- 3. おじさん、こんにちは、平沢憂です。 2010/12/26(日) 04:30:11.11 ID:MMzCkGP00
- 「和ちゃん、一緒に学校行こう」
幼馴染がいつも通り、へらっと笑ってそう言うから、私は大層驚いた。
彼女の瞳は相変わらず澄んでいたけれど、それでもって彼女のことを分かっているだなんて、
そんなおこがましい事はもう言えなくなっていた。
「あ……ええ、わかったわ、行きましょうか」
搾り出すような声で返事をする私に、幼馴染は微笑みかけた。
ピンで止められた柔らかそうな髪が揺れる。
「やった。ねえ、手、繋いでいいかな?」
どうして、この娘はこんなことを言うのか、言えるのか。
クリスマスは近い。
どこかで、二千年前の聖者様が、私を見張っているんじゃないか、そんな気がする。
そんな気持ちが、ぎちぎちと、私の腕を締め付ける、手を縛る。
「なんてね。補習、遅れちゃうから急ごうか」
冬休みにも補習があるなんて、ブラックジョークにもならないよ。
そんなことを言っていたとは思えない、真面目な発言。
私の手は握られたまま、縛られたまま。
「そう、ね。急がないと、ね」
急がないと。
- 4. 大変大変もう大変、私の姉が、幼馴染のことを好きになってしまったそうです。 2010/12/26(日) 04:32:51.22 ID:MMzCkGP00
- 「おう、お早う、和、唯」
通学路を半分ほど歩く。
カチューシャで髪を上げた友人が、明るく挨拶をする。
笑っているけれど、その笑顔はまるで街灯のような、人工的な嘘臭さを帯びていた。
「おっはよ、りっちゃん!」
それが普通。コンクリートのビル、人為的に配置された並木、嘘くさい笑顔。
なによりも、昨日の後の今日では、それが自然なのに、それなのに幼馴染の笑顔は、どこまでも明るい。
直視できないほど明るい。
「お、おお、随分元気じゃんかあ」
にやりと笑って、律が幼馴染の頬を突付く。
やめてよ、なんて言って笑った唯が、顔を背けて頬をさすったから、律のにやにやした笑顔は、私に向けられた。
ぐっと親指を立てて、笑う。
さっきよりも、ずっと、嘘臭さが減った笑顔。
「まあ、なんていうか、頑張れよ!」
こそこそと、小さい声で私に言う。
もしかして、嘘臭さは勘違いによって減ったのではないだろうか。
それは相変わらず嘘のまま、スクリーンに映し出される森林の映像のように、根本的なところで、人工的なんじゃないだろうか。
なんてみっともない。
「なにがよ」
私は潔く、眉をひそめた。
- 6. なんて優しいお姉ちゃん、関係、繋がり守るため、自分の気持ちを隠そうと。 2010/12/26(日) 04:37:09.06 ID:MMzCkGP00
- 教室に入ると、幾人かの視線を感じた。
ついでに、律がまた、さっきと同じように親指を立てるのも見えた。
金髪の友人が、にこにこと笑って、こちらに近づいてくる。
「ねえねえ、和ちゃん、ちょっとお話聞かせてほしいの」
私の手を握る、白い肌の掌は、温かい、柔らかい。
手入れはされていないのだろうが、それが逆に愛嬌を生んでいる、少し太い眉毛。
好感の持てる顔立ちなのに、その笑顔の源を意識しただけで、殴ってぐちゃぐちゃにしたくなる。
「ええと、その」
言いよどむ私。言葉も、言葉を発した心も、振る舞いも、仕草もぐちゃぐちゃ。
それでも、ムギは私の肩に手を当てて、楽しそうに、私を廊下へと連れだそうとした。
「あ、駄目だよムギちゃん。私が和ちゃんとお話しするんだから」
柔らかく笑って微笑む幼馴染。
相変わらず、どこまでも自然な笑顔。
ぞっとする。
「ごめんね、ちょっとムギと話してくるわね」
そう断って、急いで教室を出た。
向かう先は、階段を延々と登って、付きあたり。
屋上への扉の前、の踊り場。
- 7. なんて卑怯な妹、私、独りの女性を得るために、姉の気持ちを利用しようと。 2010/12/26(日) 04:38:42.23 ID:MMzCkGP00
- 「それで?」
目を輝かせて、ムギが尋ねてくる。
柔らかそうな手は、顔の前で組まれている。
「じらさないで聞かせてね、どんなふうに告白されたの?」
ムギの言葉を聞いて、昨日のことはより現実味を帯びた。
鉄筋コンクリートの高層ビルのように、圧倒的な存在感を持って、私の前にそびえ立った。
「告白……そうね、告白、されたのよね」
それだけに、気味が悪い。
幼馴染の、優しい陽の光が降り注ぐ、涼しい林のような笑顔が。
昨日のことと比べて、どこまでも異質に見える。
「あら、その言い方から察するに、何かあったの?」
ちょっとだけ顔を曇らせる。
けれど、それさえもその奥にある輝きを際だたせるために、そうしている、そんな気がする。
要するに、ムギはどこまでも楽しんでいる気がする。
「あった」
それだけ言って黙っていると、ムギが無言でもって先を促してきたから、私はしぶしぶ話してやることにした。
口のあたりが、妙に疲れる……
- 8. 「私がそれとなく探ってあげる。そういうの私得意だから」 2010/12/26(日) 04:40:56.92 ID:MMzCkGP00
- そうね、昨日の事だったんだけど……一応聞いておくけど、貴方達が炊きつけたわけじゃあ無いわよね?
そう、よかった。もしそうだったら……まあ、いいわ。
とにかく、昨日ね、生徒会が終わって帰ろうとしたら、タイミング良くメールが来たの。
唯から、一緒に帰ろう、って。
だから、校門のところで待ってたんだけど……って、この辺りは貴方達も見てたわよね。
そのあと、なんでか唯にね、途中でトイレに寄って、それから教室に連れてかれたのよ。
忘れ物でもしたのかな、と思ってついて行ったのだけれど、どうも違うみたいだった。
『なんていうか、夕陽の差し込む教室って言うのがね、良いんじゃないかな、って思うの』
そんなことを言っていたわ。それで、ぼうっと窓から夕焼けを見ていた。
なんかやけに色っぽかったんだけど……なににやにやしてんのよ。
少し変だなって思ったの。
そうしたら唐突に、
『和ちゃん、こっち来て、そう、そこ……ねえ、綺麗だね、夕陽?』
なんて言うの。
私でなくとも、なんだか変だと思うでしょうね。
だから、なんとなく頭を撫でてやった……だからにやにやしないでって。
それでね、しばらく迷ったように黙りこんで、急に、決心したように言うのよ。
『例えばさ、和ちゃん、私が和ちゃんのこと好きだって言ったら、どうする?』
- 10. 「ええ、大丈夫かなあ」 2010/12/26(日) 04:43:34.18 ID:MMzCkGP00
- 「それで?」
少し眉をひそめて、目を輝かせながら、ムギが先を促す。
けれど、先なんて無い。
「終わり。それで、唯が走ってどこかへ行っちゃったから、私も帰ったの」
落胆。顔いっぱいに、曇り空のような、曖昧な表情が浮かぶ。
肌の色も、髪の色も、それと混ざり合う顔立ちも、彼女の全てが、どことなく曖昧な、
不思議な柔らかさと優しさを……
「むう、それは由々しき事態よ。きっと唯ちゃんは何か悩み事が……」
流れるような言葉につられて、動く唇。
柔らかい、洋菓子のように、絹布のように、やすやすと形を変えていく。
悩ましげな表情、口元に当てられた白い握りこぶし。
その肌も、触ればきっと、癖になるような弾力で、私の指を押し返す。
それを、ぎゅっと掴む、きっと気持ちいい……ほら、こんな風に。
「の……どか、ちゃん……?」
キリストは……
「和ちゃんったら」
おずおずと、消え入りそうな声。
重なった、私とムギの手。ムギの手は、鉄製の冷たい扉に押し当てられている。
私はそっと、後ろへ下がった。
階段から落ちやしないか、そんなことばかりが気になった。
- 12. 任せてよ、得意げに胸をはる私。トイレで待ち合わせ、服を交換。 2010/12/26(日) 04:45:56.41 ID:MMzCkGP00
- 「ごめんなさい」
じっと見つめる、少し青い瞳。
瞳の色でさえも、どことなく曖昧で、彼女の言葉も、あんまり柔らかくて私を押しのけるような力はなかった。
「あ、いいの、別に……その、なにか気に触ったのなら、私こそごめんね?」
彼女は力が強いらしい。
それでも、私の意志を動かすことなんて出来ないわけで、そんな荒っぽい無粋なことをしたのは、
きっと、やっぱり、どこかで見ている聖者様。
くたばって欲しい、体も精神もがんじがらめにする、モラルの塊聖者様。
飛び跳ねる、まるまる太ったお爺さん、空をかける、奴隷待遇のトナカイさん。
「授業、始まっちゃうから。教室戻りましょう」
柔らかい声、差し出された手。
ほんのりと赤くなった、白い肌。
「そうね、急がないと、ね」
彼女の手を無視して、階段を降りた。
視界の端に、何故だかがっかりした様子で肩をすくめるムギが見えた。
ぞっとした。
- 13. そういうの、得意な私は、顔に姉の仕草を貼り付けるのです。 2010/12/26(日) 04:48:51.75 ID:MMzCkGP00
- 「整数問題の基本は、積の形に直すということですねえ……」
黒板には数字ばかりが並ぶ。
今朝、私のやったことが、まだ信じられない。
全力でムギの手首を掴んだ、私の、細い腕で肩に接続された情けない手。
「続く大問2は、ベクトルの媒介変数表示を図形的に捉えることが重要になるわけです……」
ちらりとムギの方を見ると、目があった。
ムギが、さっと目を逸らす。
それなのに、その後も、何かを期待するように、ちらちらとこちらを見てくる。
「ベクトルpプラスベクトルaの絶対値が2となり、かつ……」
ベクトルpプラスベクトル-aの絶対値が4となるようなベクトルpが一つしか無い。
接する円。片方の円は、もう片方の円の、内側に、それとも外側に?
こつん、と頭に何かが当たった。
振り返ると、律が両手を合わせていた。
足元にはくしゃくしゃに丸められた紙。
今朝、ムギと何の話をした?
雑な字でそう書かれていた。
- 14. たまに、貼りつけた仮面から、溢れるものもあるのです。 2010/12/26(日) 04:50:42.38 ID:MMzCkGP00
- 「ん、で、今朝のお話聞かせてもらおうじゃないの」
からかうように、律が言う。
奇しくも、というより、この場所以外に人に聞かれる心配をしなくて住む場所がないのだから、
当然ではあるのだが、場所は屋上前の踊り場。
鉄製の扉に手を当ててみる。冷たい。
「あなた、お弁当は唯たちと食べるんじゃないの?」
「いやあ、ちょっと他のクラスに行ってくるー、ってな感じでね」
ごまかして抜けだしてきたわけだ。
誤魔化すということは、つまり、この会合を、なにかやましいもののように感じている、ということだ。
「それに、和だって、『ごめんなさあい、私生徒会があるのお』なんて、大嘘こいてたじゃんか」
無理に気取った喋り方が、なんとなく、こう言っては失礼かもしれないけれど、ムギに似ている気がした。
それで、背筋が冷えた。
「その喋り方、あなたが思っているよりも苛立つから止めたほうがいいわよ」
「へいへい、ごめんなさい」
律の顔から目を逸らし、後ろを向く。
足元には階段。
足を滑らせないように、落ちてしまわないように、それをじっと見つめる。
最終更新:2010年12月30日 01:13