「おぉ、梓の手あったけー」

律先輩がそう言って無邪気に笑った。
私は飛び出すんじゃないかと思うほど早鐘を打ち始めた心臓を必死に宥めること
しかできなくて、寒いはずなのに暑くなってくる。
それなのに律先輩に掴まれた手はひんやりとしたままだった。

「さて、そんじゃあいこっか」

ひとしきり私の手で自分の手を暖めた律先輩は、相変わらず冷たい手を離して
言った。その様子が少し名残惜しげに見えたのは、たぶん気のせい。

「どこに行くんですか?」

私は離れた律先輩の手を気にしない振りしながら尋ねた。
律先輩が「んーと」と下手な口笛を吹き始める。
この様子じゃ何も考えていなかったらしい。

律先輩らしいといえば律先輩らしいけど。
「梓の行きたいとこ一緒に行きたかったんだよ!」と取ってつけたように言う
ところも。

まったくもう。
その場限りの言い逃れだってわかってはいるけど。
それなのに嬉しくなってしまう自分はどうかしてるんだろう。


結局、私たちはこの辺りをうろうろぶらつくことにした。
クリスマスイブとだけあって、皆浮き足だっているように見える。
沢山のカップルが私たちの横を通り過ぎていく。
それでも私は、律先輩の隣を歩けるだけで幸せだと思った。

「何かあれだなあ、二人だけで遊んだことないからかも知んないけど、全部新鮮に見える」


商店街のウインドを覗いたり、宛てもなくぶらぶらと歩きながら、律先輩は言った。
「そうですね」と私は隣にある律先輩の横顔を盗み見た。距離はいつもと然程変わらないはず
なのに、放課後の部室で律先輩を見ているより、今のほうがずっと近いように思えた。

手を伸ばせばすぐにでも触れられそうなくらい。

「あ」

突然律先輩が立ち止まった。
なんですかと訊ねる前に、「あそこ」と律先輩が小さなアクセサリーショップを
指差した。あんなところにあんなお洒落なお店があるなんて知らなかった。

「入って良いか?」

「構いませんけど……」

頷くと、律先輩はさっさと中に入っていってしまった。
私も慌てて後を追いかける。

店内は、外見と同じく小洒落た店だった。ただ洒落てるだけじゃなくって、
落ち着いている感じ。高校生にはまだ早い雰囲気が溢れている気がする。
律先輩はアクセサリーに詳しいのか、まるで小さな子どものようにきらきらと
目を輝かせながら店にあるものを見ている。

私は邪魔をしないように律先輩から少し離れて歩いた。
きょろきょろと辺りを見回していると、店の奥にひっそりと置いてあったネックレスが
目に入った。シンプルな指輪がついている。
律先輩こういうの好きそうだなと思いながらそれに近付き手にとって見てみた。

「Secret love to you……」

指輪には、そんな言葉が刻まれていた。
直訳すると、『秘密の恋心をあなたに』

――秘密の恋心。
これを律先輩に渡したら、どんな反応をするだろうか。
律先輩のことだから、ここに刻まれた文字なんか気にしなさそうな気もするけど。

明日はクリスマスで、今日はクリスマスイブ。
渡せなくってもいい。渡せないんじゃなくって渡しちゃいけないということも
わかってる。だけど私は、それを手放せなかった。
今日の思い出だと思えばいいよね、私はそんな言い訳をしながら、律先輩にばれないよう
それをレジに持っていった。

「プレゼントですか」と訊ねられ、私は曖昧に首を振った。店の人は勝手にそうだと
勘違いしたらしく、綺麗に包装してくれた。
渡された小さな箱をポケットの奥に仕舞いこみながら、私は小さく溜息を吐いた。

「梓」

何とかばれずに買物を終えると、何かを必死に見ていた律先輩が私の名前を呼んだ。
「なんですか」と律先輩の元に寄ると、「ていっ」と何で置いてあるのか、猫耳を私の頭に
つけてきた。

「もう、何するんですかっ」

「似合ってるぜ、梓」

くくっと笑いながら、律先輩が言った。

――――― ――

その後も、自由気ままに店に入っていく律先輩の後に着いていっていると、
いつのまにか日は暮れていて、一日が終わろうとしていた。
時間を忘れるくらい楽しいと思ったのは久しぶりだった。

律先輩は沢山の荷物を抱えながら歩いている。
結局、ポケットにある小さなプレゼントは渡せていないままだった。
さりげなくポケットに手を突っ込んで、それがまだそこにあることを確認する。

「もうだいぶ暗いな」

「……そうですね」

そろそろ帰ろうかと言われるんだと思った。けど、いつまで経っても律先輩は何も
言わなかった。
私たちはただ、無言で歩いた。
気がつくと商店街を抜けて、暗い道に出ていた。

暗くて、律先輩の表情がよく見えない。

「なあ梓」

名前を呼ばれた。
ここに来て昨日から、いや、たぶんずっと前から感じていた不安が増幅する。
律先輩の様子が、いつもと違うことに気付いていた。
それに突然私を誘ったことや、純から聞いた話や、そんなものが全部入り交じって
嫌な気分にさせる。

「今日はさ、急にごめんな?イブだもんな、ほんとはもっと違う奴と過ごしたかったんじゃ
ないの?」

「そんなこと、ないです」

「そ?ま、私は楽しかったけどなー。大切な人と過ごす日だし、すっごい良い一日だった」

今、確かに律先輩は「大切な人」と言った。
だけど、私の心は沈んだままだった。
そんな言い方、まるでこれで最後みたいな言い方だ。

「ありがとな、今日一日付き合ってくれて」

声が出なかった。
律先輩の優しい声が、さらに私の不安を大きくさせた。

ずっと会えないなんてことは絶対に無い。
だけど、このままじゃ私たちの今までの関係が終わってしまうような気がした。
朝、秘密で会ってるだけでいい。近すぎず遠すぎず、そんな関係でいいから。
終わりにして欲しくはなかった。

「じゃ、もうそろそろ帰ろっか。夜遅いし」

「律先輩、次は?」

え?と言って、一旦駅の方向に足を向けた律先輩が振り向いた。
私は約束が欲しかった。今は冬休みで、朝に会えないのはわかってるけど。
次にいつ会うかの約束が、欲しかった。ただ約束してくれるだけでいいから、
私を安心させて欲しかった。

律先輩は困ったような顔をして、答える代わりに私の頭をくしゃくしゃと乱暴に
撫でた。
まるで「ごめんな」と言っているようだった。

「律先輩……」

「これ、クリスマスプレゼント」

思わず掴んだ律先輩の手は凍えるくらい冷たかった。
律先輩は、私の手に何かを握らせた。小さな箱だった。
「風邪引くなよ」と律先輩が言って、私から離れていく。

私は追いかけられなかった。
律先輩の後姿が見えなくなってしまった時、私はどうしようもなくって
律先輩に握らされた「クリスマスプレゼント」を目の前に翳してみた。
道の真ん中で、私はそれを開けた。他のことなんて何も考えられなかった。

「……やっぱり、ずるいですよ律先輩」

中に入っていたのは、『Secret love to you』と、そう刻まれた指輪のついた
ネックレスだった。

終わり



おまけという名のエピローグ



「澪先輩、好きですっ!」

突然だった。
いつもよりも周りに人がいるなと思っていたら、澪の周りに人が集り、そして
まったく名前も知らないような子たちからの、愛の告白。
ははっ、笑える。

「えっ?」

澪は大人数の女の子に迫られ、困っているようだった。
澪に告白するのはいいけど、傍にいる私のことも考えて欲しい。
まるで酸欠の金魚のように真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている澪の手を握ると、
「ちょっとごめんあそばせー」と冗談交じりの口調で言いながらその場から逃げた。

変な噂をたてられることなんてわかっていた。
だけど、私たちはただの幼馴染で親友。それだけで、それ以上の関係なんかじゃない。
ファンの子たちの群から逃げ帰ると、澪は「本気なのかな」とまだ赤い顔で呟いた。
私は「さあ、本気っぽい子もいたのはいたけどな」と答えた。
澪は「え」と俯かせていた顔を上げ、それから凄く嫌そうな顔をして、言った。

「なんだよそれ、おかしいよ、だって私たち、同性だぞ?」

気持ち悪いと、たしかに澪はそう言った。
稲妻にでも打たれたような気分だった。

自分と同じ女の子を好きだなんて、おかしいということはわかっていた。
それでもその気持ちを秘密にしてさえいればいいと思っていた。
だけど澪は「気持ち悪い」と。
想うだけでも好きな子を嫌な気分にさせてしまうことを、私は知った。

その次の日、澪は誰にも会いたくないと教室に閉じこもったままだった。
私もずっと、そこにいた。
梓と会うことが怖かった。
その日の朝でさえ、ちゃんと話せたかどうかわからなかった。

私は梓が好きだった。
たぶん、恋愛感情の「好き」

いつの間にか梓に惹かれていた。
初めて会った時は生意気な後輩だった。
だけど一緒に過ごしているうちに、守ってやらなきゃと思うようになった。
気付かないうちに好きになっていた。

だから私は、偶然梓が忘れ物を取りに朝の部室に来た時、思わず引き止めて
「明日の朝8時な」と言ってしまった。
突然だったというのに、梓は来てくれた。
その日からみんなに内緒で朝、梓と会うことが日課になっていった。

私は梓と二人だけの時間を共有していることで、梓と分かり合えたような気が
していたのかも知れない。
そしてずっとこの関係が続けばいいと思っていた。
でも自分のこの気持ちを抱えたまま、ただの先輩として梓に接することは、
もう無理だと知っていた。

だから私は決めた。
自分の気持ちにケジメをつけようと。
ただ、弱虫な私はすぐにそれを実行できなかった。
だから約一週間後のクリスマスイブを選んだ。
梓は嬉しそうに笑ってくれた。


そして今日のクリスマスイブ。
私は自分の心と同じく空っぽになってしまったポケットに手を突っ込むと、
油断したら溢れそうになる涙を必死に塞き止めようと暗い夜空を見上げた。
駅前では大きなツリーの下、いちゃつくカップル達の姿があった。

本当は梓に渡すつもりのなかったプレゼント。
伝えちゃいけないと分かっていた。
でも私はそれを伝えてしまった。

梓はどう思ったのだろう。
きっと、澪と同じく「気持ち悪い」と思っただろう。
それかあの指輪に刻まれた文字はただの飾りだと受け止めるだろうか。
どっちにしても、私はもう、あの心地のいい朝の時間には戻れない。

もうすぐ12時になりそうだった。
家に帰り着いた頃にはきっと、明日になっているだろう。

「最悪のクリスマス」

私は苦笑する。
あぁ、また涙腺が緩んでしまった。

男になれればいいのに。
どうして同性を好きになったらいけないのだろう。
好きの気持ちは変わらないのに。

私は冷たい指で目許を拭うと、駅の改札口に足を向けた。

「律先輩!」

突然、私を呼ぶ声が聞こえた。
誰かと間違えるはずなんかない。
確かに梓の声だった。

「……先輩っ」

立ち止まった私に、息を切らした梓が追いつき、私の手を掴んだ。
暖かい手だった。朝感じた感触と同じ。

「梓、何で……」

「律先輩が、勝手に、行っちゃうから……」

息を切らせながらも、梓はそう言った。
私の手を離すまいとでも言うように強く握る。

「梓……」

「律先輩の、そっくりそのまま、お返しします」

梓はポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
私が梓に渡したプレゼントとよく似ていたが、色が違っていた。

「受取ってください、クリスマスプレゼントです」

私は空いた手で、梓に差し出されたプレゼントを受取る。
「走ってたときにぐちゃぐちゃになっちゃったんですけど」と梓が言う通り、
包装紙が少し破れて中の箱が見えてしまっていた。

「開けていい?」

梓は頷いた。手を離される。
私は自由に鳴った両方の手で梓に渡されたプレゼントを開けた。
中から出てきたのは、私が梓に贈ったものと同じネックレス。
いや、少し違っている。
指輪に嵌め込まれた石の色が違った。私の買ったものはオレンジだったけど、
これは緑だ。

「Secret love to you」

そこに刻まれた文字は同じ。
梓を見ると、恥ずかしそうに目を逸らされた。

「梓、私たち……」

「ずっと好きでした、律先輩」

梓と同じ気持ちだったとしたら、嬉しい。
だけど私たちは同性で。
しかし、それを梓に伝える前に、梓ははっきりと「好きだ」と言った。

「今はもう、それだけでいいじゃないですか」

梓は何か吹っ切れたような顔をしながら、私の胸に倒れこむようにして顔を
埋めた。
今はもう、それだけでいい、か。

「そうかもな」

私は言った。
たとえこの気持ちが歪んでいたって、梓がそれを受け入れてくれるのならそれでいい。
セットしていた携帯のアラームが、私たちに明日になったことを伝えてくれた。

私は、ドラマや映画みたいにかっこよくはできないけど、
梓の背中に手を回すと言った。

「梓」

メリークリスマス。
私たちの声が重なった。

終わり