しょくじ!

唯「ここはどこ……」
梓「とりあえず私も知らない初めての駅で降りてみました」
唯「迷子になったらどうするの!? あずにゃん可愛いから、怖い人に連れていかれちゃうよっ!?」
梓「……はぷ」

 鼻の辺りが熱い、気がする。
 慌てて鼻の下を指で押さえる。

唯「……あずにゃん?」
梓「ちょ、ちょっと……いえ、かなり唯先輩が可愛くて……私はともかく、唯先輩は自分自身を心配しないといけないと思うです」
唯「え~? 私はあずにゃんの方が心配だよっ」

 ……よかった、ハナチは出てないみたい。
 唯先輩のことだ、新しい洋服を買ったばかりなのに、ハナチなんて構わず私を抱き締めちゃうに違いない。
 そんな事態だけは絶対に避けたいです。

梓「お、お昼……そろそろお腹空きませんか?」
唯「うん? そうだね、お昼食べよっか」
梓「知らない街なので知らないお店しかありませんが!」
唯「え? ヤックドでよくない?」
梓「少しは冒険してみましょうよ! フランチャイズのチェーン店なんてがっかりですよ!」
唯「うーん、じゃあ……あのお店。オムライスやってます、って書いてあるよ」

 ……『元祖』とか自分でノボリに肩書き作っちゃって、怪しいったらありゃしない。
 なのに、唯先輩は常連みたいに、あっさりとのれんをくぐる。

梓「そんなにオム好きなんですか」
唯「うん」
梓「知ってるお店なんですか?」
唯「ううん、初めて」

 え……。



しょくご!

梓「存外に美味しかったですね、オムライス。さすがはプロです」
唯「うん! まんぷくまんぷく♪」
梓「昨日の夕食とオム繋がりでしたね」
唯「あずにゃんの愛のこもった、ハートマーク付きオムの方が私は美味しいと思ったけどね」
梓「……あ、あれは、手が狂っただけなんですってば」

 思い出すと、かあっと顔が赤く熱くなる。
 そんな私を、唯先輩は楽しそうに見つめてる。
 意地悪。唯先輩、本当に意地悪です。

唯「あずにゃん! ゲーセンいこ、ゲーセン!」
梓「はい? 藪から棒に何を?」
唯「プリクラだよ! お付き合い記念のプリクラ!」
梓「携帯のカメラでいいじゃないですか」
唯「……プリクラ……可愛くデコるの……」
梓「携帯で写した方が……」
唯「プリクラがいい……お揃いでバッテリーの蓋の裏に貼るの……」

 あ、う。
 そんな、泣きそうな目で見上げないでください。
 わかっててやってるんじゃないですか、それ。

唯「プリクラ……」
梓「わっ、わかりました! だから、そんなキスして慰めたくなるような可愛らしい顔で涙ぐまないでください!」
唯「でもキスはしてくれるよね?」
梓「えっ、あ、その、えと……」
唯「人目が気になるなら、プリクラのとこまで我慢するけど」
梓「じゃ、じゃあ、我慢してください。唯先輩には悪いんですけど、まだ私、女の子同士で往来でキス出来るまで吹っ切れてませんからっ」

 ああ。
 唯先輩が好きって告白してくれたのに、人目を気にするなんてまだまだだなぁ、私。

唯「……ゲーセン、ないね」
梓「ないですね」
唯「仕方ないね、プリクラは諦めるよ。他のとこ行こ、あずにゃん」
梓「え?」

 キスは?
 しないんですか?
 してくれないんですか?

唯「残念だけど、キスはあずにゃんのおうちにかえってから一杯しようね!」
梓「は……い……」

 嬉しい、忘れてなくて嬉しいですけど、往来で大声で宣言しないでください、唯先輩……。

唯「あずにゃん、手」
梓「はい?」
唯「手、出してよ」
梓「はい……」

 ぎゅ、って。握られた。私の手を、唯先輩が握ってくれた。

唯「えへへ~」
梓「あの……」
唯「私達、もう恋人同士なんだから、手を握って歩きたいなぁって」
梓「……は、恥ずかしいですけど、嬉しい……です」
唯「うん♪」

 私も、そっと握り返す。
 無邪気に笑う唯先輩は、私と違って顔を赤くするわけでもなかったけど。
 本当に。心の底から、嬉しそうに微笑んでいた。

唯「あずにゃん。DVD借りてみよっか?」
梓「あ……それなら、うちの近くにレンタル店がありますから」
唯「そっ、そっか。こんな遠くまで返しにくるの面倒だしね」

 見たいタイトルでもあったのか、唯先輩がしゅんとわかりやすくうなだれる。
 私の胸の奥も、きゅうんと締め付けられて痛くなる。

梓「と、とりあえず入ってみましょう? うちの近くの店で、同じの借りればいいだけですし」
唯「うわ、あずにゃんが妙に優しい」
梓「何なんですかその言い草」

 繋いでいた手を、ぺいっと振って引き離す。

唯「ああん、冗談だよ、言ってみただけだよぉ~」

 すがってくるけど、何かもうやだ。
 今の瞬間、私が感じた悲しさなんて、唯先輩には想像も出来ないんだ。

唯「うう、あずにゃーん」
梓「今、すごく悲しかったです」
唯「てへっ、ごめんね☆」
梓「可愛く言っても騙されません」
唯「じゃあ、エッチく言ったら許してくれる?」
梓「それは私のうちでお願いします。この場でそんな真似したら置いて帰りますよ」
唯「ううっ……じゃ、じゃあ、どうしたら許してくれるの?」

 ……あれ?
 これってもしかして、ものすごいチャンス?
 それなら……。

梓「私、たった今から『唯先輩』って呼ぶの止めます。帰るまでハナチ出なかったら許してあげるですよ」
唯「……ぷふぅ」
梓「あああぁ!? 買ったばかりの服っ、ああ! まだ大丈夫ですから、ちょ、ちょっとだけ耐えてください!」

 慌ててハンカチで唯先輩の鼻を押さえて、零れそうなハナチをティッシュで吸い取って。
 やっぱり『唯お姉様』って呼ぶのは、お風呂場だけにしといた方がいいみたい。



かえりみち!

唯「ふあ……まさか往来で、あずにゃんの大胆発言でハナチ噴かされるなんてねぇ」
梓「それは私が愚痴りたい話ですよ……」
唯「あずにゃんが変なこと言うからー」
梓「言ってません」
唯「え~? だって、あずにゃん。私を『唯お姉様』って呼ぶって……」
梓「よく思い出してください。『唯先輩』って呼ぶのを止める、って言っただけです」
唯「……あれ? そういえば、確かに」
梓「言ってませんよね?」
唯「……もしかして、『めすぶた唯』とか言うつもりだった?」
梓「んっ……そ、そんなの、考えたこともないですよっ」

 私が。大好きな唯先輩を。
 よりにもよって、そんな家畜みたいに乏しめるなんて。
 …………。

唯「あれ? どうしてがっくり膝ついてるの、あずにゃん?」
梓「いえ……昨夜のお風呂の時の、唯先輩の無駄肉のなさを思い出しちゃって……」

 唯先輩、ズルい。
 贅肉がほとんどないとか、自分の手で確かめたけど、本当にないなんてズルすぎです。
 どうして見た目は超スレンダーな私の方が無力感に打ちひしがれなきゃいけないんですか。

唯「よ、よくわかんないけど、今夜のご飯は何かな?」
梓「あぁ、それはスーパーに行って一緒に決めようかと」
唯「じゃあ、まだ決まってないんだ?」
梓「はい」

 唯先輩、何で嬉しそうに笑ってるんだろう?

唯「あずにゃん、私、おでん食べたいよ」
梓「おでん……ですか? 季節外れですけど」
唯「駄目?」
梓「駄目じゃ、ない、です」

 言われてみると、不思議と無性に食べたくなってくる。
 鍋物だし、私独りだったらコンビニで済ませるだろうし、作ることなんてないし、ね。

梓「店売りのおでんだしを使いますけど、それでもいいです?」
唯「うん、あずにゃんと同じ鍋を突っつきたいからー」
梓「っ……」

 ど、どうして。どうして私、またハナチ出そうになってるんだろ。
 何でもない話なのに、夕食の献立を相談してただけなのに。

唯「あずにゃん?」
梓「は、はー、はあ……そ、その前に、映画でも借りに行きましょうか。怖~いの」
唯「ひっ……わ、私、おまんじゅうと幽霊が怖いよ!?」
梓「はい、今ので大体ジャンルを絞り込みました」
唯「うう……お、お願いだから、幽霊だけは許して? おトイレ行けなくなっちゃうよお」
梓「大丈夫です。私も苦手ですから……アクションものなら平気ですか?」
唯「うんっ! ドンパチやってどかーんどかーんのカーチェイスがいいな、私!」
梓「わかりました」

 以前に見た映画とか、続きを見たいのとか、いくつかタイトルが浮かぶ。
 でも。
 きっと、唯先輩と一緒に選んだ方が楽しいだろうし、見てて面白いんだろうな。
 まあ、映画はともかくとして。
 美味しいおでん鍋を作って、唯先輩がほんわか幸せそうに食べてくれる顔を見たいな、うん。



おゆうはん!

梓「とゆうわけで、おでんが出来ましたです」
唯「わーい、待ってましたー!」
梓「好きなタネを食べてくださいね」
唯「うん! いっただっきまーす!」

 牛すじ、牛すじ、牛すじ。
 卵、ちくわ、牛すじ。

梓「…………」

 やっと、大根。もち巾着、そして大根、大根。
 ものすごく存在感ありありなはんぺんには、さっぱり手を付けようとしない。
 まぁ、いいんですけど。

梓「唯先輩、はんぺんは早いうちが食べ頃……」
唯「んふむふむぐ?」
梓「い、いえ、いいです……」

 私は気にせずはんぺんに箸を伸ばす。
 もくもくもく……うん、やっぱり美味しいです。
 次は大根にしようかな。

梓「…………」

 え? ない? まさかもうなくなった?

梓「唯先輩、大根……多分それが最後……」

 こんなことなら、もっと大きい鍋に作ればよかった。

唯「あ、あずにゃんも食べたかった? ごめん、半分しか残ってないよ!」
梓「そ、そのまま食べていいですよ」
唯「それは出来ないよ。食べかけだけど……はい、あーん」
梓「あ、あーん」

 んぐもぐもぐ。

唯「美味しい?」
梓「はひ。んぐむぐ……やっぱりおでんといえば大根ですから」
唯「ごめんね、美味しいから一杯食べちゃった」
唯「お詫びに、とっておきの餅巾着あげる。はい、あーん」
梓「あー……んむっ」

 むぐむぐもぐ……うん、美味しい。

梓「中のお餅、大好きなんですよ」
唯「美味しいよね~、考えた人は天才だよ」

 ゆ、唯先輩って、結構食べるペース早いなあ。
 作り甲斐があっていいんだけど。

梓「この後、うどんかご飯で〆ますけど、唯先輩はどっちがいいですか?」
唯「う、うどん……ご飯で雑炊……ううーん」

 い、今のうちに私も食べておかないと、お腹が空いて困っちゃうよ。
 って、目ぼしいタネはほとんど食べ尽くされてる……!
 あ、でも、各種一個か二個は残しておいてくれてる。
 そういえば、唯先輩は卵が好物って言ってたっけ……3個あるから、1個は食べてもいいよね。
 後は地味な昆布とか……あ、牛すじ。食べちゃお。

梓「もぐもぐもぐ……唯先輩、早く決めないと、中野家ルールでうどん入れちゃいますよ?」
唯「ま、待って! 雑炊も捨てがたいし、あ、卵がいい色……はむ、むぐんぐんぐ……うどんもいいよねえ」
梓「…………」

 いい感じにだしの染みたはんぺん、食ーべっよっと。
 あむ……ん、美味し……んむはむはむ……。

唯「う、うどん! あずにゃん、うどんを投入してはくれまいか!?」
梓「はい、うどんですね……とお!」



しょくご!

梓「…………」
唯「ごくり……」

 ぎゅう。

唯「ひゃあ! やっぱり出た!」
梓「あの……いちいち驚く度に私をぎゅってするの、止めてください」
唯「えぇ~? だって、あずにゃんの抱き心地がよくて安心するんだもん」
梓「……まあ、別に、いいですけど」

 私は唯先輩に背中からもたれかかって、頭が丁度ふよふよクッションの位置に。
 柔らかさを堪能してると、時々、今みたいに突然強く抱き締められる。
 折角借りてきた映画の内容が、お陰で全然入ってこないですよ。

唯「……ごく」
梓「…………」
唯「ま、また出たよ! こいつさっき列車から落ちて死んだよね!?」
梓「どっかに掴まってたんじゃないですかね」
唯「ううっ……格闘アクションって書いてあるから、怖くないと思って借りたのに……」
梓「唯先輩の怖いレベルって、どんだけなんですか……」

 ぽふぽふ、と頭を左右に揺らしておっぱい枕の柔らかさを楽しんでみる。
 唯先輩は映画に夢中で、割と強めにしても文句とか言わない。

梓「…………」

 私も、唯先輩にしてあげたいなあ、おっぱい枕。
 まだしばらくの間は無理だけど、きっと喜んでくれると思うから。


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