ん……」
唯「うう、携帯が遠い……写真、せめて写真を撮らせてぇ」

 ぐきゅるるる~、とお腹の音が妙に大きく聞こえる。
 というか、唯先輩、起きたのかな。
 何だか変な風に盛り上がってるみたいですが。

梓「……もふぅ……」
唯「んっ……だ、駄目だよう、あずにゃん♪ お顔でおっぱいふにふにしたら、ちょっと気持ちいい……よ?」
梓「こんな恥ずかしい寝起きの写真なんて撮らせてあげません」
唯「おおっ!? お、おそようブラにゃん!」
梓「ブラっ!?」

 そういえば、頭に唯先輩のブラを装着したままだったのを思い出して、慌てて外そうとしたんだけれど。
 腕の上から抱きかかえられて、身動きが取れなくなってしまう。

唯「取っちゃ駄目だよ、ブラにゃん! そんなに可愛いのに、ううんいつも可愛いけど!」
梓「はあ……一体何をしたいんですか。お腹空いたんじゃないんですか」
唯「ふたり一緒の写真撮ろうよ! 何ていうかこう、メモリアル的な!」
梓「……プリクラの方がいい、って昨日言ってましたよね?」
唯「いや、それはそれでまた別に欲しいかな」

 唯先輩を片手でも自由にさせたら危険な気がする。
 こんな頭にブラを載っけた恥ずかしい写真を撮られて、しかも待ち受けなんかにされて、誰かに偶然見られちゃったらどうするんですか。
 ううん、唯先輩なら自慢げに見せびらかすかもしれない……絶対そうするに決まってるんです。

梓「電池の蓋の裏ならまだしも、待ち受け用の写真なんてすぐバレそうで恥ずかしすぎますよっ!」
唯「……待ち受け?」
梓「……え? ち、違うんですか……?」
唯「……おお、その手があったね!」

 あれ、何かものすごく余計なこと言っちゃったような……。

唯「これは何としてでも撮らねば! 携帯使う度に愛を確かめ合えるね、あずにゃん!」
梓「何としてでも阻止しますっ!」

 唯先輩は、私を自由にさせまいとして抱き締めてるけど、携帯を手に取りたい。
 私は、唯先輩から一秒でも逃れてしまえば、頭の破廉恥パーツを外すことが出来る。
 さてここで問題です。唯先輩の気を逸らすにはどうすればいいでしょうか?

梓「……ゆ、唯お姉様ぁ……♪」
唯「ほわぁ!?」
梓「にゃうぅん♪ ごろごろにゃーん♪」
唯「ぶ……ブラにゃーん!」

 唯先輩は一旦腕をほどいて、ぎゅうっと改めて私の頭を胸に押し付けるように抱いた。
 代わりに、私の腕が自由になる。

唯「はうぅ……しやわせ……♪ あずにゃんがブラにゃんで、にゃーんって甘えてきてくれる日が来ようとは……」
梓「そんなにご自分のブラが好きなら、じっくりたっぷり思う様もふもふしていてください」

 ここまでの一連の行動が、ほとんど無意識下の反応だったに違いない。
 だから、私が頭からブラを外す隙が出来たし、ギリギリでスイッチが入ることもなかった。

唯「はわーっ!?」
梓「ふぅ……放してもらえますか、唯先輩」
唯「ブラにゃんが……ブラにゃんが、普通のあずにゃんに戻っちゃったよぉ……!」
梓「どういう変身解除ですかそれ」
唯「い、いいや! まだだよ! もっぺん変身してもらうよ!」

 私の伸ばした腕の先から、自分のブラをもぎ取る唯先輩。
 これでもう、私はフリー。ちょっと転がって逃げればいいだけ。

唯「さぁ、あずにゃん! もっぺんこの……ブラ……ををう!?」

 うん、まぁ、唯先輩のそういう欲望に忠実なところも好きなんですけどね。

梓「お昼ご飯は炒飯でいいですか?」
唯「うっ……」
梓「無理矢理着けたら、炒飯も、一緒に写真撮るのも、金輪際なしです」
唯「……うん」
梓「わかりました。カニ缶がありますから、カニチャーにしますね」
唯「カニ!?」
梓「……ええ、缶詰ですけど」

 しかも勿体ないから取っておこう、と思ってたらもうすぐ消費期限を迎えそうなやつですけど。

唯「えへへー……そっか、カニチャーかぁ……♪」
梓「…………」

 もしかしたら、最初から食べ物で釣った方が早くて楽だったかも。



しょくご!

唯「美味しかった! ご馳走様、あずにゃん!」
梓「はい、お粗末様です」
唯「はあ……満腹だよー」

 よかった、気に入ってくれて。
 さ、早く洗い物済ませて、何しようかな……洗ってる間に考えようっと。

唯「あずにゃん、あずにゃん」
梓「はい?」
唯「むふー」

 何なんですか、その満面の笑み。
 両手を広げて、さあ飛び込んでこい、って感じの。

梓「私、お皿とか洗ってきますね」
唯「え~? 美味しいカニチャーを食べさせてくれた、感謝の気持ちを伝えさせてよ」
梓「ポケットから携帯とブラがはみ出てますよ」
唯「嘘っ!?」

 ええ、嘘です。
 でも狙っていることがバレバレなお間抜けさんは見付かりました。

梓「……ブラはかぶりませんからね」
唯「うぅ……わ、わかった! こんなのポイ! ほら、もう何も持ってないから、おねいさんの胸に飛び込んでおいで!」
梓「……エッチな気分にさせられそうだからお断りします」
唯「違うよ!? 私、あずにゃんと純粋にイチャイチャしたいだけだよ!?」

 うん、まぁ、イチャイチャっていうのも悪くないと思いますけど、きっと途中で変な気分になっちゃうのは火を見るより明らか。

梓「そうだ、宿題しましょう。宿題を終わらせてからなら、気を揉むことなくイチャイチャ出来ますし」
唯「ぷー。あずにゃんはお堅いなあ、もう」
梓「唯先輩が緩すぎるんです」

 可愛らしく頬を膨らませ、仕方なさそうに勉強道具を揃える唯先輩。
 食器を重ねてキッチンに着いた頃、落書きだらけのノートを開いたんだろう、変な悲鳴が聞こえてきた。



しゅくだい!

梓「ふぅ……唯先輩、そっちの調子はどうですか?」
唯「全然駄目。さっぱり駄目だよ。明日、学校で写させてもらうよ」
梓「早々に諦めてどうするんですっ」
唯「だってぇ、わからないんだもん。これ以上は無駄な足掻きだよぉ」
梓「うう……」

 私の方は終わったから、もう唯先輩待ちなんだけど。
 この分じゃ、終わるまでお預けのエッチどころか、イチャイチャさえも無理っぽい。
 自分で言い出した条件なのに、それはそれで何か寂しくなってきた。
 ……ここはアレかな、またご褒美で釣る作戦が使えるかな?

梓「唯先輩。気分転換に写真撮りましょうか、待ち受け用の」
唯「え?」
梓「え、って……あんなに撮りたがってたじゃないですか」

 私としましてはですね、普通に並んでポーズ決めて撮影して、ふたりお揃いの待ち受けとか結構いいなあと思うんですよ。
 でも、ブラを頭に載っけた恥ずかしい格好をデジタルデータで保存されちゃったら、インターネットという怖いところへ流出して、社会的に生きていけなくなるらしいんですよ。
 ただ……その、もし昨夜みたく抵抗出来ないっていうかしたいと思わない状況にされたなら、撮られても仕方ないというか何というか。

唯「いけないよあずにゃん! 今の私に、そのゆーわくは非常に危険だよ!」
梓「はい?」
唯「具体的に言うと、実は勉強するふりして、ブラにゃんの写真を撮る方法を考えていたのです!」
梓「……はあ」

 お願いですから真面目にやってください、宿題くらい。
 あと、ブラはかぶりませんってば。

唯「とりあえずあずにゃんを抱き締めるでしょ? そうすると、あずにゃんが私のおっぱいに夢中になるわけで」
梓「その時点で破綻していると思いますが、続きをどうぞ」
唯「そこで、さっとブラをかぶせてブラにゃんに変身!」
梓「はあ」
唯「んでもって、私はこうささやく。『あずにゃんひとりだけに恥ずかしい思いはさせないよ……』と」
梓「唯先輩も、恥ずかしい格好をするんですか?」
唯「うん。あずにゃんのブラかパンツ。両方かぶっちゃうと、ただの変態だし……どっちがいいと思う、あずにゃん?」
梓「どっちでも変態ですよ!?」
唯「ほあっ!?」

 勢いよく頭を振る。
 髪の先が唯先輩の顔に届いて、ぺちっと小さな音を立てた。

唯「い、今のは、ちょっと本気で痛かったかも」
梓「目は覚めましたか?」
唯「うん……」
梓「では、まず宿題を。そしたらブラは別として、イチャイチャするのは好き放題ですから」
唯「うぅぅ……結局ブラは駄目なんだね」
梓「早く終わらせてください。そうでないと、私だって甘えられなくて寂しいんですよっ」
唯「……おお」

 思わず出てしまった私の本音に、唯先輩が納得の表情を浮かべる。
 やっと問題を解き始めてくれて、私もほっとひと安心。
 ……何だ、まともに集中したらしっかり出来るんじゃないですか。

唯「…………」

 黙々と頑張る唯先輩の顔も、格好よくていいなあ。

唯「これは私には解けない、次……うん、大丈夫そう……」
梓「問題を選り好みしてどうするんですかっ」
唯「ほえっ!? や、いやー……この問題、すっごく強そうだよ? あずにゃんは勝てると思う?」
梓「まだ習ってない数式に敵うわけありませんよ!」
唯「でしょー? だから、勝てそうな問題だけ解いて、他は明日の朝! じゃないと、いつまでもあずにゃんとイチャイチャ出来ないもん!」
梓「っく……」

 甘えたり可愛がられたりされるのを選ぶか。
 あくまでも宿題を頑張ってもらうか。
 時間の無駄になるかもしれないけど、教科書もあるんだし、絶対に解けないというわけでは……ない、ハズ。
 でも、どれだけ時間がかかるかといえば、もしかしたら朝までかかっても駄目な可能性も……ある。
 唯先輩にはしっかり勉強もしてもらいたいけど。
 今日に限っては、私の望むところではないのです。

梓「……む、無理に勉強したって、身に付きませんし……もお、解けるとこだけでいいですから、早くやっつけちゃってください!」
唯「ほいきた! ぱっと見てわかんないのは、がんがん飛ばしてくよぉ~!」

 いえ、あの、それはそれでよろしくないんですが。
 でも……私もそろそろ、唯先輩の温もりが恋しくてしょうがない……です。


19
最終更新:2010年12月30日 23:17