第1話・・・「大きな出来事の小さな始まり」


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自分の人生を変えるほどの大きな出来事は、意外とちょっとしたことがきっかけなのかもしれない。


そう・・これも・・・


「あーもう!また遅刻だよー!」
新井美央(あらいみお)は田舎の高校に通う普通の女子高生だ
そしていつもの土手道を自転車で走っている。
ただ今日は後10分で始まるSHRに間に合うように全力疾走で。
あとはこの坂を下って角を3回曲がれば姫谷高校だ。

「えー、今日からこの学校に編入することになった一之瀬優希(いちのせゆうき)君だ」
寡黙な優希に代わって先生が教室にいる生徒に軽く挨拶をした。
優希は俯きながら会釈をして、指定された窓際の席に歩き出そうとした
その時
「お、おはよう!」
隣のクラスまで聞こえる大声と共に2年2組のドアが開いた。
「セ、セーフ?」
「んなわけあるかアホ」
いつもならここで席に着くはずなのだが今日は違った。
美央の目の前に見知らぬ男子がいるからだ。
美央はそこに立ったまま続けた。
「ん、転校生?」
美央の息はまだ少し切れている。
「ああ、今日からこの学校の生徒になる一之瀬優希君だ」
優希は美央に向かって会釈をした。
「私は新井美央、よろしくね一之瀬君」
美央が優希に右手を差し出す。
優希は驚きを押し殺したように美央の手を見ながら静止していた。
そしてフッと我に返り、手を差し出している美央を通り過ぎ自分の席についた。
その後美央も頭に「?」マークを浮かべながら自分の席に着く。
転校生の紹介のせいかSHRが終わったあとすぐに1時限目の社会の授業が始まった。

優希は窓から外を見渡していた。
3階にある2年生の教室はまぁまぁ見晴らしはいい方だろう。
優希は2時限目もその次もその次もぼんやりと外を眺めていた。
美央もそんな優希を気にしていたため優希の右ななめ後ろからチラチラ様子を伺っていた。
いつも同じように窓の外を見ていたが・・・
そして4時限目の授業が終わり給食の時間となった。
「ねぇ美央、一之瀬君どう思う?」
美央の幼馴染の友人である小林彩(こばやしあや)は、窓際の席を動かずイヤホンを耳につけ、一人で黙々と食事をしている優希を見て言った。
「どう思うって?」
「だって明らかに人と関わることを拒んでない?」
たしかに朝の挨拶といい、休み時間といい人と接したがらないようなそぶりを見せているのには当然美央も気付いていた。
「んー、でもやっぱりまだ慣れないだけじゃないの?前の友達とも別れたわけでしょ?」
「あぁそうかもね。あ、あと今一之瀬君の横通ったんだけどさ、結構大きな音で聞いてるんだよね」
優希の耳にはイヤホンがついている、思えば休み時間もつけていた気がする。
彩は続けて言った。
「なんか人と話したくないって言うより周りの音を聞くことを拒んでる感じがするんだよね…」
「そ、それは考えすぎなんじゃ」
とは言ったもののやはり優希の事が気がかりだ。関わりたくない理由があるのか、過去に何かあったのか。
さまざまな憶測が美央の頭をよぎるが、考えすぎだと思い込むようにした。
優希の周りに男子生徒が寄り集まり共に食事をしていたが、優希はイヤホンを外そうとせず今までとなんら変わりなく黙々と食事を済ませていた。
そして食事が済むと教室から出て行った。

一之瀬優希が姫谷高校に転入してから1週間がたった。
最初は優希と仲良くなろうとしていた男子生徒や気遣っていた女子生徒も、もう諦めたのか優希が来る前の日常と変わらなくなってしまった。
しかし美央はそれでも諦めきれず何度か接触を試みたが、いつも失敗に終わっていた。
なんせ授業などの時以外はいつも大音量の曲をイヤホンで聞いているので美央の声は聞こえてないし、話しかける隙がない。
紙で字を書きなんとか話しかけようともしたがこれも失敗だった。

そして美央も諦めようかと思い始めてきた日の放課後
いつものように土手道ならではの風を浴びながら自転車を漕いでいた。
しばらくすると道の脇に自転車が止まっているのを見かけたので辺りを見渡すと、土手に下りる階段に優希が座っているのが見えた。
「どうしたの、こんなとこで?」
「・・・」
優希は一瞬美央と目を合わせるが、すぐにまたぼんやりと前を見渡した。
やはりいつもと同じパターン。優希の隣に座っている美央にわずかな音漏れが聞こえる。
恐らく「聞こえてない」か「聞こえてないフリをしている」のどちらかだろう。
ここは少し荒々しい手を使うしかないと美央は判断した。
美央は優希がつけているイヤホンを掴み無理矢理耳から外す。
「おいっ」
優希が取り返そうとするが、美央は返そうとせず話した。
「人が話そうとしてるときはきちんと聞いてあげなくちゃだめだよ?」
「はー・・・」
優希は溜息をつくと、イヤホンを取るのを諦めた。
「なんでイヤホンなんてつけて周りの音を聞く事を拒んでるの?」
「・・・関係ないだろ」
「音楽よりもいい音だってあるのになぁ」
「ふーん・・・」
優希の答えはいたって無機質だったが、ちゃんと話せる今をチャンスだと思った美央は
「あ、そうだいいとこ連れてってあげる」
「あ、おいちょっと」
イヤホンと音楽プレイヤーは美央の手にあるため、優希もついていかざるを得ない状況となった。

さっきの階段を降り、すすきなどの草が覆い茂ってる所に丁度よく草が刈られ、一本の道が出来てる場所へ向かうと美央は周りの背の高い草を払いながら前へ進んだ。
優希もまた同じように進んでいる。
そして
「よし、ここだよ」
美央と優希は円状に刈られてる場所で立ち止まった。
「おい、なにが…」
「しっ!」
優希の言葉は途中で遮られ、優希は黙った。
「もうすぐだから」
小さな声で美央が言う。


その時・・・背の高い草原地帯に1つの風が吹いた。

「・・・っ!」
そこは背の高い草で囲まれているため、360から草の音が聞こえるようになっている。
さらに遠くで鳴いている虫の声が音に色をつけ、1つのオーケストラのようになっていた。
気がつくと優希は眼を閉じ、周りの音を聞き入っていた。
「すごいでしょ?ここはいい音が聞こえるベストポジションなんだ」
「すごい・・・」
美央は素直に嬉しかった。あれだけ周りの音を途断していた優希が自然の音を聞いて感動していたのだから。
沈黙は意外にも優希から破られた
「あの…」
「ん?」
「ありがとう・・・あと、ごめん」
優希の口から感謝と謝罪の言葉が出た。
「ごめん?」
「転入したとき、握手しようとしてくれたのに」
「ああ、いいよいいよ。…なんとかやっていけそう?」
「わかんない」
優希の返事は相変わらず無機質だったが、前とは違う事は明らかだった。
「えっと、新井だっけ?」
「そうだよ一之瀬優希君」
美央は少し皮肉を言い、右手を差し伸べた。

そして優希が手を合わせた。
「よろしくね」
「うんよろしく」

その時、優希の顔がほんの少し笑っていたのを美央は見逃さなかった。

―大丈夫、きっと大丈夫。うまくやれるはず。今は何も知らなくても徐々に…ね。


《1話 大きな出来事の小さな始まり 完》