検証29:仏像を彫る厩戸
「白膠木を見かけたら切って来てくれ」&仏像を作る厩戸を馬鹿にする泊瀬部王子
山岸版
日本書紀巻二十一には、
「そこで白膠木(ぬりで)を切りとって、急いで四天王の像(みかた)を作り、束髪の上にのせ、誓いを立てて言われるのに、
『今もし自分を戦に勝たせて下さったら、必ず護世四王のため寺塔を建てましょう』といわれた。
蘇我馬子大臣もまた誓いを立て、(中略)誓い終わって武備を整え進撃した。」
《講談社学術文庫『日本書紀』(著:宇治谷孟)下巻 P79より》
とある。
山岸版が日本書紀と違うのは、自ら切り取るのではなく、調子麻呂に「白膠木を見かけたら切ってきてくれ」と頼む点。頼まれた調子麻呂は意味がわからない。
また、その四天王像はその場ですぐ作るのではなく、時間をかけている点も異なる。
また、泊瀬部王子が「なんだ、戦争だというのに彫り物師のまねして(のんきなもんだな)」と馬鹿にしている点も異なる(日本書紀では馬子が厩戸に同調している)。
山岸版が日本書紀と違うのは、自ら切り取るのではなく、調子麻呂に「白膠木を見かけたら切ってきてくれ」と頼む点。頼まれた調子麻呂は意味がわからない。
また、その四天王像はその場ですぐ作るのではなく、時間をかけている点も異なる。
また、泊瀬部王子が「なんだ、戦争だというのに彫り物師のまねして(のんきなもんだな)」と馬鹿にしている点も異なる(日本書紀では馬子が厩戸に同調している)。
このわかってない泊瀬部に対し、厩戸はかすかに笑いながら「これはあなたの腰に差した物より心強い武器なのですよ」と答えるが泊瀬部には意味がわからない。その後、厩戸が四天王を召還。このシーンは、泊瀬部の俗物的な考え方と、厩戸の人間離れした力と考え方の違いがよく対比されるシーンとなるのである。
池田版
池田版は、四天王像を作る過程の描写が山岸版と同じ。即ち、日本書紀とは食い違っている。
厩戸が自ら切ってその場で作ったかのような日本書紀とは違って、池田版は河勝(=山岸版の毛人+調子麻呂)に「白膠木を見かけたら切ってきてくれ」と頼む※。頼まれた河勝は意味がわからない、という描写も山岸版と同じ。
厩戸が自ら切ってその場で作ったかのような日本書紀とは違って、池田版は河勝(=山岸版の毛人+調子麻呂)に「白膠木を見かけたら切ってきてくれ」と頼む※。頼まれた河勝は意味がわからない、という描写も山岸版と同じ。
※「聖徳太子伝暦」
是時,太子隨大軍後,自忖曰:「非願佛神,難濟.」乃命軍允-秦造-川勝,取白膠木,刻作四天王像,
置於頂法,而發願曰:「今使我軍勝敵,則必奉為護世四天王,起立寺塔.」
(乃ち軍允に秦の造川勝に命て白膠の木を取りて四天王の像を刻作て)
また日本書紀と違って仏像をじっくり作るのも山岸版と同じ。
作っている最中、周りのものは理解できない。中でも、山岸版で暗愚の王として描かれている泊瀬部が「ふん、のんきなものよ、戦の最中に仏像か!」と馬鹿にする。それに対して厩戸は「わかってないな」という表情でニヤリと笑う。
その後、四天王の加護により勝利する。(そのシーンのパクリは馬に乗った厩戸だけが注目されるを参照。)
後の勝利シーンによって、泊瀬部の俗物的な考え方と、厩戸の人間離れした力と考え方の違いがよく対比される効果をもたらすシーンとなるのだ。
作っている最中、周りのものは理解できない。中でも、山岸版で暗愚の王として描かれている泊瀬部が「ふん、のんきなものよ、戦の最中に仏像か!」と馬鹿にする。それに対して厩戸は「わかってないな」という表情でニヤリと笑う。
その後、四天王の加護により勝利する。(そのシーンのパクリは馬に乗った厩戸だけが注目されるを参照。)
後の勝利シーンによって、泊瀬部の俗物的な考え方と、厩戸の人間離れした力と考え方の違いがよく対比される効果をもたらすシーンとなるのだ。
それぞれの性格の違いによる行動パターンの違いが同じという点もさることながら、作品上の描写・効果までそっくり同じというのは、偶然の一致ではありえないだろう。