- 15. 「ごめんね、もうちょっと探ってみるから」 2010/12/26(日) 04:54:02.49 ID:MMzCkGP00
- 「大したことは話してないわよ、昨日のことをちょっと教えただけ」
「ふうん。それでムギの様子がおかしくなるのか。昨日は超エキサイティングだったんだな」
ムギの様子、やっぱりいつもと違っていた。
もしかしたら、あの時、私は落ちていなかったのかもしれない。
足を滑らせ、階段を踏み外していたのは、ムギのほうなのかもしれない。
口のあたりが妙に疲れる。
「おお、なににやにやしてんだよ、恥ずかしい奴だな」
「え、私笑っていた?」
その場の流れに任せて、今朝のことは誤魔化して、それで、階段を降りていく。
足を滑らせないように、落ちてしまわないように。
「昨日の唯、話し聞く限りだと妙な感じだよな」
「そうよね」
じっと足元を見つめながら、降りていく。
「ねえ、律、あなた髪を下ろしたほうが可愛いんじゃないの?」
口は、滑った。
- 16. 姉に親指を立ててみせるのです。逆の手の親指は、地面のその下を指して、その手が向けられているのは。 2010/12/26(日) 04:57:23.94 ID:MMzCkGP00
- 「和ちゃん、一緒に帰ろうよ」
放課後、幼馴染があっけらかんと言う。
律はぎょっとしていた。ムギのほうは、見ないように気をつけた。
「駄目駄目、今日は勉強しますよ!」
「えー、でもでも……」
慌てて腕を掴んで制止した律を見て、しばらく考え込んで、幼馴染は言った。
「あ、そうだった。まだだね、やっぱ勉強しないとね!」
「え、ああ、そうですよね……ってなんでやねーん!」
律が戸惑ったように言った。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ彼女たちのそばを離れて、教室を出ようとした。
そんな私の手を、誰かが、柔らかい手で握った。
振り向かなくても、それが誰だか分かっていた。
今朝さんざん憧れた、柔らかい手。
「和ちゃん」
振り向かなくても、ムギがじっと私を見つめているのが分かった。
振り向いてはいけない気がした。
それでも、やっぱり振り向いた。
「ばいばい」
- 17. あなたなんですよ、サンタのおじさん。 2010/12/26(日) 04:59:58.32 ID:MMzCkGP00
- 少し青みがかった瞳を潤ませて、ムギが微笑んでいた。
水分は電灯の光を乱反射させて、どこまでも彼女の瞳を澄んだものにしていた。
今朝、あんなに遠慮深かった、私に何かを強制する力なんてありはしない、曖昧な柔らかい瞳。
それが今では、日本刀のように煌めいて、まっすぐ私のほうを向いていた。
「ええ、さようなら」
そう言って、私はムギの頭を撫でた。
得体のしれない猛獣を、なんとか宥めるように。
かすかに上気した顔が、突き刺すような視線を隠してくれたから、私は安心した。
「うん、和ちゃん、あのね、良かったら」
明日もおはなし、聞かせてくれるかしら?
あくまでも、これは質問だ。
やっぱり、ムギに、私への強制力なんて、あろうはずもない。
口のあたりが、妙に疲れる。
疲れた口から、息が漏れる。
「ふふ、気が向いたらね」
「うん。そうだったらいいな、って思うわ」
そういえば、唯は、私が撫でてやった後、あんな表情をしたんだった。
それを思い出して、しばらく頭を撫でるのは控えたほうがいいな、と思う。
だって、怖いから。
- 18. ああ、和ちゃん、なんだって捨てられるのです。モラルも捨てます、自我だって捨てられます。 2010/12/26(日) 05:02:43.72 ID:MMzCkGP00
- 「和ちゃん、一緒に帰ろうよ」
ぞくっとした。
いつもより少し早めに帰る私の後ろには、ほら、やっぱり幼馴染が。
腕を体の後ろに回して、華奢な体つきを際立たせている。
「音楽室でみんなと勉強するんじゃないの?」
「そうなんだけどね、ちょっと早めに帰ってきたの」
なんでそんなことを。
そう言いながら、私は一歩後ろに下がった。
後ろに何があるのか、確認もしなかった。
だって、前だ。前に行ってはいけないんだ。
「ふふ、内緒だよ? あずにゃんとね、クリスマスライブするの。軽音部のみんなにね、がんばれー、って」
「そうなんだ、じゃあ私、その……家、帰るね」
私の言葉を聞いて、唯はへらっと笑った。
「だから、私も家に帰るんだってば」
今朝とは違う、今朝とは正反対の、凄く嘘くさい振る舞い、話し方。
どこが、とは分からないけれど、どこかに陰があるような感じ。
「そうね、そうよね」
何も見えないほど暗い。
- 20. 気づいて、欲しいのです。完璧な演技をしながら、そんな無茶を願うのです。 2010/12/26(日) 05:04:14.38 ID:MMzCkGP00
- 「ねえ、和ちゃん、昨日のこと」
来た。ついに来た。
肉食獣なんかじゃ絶対に出せない威圧感、迫ってくる特急電車のような、圧倒的な力強さ。
この娘は必ず、強制する。
それこそ、二千年前の聖者様なんて、目じゃないくらいの力で、私をたたき落とそうとする。
「返事、聞かせてよ」
それなのに、そうはならなかった。
目の前の女の子にあるのは、せいぜい、樹齢云千年の大木のような、大きいけれど、強いけれど、どこか優しい意志。
少し拍子抜けしてしまう。
同時に、得意げに、トナカイが私を引きずる。
「あっ……ちょっと、待って。もう少しだけ」
明明後日はクリスマス。その次は。
明明後日はどこかの偉い人が生まれた日。その次は。
- 22. 時折漏れるのは、本音。その度に入るのは、仮面の傷。 2010/12/26(日) 05:07:09.45 ID:MMzCkGP00
- 「クリスマスライブ、身内でやるのね」
「……そうだよ」
少し拗ねたような、幼馴染の顔。
本当に拗ねたいのは、拗ねていいのは。
「身内って、軽音部の人達のこと?」
「そうだって、言ってるじゃない」
急に、重金属のような重厚な強さを取り戻した声。
私を萎縮させる、その声。
「な、によ……そんな言い方、しないでも良いじゃない」
幼馴染は黙って歩いて行った。
小さく振れるその腕が、どことなく、草刈鎌のように見えたのは多分私だけ。
そして、そんなふうに見えるのは、私だけでいい。
ねえ、綺麗だね、夕陽?
昨日の言葉が頭に響く。
もう日は傾きかけていた。
- 23. わざとあなたを、仮面を傷つけるのです。気づかないのなら、せめてお姉ちゃんのことは嫌いになって。 2010/12/26(日) 05:10:19.99 ID:MMzCkGP00
- 幼馴染と別れて、家に着いた。
扉を開けるのと同時に、携帯電話が震えた。
ねえ、和ちゃん、お話ししたい。
どこかで会いましょう。
そんなメール。
文章にすると、あの柔らかさは失われてしまう。
弱々しいけれど、震える手で服の裾を引っ張ってくる子供のように、確かな強制力を持っている。
そんなメール。
無機質な、液晶の配列が映しだす、そんなメール。
私は携帯電話を閉じた。
公園。
それだけ書かれたメールを送った。
名詞だけ、名前だけ。
あなたが何を思おうと、どうぞお好きに。
そんな投げやりなメール。
- 24. 金髪のお嬢様には敵わないでしょうけど、それでも私を好きになって。 2010/12/26(日) 05:12:41.53 ID:MMzCkGP00
- きい、きい。
鉄が歓喜の声を上げる。
このご時世、ませた子供はブランコなんかで遊ばないのだろうか。
遊んでくれたありがとう、使ってくれてありがとう。
そんな声。
「和ちゃん、公園としか書いてくれないから」
顔が真っ赤な、お嬢様。
両手で鞄を持って、こちらへ近づいてくる。
「探すのに時間がかかっちゃったの」
どうやって探したんだろう。
もしかしたら、人工衛星、なんていう、人工の眼玉が宙に浮いているのかもしれない。
そう思って、空を見上げた。
鉄の声が重なる。輪唱。
「ふろーいで しぇーねる げってる ふんけん」
聞いたことのあるメロディ。
「ブランコ、喜んでるみたいに聞こえるわよね」
夢をみるような調子で、細い声で歌って、ムギが言った。
もう一度、高い音に耳を傾けてみる。
きい、きい。
- 25. 金髪のお嬢様を殺してしまうから、そうしたら私を好きになる? 2010/12/26(日) 05:15:14.35 ID:MMzCkGP00
- 「そうね、私もそう思う」
「そっか、嬉しいな」
返事が、あんまりにも普通の女の子すぎる。
ムギは、どしゃぶりの雨のように、いっぺんに言った。
止められるはずも、ない勢い。
「和ちゃんは、唯ちゃんにしたことがある……今朝みたいなこと?
ないよね、多分、無いと思うの。当たってる?そう、嬉しい。
でも、今日、私にしたわよね」
私は頷く。
彼女は笑う。
「そっか、じゃあ、期待しちゃうわよ?
和ちゃんが、キリスト様より、ずっと私や唯ちゃんみたいな人に優しくて、それで、それで……」
言葉は続かない。
だから、私はムギの頭を撫でてやった。
「ズルイなあ、和ちゃん」
犬のように目を細めて、ムギは笑った。
「そうかしらね」
「そうよ」
- 26. 妙な夢、世界の終わる夢、空に向かって落ちてゆく夢。 2010/12/26(日) 05:19:15.19 ID:MMzCkGP00
- それから、さわ子先生は今年も一人でクリスマスを過ごしそうだとか、
後輩がクリスマスライブを企画している、ような気がするとか、そんな世間話をして、家に帰った。
家に帰って、寝た。
夢を見た。
壊れるビル、吹出す水道管、広がる真っ暗な穴。
太陽と逆の方向に伸びる植物、死体から赤子へと成長していく動物。
にこにこ笑う、ムギと幼馴染。
ムギもどんどん若返っていく。
幼馴染は、半分砕け散って、半分は受精卵になった。
そんな夢を見た。
「くっだらない」
朝起きて早々、最悪の気分で私は呟いた。
- 27. 朝は独りで歩くのです。ぼろが出ないように、独りきりで。 2010/12/26(日) 05:23:45.65 ID:MMzCkGP00
- 「おっはよ、和ちゃん」
昨日の朝と同じ。
いつも通りの、へらへらとした、可愛らしい間抜けな笑顔。
クリスマスライブ、身内の人で。
身内の人は、軽音部の人で、私は生徒会の人。
明後日はクリスマス、その次の日は。
「どうしたの、和ちゃん?」
俯き加減の私の顔を、唯が覗き込んでくる。
その目は相変わらず澄んでいて、見つめていると、目が潰れそう。
「あら、おはよう、唯ちゃん、和ちゃん」
しばらく歩いていると、柔らかい声が私たちを呼び止めた。
ふわふわと、空気に揺れる、金色の髪。
「おお、おはよ、ムギちゃん」
にこにこと笑って、けれど強い意志を込めて、ムギは私たちを見つめた。
もう一度、微笑む。
「一緒に学校行きましょう」
私たちは、三人並んで学校へ行った。
二人の間に挟まれた私は、何故だか、深い森の中を歩いているような、そんな気分になった。
- 28. 昼は素顔で過ごすのです、友人ふたりと、素顔で笑って。 2010/12/26(日) 05:27:59.51 ID:MMzCkGP00
- 昼休み。
机をくっつけて、友人たちと食事。
そうしようと思った矢先、ふっと、耳に優しい吐息が。
「おはなし、しましょ」
振り向くと、やはりそこには、小さな弁当箱を手に持って、首を傾げるムギの姿があった。
金色の髪が肩にかかって、前と後ろに垂れている。
太陽と逆の方向に、伸びる髪。
「……はいはい」
観念して、私はついていくしか無かった。
やった、という小さな声が耳に届いた。
それから、あの柔らかそうな手が、私の手を握る。
握られた手は、やけに固く感じた。
教室から出るときに、視線を感じて振り返った。
あの瞳で、幼馴染が私を見つめている。
目が合うと、極々自然に、かえってそれが不自然なくらいに、自然に笑った。
私は幼馴染から目を逸らして、早歩きで教室から離れた。
最終更新:2010年12月30日 01:14