エステルは所在なさげに王宮の前に立っていた。風が冷たい。
とっくの昔に冬になった風だ。この国に来た頃はまだ風も暖かく、
木々は生き生きとしていた。そして夏が過ぎ、秋が訪れ、今や冬が深まろうとしている。
つまり、エステルがこの国(FVB)に来てもう半年以上が経過していることになる。
そんなことだから「王宮の前で」と言われれば場所くらいもうわかりきっている。
だというのに、何度も「大丈夫ですか、道わかりますか?」と尋ねてくる男がいた。
名を時雨という。

待っている間、エステルはしばらく時雨のことを考える。
まず最初に思うのは、時雨は自分なんかを相手にするもの好きな男だ、ということだ。
それ以前にエステルにとって、彼は理解不能な男だった。

親しげに振舞って軍事について尋ねてみたかと思えば、急に一歩引いて遠くから
触れるのすら戸惑う壊れもののように扱ってもみせる。
何がしたいのかと叫んでやりたくなったことも一度や二度ではない。
ただ、そう思うたびに、自分のようなものを相手にするなんて、
この男はきっとあたまがおかしいに違いないそう考えれば言動にも納得がいく。
艦失者の自分なんかに声をかけるのだから、本当に頭がおかしいに違いない。
だから、今日はしかたなく付き合ってやるのだ。

深いため息をついていると「えっと、こんにちは」と控えめな声がした。
何かに脅えるかのような言動にムッとする。自分が呼び出しておいてなんて行動だ。
顔を顰めると、時雨の顔が曇る。そのことが余計エステルをいらだたせた。

「……あの、エステルさん?」
控えめな声、もっと「しっかりしなさい。」と怒鳴りたくなってしまう。
「なんでしょう」
変わりに出たのはそっけない言葉だ。どうもこの男相手だとうまくいかない。
もっと上手に、命令したり、されたりするほうがいい。
「良かったら、ちょっとこれから遊びに行きませんか?」
遊びの誘いだ。
やっぱり時雨という男はよくわからない。エステルが目的地と尋ねれば言葉に詰まる。
はじめから計画していたわけではないのだろうか。
「鳥居とか、塔があるんですよ」
困ったかのように微笑んでそういう。「もっとしっかりしなさい、あなたそれでも船乗り?」
そう叫んでやろうかと思った。結局、その言葉は呑み込むしかないのだが、
どうして躊躇してしまうのか、この男を見ていると、どういう表情をしていいのかわからなくなる。
エステルは思わずため息をついた。
「いいでしょう。つれていってください」
そう言うしかないのだ。どちらにせよ、この寒いところで一人きりは寂しすぎる。
時雨もそうなんだろう、と思った。ヤガミみたいに、さみしいから、一人が嫌だから、人がいるだけでもいいから。
男とは、そんなものばかりなのだろうか。


結局その日は灯台に行くことになった。
道をひたすら歩く、エステルの足は地上を歩くのに適していない。
ずっと船のしかも宇宙や火星の重力下での生活を送っていたせいだろう。
すぐに息があがる。
「意外に遠くないですか」
 思わず弱音を吐く。
「割とすぐ、の印象があったんですが……車を拾いましょうか?」
 余裕ぶったセリフに思わずエステルは時雨をにらみつける。
「結構です」
「わかりました」
 ちょっと突き放したぐらいですぐに引き下がる。ヤガミならそんなことはしなかった。
そもそも彼は、ネーバルの特性も知っていたからこんなふうに無理に歩かせるような
ことはしないだろうし。
ただ「好きにすればいいだろう」とか言って「俺は疲れたから車を使う」とか
そんな風に言うんだろう。ヘタレのくせに、そんな妙なところだけは気がつく男だった。
全然違う。男なんてみんなおんなじだろうと思っていたのに。
そんなことをぶつぶつ言いながら歩き続ける。足は痛くなる一方だし、前を行く時雨は
わざと足を遅らせているのが目に見えてわかる。
エステルは唇をかみしめた。
もっと、もっと強くなりたい。自分はこんなに弱い存在じゃなかったはずだ。
涙がこぼれそうになるのをぐっと堪えて足を進める。髪が乱れるのも息があがるのも
かまわなかった。

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最終更新:2007年12月19日 21:20