Chris & Don. A Love Story (2007)


アメリカのドキュメンタリー。
英国出身の作家 Christopher Isherwood (26 August 1904 – 4 January 1986) と米国の画家 Don Bachardy (May 18, 1934 -) のストーリー。

映画 Cabaret (1972) の原作 [Goodbye to Berlin (1939)] でも知られる Isherwood はベルリン時代を経てアメリカへ移住。
Don とその兄 Ted (16 January 1930 - 22 April 2007) の Bachardy 兄弟に出会う。Don は当時 16歳。
その 2年後、ふたりは恋愛関係へ。
年齢差 30歳、Isherwood の死によって終焉するまでのおよそ 30年に亘るリレーションシップを Don 本人の回想や Isherwood の日記、彼らを知る人々や研究者らのコメントによって綴る。
ふたりの古いフィルムはもとより、再現映像、
Isherwood が Cabaret の成功によりハリウッドに近しかったため Isherwood や彼と交友を持った煌びやかな名士たち(監督・俳優・作家・作曲家)の映像も織り込まれている。
また Isherwood から Don へのカード等に残る手書きの動物――馬(Isherwood)と猫(Don)から描き起こされたアニメーションも。


英字幕があっても日本語でないドキュメンタリーを観るのは基本、辛い。
ゲイ関連だから観てみようとしても、単純に面白いと思えるものは少ない。
まあ、だから自分は IMDb で高評価であってもごく最近までこの作品に興味が持てなかった。

その理由を押し付ける気はないけれど、でもこのアートワークの Isherwood はどうか?と思う。
一緒に生活しだした頃のものだろうか、ハッピーな雰囲気の写真だしアートワーク自体も好感の持てるものだが、Isherwood らしさはあまり感じられない。
試しに "Christopher Isherwood" で画像検索してみてほしい。
かなり印象の違うポートレートが多数ヒットすると思う。
年代が違っても、通底してあるのは何か強靭な明晰さ、決して冷たくない智慧の輝きのようなものだ。
そしてそれらのほうがアートワークの彼より全然魅力的なのだ。


18歳のまだ何者でもない少年が、48歳の英国人と恋におちて 30年もの歳月を共にする――。
そうなったとしても不思議はない、と思わせるだけの Isherwood の魅力はドキュメンタリー内の画像や映像、Don による多数の肖像からも見て取れる。
いや、魅了されたのは Don だけではない。"... he charmed every movie star we met."
また彼のバイオグラフィと著作・内面的事柄についても触れられ、Isherwood についてあまり知らなくてもとっつきやすい――むしろ、より興味を掻き立てられる。

Don によれば、ふたりは良いことも悪いこともすべて正直に分かち合った。
出会った当初 Isherwood の興味が兄 Ted のほうにあり、Ted と Isherwood が数度関係したというのもその一部なのかもしれない。
Don と Ted の父親は彼らのクィアさを嫌ったという。
詳細は語られないが Ted は精神を病み、当時採られていたショック療法でさらなるダメージを負った。
Ted を頼りにしていた Don にもその影響は大きく、その損失を埋めるべく Isherwood が手を差し伸べるようになる。

Isherwood と Don の両方が持つのは「人たらし」的魅力かもしれない。
当時の Don(の笑顔)の印象について Isherwood の日記や彼にサインを贈った女優(Leslie Caron)の述懐があるが、
現在の Don からもそれは失われていないように見える。
肉体にこそ老いは刻まれているが暖かく溌剌とした輝きが依然とあって、見ているほど彼が好きになるし、その話しを聞きたいと思う。
このドキュメンタリーの制作者たちも多分そんな風だったのではないか。


Don についてはミステリーがある。その話し方だ。
生まれも育ちも LA の彼は、しかし Isherwood そっくりのアクセントと癖を持つという。

Don は映画と映画スター好きだった母の影響で幼い頃から映画界に憧れていたが、エキストラで現場体験し幻滅。
元々得意だった絵画方面への熱意を見出す。
Isherwood は Don を自分のパートナーとして著名な交友者たちに広く引き合わせる一方、その進路にも支援を惜しまなかった。
当代の著名人らをモデルに得ながら、やがて Don は画家としてひとり立ちする。

与える者と与えられる者。追っても追いつきようもない 30年差。
「対等さに欠ける」という観点からか、このふたりの関係についてある種の懐疑を持つ向きがあるらしい。
作品内でも「クローニング」「鋳型」などの言葉がいくつか出てくる。
ある面そうだとしても "It was exactly what the boy wanted" と Don 自ら言い切っている。
しかしそれも歳月を経たからこそ口に出来るのかもしれない。
かつてこの関係での返しきれないものの重みに Don が苦しんだことにも、作品で触れられている。


少し書きすぎたかもしれない。とにかく、この作品は素敵だ。
Tom Ford の "A Single Man (2009)" を観た人は多いと思う。
その原作が書かれた時期のふたりについても触れられているから、これを観たあと映画に戻るとまた味わいが変わるかもしれない(それにちょっとした発見も)。


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最終更新:2011年04月10日 01:46