「うぅ……もう生きていけないよ……」
お姉ちゃんの笑顔を生き甲斐にしてきたわたし。
もうすべての希望は絶たれました。
「はぁ……お姉ちゃん」
走馬灯のように脳裏に浮かぶお姉ちゃんの姿。
その姿はあまりにも鮮明で、しかしどこか幻想的な雰囲気が漂っています。
「おねーちゃーん……おねーちゃん……」
わたしの先を走っていくお姉ちゃん。
その背中は、次第に遠のいていってしまいました。
「わたしが悪いことしたなら謝るからぁ……」
机に突っ伏して、ごろごろ頭を転がします。
「うーい」
どこからかお姉ちゃんの声が聞こえた気がします。そっか、もう死んじゃうんだわたし……。
「ばいばい、お姉ちゃん……」
なんだかもう眠いんだ……。
「ういー!」
最後にその幻影に返事をしたかったけれど、もうわたしには出来ないようです。
「大好き……」
そこで、瞳を閉じ……、
「憂ったら!」
「ひぇっ!?」
肩に何かが触れ、体がびくりと跳ねました。急に醒めた意識で横を見ればなんと、そこには愛しのお姉ちゃんの姿。
「ゆ、夢?」
私だよーなんて苦笑いしながら、幻想のようなお姉ちゃんはわたしの頭を撫でてくれます。
「もー、憂が倒れて動かなくなっちゃうからびっくりしたよぉー」
「……へ?」
お姉ちゃんはわたしのスプーンでカレーを一口、口に入れました。
「おいしー」
ぽわんと顔を崩して、今度はわたしにスプーンを向けます。
「あーん」
「えっ、あ、えっと……もが」
わたしがまだ理解出来ずに目を白黒させていると、無理やり口に入れられてしまいました。
カレーの辛さが、一気にわたしを現実へと引き戻します。
「わ、わ……お、お姉ちゃん!?」
「だからそうだって言ってるでしょ」
お姉ちゃんには珍しい少し呆れた表情で、わたしは頬を撫でられました。
呆気にとられるわたしを横目に、お姉ちゃんは隣の椅子に座りました。
はい、あーんなんて言いながら、にこにこ笑っています
お構い無しにまたスプーンをわたしの唇に当てられました。
口を開くしかないわたしは、喋れないままもごもご口を動かします。
「憂、ひとりでやってたもんね。かわいかった~」
「えっ? み、見てたの……?」
「すぐ出てきたかったけど、ちょっともったいないなーって思って」
わたしの質問にお姉ちゃんは答えないで、無邪気な笑みを向けてきます。
ぱくぱくとしか動かない口と、熱くなっていくのがわかる顔をお姉ちゃんから背けました。
ああ、あの恥ずかしい一場面を、それもお姉ちゃんに見られちゃった……。
「わああぁ」
咄嗟に顔を隠してぶんぶん振りました。
みんなみんな忘れてしまえー!
「ちょ、ちょっとうい」
「わあぁ……もう生きていけないよぅ……」
恥を残して生き長らえるなら、いっそのこと……。
「もがっ」
……うーん、スパイシー。
「……うーいー? 平気?」
「んむ……ん」
「まったく、らしくないよー」
返す言葉もありません。
でもそれよりも、わたしには大事なことがありました。
「……お姉ちゃん、心配してたのに……」
こんなに寂しい思いさせて。わたしは半ばいじけるように尋ねました。
「ごめんごめん~、でも憂がいけないんだよー?」
「えっ? わ、わたしなにも……」
お姉ちゃんはいかにも真っ当なことのように、わたしを責めてきます。
わたしには何のことやらさっぱりです。
「憂がひとりごとぶつぶつ言ってるのがかわいすぎたからだよ!」
「……ひ、ひとりごと……?」
「憂ったらずっと言ってたじゃん」
まさか、そんなわけが、ない、はずです。
でも、わたしの口元はぱくぱく動くだけ。
「そっか、わたしひとりごと言ってたんだ……」
「気づいてなかったの?」
お姉ちゃんは少し驚いたような表情で、わたしに尋ねます。
「う、うん」
「……うぅ~」
「えっ、だ、大丈夫!?」
突如としてお姉ちゃんが唸りだしたので、わたしも不安に駆られます。
ぷるぷる震えるお姉ちゃんの肩に触れた、その瞬間。
「もぉー我慢出来ないーっ!」
「ひゃっ」
「ぎゅーーー!」
お姉ちゃんが抱きついてきました。
ああ、いい匂いだなぁ。ああ、あったかいなぁ。ああ、やわらかいなぁ。
先ほどよりよっぽど天国に近づいたわたしは、残る口元の辛さを頼りに意識を留めます。
お姉ちゃんは、やっぱり素敵。
「もう、どうしてそんなにかわいいの!」
「え、えっ?」
「憂めー、今日はずっと離してあげないからね! ぎゅー」
そんな、殺生な。ずっとこのままだなんて、幸せすぎて死んでしまいます。
いや、でもお姉ちゃんの腕の中で天使を迎えるのも悪くありません。
「うんっ!」
「あれ? いいの?」
「え? だめなの?」
「……」
「……」
目を見合わせて数秒、お姉ちゃんはうーんと何か考えていたようですが、すぐに首を振りました。
「じゃあそうしよう」
「うん」
そして、ふたり仲良くカレーを食べました。
ふたりで食べるカレーは、ひとりで食べるより格段においしいものでした。
これがお姉ちゃんパワーです。
…………
……
「いやぁ、今日の憂は一段とプリティーだったなぁ」
「も、もー。忘れてよー」
晩ごはんのあとから、お姉ちゃんはそればっかりです。
わたしとしても嫌なわけではないのですが、それでもやっぱり恥ずかしいです。
「いいじゃんいいじゃーん」
「うぅー……、もうしらないっ!」
そう言ってそっぽを向くと、淋しげな声でお姉ちゃんの声はわたしの名を呼びました。
それにつられてしまいそうになりましたが、すんでのところで留まります。
お姉ちゃん、わたしは怒ったからね~。
「ごめんね、うい」
しかしお姉ちゃんときたら、あっさりと謝ってしまいました。
怒ってしまった手前、すぐには振り向けないわたし。ああ、わたしのバカ!
「……でもね、憂」
きっといまのお姉ちゃんは、とってもかっこいい顔をしてるはず。
今すぐ見たい! けど見られない……。
「私は嬉しかったんだよー?」
ぴくりと震えてしまった体を、どうにか咳払いでごまかしました。
「じゃあ、憂も聞いてないし、私もひとりごとー」
わたしが聞いてるのは分かってるはずなのに、お姉ちゃんはそんなふうに言いました。どきどき。
「……うーい、わたしも、だーいすきだよ」
「はうっ」
「う、憂っ!? どうしたの!?」
胸がぎゅううっと締まる感覚を最後に感じて、わたしはひとり、事切れました。
お姉ちゃんがいないとき、わたしはずっとひとり子と。
お姉ちゃんといるときは
、それはきっとふたりの言葉。
お姉ちゃん、あなたが世界で一番です。
おしまい。
最終更新:2010年12月27日 23:02