検証40:厩戸の容姿やペンタッチ
決めセリフの時の厩戸の顔
山岸凉子による厩戸の造形・描線について、夏目房之介はこのように評価している。
「厩戸王子の描線は、少女が女になることで獲得したオンナとしての豊満さ(イヤラシサ)を、削ぎ落としていって可能になった。魔性の性としての美少年を表出する描線、つまり両性具有的描線なのである。」
「厩戸の顔は、(略)聖と俗の両端を大きな振幅で揺れる。(略)それらの造形は、驚くほど注意深く、微妙な描線の変化で描き分けられている。私は無謀にも厩戸の絵を模写したことがあるのでわかるのだが、一ミリの何分の一でも線が狂えば表情は変わってしまう。」
「恐らく作者は、苦心惨憺して場面ごとに表情を造形したのだろう。それだけ厩戸の性格造形が複雑で異様だったのである。」
「厩戸の髪型と耳に添えられる花、劇的な場面で見せる彼の舞のような動き。(略)極端にいえば能の舞台のような凛とした様式美が求められている。多分そうした山岸マンガ様式の完成のなかで初めて、厩戸という異様な人物の、不可視なはずの揺れをマンガとして着地させることができたのだ。これは戦後マンガが達成したひとつの極である。」
(夏目房之介「異形の相貌」、1994年3月 白泉社文庫『日出処の天子』第6巻収録)
厩戸の顔(下向き)
これは下を向いている時の厩戸の顔である。
- まっすぐにみえて微妙に反る眉毛のライン
- まつ毛の長さ、アイラインのカーブ、二重の幅
- 白黒の絵でありながら赤い色を感じる唇
- その唇の線のタッチや、ニヤリと口元を上げた表情
- 女性的なアゴのライン
- まっすぐ、すっきりと高い鼻
- 鼻の横の影のつけ方
厩戸王子がこのような顔をしていたという資料はない。山岸版厩戸はそれ以前の聖徳太子像とは大きくイメージの異なる、山岸オリジナルの容姿である。
にもかかわらず、池田版厩戸はトレーシングペーパーで写したかのようにそっくり。容姿どころか漫画的なペンタッチまでもが同じである。池田版厩戸が山岸版厩戸を意図的に模倣したものであることは明らかである。
にもかかわらず、池田版厩戸はトレーシングペーパーで写したかのようにそっくり。容姿どころか漫画的なペンタッチまでもが同じである。池田版厩戸が山岸版厩戸を意図的に模倣したものであることは明らかである。
目の上の線
左上は山岸版。右は池田版。
山岸版は、目の上に細かい線を描いて、目をつぶっている時などでも、まぶたに立体感を持たせる技法を用いている。 そのタッチも同じようにマネしている。
山岸氏の漫画を横に置いて開きながら描いたかのようにそのタッチまで同じである。
山岸版は、目の上に細かい線を描いて、目をつぶっている時などでも、まぶたに立体感を持たせる技法を用いている。 そのタッチも同じようにマネしている。
山岸氏の漫画を横に置いて開きながら描いたかのようにそのタッチまで同じである。
目の上の線2(以前の作品)
鼻の横に線を入れることにより鼻の高さを表す技法は、山岸氏は1971年頃から使用しているが、当初は「リアルで恐い」と非難されていたようだ(参照・「雨とコスモス」)。
現在確認できる限りでは、山岸氏はこの作品から目の横や上へ影を描くようになっている。
池田氏も、少女漫画の劇画的な流れの中で、鼻の横に線を入れることをしていくが、「聖徳太子」に限り、影を出すために縦に線を入れていた(凹効果)それまでの手法と違い、横に線を入れてまぶたを立体的に表現している(凸効果)。(参考・「オルフェウスの窓」)
現在確認できる限りでは、山岸氏はこの作品から目の横や上へ影を描くようになっている。
池田氏も、少女漫画の劇画的な流れの中で、鼻の横に線を入れることをしていくが、「聖徳太子」に限り、影を出すために縦に線を入れていた(凹効果)それまでの手法と違い、横に線を入れてまぶたを立体的に表現している(凸効果)。(参考・「オルフェウスの窓」)
後のインタビューによると、「雨とコスモス」は習作時代の絵に戻した作品で、劇画的な手法が用いられている。読者から「こんな怖い絵やめてくれ」と非難の手紙が多く来てしまい、それから若干優しい絵へ変えたそうだ。
しかし、この劇画的な絵によって、「この人は恐い漫画もいけるのでは?」と編集から思われ、ホラーを依頼され、続けて生まれたのが「ネジの叫び」である。
しかし、この劇画的な絵によって、「この人は恐い漫画もいけるのでは?」と編集から思われ、ホラーを依頼され、続けて生まれたのが「ネジの叫び」である。
このような描き方は他の漫画家にも多く影響を与えており、池田理代子も「聖徳太子」以前の作品、「オルフェウスの窓」でも同じように目の上の線を描いているのだが、以前の目の上の線のタッチは「縦線」で「影」を表していたのに対して、「聖徳太子」付近の作品に限り「横線」で「立体感」を表している。
同じ厩戸王子を描く際に、目の上のペンタッチまでもここまで真似する必要があるのか疑問である。参考までに山岸氏の昔の作品と池田氏の昔の作品の絵を引用する。
上2コマ、1971年りぼん8月号の「雨とコスモス」より。(単行本未収録作品)
下は池田理代子「オルフェウスの窓」。
下は池田理代子「オルフェウスの窓」。