12月25日 PM9時


和『もしもし』

憂『和ちゃん、久しぶり。元気にしてた?』

和『ええ。相変わらずよ、憂』

憂『こっちは雪がすごいよー。そっちはどう?』

和『こっちもよ。おかげで部屋から出られないわ。ホワイトクリスマスも考えものね』

憂『私は勉強がはかどったからよかったかな』

和『立派な受験生ね。憂なら一日二日休んだって合格できそうなのに』

憂『そんなことないよ。それに、みんなががんばってるのに私だけサボるわけにもいかないから』

和『気負い過ぎて身体を壊さないようにね』

憂『うん。ありがとう、和ちゃん』

和『ところで何か用事でもあるのかしら。久々に電話かけてきて』

憂『うん。……和ちゃん。明日なんだけど……』


憂はまぶたを閉じた。

ベッドに寝ていたはずなのにいつの間にか居間のカーペットの上にいた。
そして憂は自分が何かに抱きついていることに気付く。
感触はない。しかし確かに抱きついている。
姉の寝息も聞こえる。けれども姿は見えない。
姉は隣の隣に寝ているんだなと憂は直感した。
――ならば私の隣にいるのは? 私と姉の間にいるのは誰?
確かめたくて、顔を見たくて、手を握るが、感触はない。
――会いたい。夢でもいいから。



12月26日 AM11時 平沢家居間


純「憂ー。ここどうやって解けばいいの?」

憂「ここは微分方程式をひん曲げて吸い取って吐き出してすりつぶしてうっちゃればいいんだよ~」

純「んー、わかった。ありがと」

梓(本当にわかったのかな)

純「……あー、そろそろ休憩しようよ」

梓「早すぎでしょ。まだ始めて一時間だよ」

純「朝は調子出ないの」

梓「本番は朝からなんだからそんなこと言ってられないよ」

純「ねー憂~」

憂「お茶入れるね」

純「よしっ」

梓「もう。純も純だけど憂も憂だよ……」

純「ぷはぁ。生き返るねー」

梓「死ぬほど勉強したわけじゃあるまいし」

純「梓。昨日は何の日?」

梓「クリスマスだけど……」

純「一昨日は?」

梓「クリスマスイヴ」

純「なのに私達は?」

梓「女三人で受験勉強」

純「そ。何が悲しくてクリスマスにシャーペン握らなきゃいけないのよ」

梓「他に握りたいものでもあったの?」

純「……梓も下ネタ言うんだね。意外」

梓「はぁ?」

純「受験戦争は若者の健康な精神をジェノサイドする悪しき風習だね。国に改革を求めるよ」

梓「バカなこと言ってる暇があったら英単語の一つでも覚えたら?」

純「可愛げのない奴」

梓「憂もこいつに言ってやってよ。現実から目を逸らすなって」

純「憂もこいつに言ってやってよ。夢を持てって」

憂「……」

梓「憂?」

純「どうしたの、憂」

憂「ほぇ?」

梓「憂、疲れてるなら横になった方がいいよ」

憂「あ、疲れてるわけじゃないよ。ちょっと考え事」

純「悩みごと? なら相談乗るよ」

憂「悩みってほどじゃないよ。ただね、今日の夜、ちょっと予定があって、そのことについて考えてたの」

純「あ、もしかしてデート?」

梓「唯先輩が帰って来るとか?」

憂「ううん、違うよ。今日私の幼馴染の誕生日で」

梓「幼馴染……もしかして和先輩?」

憂「そうだよ」

純「へ~、それで今日会うんだ」

憂「うん。昨日の夜にね……」


――――――――――――――――――――――――

憂『和ちゃん、明日予定ある?』

和『ええ。唯と澪と律とムギが部屋に来るらしいわ』

憂『そっかぁ』

和『ありがたい話ね。わざわざ遠くから出てきてくれて』

憂『和ちゃんの誕生日だもん。みんな祝いたいに決まってるよ』

和『私もいい友達を持ったわね』

憂『お姉ちゃん達、いつ来るって?』

和『昼頃来るらしいわ。その後はどうするのかしら。明後日は予定がないし、夜通し遊ぶのもいいかもね』

憂『……そっか』

和『憂?』

憂『和ちゃん。夜は……えっと』

和『夜は……?』

憂『……夜は……』

和『……夜は空けとくわ』

憂『えっ?』

和『明日の夜、憂に会いに行ってもいいかしら』

憂『和ちゃん?』

和『迷惑ならやめるわ。勉強もあるしね』

憂『ううん。実は私、明日和ちゃんに会いたいって伝えたくて電話したんだよ』

和『あら、そうだったの。奇遇ね』

憂『でも遠いのにわざわざ足を運ばせるのも……』

和『いいのよ。確か実家近くの広場のイルミネーションは明日までやってるはずだから、それを見たいと思ってたの』

憂『本当にいいの?』

和『明日のこの時間、憂の家に行くわ』

憂『ありがとう、和ちゃん』

和『こちらこそ、ありがとう。明日会えるのが楽しみね。それじゃ、おやすみ、憂』

憂『おやすみ、和ちゃん』


――――――――――――――――――――――――


憂「ということで」

純「こりゃまた男前だねー」

梓「女でしょ、和先輩は」

憂「今頃お姉ちゃん達が和さんの部屋に行ってるのかな~って考えてたんだ」

梓「先輩達が……」

純「梓ったらまた。ほんと先輩達のこと好きだねー」

梓「な! 別にそんなんじゃ……」

憂「梓ちゃんも今から和ちゃんの部屋に行ってきたら? お姉ちゃんに会えるよ」

梓「憂まで! 今は会いたいなんて思ってないよ。受験終わるまで我慢するよ!」

純「我慢しなきゃいけないほど会いたいってわけだ」

梓「じゅ~~ん~~」

純「うわっ。そんな毛を逆立てなくてもいいじゃん」

憂  にこにこ

純「それで? 憂はプレゼントとか用意してるの?」

憂「最初は手編みのマフラーか手袋をあげようと思ってたんだけど、忙しくて間に合わなかったから、手作りケーキだけしかあげられないかな」

梓「いや、十分でしょ。憂の手作りケーキなら」

純「そうそう。私がもらいたいくらいだよ」

憂「今冷蔵庫の中にあるから持ってくるね」

純「私達の分もあるの?」

憂「張り切って作りすぎちゃったんだ~。えへへ」

梓「なんか唯先輩みたいだね」

純「一直線だねー」

憂「そうかな? はい、これ。普通のイチゴショートだけど」

梓「……これは唯先輩じゃ絶対作れないよ」もぐもぐ

純「んまい……」もぐもぐ




一方その頃


ピーン ポーン

和「はい」


パーンッ! パンッパンッパーンッ!!


律紬「たんじょうび!」

澪「おめでとう!」

唯「の~どかちゃーんっ!」

和「ありがとう、みんな」

律「……おいっ! リアクション薄すぎだろ!」

和「あら、そうかしら」

紬「さすが和ちゃん。難攻不落ね」

澪「驚かせてごめんな、和。……あんまり驚いてないみたいだけど」

和「予想はしてたわ」

唯「のどかちゃん! おめでと~~~」ぎゅぅぅぅぅぅぅぅ

和「はいはい、ありがとね、唯。苦しいわ」

律「それでは改めて……真鍋和さんの19度目の誕生日を祝って! かんぱーいっ!」

唯澪紬和「かんぱーいっ!!」

律「ぷはーっ! やっぱオレンジジュースといえば○っちゃんだな」

唯「えぇ~? Q○oだよ~。キャラクターも可愛いしー」

律「唯はお子ちゃまだな~。なっ、和。○っちゃんが一番だよな」

和「私はバ○リース派よ」

紬「それもありね!」

澪(ミニッ○メイド……)

和「食べ物は用意しなくていいって聞いたけど……」

律「おうっ。そろそろ来る頃かな?」

紬「そうね~」

和「来るって?」

ピーン ポーン

唯「来た!」

律「よし、行くぞ唯!」

唯「ラジャー!」

和「何なの?」

澪「悪いな和。しばらくチャイム鳴りっぱなしだろうけど我慢しててくれ」

和「?」


30分後


和「ピザにお寿司にカレーにフライドチキンに中島さん家のお酒……」

澪「やっぱり頼みすぎだろ、律」

律「だーいじょうぶだいじょうぶ。腹は十分すいてるから」

唯「今日のために3日前から準備してたもんね!」

和「クリスマスはどうしたのよ……」

紬「さ、いただきましょうか」

澪「やれやれ」

律「食うぞーっ!」

唯「おーっ!」

和「あんた達……」

さわ子「いただきまーすっ!」

唯澪律紬和「!?」


2時間後


律「うぇ……」

澪「やっぱり……」

紬「なかなか……」

唯「手ごわいね……」

和「……全く」

さわ子「ごちそうさまーっ!」スタコラサッサ

律「あー、やっぱりこういう時は憂ちゃんだな」

紬「そうね。私達のパーティーといえば憂ちゃんの料理ね」

唯「ういー」

澪「うわっ、酒くさいぞ唯」

和(……憂は今頃どうしてるかしら)



一方その頃


純「今日はそろそろお開きにしよっか」

梓「まだ3時だよ」

純「わかってないねぇ、梓は」

梓「何をよ」

純「デートの準備は時間がかかるもんでしょ。ね、憂」

憂「ふぇ?」

梓「純……」

純「冗談冗談。でも憂も一人になりたいんじゃない?」

憂「え……そんなこと……」

純「わかるよ。今日はずっと上の空だったもん。先輩のこと、考えてたんでしょ」

憂「そう見えた?」

梓「まぁね」

憂「梓ちゃんも?」

梓「まぁ今日はこのへんでいいかな。私もちょっと疲労がたまってるから帰って休むよ」

純「憂も約束の時間まで休むなりおめかしするなりしなよ。今日は特別な日なんでしょ」

憂「梓ちゃん……純ちゃん……」

梓「今日は楽しんできてね、憂。会うのは久しぶりなんでしょ」

憂「うん。ありがとう」

純「さ、邪魔者は退散退散。あ、明日は私予定があって一緒に勉強できないから。じゃあね」バイバーイ

憂「行っちゃった」

梓「私も帰るね。……あ、最後に一ついいかな?」

憂「なに?」

梓「……………………和先輩の部屋の住所、教えてくれる?」 

憂「……ふふ、会えるといいね」

梓「……誰によ」


……

和は満腹だった。
幼稚園からの幼馴染の唯と、彼女を通じて親睦を深めた高校以来の親友3人によって、
質素だった和の部屋は人間の欲望をそのまま写したかのような生き生きとした空間へと変貌した。
腹を膨らませた女子大生5人が狭いワンルームにごろ寝している様はクリスマス翌日にはいささか似つかわしくないが、
彼女達の寝顔は飲み会帰りのOLのように清々しかった。

和は幼馴染の間の抜けた寝顔を目前にして、しずかにまぶたを閉じた。――幸せそうな顔ね。


和は歩いていた。ランドセルを背負って。左手は姉に、右手は妹に握られて。
姉が陽気に歌えば妹は笑顔でハミングする。和は両手を軽く前後に振る。
姉が走り出して和の左手を引っ張る。和は妹の手を引く。姉妹の笑顔は絶えない。
姉が泣き出したら妹も泣き出す。和は両手を少し強く握りしめる。和は泣いていない。

和の左手が空になる。姉はいつのまにか消えていた。声は聞こえる。和がそれまで聞いた事のないような姉の歌声が。
和は右手の感触を確認する。妹は消えていない。
しかし妹の笑顔は子供の笑顔ではなくなっていた。和は目をそらす。手は離さない。
ついには右手も空になる。周囲を見渡す。姉妹は消えている。
和は一人になった。

だが和は聞いた。妹のすすり泣く声を。


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