大学2年目の冬、12月23日。
世間ではクリスマスイブイブなどと言われている日の夜、私は携帯を手に取った。
かけるのは勿論いつものメンバー。そう、今年もクリスマスパーティをやる為だ。
去年は一人暮らしを始めた唯の部屋で行われた。
大学生になったということでワインやらシャンパンやらチューハイが存分に振舞われたけど、
酔った勢いで唯と大声で歌って隣から苦情が来たのも今となってはいい思い出だ。
…うむ、今年はハメを外さないように気をつけよう。心の中でそう誓い、まずは一番暇そうな唯に電話をかけてみる。

トゥルルルル
唯「もしもーし」
律「おー唯、明日の夜って予定ある?去年みたいにまたパーティやろうぜー」
唯「ごめーん、明日はむりー」
律「なんと!一番暇そうだと思ったのに」
唯「ずいぶんな言い方ですなーりっちゃん隊員。
ていうか言ってなかったっけ?明日は憂とお父さんとお母さんをレストランに連れて行くって」
律「はて…?」
そういえば1ヶ月ほど前の唯の誕生日会のとき、そんなことを言ってた気がする。
律「唯が親孝行とは…成長したなぁ」シミジミ
唯「せっかく20歳になったんだし、なにかできることはないかなと思って。
まぁレストランの予約とかは全部憂がやってくれたんだけど」
律「ダメじゃん」
唯「えー。とにかく、明日はちょっと無理。ごめんねー」
ツーツーツー

まさか唯が駄目とは…しかし1ヶ月前の大切なことを忘れているとは、
私もかなりボケが始まってきたのかもしれない。気を取り直して次に暇そうな人物にかけてみる。

トゥルルルル

澪「はい」

律「よぉ澪!明日の予定なんかある?クリスマスだし、パーティやろうぜー」

澪「…明日はバイトだ」

律「バイトって…ケーキ屋の?」

澪「そう」

律「YOUキャンセルしちゃいなよ」

澪「で き る か!明日は一年で一番忙しくなる日だぞ。帰れるのは多分0時回るだろうな。」

律「終わってから来ればいいじゃん」

澪「あのな…そんな体力あるわけないだろ。25日も出ないといけないし。そういう事で無理。じゃあな」

律「ちょ、ま」

ツーツーツー

切れた。やっぱりもうちょっと早めに言っておくべきだったかなー。
でもケーキ屋だし、どの道クリスマスイブにシフトを抜けるのは難しいかもしれない。
気を取り直し、次は梓にかけてみる。


トゥルルルル

梓「はいもしもし」

律「よっ梓!明日の夜ヒマ?よかったらクリスマスパーティ」

梓「無理です」キッパリ

律「即答だなオイ」

梓「明日はDLTのクリスマスライブがありますんで」

DLT…何の略かはわからないけど知る人ぞ知るインディーズバンドらしい。
大学生になってから梓はそのバンドに夢中になっており、私も何度かそのバンドの魅力について延々と話を聞かされたことがある。

律「私とDLT、どっちが大事なの!?」

梓「DLTです、それじゃ」

ツーツーツー

最後の哀願もむなしくあっさりと切れた。
さて残るは…一番予定が入っていそうな人物にかけてみる。ダメでもともとだ。


トゥルルルル

紬「もしもし」

律「いよっ、ムギ!明日の夜予定とかある?クリスマスパーティやらないか?場所もなんも決まってないけど」

紬「明日…」

律「やっぱ無理だよなー。ムギん家忙しいだろうし」

紬「うん、明日は父と一緒にパーティのホストをしないといけないから…あ、でも」

律「ん?」

紬「もしかしたら…いけるかも。りっちゃん、またあとで電話してもいい?ちょっと父に掛け合ってみるわ」

律「お、おお」

パーティのホスト役って凄いな。しかしそんな大役がある状況でおいそれと私が誘ってよかったんだろうか?
少し不安になった。
10分くらいたって携帯が鳴った。ムギからだ。

紬「りっちゃん聞いて!9時以降なら自由にしていいって!」

律「おお…それはよかった」

電話越しでもムギが凄く喜んでいるのがわかった。思わず私も笑ってしまう。

紬「みんなは来るの?」

律「いんや、私とムギだけだ。場所どうしようか?ムギん家は当然無理だし…私の家も弟が友達誘うって言ってるからなー」

紬「別荘の予約も今からじゃとても…ごめんね」

律「なんでムギが謝るんだよ。えーとそうだ、こっちで行けそうなレストランとか調べておくから…また明日電話するよ」

紬「レストラン?だったら私が…」

律「いや、いいよ。ムギ忙しいだろうし。急な話でごめんな、また連絡するから」

さて。とりあえず近場の洒落たレストランから当たってみるか。

携帯と情報誌を駆使して調べていく。そして片っ端から電話をかけていった。その結果。

律「はーやっぱどこもダメかー」

案の定、どこのレストランも予約でいっぱいだった。ホテル(ラブホ除く)にも一応当たってみたけど全滅。
というかファミリーレストランすら一杯ってどういうことだよ…恐るべしクリスマス。

気付けば時計の針は0時を指していた。
まるで試験でヤマが完全に外れてしまったかのような沈痛な気持ちになって、私はベッドに横になった。


次の日の朝、私はムギに電話をかけてことの成り行きを説明した。

律「スマンッ!私の見通しが甘かったようだ」

紬「いいのよ、気にしないで。やっぱり私が頼んだ方が」

律「だーかーらーそれはダメだって!」

大学生になってからも、合宿の時しかりムギのお世話になりっぱなしだ。
こんなときまでムギに負担はかけさせたくない。

律「今日は…その…私がムギをエスコートするからさ」

紬「ふふっ、なんだかデートみたいね」

デート?確かにエスコートなんて言葉が自然に出るってことは…そうなのかもしれない。
途端、私は顔が火照ってくるのを感じた。

律「と、とりあえずだな、待ち合わせ場所決めようぜ!そうだな…なるべくクリスマスっぽいところで」

クリスマスっぽいところってどこだ、と自分で突っ込みを入れたくなった。

紬「○○駅の広場はどう?あそこの周辺いろんなお店あるし、予約なくてももしかしたら入れるかも」

律「○○駅かー。でも広場って言っても結構大きかったような」

紬「時計塔を目印にしましょ。時間はどうする?」

律「私はいつでも。ムギのいい時間で決めてくれ」

紬「じゃあ10時でいい?9時まではパーティ出なくちゃいけないから…」

律「それでいいよ。本当ごめんな、忙しいのに…」

紬「いいよ。だってクリスマスにりっちゃんと二人でいられるなんて凄くうれしいもの」

またそんなストレートな…ムギは時々唯以上に純粋な言葉を出すときがある。

律「ハハハ、じゃあまた夜になー」

私は気恥ずかしくなり、言葉少なめに電話を切った。

そしてその日の夜。一年で一番恋人同士が二人きりになる夜。
あの電話の後も、色々と調べては電凸を繰り返したが結局撃沈した。
…エスコートするものとしては完全に失格だなこりゃ。私は軽く自嘲した。

電車の中は予想していた通り、カップルだらけだった。
さすが一年で一番ロマンチックな夜は伊達じゃない。

そうこうしているうちに駅へ着き、改札を出る。

駅前の広場はクリスマスツリーが輝きを放っていた。
目印の時計塔はすぐに見つかった。時刻は9時55分を指している。
そして塔のそばに、彼女の姿があった。10時には間に合ったが、随分と待たせてしまったかもしれない。
私は急いで駆け寄った。

律「ごめーんムギ、待たせ…」

不意に私の言葉が止まってしまった。
クリスマスツリーのイルミネーションを背景にして照らし出されたムギの姿に思わず見惚れてしまう。
シックで落ち着いた雰囲気のマフラー、黒のモノトーンのピーコート、チェックのスカート、
ベージュ色のロングブーツ…一見カジュアルなようでいて上品さを感じさせる恰好。

そして輝くようなブロンドの髪、透き通るような青い瞳…その容貌はとても美しく、神々しさすら覚えた。

例えていうなら、まさに天使のようだった。



※律ビジョンです
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私が見惚れてポケーっとしていると、ムギがなにやら心配そうな表情で見つめてきた。

紬「大丈夫?りっちゃん」

律「ん?お、おお!ごめんごめん、かなり待たせちゃったかな」

紬「ううん、私も今来たばっかり。それにしても…」

律「?」

紬「りっちゃん、最近ますますかっこよくなったわね♪」

律「ぶっ」

思わず噴出してしまった。

律「やっぱカチューシャつけたほうがよくないか?」

先月の唯の誕生日会で罰ゲームでカチューシャをはずして以来、ずっとそのままの状態だった。
みんな曰く、「そっちのほうがいいから」ということらしい。私も冬場は前髪を下ろしたほうが寒くないので別にいいかと思っていたけど。

紬「ダメよりっちゃん!前髪はりっちゃんのシンボルなのよ!」

何か急にムギのテンションが上がった気がする。

律「はぁ、左様でございますか…。と、それじゃどこ行こっか。ずっとここに居るのもなんだし」

紬「りっちゃんに任せるわ♪」

律「よーし任された!ついてこーい!」

と威勢良く大手を振って駅前周辺を歩いてみたものの…どこの店も人が一杯だったり、
空いてる店に入ってみても時間が遅いため既にラストオーダーが終わっていたり…。

律(う~ん参ったなこりゃ…もうこうなったらファーストフードで…
いやいやいくらなんでもそれはやっぱりムギに失礼だろ!しかしこのまま寒い中歩き回るのもなぁ…。ってん?あれは?)

ぐるぐると色々な思考が駆け回っているとき、ふとでかいボウリングのピンが目に飛び込んできた。

律(ボウリング場か…オシャレとは全く無縁だけど、ふむ、デートするにはなかなかいいところ…ってデートじゃないだろ!
いや、一人で突っ込んでる場合じゃない、ともかくあそこにはゲーセンもあるし食べるところもあるはず。よし!)

紬「りっちゃんどうしたの?さっきからブツブツ聞こえるけど」

律「ムギ、ボウリングやったことある?」

紬「ボウリング?あの球を転がしてピンを倒すアレ?」

律「そうそう、それそれ」

紬「ないわ。ボウリング場に行った事すらないもの」

律「そっか、じゃあ今から行こうぜー!ついてこーい」

紬「わわ、りっちゃん待って」

そして歩くこと数分、ボウリング場についた。
混んでるかなと思ったけど全然そんなことはなく、客はまばらだった。
ふと時計を見る。10時40分を指している。

律「終電まで2時間くらいか…ムギ、何ゲームにする?」

紬「ゲーム?」

律「あ、そっか。えーっとゲームっていうのはボウリングで言う試合数みたいなもんで…」

紬「りっちゃんにお任せするわ」

律「じゃあ、とりあえず2ゲームな」

受付をすませ、シューズを借りる。

律「この機械にお金を入れると、靴が出てくるんだ」

紬「それは画期的ね!」フンス

目をうるうるさせながらムギが答える。
ムギはとても好奇心旺盛で、一緒に居ると私も楽しくなる。
そういえば高校のときも駄菓子屋で凄く喜んでたなぁと、ふと昔を思い出した。

律「ムギー、いけたか?」

紬「うん、ちょっと窮屈だけど大丈夫」

律「…」

紬「どうしたの?」

律「それ、サイズいくつ?」

紬「22.5だけど…」

律「ちっさ!」

紬「りっちゃんは?」

律「25.0」

紬「…りっちゃんて意外と」

律「うるへー!それ以上いうなー!」

私はどことなく居たたまれない気持ちで、ムギとレーンへ向かった。


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最終更新:2010年12月27日 22:16